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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
61/70

059

 新たな才能が増えていた。

 一晩を共に過ごしたことで、パウラが覚えていた長剣の才能は私の中にも刻まれている。


 ベッドから降りて連接剣を構える。

 ……鏡もないのに構えが様になっていると思えるのはきっと気のせいだろう。

 ただ、連接剣を振り下ろしたとき。

 その勢いは間違いなく昨日までとは別物だった。


「これが武器の才能ね……」


 なんとなく効率的な振り方が分かるというか、身体が勝手に動くというか。

 自力で獲得した才能なら違和感もないのだろうが、いきなり達人になったようで慣れるのに時間がかかりそうだった。

 ついでに連接剣を伸ばしてみたけれど、伸ばした状態だと今までと感覚は変わらない。

 伸ばした連接剣は長剣とはまた別の才能なのだろう。

 これからは普段から伸ばした状態で使ったほうがいいのかもしれない。


 それともうひとつ、僅かながらも魔力を消費していることに気づいた。

 一振りで消費する魔力はとても少なく、一日中剣を振り続けても消費し尽くすことのない程度。

 武器の才能は魔法に比べるととても効率がいいようだ。


 しばらく裸で連接剣を振っているとパウラが目覚める。

 シルヴィアよりも早く起きるだなんて、体力だけは立派なものだ。


「あら、もう起きたの」


「……初めからその剣の振りを見せてくれてたら、挑むなんてことはしなかった」


 ん……ああ、剣の振りを見て実力を把握したということか。

 でも昨日はできなかったことだし、やっぱりパウラは納得しなかったと思う。


「私の目当てはあなたの身体だったもの。その時は実力を隠していたに決まっているわ」


「……悪魔め」


 酷いことを言われた気もするけれど、親しみを込めての言葉だから許してあげよう。

 なにより私も楽しめた。

 張りのある、というよりも筋のあるお肉だったけれど、自らの望み通りに鍛え上げられた身体はなによりも価値のあるものだと思うのだ。


「それよりも身体中がベトベトなの。綺麗にしてくれるかしら」


「どこに井戸があるのか分からない」


「違うわよ。舐めて綺麗にしろと言っているの」


 引きつるパウラ。

 余計にベトベトになるが、これもパウラをさらに従順にさせるため。

 強いものには逆らわないという教育は、きっとパウラのためにもなるだろう。

 ……従順さでいうならば、昨日の今日にしてパウラは既に逆らうこともなくなったかなと、身体中に這いずる感触に身を任せながらそう思った。



「今日は漁師の女から話を聞き出すわ」


「昨日の魚に襲われないという方ですね」


「そう。ただ漁師だから、丸呑鯨(ウースルヴァル)を討伐したいと伝えても話は聞けないと思うの。どう話を聞きだしたらいいと思うかしら」


 どうやって丸呑鯨(ウースルヴァル)をおびき寄せるか、魔物に襲われない理由は何なのか。

 それと海中に流れていた魔力。

 まあそちらは好奇心からのものだから聞けなくてもいい。

 具体的な倒し方を聞き出せたら一番だけど、やはり難しいだろう。


「そんなの、普通に聞けばいいんじゃないのか?」


「……漁師が襲われることで魚をおびき寄せているのよ。丸呑鯨(ウースルヴァル)は個人で見るなら恐るべき魔物だけれど、漁師全体で見るならいなくてはならない魔物なの」


 もちろん自分さえ襲われなければ、という条件はつくけれど。


「でも漁師の爺さんは漁に出ていなかった」


「それはもう働かなくてもいいほど稼いだからでしょう。昨日聞いたばかりじゃない」


「そんなこと言ってたか?」


 意見を述べてくれるのはありがたいけれど、やはりパウラはパウラだった。

 従順になったところで頭は使えないままのようだ。


