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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
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055 傭兵団

 私が目覚めると同時に隣でもぞもぞ動く気配。

 私もシルヴィアも睡眠は不要なのだけれども、疲れたときには眠ってしまったほうが回復も早いので朝まで眠っていた。

 もちろん二人とも生まれたままの姿だ。


「魔力の質が上がったのか、これだけ少ないとさすがに分からないわね」


 シルヴィアは私の眷属になったばかり、これまでに魔力の大半を失っていたせいか子供よりも少ない魔力しか保有していない。

 満腹まで回復するにはもう少し時間がかかりそうだ。


「残念ながら、今壊せる核はないのよね」


 昨日のうちに核はあらかた売ってしまったし、残っていたとしてもそれは私の魔力のこもった核だ。

 不思議なことに、私の魔力は血族・眷属から見るとすでに吸収したものとして扱われるらしく、魔力を伸ばすことにはならなかった。

 人から奪える魔力も失った分を補うだけだし、シルヴィアは討伐者になるか、もしくは核を壊さなければ魔力を増やすことはできないだろう。

 今は回復を優先したいから、私から渡せばいいんだけれど。


「魔物ならすぐ近くにも現れますよ」


 寝起きの診察という名の触診──という名のただのいちゃつきから開放されたシルヴィアが教えてくれた。

 周辺に現れる魔物のこと、それとよく依頼に出るらしい魔物のこと。


「特に海に現れる魔物は優先して依頼が出ているそうですよ。小さな船では海を渡れないほどに魔物で溢れかえってあるのだとか」


「思ったよりも体を張って取引しているようね」


「それがそうでもないみたいです。レーゼル共和国では大きな船は作れませんが、向こうの大陸には大きな船もありますからね」


「……輸送も外の大陸に頼っていたの」


「詳しいことは知りませんが、こちらでは大きな船を作ることは難しいようですよ」


 多分だけど、船も魔道具扱いなのだろう。

 そしてこちらには技術が無いと。

 まったく作れないわけでもないのだろうが、搾取される立場なことに違いはない。


「魔物のことはあとで考えましょうか。これから組合長の元へ行くわ。シルヴィアも一緒のほうがいいわね」


「シーラはどうしますか?」


「……連れていきましょうか。戻ってきたことを伝えたほうがいいでしょう」


 未だソファーでぐったりしているシーラ。

 起こすのをシルヴィアに任せたら、思いっきりシーラの頬を引っ叩いた。


「シーラ! イルザさんより早く起きなきゃダメでしょう!」


「おっ、お母さん!?」


 いきなり身体を起こされて、しかも思い切り(はた)かれて、シーラは何事かと思ったことだろう。

 それでも子供ではないのだ、シルヴィアが元気なままなことに少しだけ安堵し、私を見て表情を固くする。


「お母さんに、何をしたんですか」


 凄まれても全く怖くない。


「……とりあえず、服を着たら?」


 私もシルヴィアも、笑いをこらえることは難しかった。



 組合に赴く前に、シーラに話をしておく必要があった。

 下手なことを言って取引がオシャカになってはたまらない。


「……お母さんに何をしたの」


「あら、ちゃんと元気にしたじゃない」


「それだけじゃない! あんなの、治療じゃないよ……」


 昨日、私が組合から戻る前の間に何が起きたのかは知るはずもない。

 けれどもシルヴィアから魔力は流れ込んできたから、何が起きたのかは察している。

 つまりは実の母親に襲われたのだ。

 それも、シーラには知る由もないことだが、どちらかというとただ魔力を奪うための餌として扱われた。

 それだけ気持ちよかったはずだけど、シーラからすると取り乱すのも当然というわけだ。


「シーラ! あなた──」


「いいのよ。私が説明するわ」


 親としての責任……ではなくどうして私を理解できないのか──

 シルヴィアに話させると余計に拗れることになるだろう。

 シルヴィアも今は興奮状態にあるのだ。

 身体が一から生まれ変わったのだからそれもしかたのないことだろう。


「私はきちんと説明したはずよ。私が行うのは治療ではないと。それに動けるような丈夫な身体になったじゃない。それは連れ出したあなたなら分かっていることでしょう?」


「丈夫になっただけじゃない! お母さんでもなくなったら意味がないじゃない!」


「──失礼ね。シルヴィアは今でもあなたの母親なのよ?」


「お母さんは私を襲ったりなんかしない!」


「はあ……。この際だからあなたにも説明するけどね、こうしなきゃシルヴィアは死んでいたのよ?」


 これ以上話すとシーラが憤死してしまうかもしれないと思ったが、まあその時はその時だ。

 ここはレーゼル共和国。

 探せば代わりの商人も見つかるだろう。


「シルヴィアはね、ただそこにいるだけで魔力がどんどんと減っていく体質だったの。もちろん病気じゃないから薬じゃ治らないし、どんな医者に見せても何も分からなかったでしょうね」


