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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
60/70

058

 漁師の祭りは、この街の基準でいくならば滞りなく終わったのだろう。

 海から戻ることのできた五名は全員が三匹の魚を捕らえている。

 金貨3枚。

 一日の儲けとしては十分すぎる額だ。


 その漁師にとってある意味では生命線の巨大な魚。

 討伐をする前に確認しなければならないことがあった。


「あなたの団長さんは、この事実を認識しているのかしら」


「は? 何がですか?」


「あなたも聞いていたでしょう。倒されたら困る人もいるみたいじゃない」


「そんなこと……。あなたはただ魔物を倒してたらいいんです。団長がそう言ったんですから間違いありません」


 傭兵団の団長アルベルトに命じられたであろうパウラは何も知らなかった。

 つまりはアルベルトも何も知らないか、もしくは私に伝えるつもりがないということだ。

 これではアルベルトに直接聞いても答えは得られないだろう。


 漁から戻った五人だが、これから解体やらで忙しいそうだ。

 魚に限らず食べられる魔物はすぐに解体するに限る。

 このまま押しかけたところでろくに話も聞いてもらえないだろうから、まずは魔物の情報から集めるべきだ。


 向かった先はシーラの所属している組合の会館。

 ゲルト組合長なら傭兵が受けた依頼も把握しているはず。


「アルベルトから? そんな依頼を?」


「ええ。その後漁師から話しを聞いたのだけれど、考えなしに倒されるのも困るようなのよ。まだ倒す術もないのだけれど、倒してはいけないのだったら考えるだけ無駄じゃない」


 この反応……もしかして丸呑鯨(ウースルヴァル)の討伐なんて依頼は嘘なのではないだろうか。


「ああ、漁師たちならそう言うだろうなあ……。まったく、大昔ならまだしも、今は漁をしたって無駄に死ぬだけだ。国も買い取りを止めちまえばいいのにな」


「……あら、魚は高価だと聞いたのだけれど、あなたのところは儲からないの?」


「この国の漁師の歴史は長くてな、漁業組合だけは独立して存在している。儲けも漁業組合の独占だ」


「ということは、丸呑鯨(ウースルヴァル)の討伐依頼はあなた達が出したもの?」


「俺たちが関わっているのは確かだ。正確には漁業組合を除く組合と、それと国の方針だ」


 つまりは、漁業組合の儲けが許せない?

 いや、国の方針でもあるらしいし、漁業そのものをなくしたいのだろうか。


「ええと……あなた達が漁業組合を潰したいというのは分かるわ。魚の核も独占されてるならあなた達の利益が減っているようなものだもの。でもどうして国の方針になるの?」


「もちろん儲からないからだ。……ああ、魚の値段だな。あれは死人への補償も含めての額なんだな。昔ならいざ知らず、今では魚の額は微々たるもんだ。珍しさも失せたし、何より外の大陸からも魚は運ばれてくる。つまり今の魚の値段は、国の金で維持されてるということだ」