「シルヴィアはどう思う?」


「そうですね……。イルザさんならば、周りを無視して丸呑鯨(ウースルヴァル)を倒す事もできるのではないですか?」


「そうね。あれぐらいの魔物ならまあ問題なく倒せるわ。でも今の私たちでは海に出ることもできないの」


「では船を奪ってしまいましょう。イルザさんならできますよね?」


 暗示にかけてしまえばいいということだ。

 それもできなくはないけれど、どうにも目立つことは避けられそうにない。

 周りも全て暗示にかけることは不可能に近いだろうし。


「それは最後の手段ね。目立ったことでハインドヴィシュまで漁師に追いかけられたらたまらないもの」


 恨みというのは時に損得を捨てることもある。

 何名もの仕事を奪うのだから、実行犯が私だと知られるわけにはいかないのだ。


「泥棒するのか? そんなことしたら団長はお前と契約しないぞ?」


「……盗むわけないじゃないの。金貨30枚もあれば小舟の一つぐらいは買えるということよ」


「なるほど、そうだな」


 バカでよかった。

 しかし良案は浮かばない。


「シーラは何か案があるかしら」


 ダメ元でシーラにも聞いてみる。

 答えてくれることは期待していない。


「……素直にお話されるのが一番ではないでしょうか」


「……そうなの?」


「イルザさんの懸念は分かりますが、それは彼女が漁師を続けたい場合に限ります。おそらく彼女は喜んでイルザさんに協力してくれるでしょう」


「それは次の仕事があるから?」


「いえ。ただ彼女が漁師を辞めたがっていることは間違いないと思います」


 驚いた。

 素直に話してくれたこともそうだが、それ以上に女が漁師を辞めたがっているなんて。

 一部では有名な話だったのだろうか。


「昨日の彼女は岸まで戻ってきたときもちっとも嬉しそうではありませんでした。周りの皆さんは魚を取れて喜んでいたのにです。つまり彼女はお金に困っていません」


 海が好きだからという理由でもない限り、漁師にこだわる必要はない。

 祭りの頻度は分からないが、毎度毎度生き残っているならばそれだけお金を手にしたということ。


「彼女は初めての漁で海に投げ出されたと聞きました。……これは私の想像ですが、とても怖い思いをしたのだと思います。それこそ二度と海に出たくないぐらいに。けれども周りが許さなかった。丸呑鯨(ウースルヴァル)に襲われないという事実が彼女を担ぎ上げてしまった」


 ──だから今の彼女は嫌々ながら漁師を続けているのです。


 これは表情を伺うことに長けた商人ならではなのだろう。

 特に怪しむところもないし、よく見ているものだと感心できる。


「でも、決定的な証拠があるわけでもないのね」


 全てはシーラの憶測に過ぎないところが、私の一歩を踏まとどまらせる。

 信じていないわけじゃないけど、言われたら確かにそう思うんだけれど……。


「イルザさんの目的がバレてもいいのではないでしょうか。海に長けた漁師も手出しできない魔物です。よほどの人でもない限り、イルザさんにどうにかできるとは思わないでしょう」


「そう、かしら」


「少なくとも私は今でもそう思います。……あくまでも見た目は、ですけれど」


 今の私の見た目はというと、それはもううら若き乙女にしか見えないだろう。

 漁師には見えないし、魔物を倒せるとは誰も思わない。

 少なくともアルベルトぐらいの者でもない限りは。


「……ひとつ聞くけれど、どうして答えてくれたのかしら。シーラは私と会話するのも嫌だったのではないの?」


「……イルザさんのせいではないですか。初めは確かに嫌いでした。恐ろしかったのです。お母さんもあんなことになって、訳のわからないこともされて……。でも……でも、気持ちいいんです! 一度抱かれて、二度抱かれて、三度抱かれて。もう抱かれないなんて考えられないんです!!」


 なんとシーラは、肉欲にとても弱かったのだ!!