「……」


「魔力はそう簡単には増やせない。だからシルヴィアには生まれ変わってもらったわ。魔力を増やすのが難しいのなら、魔力を奪える身体に作り変えるしかないでしょう」


 悪いことなんて何もない。

 寿命はなくなったし、綺麗なまま老いることもない。

 体力も人並み以上だし、眠る必要もなくなった。

 欲望に素直になって、ストレスが溜まることもなくなった。

 シルヴィアの一体どこに嘆く必要があるというのだ。


「そんなの、人じゃない……」


「人のままだったら今日にも死んでいたわね」


 シーラは受け入れるのに時間がかかるかかるのだろうか。

 このままだとただ面倒なのだが。


「──あっ」


「シルヴィア?」


「イルザさん、分かりましたわ。どうしてシーラが怒っているのか」


「あら、凄いわね」


 ポンと手を叩くシルヴィア。

 さすがは母親といったところ。


「実は私も反省していたんですよ。……シーラ、ごめんなさいね。昨日は私もあなたも初めてだったのよね。痛くて泣いていたのよね? 次はもっと気持ちよくしてあげられるから、そう嫌がらなくともいいのよ?」


 その言葉がトドメだった。

 身も心もすっかり変わってしまったと、目の前で見せつけられてしまったのだ。

 シルヴィアを見つめながら静かに涙するシーラは、もう抗う力もないようだった。

 私はただただシルヴィアに感心していた。



------



 ゲルト組合長は昨日と同じように朝から待っていた。

 組合に休みはないらしい。

 その分給料もいいのだろうが、忙しいので羨ましいとは思えない。


「……驚いたな。本当に戻っていたのか」


 シーラが一緒だったことに驚くゲルト組合長。


「ゲルトさん、昨日は娘が迷惑をかけたようで申し訳ございません。これからは心を入れ替えて仕事に従事させますから許したいただけないでしょうか」


「シルヴィアさんも本当に治っているのか……。ああ、別に怒ってはおりませんよ。シーラの依頼料は私が立て替えられるものでしたし、むしろこちらとしても都合が良かった。このまま組合員であり続けることになんの不都合もありません」


 もちろん私は何も言わない。

 都合がいいのは本当だ。

 本来なら手数料としてシーラに向かう分の儲けもすべて組合の利益になったのだから。

 シーラ個人が一方的に損をしただけなのだ。


「こっちが用意していた代金だ。確認してくれ」


「ありがと。聞いていた通りね」


 灰石象(グラファント)の核と緑醜鬼(ゴブリン)の核をいくつか、合わせて金貨32枚。

 決して多くは無いけれど、受け取った袋は妙にずっしりとしていた。


「シーラは下手こいたな。逃げ出さなきゃいけないこいつの利益を手にしてたのになあ」


「……」


 私が受け取った金貨にも、そしてゲルト組合長の物言いにもシーラは無反応を貫いた。


「……どうした? 調子悪いのか?」


「ああ、この子ったら私に怒られたから拗ねているんですよ」


「初めてシルヴィアに怒られたものだから落ち込んでいるのよ」


 これが私だけが言ったことなら怪しいことこの上ないが、シルヴィアを補足した形だからなのかゲルト組合長はすんなり受け入れた。


「ったく、身体はでかくなったもまだまだ子供か。ま、そうじゃなきゃ逃げ出さねえよなあ」


「いいんですよ。この子には反省が必要ですから。それに、もう頑張る必要もないのですから」


「そうか……そうだな。オットーももういないんだ。無理に商売を続ける必要もない」


「あら、もちろん商人は続けさせますよ」


「……そうなのか?」


「イルザさんにはお世話になりましたから。どうやらお金が必要なようですし、これからはイルザさんのためにお金を稼ぐのもいいでしょうから」


「ちっ、案外抜け目ねえなあ。シルヴィアさんは寝たきりだったはずなのに、オットーから色々と話を聞いてそうだ」


 ガハハとゲルト組合長が笑うが、どこに笑いどころがあったのだろう。


「ん、分かんねえか? お前さんはハインドヴィシュに戻るんだろう? だが核を売るためにはここまで持ち込まなければならない。その輸送にシーラを使うって言ってんだ。輸送費も運ぶものの値段次第だから、それなりの儲けにはなるってこった」


