063
コロナ。
ゼルファレン傭兵団に所属している魔法使いの少女。
小動物を思わせるように先程から震えているのは、部屋に戻っても収まらないことから寒さは関係ないと分かった。
だったらピエールが原因だ。
さっきまで我慢してて、ピエールが離れたことで気が緩んでの安堵した震えなのだろう。
一見すると小心者。
ただピエールの目の前では震えを我慢できていたのだし、意外と胆力はあるらしい。
「落ち着きなさい。確かにピエールは少女が好きそうな顔をしていたけれど、私の目の前でそんなことはさせないわ」
「は、はいっ!?」
「それにね、私は子供には優しいつもりなの。あなたと同じぐらいの子供の面倒も見ているわ。ヘルダと言うんだけどね、きっと仲良くなれるはずよ」
更に不安を和らげるために優しく抱きしめた。
コロナはまだ緊張しているようで、硬い身体はピクリとも動かない。
ピエールの変態さは傭兵団内でも有名だったのだろう。
思えばピエールの立場も、アルベルトがピエールに判断を仰いでいたことからも分かるように相当に高いようだった。
ヤり放題の立場だったとしても全くおかしくない。
そして誰も止められなかったのだ。
でもそうなると不安もでてくる。
実は少女ばかりの傭兵団だったりしないだろうか。
いや、さすがにそれはないか……
「あのう……もう大丈夫ですから……」
「そう? 何かあったらいつでも頼っていいからね?」
まだ落ち着いたようには見えなかったけれど、コロナがもういいと言うので一旦離れる。
先に話すべきことを話してからのほうがいいだろう。
なにせコロナからすると、私だって相応に怪しく見えてもおかしくはない。
「さて……あなたはどうしてここにいるのか、アルベルトから聞いているのかしら」
「ええと、お金儲けの方法を聞き出せと言われてます」
「聞き出せって……まあいいわ。まずは実際に見てもらうのがいいでしょうね」
予備の緑醜鬼の核を取り出す。
何があってもいいようにと、数個の核は常に格納しているのだ。
万が一魔力が尽きたときなんかは役に立つのではと考えてのことだ。
今のところなんの役にも立ってはいないが。
「この核をよおく見ていて。……まずはこう……そしてこうする」
元々の核が持つ魔力を吸い出し、改めて自身の魔力を込める。
これだけで核に込められた魔力は10倍になり、使った魔力は一眠りしたら元通りというさながら錬金術のような行為だ。
……本物の金も土の魔法を極めたら生み出せそうだ。
「……何かしたんですか?」
「別に構わないけれどね……」
やはりというか、コロナは魔力の感知ができないようだ。
才能も水の魔法だけだし、私が伝えたとおりに今後の成長に期待されている魔法使いを連れてきたのだろう。
しかしどうしようか。
まずは魔力の流れを感じ取れるようになってくれなければ、吸精の才能を与えたところで意味はない。
「コロナにはまず、魔力を感じ取れるようになってもらうわ」
「強い魔法使いに必須の技能ですね」
「──そうね。でも弱くても、鍛えたら身につくはずよ」
そう難しいことでもない……はずだ。
何度も魔法を使い、何人もの魔法使いと出会うことで自然と身につくもののはず。
強い魔法使いは誰もが自然と魔力を感じるということは、そういうことなのだ。
「まあすぐにということにもいかないから、ゆっくりと覚えていきましょう。水の魔法を使いながらでも魔力は感じられるようになるでしょうからね」
このあたりはヘルダも同じだ。
歳も近いだろうし、お互いに切磋琢磨してくれるのではないだろうか。
「魔法の練習ですか?」
「それも含めてね。道中に魔物も出てくるだろうし、私は魔力そのものも動かせるわ。それこそ連接剣を持たせたっていいのだし」
そうだ、連接剣は魔力で動かす武器なのだ。
似たようなもので、もう少し小さなものがあれば訓練にはちょうどいいだろう。
もっとも、かなり珍しいそうなのでそう簡単には手に入らないだろうけれど。
「今日は連接剣を持ってもらいましょう」
「重くないですか?」
「ああ、持ち上げる必要はないわ。ただ触って、魔力を通して動かせばいいだけよ」
テーブルに連接剣を置いてコロナに触れさせる。
当然だけど動かない。
「……イルザさん?」
「コツを教えるのは難しいわ。魔法を使う直前のようなもの……まだ水に変化していない状態の魔力を剣に流せたらいいんだけれど、そうすぐに覚えられるものでもないはずよ」