 ……いやいや、少し待ってほしい。

 今までに抱いた女性は数しれず、だけどここまで私に依存する娘なんて現れなかった。

 もちろん私は暗示なんてかけていない。

 だから何か別の要因があるはずだ。


「……少し触れるわね」


 もしかしたら何らかの才能が芽生えたのではと思った。

 素直になる、いや人の言うことを聞いてしまう才能。

 それはもしかしたら奴隷の才能なのではと思ったのだ。


 結果として、シーラには確かに新たに芽生えた才能があった。

 依存。

 シルヴィアに甘えられる環境ができたことが、シーラに依存心を芽生えさせたのか。

 それもより、依存なんていう才能があることに驚きだけど。


 でもこの才能、はたしてシーラだけのものなのだろうか。

 一方的な依存は才能として存在しうるのか。

 それを確かめるためには、シルヴィアについても確かめる必要があった。


「あの、なにか……?」


「気にしないで。それよりシルヴィアもいいかしら」


「はい、どうぞ」


 差し出された手に触れて見たシルヴィアの才能には、新たに調教という才能が芽生えていたのだった。


「不思議ねえ」


「何かありましたか?」


「いえね、才能っていうのは意外となんでもありなのかなと思ったのよ」


 調教の才能とは、またシルヴィアに適したものといえるだろう。

 ……私は調教なんかしなくても、持って生まれた魅力があるから問題ないとして。


「あら、もしかして私にも才能があったのですか?」


「ええ、調教だそうよ。シーラは依存。その通りに調教した相手を依存させる才能なのでしょうね」


「まあ、調教ですか。それは便利そうなものですね」


「これからは食事から寄ってくるってことだものね」


 もちろん調教した相手に限るけれど、依存させてしまえば向こうから身体を開くのだ。

 場合によっては暗示の効かない相手にも有効だろうし、シルヴィアの存在は思ったよりも大きなものになりそうだ。


「……今の話だと、お前は他人の才能が見えるみたいだが?」


「そうよ。でもここだけの秘密にしておいてちょうだい。アルベルトに知られたら面倒になりそうだもの」


「わ、私にも才能はあるのか!? 剣の才能は芽生えているのか!!」


 ガバッと私に掴みかかる勢いで迫るパウラ。

 そんなに才能が大事なのか。

 いや、傭兵なのだから大切なことなのだろう。


「安心しなさい。パウラには長剣の才能が待ちあったわ。だからこの手を離して」


「本当か! よかった、ついに私にも才能が芽生えたのか……」


 感動しているところ悪いが、早くこの手を離してほしい。

 しかし才能なんて……ああ、武器の才能も自力で芽生えたものなら気づきにくいのか。

 私のように才能を写し取ったのならいきなり剣の腕も上がるから気づく。

 でも自力で芽生えてしまうと、それまでの腕前も大したものであるから気づきにくいというわけだ。


 結局自分でパウラの手を離す。

 ……いや、才能の発露には魔力が使われるのだから、自力で気づけるはずなのだ。

 それに気づけないパウラはやはりパウラだった。



------



 このシーズン、漁に出ない漁師はとても暇なのだろう。

 今日もまた便利な漁師を捕まえて、女の家を聞くと案内を買って出てくれた。


「漁師に、ねえ……」


「安全に漁に出られるなら、漁師になるのも悪くはないじゃない?」


「……まあ、お前さんのように考えるやつは前にもいたからな」


 ここ数日で嘘をつくことにもだいぶ慣れた気がする。

 彼も漁師であるからには、やはり丸呑鯨(ウースルヴァル)は討伐されたくないはずだから。

 もう十分に儲けている以上漁師にこだわりはないかもしれないが、それでもリスクがある以上は本当のことは言えなかった。


 案内された先の女の家。

 思っていたよりもみすぼらしく、そして目の前は海だった。

 ……やはり漁師が好きだからこそ、こんな海の真ん前に家を構えているのではないのか。


「驚いたか? この家は漁師連中が金を出しあって建てた家でな、ここに住んでくれたら海からいきなり魚が押し寄せることもないだろうと考えたんだ」


「……魚は増えたほうがいいんでしょ?」


「そうじゃなくてな……。まだ俺も生まれてない時の話だ。その頃は漁師の人気もなかったらしく、丸一年間漁に出る奴がいなかった。そうしたらな、いきなり海から無数の魚が飛び出して来たわけよ」


 ハインドヴィシュでもたまに森の魔物が押し寄せてくるらしいし、その類だろうか。


「当時は地獄だったらしい。そこら中をビチビチと魚が跳ね回ってな、住人に噛み付いていったそうだ」


 陸揚げされた魚を想像してみるけれど、跳ねたところで脅威とは思えない。

 なんていうか、シュールな絵面。

 そういえば一時期、サメが上陸してまで押し寄せるB級映画が流行ったっけ。

 もちろん興味はなかったけれど、見ていたら少しは想像できたのだろうか。


「少なくとも俺が生まれてからは一度もないが、監視も兼ねてこうして海のすぐそばに住むものが必要なのさ」


 祭り上げられている、というよりもいいように利用されている、または担ぎ上げられている。

 確かにこんな状況で、ずっと漁を好きでいられるとは考えにくい。

 シーラの予想は当たっているかも。


「まあ気難しい娘ではない。お前さんたちは歓迎されるだろう」


 扉をノックすると、家の中で動く気配があった。


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