054
待つこと数分。
ゲルト組合長は、思っていたよりも小さな測定器を手に戻ってきた。
彼だけということは、一応はゲルト組合長と取引をしたいという私の意思を汲み取ってのものだろう。
「こいつは向こうの大陸から取り寄せた優れものでな。シーラから聞いているだろうが、核の持つ魔力を調べることができる。その量で値段を決めているんだな」
「それはギルドも同じなのかしら。……ああ、ギルドは持っていないのね。買取価格は変わらないもの」
「そうだ。ま、今ではギルドの価格もこいつを使った時とさほど変わらないがな」
この測定器を手に入れたばかりの頃には、ギルドの販売価格との差異を利用して結構な儲けを叩き出したそうだ。
しかし一部の核に需用が集まれば価格を改定するのが常である。
今ではほとんどの核は適正価格へと修正されているそうだ。
面白いのは、その需要を生み出しているのはこの国レーゼル共和国ではないというところ。
レーゼル共和国はあくまでも中継地に過ぎず、核のほとんどは取引先である外の大陸へと流れているそうだ。
この大陸で一番の金持ちも、その実外の大陸を肥やすための奴隷国家に過ぎなかったというわけだ。
しかしその奴隷国家もこの大陸では小さくない。
流通している硬貨はレーゼル共和国が発行したものがほとんどなのだから、どれだけ支持されているかがわかるというもの。
他国の硬貨も存在するが、それはレーゼル共和国の硬貨の上から圧し潰した、絵だけを変えた同質の硬貨なのだ。
あくまでも同質の硬貨を扱わなければ、商人はこぞってその国を離れていくのだとか。
そう見ると、この大陸全体が外の大陸のために存在しているようだった。
先に発展した大陸が主導権を握るのは当然だ。
だから現状に不満はない。
だけど、外からの干渉というのも得てして戦争の引き金になりやすいものだろう。
将来のことを思うと、なんとかしたいのも確かだった。
さて、見た目だけは緑醜鬼の核であるが、中身は全くの別物である。
ヘルダが吸収したことで空っぽとなった核。
そこに私の魔力を限界まで注ぎ込んだものなのだ。
核に対してもまだまだ分からないことは多いが、それでも分かったことはある。
核というのは不思議なもので、その最大限まで魔力を蓄えていることはほとんどない。
少なくとも私は、魔力が最大限まで蓄えられた核を魔物から抜きだしたことはない。
そして調べた限りでは、もともと魔物が持っていた魔力の十倍程度は押し込むことができるのだ。
核の容量というのは、もしかしたらその魔物の成長できる余地なのではと考えていたりする。
「……」
核の測定を終えたゲルト組合長の表情は変わらない。
しかし驚愕を必死に抑え込んでいるであろうことは容易に分かる。
たかだか緑醜鬼の核に十倍もの魔力が込められているのだから当然だ。
「ギルドには売れないと言った意味、理解してもらえたかしら?」
「まさか、本当だったとはな。確かにこれではギルドに売れまい。いや、売れるだろうが損を見ることは明らかか……」
そう、ギルドは核を大きさと形だけで見極める。
これほど魔力が込められていても、ギルドではただの緑醜鬼の核として扱われてしまうのだ。
「それで、あなたはこの核にいくらの値段をつけるのかしら」
「……その前に、いくつか確認したいことがある」
「答えられるかは分からないけど」
「この核はひとつだけなのか?」
「値段によっては増やせるわ」
「それは今日だけの話か? それとも定期的に売ることができるのか?」
「後者よ。あなたがしかるべき値段で買い取ってくれるなら、継続的に卸すつもりがこちらにはあるわ」
今のところは一日一個しか増やしていないけれど。
「そうか……この魔力量だと、ひとつ200ユルってところか」
「……えっ?」
「なんだ、不満か? これでもそれなりの値をつけたつもりなんだがな。ついでにいうが、持ち込まれたからこその値段だからな」
「ええ、それは分かっているわ」
驚いたのは確かだけれど、それは予想よりも高かったからだ。
緑醜鬼の核の値段は2ユルで、今回用意した核の魔力量は十倍。
だから値段も十倍の20ユルもいけばいいと思っていたのになんと100倍。
「随分といい値段をつけてくれたわね」
「そうか? 確かに驚いたが魔力量はC級上位ってところだからな。もちろん買い取ることに問題はないが、ハインドヴィシュ公国からわざわざ足を運んだにしては正直なところ拍子抜けといったところか」
他国から足を運んで銀貨2枚ではたしかに時間の無駄だろう。
でも緑醜鬼の核はあくまでも様子見だ。
