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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
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057 愚かな漁師の鎮魂祭

「本日より数日の間ですが、一緒にいさせてもらいます」


「……」


 ニコニコとお茶を用意するシルヴィアとは対象的に、私とこの女は仏頂面を隠さなかった。


 朝早く、アルベルトが言ったとおりに傭兵仲間の一人がシーラの家を訪れた。

 私が本当に海の魔物を倒せるのかという監視役。

 それは構わないんだけど、明らかに無駄な仕事をさせやがってというこの女の態度が気に食わない。


「まあ倒せるとは思いませんけれど」


 これだ。

 まがりなりにも私は雇い主候補なのだし、もう少しまともな態度をとるべきではないのか。


「あなたのような小娘が傭兵になれるぐらいだものね。さぞかしお強いのでしょうね」


「どういう意味ですか」


「なに? 褒めてあげてるんじゃない」


「……たかだかCランクの討伐者の分際で立派なものですね」


「どういう意味よ」


「そのままの意味ですが?」


 しかも言い返してくるのが気に入らない。

 文句は私ではなくアルベルトに言うべきなのだ。


「イルザさんもパウラさんも、少しは落ち着いてくださいな」


 そんな私たちの様子を気にすることもなく、シルヴィアはお茶を並べていく。

 昨夜戻ってきたときからご機嫌なのは、シルヴィアの魔力が増えていることと決して無関係ではない。


「「ふん」」


 傭兵のパウラ。

 私はこいつが気に入らない。



 その後はシルヴィアになだめられ港へと向かう。

 シーラは無関心を貫いた。

 羨ましい立場だ。


 その港だけれど、昨日とはうって変わって大盛況。

 漁師というよりも、見物人と思われる街の人々で溢れかえっていた。


「ただの漁だと聞いていたけれど、こんなにも人が集まるものなの?」


 昨日話を聞いた、便利な漁師を見付けたので話しかける。


「おお、あんたらか。今日は祭りだからな、そりゃあ多くの者が集まるさ」


「祭りって……漁師は命がけなのよね?」


「だからこそさ。愚かな漁師の鎮魂祭フィッシャー・ダッカー・フェスティバルと言ってな、今日だけのことだからこうして見に来るやつも多いのよ」


「死ぬかもしれないっていうのにのんきなものね」


 丸呑みされるらしいから血が流れるわけでもないのだろうけれど、それにしたって目の前で人が死んでいくのを笑える神経が笑えない。


「罪人の処刑だって見学に行くだろう? ま、似たようなものだな」


 そっちも理解できないけどね。

 シーラの奴隷が処刑されるところだって見てないし。

 娯楽が少ないからか、根本的なところで狂ってる気がする。


 ……いや、そうじゃないか。

 私も昔だったら見て喜んでたかも。

 当時……この世界に来る前の、まだ仲間と暮らしていた頃。

 電気がない馬の鉄の時代、たしかに処刑は見世物だった。


 そう思えば人が死ぬのを見て喜ぶ習性は発展の兆しとも言えるだろう。

 もっとも私がこの時代に合わせる必要は全くないし、私の手で発展させる必要もない。

 今は今で不便はないのだ。


「シルヴィア……は見たことがないとしても、シーラはお祭りのことを知ってたんじゃないの?」


「イルザさんも知っていることだと思ってました」


 ああそう……。

 シルヴィアの一件から従順になったシーラだけれど、ただでは転ばないあたりは商人らしいといえるだろうか。

 その態度を咎めるつもりはまったくないけれど。


「私は初めて見ますから、とても楽しみですよ」


「私も初めてよ。それにしても、案外多いのね」


 港では小舟を用意している漁師がたくさんいた。

 漁を終えると小舟は陸に上げている。

 まずは小舟を海に浮かべる作業からだ。


 陸から海まで斜めになるよう石が敷かれ、丸太でレールも作られている。

 一人一艇、自分だけの小舟を持っているようだ。

 総勢20艇の小舟が、密集しながら海へと繰り出した。


「あなたは参加しないの?」


「するはずがないだろう。何を好き好んで魚の餌にならなければならないんだ」


 でも漁に出たのは20人。

 命知らずが集まったにしては少々多い。


「あの小舟を丸呑みするのだから、さぞかし大きな魔物なのでしょうね」