再び連接剣に魔力を通そうとするけれど、ウンウン唸るだけで魔力は一向に流れない。
そういえばと思い出す。
私だって初めてのときは一人ではできなかったのだ。
「少し手を借りるわね」
私が初めて連接剣を持ったとき。
外からクラーラの手のひらが重ねられた。
……不思議なことにクラーラはその時から魔力を流せたような気もするけれど、今は関係ないだろう。
「あっ……なんだか、あったかい……?」
慣れ親しんだ自身の魔力には気づかなくとも、他人の魔力は案外すぐに分かるものだ。
コロナもすぐに感じ取った。
「それが私の魔力よ。どう? 流れを感じられるかしら」
手から流れ込む魔力は剣身へ。
根本から魔力が行き渡り、徐々にその身を伸ばしていく。
コロナにとっては初めての体験だろうから、当然のごとく魔力はゆっくりと流し込む。
そうして魔力が染み渡ったとき、連接剣は最大限まで長くなっていた。
「伸びていても硬いです……」
「魔力で動かしているのだもの。込めた魔力次第でどうとでもなるわ」
今度は魔力を薄くする。
その通りに引き伸ばすイメージで魔力の密度を下げるのだ。
そうすると、連接剣は伸びたままに少しだけ萎れた様子になる。
普段はあまりやらない使い方だから違和感がある。
「ちょっとだけ冷たくなったのかな」
「そのあたりのイメージは人によって変わるのかもしれないわね。時間はかかるでしょうけれど、ゆっくりとやっていけばいいわ」
その後の練習はコロナ一人に任せ、私はゆっくりと過ごしていく。
思うにここしばらくは勢力的に活動しすぎたのだろう。
この世界に来てからというもの、自堕落とは縁遠い生活を続けていたから。
半日程度とはいえ、今日ぐらいはもう動かないでいたかったのだ。
二人がご飯になることはもう少し成長するまでお預けとなった。
朝には皆街を立つ準備もできており、次の村を目指して出発した。
……見送り付きで。
『次の依頼主はどえらい美人じゃないか。狸連中を相手にするよりもよっぽどいいな』
『冗談ではありませんよ。どれだけ危険だと思っているのですか』
『それも男の甲斐性だろう。それに街の護衛は退屈すぎる』
少なくともこの街の傭兵には受け入れられたようだからいいんだけれど。
「このあと二つの村へと寄ります。そこで合流する仲間は連れて行くことにしたいのですが」
「まあいいんじゃないの。泊まる部屋が狭くなるぐらいだもの」
「それではそのつもりで。小隊毎に馬車も持っていますから、足が遅くなることはありませんよ」
そして再び馬車での移動。
ただ、道中は昨日までとは違っていた。
街を出て一時間ほど。
次の村まで半日といったあたりで、私たちの馬車に近づく者たちがいた。
20人はいない程度だろうか。
全員が馬にまたがり、そして武器を構えていた。
「ピエールさんっ! 盗賊ですよ!!」
前を走る馬車のコロナが叫ぶ。
盗賊って……盗賊?
ここまで堂々とした盗賊は盗賊と呼んでいいのだろうか。
「ちょうどいい。ここらで依頼主の実力を確かめるのも悪くはありません」
なんてぬけぬけとそんなことを言う。
いい性格をしているなんてものじゃない。
「はあ……どうせなら魔物だと良かったんだけれどね」
ただ、最初から私が対応するつもりだったし問題はないのだ。
なにせここにいる中で戦えるのは私だけ。
ピエールは傭兵だけどどう見ても武器を持つ身体ではないし、コロナも水の魔法は覚えたてだろう。
「わざわざ生かす必要はないわよね?」
「当然ですよ。ここは街の外、何が起ころうと自己責任の場所ですから」
ならば自由にやるとしよう。
連接剣を手に、馬車の上に立ち上がる。
まずは相手の確認だ。
合計で……18人。
全員が馬に乗っており、そして馬車を牽く馬よりも一回り小さい。
その分小回りはききそうだ。
近寄られるのは危ないだろう。
すでにこちらの馬車も傭兵の馬車も止まっている。
囲まれるのも面白くない、こちらから近づくべきだった。
「シルヴィア、あなたは動かないで。コロナ、魔力の流れを感じるのよ」
荷台からトーンと飛び降りて、ゆっくり盗賊たちに向かっていく。
連接剣は徐々にその剣身を伸ばしていく。
「んだあ、一人かよ!」
襲われた側が一人だけ突っ込んでくる。
盗賊たちはどう思うだろう。
囮と考えるのが自然なのに、なぜだか後ろの馬車に向かう盗賊は一人もいなかった。
「俺にやらせろ!」