「それじゃこちらの核ならいくらになるのかしらね」
取り出したのは大きな核。
ずっと売ることのできなかった、灰石象の核だ。
ヘルダが才能を得ることのできた核であり、そして魔力を抽出できるようになった核。
もちろん魔力は限界まで込めてある。
「この大きさは……まさかこれも魔力が多いのか」
「当然ね。でなきゃわざわざここで見せないわ」
灰石象の核は聞いたところでは2,000ユルだそうだ。
これも同じく100倍の価値があるのなら200,000ユル。
金貨20枚に相当するその価格は、それだけで一家が一年間を裕福に過ごせるだけのものだ。
ゲルト組合長が恐る恐るといった手つきで核を測定する。
結果はすぐに出た。
「──300,000ユルだ」
想像以上の価値だった。
そして、どうやら核の価値は数よりも質にあるらしいことも分かる。
純粋に核の持つ魔力だけを求めているのなら、価値は変わらず100倍のはず。
核一つに対して魔力が多いほどに価値が高まる理由はなんだろうか。
「私は核の使いみちを知らないんだけど、例えばどんなものに使われているのかしら」
「何だ、知らないのか? ハインドヴィシュ公国でも使われているはずなんだがな。街灯ぐらいはあるだろう。つまりは魔道具の動力源だ」
そういえばちらっと聞いたことがあるかもしれない。
でも街灯程度にここまで魔力は使わないと思うのだ。
「その魔道具、見せてもらうことはできるのかしら」
「こちらとしては歓迎だ。金を持っていかれてばかりてはこちらも困るからな」
あまり人には見られたくないという私の意見を聞き入れて、いくつかの魔道具をこの部屋まで持ってきてもらえることになった。
魔道具も気になるけれど、金貨30枚という価値に頬が緩むのを抑えられない。
だってだ。
一食5ユルと換算しても、300,000ユルだと6万食。
兵士1,000人を雇ったとしても20日は持つ計算となるのだ。
何度か取引を続けるだけで、リタから頼まれた戦争に備える費用というのも賄えるようになるではないか。
もちろんそこには食費以外も関わってくるがそれにしてもだ。
だからといって問題が解決するわけではない。
お金の目処はたったけれど、それだけでは戦争に勝てるはずもない。
ハインドヴィシュ公国とアデライド帝国では国の大きさが違うのだ。
つまり動かせる兵士の数も違うということ。
それこそハインドヴィシュ公国の国民すべてを動かしたとしても、アデライド帝国の兵士の数に劣るのだから。
でも戦力にもあてがあった。
この国、レーゼル共和国に雇われているというサルデルン連邦の傭兵。
私でも雇うことはできるのだろうか。
「待たせたな。どんなものがいいのか分からんから適当期に持ってきたぞ」
どこかで見たことのあるようなものから、まったく初めて見るものまで。
ただ、使い方までは分からない。
「よければ説明をしてもらえるかしら」
「ほんとに見るのも初めてか。ここらにあるものはハインドヴィシュ公国でも一般的なはずなんだがな」
そう言いつつも、説明はしっかりとしてくれた。
まずは日用品、明かりになるランプや勝手に水が貯まる水瓶。
コンロなんていうのもあった。
討伐者向けにも水の貯まる水筒と火種があって、これらは必須のものみたい。
「どれも大きな核が必要には見えないわね」
「でかくても使いにくいだけだろう。大きな核は大きな物に使われている」
一番大きな核は船に使われるそうだ。
漕ぎ手がいらなくなるから重宝するのだとか。
あとは馬車。
僅かに浮くことで揺れを抑えることができるらしい。
それでも集める核に対して使いみちが少ないなと思っていると、ゲルト組合長が答えを教えてくれた。
「魔道具ってのは作るのも難しくてな。こっちの大陸では簡単なものしか作れないというわけだ」
つまり、外の大陸ではもっと色んな魔道具があると。
「なにせ外の大陸はでかい。国もでかい。この大陸すべての国を合わせても、外の大陸一国にすら届かない。当然技術も違ってくる」
「……そんなに差があるの?」
「だからこそこの大陸はやっていけるのさ。小さいから外の大陸に目をつけられない。核さえ輸出してたら文句はないんだろう」
まあ関係ないか。
いま気にすべきはアデライド帝国だ。
「魔道具については分かったわ。それよりも、この国で雇っているという傭兵について聞きたいの」
「……ほう。シーラから聞いたのか」
「ええ。傭兵を雇うのにどれぐらいのお金が必要なのか聞いておきたいの」
あとできたら強さも。
アデライド帝国の兵士よりも強いのならば言うことはない。