「そうだ。少し沖に出るとすぐに海も深くなる。そうでなきゃ漁にもならんからな」


 丸呑みの魔物は別として、これから狙う魚もどうやら大型のものらしい。

 網を持っている漁師は一人もいない。

 銛を持って、突き刺すために皆海面を見つめていた。


「ここからは時間との勝負だ。ヤツが現れる前に魚を捕まえ、無事に港に戻ることが一流の漁師の証だ。ほら、始まったぞ」


 漁師の一人が海面めがけて銛を突き出した。

 すぐに銛は引き抜かれ、銛の先端には大きな魚。

 腕ぐらいなら簡単に噛みちぎりそう。


「まあまあの大きさだな。あれだと三匹も捕らえたら十分だろう」


「思っていたよりも大きいわ。でもたった三匹で元が取れるの?」


「そうだな……。あれ一匹でだいたい金貨1枚といったところか。ちなみに小舟も金貨2枚だ。まあ十分だろう」


 高い。

 魔力を見る限りではCランク上位といったところ。

 そう考えると命を対価に漁に乗り出す理由にはなるのかもしれない。


「平時ならばせいぜいが銀貨5枚だな。核はもっと安いし核の値段自体は今日も明日も変わらないがな」


 ……ちょっと勘違いしていた。

 高値がつくのは魚の身の値段であり、核自体はCランク相当なのだろう。

 どちらにせよ高価なことには変わりないけれど。


「一度くらいは食べてみようかしらね」


 美味しければ持ち帰ってもいいだろう。

 魚は捌けないから、その時には出来合いの料理を格納することになる。

 ああ、でも今の時期は高いのだったか。

 無駄遣いは避けたほうがいいだろう。


 海上ではなおも漁が続いている。

 順調な者ではもう二匹捕らえた者もいて、その中には驚くことに女の漁師もいた。

 働かなくてもなんとかなりそうな容姿なのに、どうして漁師になったのだろう。


 小舟の集団は徐々に沖へと進んでいく。

 密集しているのは変わらず、どうやら唯一の女の小舟が中心になっているようだった。

 漁師の中のアイドル的存在で、周りの漁師が群がる男に見えたとき。

 海中から迫る大きな魔力を感知した。


 ──大きい。

 少なくとも今まで見た魔物の中で、灰石象(グラファント)よりも多い魔力。

 小舟の漁師は誰も気づいていないのか。

 いや──


「出やがったぞ!」


 小舟に乗った漁師が気づくか気づかないかというとき、海面がグワッと盛り上がってその巨体が現れた。

 この時を待っていたのか見物人も騒ぎ出す。

 なるほど確かに見応えのある光景だ。


 はじめに現れたのは上顎か下顎か、おそらくどちらだったのだろう。

 小舟が飲み込まれる瞬間は見えなかった。

 巨大な魚は一瞬で現れて、そして一瞬で沈んでいった。

 それでおしまいだ。

 残ったのは激しい波に耐える19艇の小舟だけだった。


「今のが?」


「そうだ。ここからが本番だ。丸呑鯨(ウースルヴァル)は一艇を飲み込んだだけじゃ満足しない。今日は何艇逃げられるか……」


 丸呑鯨(ウースルヴァル)が現れたことで、沖に出ていた小舟はすべてこちらへと向きを変えた。

 飲まれる前に逃げるのだ。

 確かにあんな大きな魔物が相手では逃げることしかできないだろう。

 しかし丸呑鯨(ウースルヴァル)もさすがというか、おそらく待っていたのではないかと思う。

 すなわち小舟が沖に出るのを、逃げるまでに時間がかかるようにと。


 1艇、また1艇と丸呑みにされていく。

 丸呑鯨(ウースルヴァル)は一匹だけのようだが、それにしたってすごい食欲だ。

 実際に食べているのかは怪しいところ。

 魔物は人を殺す存在であるのだから、口に含んで沈めてすり潰して、最後には吐き出しているのかもしれない。


 もう丸呑鯨(ウースルヴァル)の動きは気にならなかった。

 気にするまでもなく目立っているから、私から見ると次にどの小舟が狙われるかは明白なこと。

 それよりも1艇の、唯一の女に注目していた。


 私はしっかりとこの目で見たのだ。

 丸呑鯨(ウースルヴァル)が海底から現れる直前に、海面から海底へと向かう魔力の煌めきを。


「シルヴィア……あの女がどう見える?」


「ああっ、また……。え、彼女ですか? そうですね、女性の割に小舟の操作はなかなかに見えます」


 シルヴィアに軽く触れるが、そういえば彼女に魔力を見る才能はなかった。

 シルヴィアに分け与えたのはもともと種族として持っていた才能だけで、新たに得た才能は移っていないのだ。

 できたら私だけでなく、もう一人ぐらい判断がほしいところだ。