 ……そうか、シルヴィアは私と一緒にハインドヴィシュ公国に来るつもりだったのか。

 それに輸送を手伝うというのもいい案だろう。

 少し鍛えたらシルヴィアだけでもその辺の魔物はなんとでもなるはずだから。


「ま、その辺の話はおいおいな」


 そうだ。

 今日も組合に来たのは何もシルヴィアの容態を見せるためではないのだから。


「そうそう、昨日見せて貰った討伐者用の水を出す魔道具、あれを一ついただけるかしら」


「その話でもないはずだがな。一つならタダでいい。その代わり今後も核を持ち込んでくれよ」


「あら、気前がいいのね。もちろん他の組合に持っていって値段を釣り上げるようなことはしないわ。目をつけられたくないもの」


「それがいいだろうな。目の前で相手だけが儲けていると知ったら何をしでかすか分かったもんじゃない」


「もちろんそれはあなた達も一緒なのよね」


「……まあ、な」


 今後核を違う店に卸したら、彼らはきっと核の秘密を探ろうとするだろう。

 それは私も勘弁願いたいことだから、この組合以外と取引をするつもりはない。


「その話はいいだろう。お前さんにとっては今待たせている客人のほうが大事なはずだ」


「昨日話してくれた傭兵のことね」


「そうだ。今日たまたま用事があったからな。お前さんのことも話したら興味を持ったようでな、隣の部屋で待っているんだ」


「随分と都合のいいことね」


「ふっ。なに、そう警戒することもない。傭兵は独自の情報網を持っているからな。お前さんと繋がりを作っておきたいのさ」


 つまりゲルト組合長は何かを話したわけではないと。

 もしかしたらわたしの立場も知られているかもしれないが、ゲルト組合長の勘違いなので問題はないはずだ。


「……おい、シーラとシルヴィアさんも連れて行くのか?」


「いけないの?」


「悪くはないが……相手は傭兵だぞ?」


「傭兵だからと言っていきなり斬りかかることもないでしょう。今後はシーラとシルヴィアに頼ることにもなりそうだし、顔見せはしたほうがいいでしょうよ」


「そうかい。ならいいか。お客は隣の部屋でもうお待ちだ。店を壊したりはしないようにな」


「その言葉は相手に言いなさい」


「はっ、違いない」


 ゲルト組合長は立ち会わないそうだ。

 話は勝手につけろということだろう。


「傭兵を雇うのですか?」


「まだ決めていないわ。とりあえず聞けるだけ話を聞いておこうと思ったの。まだお金も少ないしね」


 傭兵は私たちが来る前から待っていたようだし、これ以上待たせて気を悪くさせる必要はない。

 だからすぐに隣の部屋の扉に手をかけたのだ。


 ──間に合わない!


 ほんの少し扉を押した瞬間に斬られると思った。

 悩むよりも先に身体が動く。

 連接剣を構える時間はない。

 手を伸ばし、格納していたナイフを構えた。


 覚悟していた衝撃は……いつまでたっても訪れなかった。


 慣性で扉がゆっくりと開かれると、剣を構え私に殺気を飛ばす一人の男が現れたのだった。


「誰だ、お前」


「あなたこそ誰なのかしら」


 赤い髪を後ろに束ねた男。

 間違いなく傭兵、しかも討伐者ならAランク間違いなし。

 対峙して受ける重圧は、私の知っているどの討伐者よりも強いものだった。


「ハインドヴィシュの二本槍だと聞いてたんだがな」


「それではあなたが傭兵なのね。いきなり随分なご挨拶じゃない」


「悪かったな。本物かどうか確かめたかったんだ」


 振り降ろす途中で止められていたた剣をしまうが、悪いことをしたとはちっとも思っていない顔だ。


「本物?」


「そうだ。ハインドヴィシュの二本槍といえば俺たちの間でも有名だ。その噂を確かめようと思ってな。ただあんたはどうやら違うようだ」


「へえ……どこを見てそう思ったのかしら」


「なに、俺たちにも独自の情報網というやつはあるのさ。髪の色も違う、背丈も違う、何よりも激高していない。俺たちの情報ではな、二本槍の女のほうは残念な頭の出来のはずだからな」


 それも商人よりも強力な情報網を。

 でなければゲルト組合長は私をカルディアと勘違いなんてしていない。


「あんたが何者かは知らないが、それなりにできるやつだと言うことは分かった。常識もありそうだ。それで、聞きたいことがあるんだってな」


 ふてぶてしく椅子にふんぞり返る男。

 自信が溢れ出る傭兵は、ニヤリと私に笑みを向けた。


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