「……そうか。お前さん、名高い美姫の二本の槍だな。ハインドヴィシュからやってきてわざわざ俺に話を持ってくる。持ち込まれた物も普通の商人には取り扱えない。金がほしいのも傭兵のためだと考えたら、自ずと答えは知れるものだ」
「……二本の槍?」
「お前さんは自分で思っているよりも有名だということだ。そうか、王は愚かだが姫は国を守るか……」
勝手に納得されても困るんだけど……。
日本の槍というのは、たぶんカルディアとマイカのことなのだろう。
カルディアと間違われるのは心外だったが、ここで否定してもいいことはなさそう。
ゲルト組合長の感じではリタをそう悪くは思っていないようだし、むしろ騙しておくべきだ。
「さすが組合長と言ったところかしら」
「ま、この場所にいるだけで色々と知れることもあるのさ」
「それよりも傭兵についてよ」
「まあ落ち着くんだ。今話してもいいんだが、どうせなら傭兵から直接話を聞けたほうがいいだろう。たまたま明日に傭兵の一人がこの店を訪れる予定になっている。お前さんのことも紹介してやろう」
「あら、いいの?」
「下手なことを話すわけにもいかんからな」
それで話はついた。
すぐに雇うわけにもいかないが、これで兵力のあてもついたというわけだ。
なんだか順調すぎて怖いぐらい。
「今日はどこに泊まるんだ? シーラの家には泊まれんだろう」
「シーラの家に戻るわよ。そろそろ帰ってきてると思うのよね」
「……逃げ出したんだろう?」
「シルヴィアを連れてね。そのシルヴィアとは話してるのよ。もしかしたらシーラが何かするかもしれないって」
「……そうか。確かにシルヴィアさんの性格ならば借金を踏み倒すことをよしとするはずもない、か」
「そういうことよ。だからシーラに罰を与えるとかは考えなくてもいいわ」
核を売り払った代金も明日受け取れることになったので、手持ちの緑醜鬼の核をすべて渡してからお暇した。
どうせ持っていても使いみちがないのだ。
魔道具も別に……ああ、水筒ぐらいは買ってもいいのかもしれない。
私には不要でも、ヘルダには飲水が必要だから。
明日も同じ時間に顔を出せばいいということで本日はシーラの家はと戻る。
この分ではすぐにでもハインドヴィシュへと帰れそうだった。
そのシーラの家。
分かっていたことだが、朝に姿の見えなかったシルヴィアはきちんと戻ってきていた。
「その様子だと身体の調子はいいようね」
「イルザさん! まるで生まれ変わったかのように身体が軽いんです!」
「落ち着きなさい。身体は良くなるって言ったじゃない」
子供に戻ったようにはしゃぐシルヴィアを押さえてソファーへと腰掛ける。
そこには気を失ったシーラも眠っているのだが気にしない。
服を着ていない理由も分かっている。
「魔力も増えているし、これで心配はなくなったのかしら。……相手にしたのはシーラだけ?」
「はい。この子ったら酷いんですよ。イルザさんについていったら何をされるか分からないから逃げようだなんて言ったんです。無理に私を連れ出して、私の話も聞かなくて。でもそれでよかったんでしょうね」
「実の娘に手を出すことになったのに?」
「だってシーラ、私に似て見られる顔をしているから……」
血が繋がっていようともシルヴィアに躊躇した様子は見られない。
ためらうことなく娘の初めてをいただいてしまったあたり、シルヴィアの中身はすっかり人ではなくなってしまったようだ。
それにしてもその歳で初めてなんて……いやいや、むしろ歓迎されるかも。
行き遅れにならなくてすんだのだし、大好きな母親が相手だったのだから。
「まだ早いけどもう寝ましょうか」
「あら。でもシーラはもう限界のようですよ?」
……まだ食べ足りないみたい。
「寝るのは私とよ。お互いに吸精しあうの。魔力は増えないけれど質がよくなるのよ。それで魔力の感覚を掴めたら、シルヴィアの魔力が減ることもなくなると思うわ」
昨夜のことをまだ覚えているのだろう。
私が誘うと妖艶な笑みを浮かべるのだ。
……私よりも年上だから、私よりも様になっている気がするのは気のせいではないのだろう。
「シーラ相手には本能でどうとでもなったでしょうけどね、生娘ばかりを相手にもしていられないんだから。今夜は私が手ほどきしてあげる」
シルヴィアは昨日と比べ、だいぶ肉がついた気がする。
基本的には成長しなくなったはずだけれど、これは成長ではなく元に戻るということなのだろうか。
……このままだと私よりも胸が大きくなりそうだ。
膨らまないようにたくさん刺激を与えてやろう。