「だったら補償をやめたらいいじゃない」


「そうなんだが、漁業組合は歴史も長い。そう簡単には決断できないのさ」


 なんとなく話が見えてきた。

 ついでに傭兵団の思惑も。

 この依頼を達成すると、この国には感謝されるが漁業組合には恨まれる。

 補償をやめられないということは、漁業組合は力もあるのだろう。

 傭兵団としては、一部でも国の組織に恨まれると動きにくくなるから表立っての討伐はしたくない。

 矢面に立つスケープゴートがほしいところだった。

 そこに現れた私。

 傭兵団の協力を得たくて、漁業組合に睨まれても問題ない相手。

 漁師の恨みは私に向くから傭兵団は今までどおりにこの国で活動できるというわけだ。


 思いっきり利用されていた。

 ただ、この立場なら確かに私は傭兵団から感謝されることだろう。

 そしてデメリットにも目を瞑れる。

 核の取引だって今後はシーラとシルヴィアに任せてしまえば、私はこの国に来なくていいのだ。


 傭兵団は最後にこの国の依頼を達成し、ついでに次の仕事も見つけられるというわけか。

 情報収集能力もそうだが、何よりも頭がいい。

 利用されることには頭にくるが、それでもどうにかこの傭兵団を雇いたいところだ。


 丸呑鯨(ウースルヴァル)を倒そう。

 もはや倒すことにためらいはない。

 問題はどうやって倒すのか。

 強さは問題なさそうだが、水の中というのが枷となる。

 小舟に乗って連接剣で……いや、一撃でトドメを刺さなければ小舟を壊されることになる。

 水中に引き込まれても負けるとは思えないが、パウラも見ている以上は下手なものを見せないほうがいい。


 足りないのは丸呑鯨(ウースルヴァル)の情報。

 あの漁師の女から話を聞きたいところだ。

 しかし漁師である以上、彼女も丸呑鯨(ウースルヴァル)の討伐には反対のはず。

 私の目的がバレないようにするためにはどんな話し方をするべきか。

 今日一日は考えに費やしたほうが良さそうだ。



------



「ねえ、お腹すいたんだけど」


「……それって奢れってこと?」


「そう。接待だよ接待。仕事受けてほしいんなら食事ぐらいは奢らなきゃ」


 パウラは本当に厚かましい女だ。

 でもここで断ってパウラがいなくなったりされては困るのも事実。

 アルベルトももっとまともな人員を寄越せはしなかったのか。


「はあ……お金に余裕はないからな豪華な料理は用意できないわよ」


「私たちは傭兵だ。普段から粗野な食べ物には慣れている」


 ふん。

 街中でまで節制しているわけでもあるまいに。


「シーラ。どこか適当な店について案内して」


「……分かりました」


 シーラの案内で訪れた食事処。

 この国の特産を扱っているわけでもない普通の店だ。

 値段も安い部類だろう。


「これとこれ、あとこっちもお願い」


 パウラは遠慮することなく注文していく。

 明らかに一人分を超えている。

 安い分、量を食べようというつもりらしい。

 さっきの遠慮した態度は嘘だったのか。


 そうこうしているうちに料理が出揃う。

 半分はパウラの頼んだ料理で、独り占めするように手前へと皿を寄せる。

 そんなことをせずとも箸を伸ばしたりはしない。

 意地汚いのも傭兵だからなのか。


 外食してまで安物を味わうつもりもなく、私の前にはスープだけ。


「味が濃くてとっても美味しいですよ。イルザさんも一口いかがですか?」


「……そうね、いただこうかしら」


 だからといって、差し出されたものを拒否する程でもない。


 シルヴィアにとっては久しぶりのまともな食事だ。

 今までは固形物も口に出来なかったし、病人らしく味付けも薄いものばかりだったはず。

 ただの食事に意味はなくなってしまったけれど、こうした食事はまた別だろう。


 そういえはヘルダは料理を続けているのだろうか。

 私がハインドヴィシュ公国を離れる前は討伐に忙しく、ヘルダが受け持っていた料理もおざなりになっていた。

 食事を必要とするのはテアだけだし、お隣さんにお世話になっているかもしれない。


「ふう、食べた食べた。自分のお金を使わない食事は美味しいなあ」


 こいつは一々こちらに喧嘩を売らなければ気が済まないようだ。

 まあいいさ。

 所詮は小娘、小さなことで怒りはしない。


「お腹も膨れたのなら、少し話をしたいのだけれど」


「えー。お腹もいっぱいになったし、もう眠りたいんだけど」


「まだ明るいじゃないの。豚になりたくなければ話を聞きなさい」


 パウラの仕事は私の監視とはいえ、さすがに気を抜きすぎだろう。


「こうして同じ席についているのだし、もう少し傭兵だからなのかのことについて知りたいのよ。……例えばどれぐらい使えるのかとかね」


「使えるって何? 強さのこと? あんた、団長をその目で見たのに分からないの?」


「もちろんアルベルトの強さは疑ってないわ。私が出会った中では間違いなく一番強い。一人で魔人を倒したと言われても信じられるぐらいにわね」


 もちろん私と到達者を除いての話。

 魔人も見たことがないから適当だ。