「いや俺だ!」
馬車に向かわないのなら私を囲うのが定石なのに、盗賊たちは私に対して一人しか出してこなかった。
いや、なにやら言い合っているけれどそれでも二人。
私に対してたった二人とは意外と潔い。
騎士的盗賊なんているのだろうか。
「おめーにゃ勿体ねえだろうが!」
「てめーこそ後ろのやつにしとけ!」
周りの盗賊たちも足を止めているから、不意に襲われることが無いのは助かるのだ。
だが無駄に時間をつぶされるのは嬉しくない。
全員一期に襲い掛かってきたほうが、連接剣の餌食にしやすかったのに。
「私としてはどちらが相手でも構わないんだけど? どうせ全員私が相手をするのだし」
私しか戦えないのだから、私が全員倒すしかない。
そう応えたら、なぜだか二人に感心された。
「おいおい、こいつはすげえな」
「ああ、俺たち全員を相手にか……すげえ淫乱じゃねえか」
二人だけではなく、彼らの後ろに控えている盗賊たちまでもがどよめいている。
それどこらか私の後ろのシーラ達まで。
……何だか間違って伝わっている気がするのだが。
「そういうつもりなら遠慮はいらねえなあ」
「たまには三人で我慢してやるか」
ようやく二人がやる気をだした。
そうだ、早くかかってきたらいい。
「おい、顔は傷つけんなよ」
「斬るのは手足だけ、常識だ」
男は二人共が矛を持っていた。
騎乗では無類の強さを発揮できる武器だろう。
もちろん私の連接剣には敵わないけれど。
つい先程まで言い争っていたはずなのに、二人の盗賊は見事な連携で私へ迫る。
同じ速度で、2mほどの間隔を開いて同時に直進し、同時に矛を振り払ってきた。
狙いも同じ、両足の付け根を切り落とし、私の機動を削ごうという考えだ。
これまた盗賊の戦い方としては首を傾げたくなるものだ。
ただ残念なことに、どう出てくるにせよ連接剣のほうが射程は長かった。
「私に攻撃を当てたければ、弓でも持ってくることね!」
横薙にすると同時に剣身を伸ばす。
機動力を削ごうというのは私も同じ。
まずは馬の四脚を斬り落とす。
投げ出される二人の男。
立ち上がる前に首を落とした。
いきなりのことに、後ろに控えていた盗賊たちもすぐに動くことはなかった。
私の後ろにいる仲間たちも同様だろう。
それほどに、連接剣の射程は見極めにくいのだ。
さらに盗賊の中に弓を持っている者はいない。
全員が馬に乗っており矛を持つという、連携と機動性を意識した構成だったのだ。
弓との連携は難しすぎたとも言える。
「……てめえら、逃がすな!!」
頭らしき者の命令が遅れたのは、逃げるかどうかを悩んだからか。
ただ残念なことに、囲まれたほうが私は動きやすいのだ。
全身を鎧で包んでいるのならばいざ知らず、動きやすさを重視した軽装ではどれだけ集めようとも意味はない。
「前から行くな! 全員で囲め!」
さらに正面から来た二人を無造作に斬り分ける。
隊形を指示するあたり、無能な頭ではないのだろう。
長物の武器に対する方法として、囲むことは鉄則ともいえる。
射程と取り回しのしやすさは通常比例しないから。
でも、連接剣は違うのだ。
魔力で動かすから重さなんて関係ない。
連接剣は振り回すのが一番簡単なのに、わざわざ振り回しやすい隊形を取ってどうするというのか。
私と戦うのならば、まずは遮蔽物の多い場所に誘い込む必要があったのだ。
こんな草原のど真ん中では、一方的に狩られる獲物でしかない。
仲間の敵討ちなんて考えたことが、こいつらの敗因だろう。
「私を囲んだらどうなるのか、最後に認識して死になさい!」
今度は馬の脚を狙うなんていう二度手間は取らなかった。
「ひがっ」
「うひいっ」
連接剣を使うたび、魔力の扱いがどんどん上手くなっていく。
馬の首は傷つけず、騎乗している男たちだけの首を狙うことも容易くなった。
一度剣を振り回すだけで、10もの無傷の馬を手にいれることができたのだった。
二人死んで十人死んで、残った六人はさすがに突っ込んでこなかった。
「あら、あなた方は来ないのかしら?」
わざわざこちらから迫るのも面倒なので挑発してみる。
あらためて見た盗賊の頭は、思っていたよりも若く、人によっては知的だと捉えるかもしれない風貌だった。
「ちっ……引くぞ!」
そして盗賊たちが選んだのは撤退。
半数以上も死んだのだし、何よりも仲間の命よりも自分の命が大事だから。
私も追いかけることはしなかった。