「ねえ、あの中に魔法使いはいるの?」


「あの中って……漁師仲間にか? はっ、だったら魔法を使ってすぐに逃げ出すはずだろう」


 あの女……間違いなく何らかの魔法を使っている。

 海面から海中に、何らかの作用を及ぼしているのだ。

 そして魔法が使えることは、どうやら仲間内には秘密らしい。


「もっとバラバラに逃げ出しそうだけれど、命の危機だと言う割には焦らないのね」


「生還の海女がいるからだ。あいつにくっついてたら生き残れると思ってるんだよ」


 この祭りがどれほどの頻度で開かれているのかは知らないが、おそらく女は毎度襲われなかったのだろう。

 生還の海女ねえ……。

 こうして見ると確かに運良く襲われないだけに見える。

 でも不思議だ。

 一回二回なら幸運で済ませるが、五回六回と続くと疑う者が現れてもおかしくないはず。

 あるいはそれすら通り越して、むしろ女がいたからこその祭りに発展したとか……。


「随分と頼られているのねえ」


 周りはバクバクと丸呑みされているのに、女から離れる小舟はない。

 残りは10艇を切ってしまう。

 はたから見てると生還の海女に加護がないことは明らかなのに。


「あの娘には実績があるからな。信じたくなるのさ」


「実績?」


「あの娘がまだ小さかった頃だ。初めての漁に出たとき、あの娘はバランスを崩して海に投げ出された」


 その時は丸呑鯨(ウースルヴァル)が現れる時期ではなかったが、それでも魚は凶暴だ。

 丸呑みされなくとも噛みちぎられる運命しか待っていない、そのはずだった。


「どんなに弱い魔物だろうと人を襲うのは本能だ。それは海の魔物でも変わらん。事実あの娘も次の瞬間には海中に引きずり込まれていた。だれも探すことはしなかった。ダメだろうと皆分かっていたからな」


「でも生き残った」


「そうだ。その日の漁も終わり、皆が港に戻ったあとだった。オレはぼんやりと海を見ていた。小娘が漁師になるなんて、止めるべきだったと思っていた。しかしその時だ、娘が海面へと現れたのは」


 ──海に投げ出されたから泳いできた。

 ──魚には一度も襲われなかった。


「あの娘はきっと海に愛されているのだろう。それからだ、徐々に娘の周りには漁師が集まるようになり、気付けば祭りが開かれるまでになっていた」


 例えばそれは、森の中を身一つで歩いて一度も魔物と出会わないような。

 いや、あの女も魚を捕らえているのだから近づいてはくるのだろう。

 近づかれても気づかれない。

 そっちのほうがしっくりくる。


「それにしたって、死人が出ているのだから祭りも止められそうな気がするわ」


「止めるわけにもいかんのだよ。魔物は人を襲う、つまり人のいる場所にこそ現れる。もしもこの海が魔物を一方的に狩れる場所ならば、近づく魔物も次第に減っていくことだろう」


 穏やかな内海、激しい外海。

 魚の生まれる場所は外海が多いのだろう。

 もしも内海の外に大陸がなかったら、きっと漁で栄えたことだろう。


 ハインドヴィシュ公国と同じだ。

 森には多くの魔物が生まれるが、草原からはそうでもない。

 漁師としては、内海から魚が減ることを許せないのだろう。


「でもあなたは海に出ないのね」


「俺はもう十分稼いだ。命をかける理由もない。今の時期に海に出るのは向こう見ずなやつか、金にがめついやつか、もしくは理由があるやつだけさ」


 そう考えると討伐者とそう立場は変わらないのか。

 違うといえば足場が心もとないだけ。

 いや、魚をおびき寄せるための生贄でもあるのだから、脆い小舟しか用意されないのも誰かの方針なのかも。


 でもそうなると、丸呑鯨(ウースルヴァル)を討伐していいのだろうか。

 今日見た限りでは、丸呑鯨(ウースルヴァル)以外の魚では漁師を海に引きずり込むことは難しそうだ。

 もしも丸呑鯨(ウースルヴァル)を討伐して、漁師として成り立たなくなってしまって責任を求められてもが何もできない。


 もう少し話を聞く必要がある。

 漁師からも、依頼を持ってきた傭兵からも、できたら街の有力者からも。


「そろそろ大丈夫みたいね」


「ああ、そこまで近づけばな。しかしだいぶやられたか……」


 戻ってきたのは結局5艇。

 その中には女の漁師の姿もあった。

 まずは彼女から話を聞きたい。

 何をして襲われなくなったのか、その自覚はあるのか。

 才能を確かめて、有用ならば奪いたいところだった。


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