「問題は団員の強さよ。アルベルト一人が強くとも、その他が弱ければ意味はないの」


 魔法があるのだから戦は数が全てとは言わない。

 けれど対峙した限りでは、アルベルトは魔法を使わないようだった。

 剣を振り回すだけでは大軍を止めるのも限度がある。


「最強の団長が率いているのだ。我らの傭兵団は最強だ!」


 ……そりゃあ、団長なのだから指揮もできるんだろうけど、それにしたって限度はある。

 頭が強ければ下も強いだなんて、だったらヘルダも私と同じぐらい強くなければおかしいだろう。

 たた、パウラにこの話は難しかったようだ。


「……質問を変えるわね。あなたの傭兵団の規模はどのくらいなの? 雇い主としては、他にも傭兵団を雇うべきか考えなければならないの」


「む……大勢だ」


「それは知ってるわ。具体的には何人ぐらいなの」


 イヤな予感。


「……大勢だ」


 ……どうやらパウラから傭兵団のことを聞き出すのは無理のようだ。

 パウラはアルベルトのことしか見ていない。

 団員全てがこうも盲目だと困るんだけど。


「やっぱり不安ね。頭の悪さには目を瞑れるけれど、腕も悪いようなら契約も考えなければならないわ。……少なくともあなたは弱いんだし」


「なんだと!」


「あら、怒ったの? でも本当のことじゃない。あなたはアルベルトよりも全然弱いわ。もちろん私よりもね」


「だったら試すか!」


「試してあげてもいいんだけれどね。でも町の外に出るのはイヤよ。それに私は目立ちたくないの。そうね、腕相撲なんてどうかしら。これなら純粋に力だけの勝負よ」


 パウラからはなんの情報も引き出せないだろう。

 あるいはアルベルトもそのつもりでパウラを寄越したのかもしれない。

 だとするとパウラを暗示にかけて知り合いの傭兵から情報を引き出すことも難しい。

 今まで気にもしていなかった傭兵団の規模を聞き出そうとしただけで、パウラが何かされたと考えてもおかしくない。

 ならばここは、ただパウラを屈服させるに留めるべき。

 静かになってくれるだけで十分だ。



 食事も中途半端な時間だったから、夕暮れ前には家に戻った。

 パウラはすでにやる気十分。

 テーブルの向こうで腕を出して待っている。


「どうせだから何か掛けましょうか」


 腕相撲で勝っただけではパウラが屈服するはずもない。

 私は今の状況を、ただ食材を提供されたものと考えることにした。

 例えるなら暴れる鶏だ。

 捕まえるのも簡単で、料理だって色々できる。


「ふははは。じゃあ金だ! 私たちを雇うぐらいなんだから、たくさん持ってるんだろう」


「あら、欲張りね。だったら私はあなたの身体にしようかしら。討伐者の噂、聞いたことぐらいはあるでしょう?」


 パウラは特に驚きもしなかった。

 もしかしたら討伐者も傭兵も情事事情は似たようなものかもしれない。

 子供ができて傭兵を辞める者が多かったら大変だ。


 手と手を合わせるとお互いの力関係もなんとなく察することができる。

 普段から剣を握っている手のひらだ。

 少なくとも才能を得る程度には振ってきたのだろう。

 ただ残念なことに、鶏の首を落とすのに多少の力も必要ないのだ。


「痛っ!」


 腕はパウラのほうが太かったけれど、力は私のほうが強かった。

 鶏の羽根を毟る作業は面倒だが、力を込める必要すらない。


「これで私の勝ちかしら」


「ま、まだだっ!」


 諦めも悪い。

 どうせ勝てないのだから、素直に身体を差し出せというのだ。


 それから5回やって5連勝。

 パウラもさすがに5度も負けたら力の差に気づくというもの。

 それでは食事の時間だ。


「イルザさん。寝室は整えておきました」


「あら、気が利くわね」


「せっかくのご馳走ですから。それに、イルザさんと一緒の食事も初めてなのですからね」


「そうね。今夜の調理法は暴れる鶏のさばき方と言った具合かしら」


「鶏、ですか?」


「……日の出とともに鳴き喚く鳥よ。もっとも日の出を迎える頃には鳴けなくなっているでしょうけれどね」


 ああそうだ、シルヴィアにはあとで私のことを教えてあげたほうがいいだろう。


「シーラ、パウラを寝室まで連れていきなさい」


「……はい」


「ま、待て! 討伐者はお前だけだろう?」


 ここにきてパウラが焦るがもう手遅れ。


「あら、私がお世話になっている家だもの、住人も同じ趣味なのは当然でしょう?」


「掛けは私とお前だけの話だ!」


「でもね、あなたは私の持っているお金を希望したの。金貨30枚よ。だったらあなたが差し出す身体も金貨30枚分じゃなきゃ。私一人で相手をしたら支払いがいつ終わるのか分からないわ」


 寝室に移動してパウラを押し倒し、ついでにシーラの服も剥ぎ取る。

 なおも暴れるパウラを組み伏せ、喚く口は塞いであげた。


「大丈夫よ。どんなに嫌がっても明日の朝には自ら求めるようになるはずだから」


「パウラさんはどんなお味がするのでしょうね」


 私とシルヴィア、今夜も食事には困らない。


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