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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
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051 金持つ奴隷

 この国の姫、リタと交わした約束。

 戦火がこの国まで伸びたとき、私は助けることを約束した。

 もちろん私が戦えばいいというだけの話でもなく、国への被害なく勝利せよということだ。

 いくら私が強くとも、一人で戦争に抗えるはずもない。

 戦力が必要だった。

 そして戦力を増やすためには、仲間を増やすためには何よりもお金が必要だった。


『ああ、うん……。言いたいことは分かったよ。まっとうに討伐者を続けるだけじゃお金はなかなか貯まらない。だから稼いで来るって話だよね』


『ええそうよ。そしてお金を稼ぐのならば、一度くらいはレーゼル共和国に行ってみるべきだと思ってるの』


 レーゼル共和国は商人の国。

 国と国の取引を行う際、そのには必ずと言っていいほどレーゼルの商人の影がある。

 そもそも、この大陸外との商取引はレーゼルしか行っていないのだからそれも当然ということだ。


 この大陸は海に囲われている。

 マキレイア海。

 どこを見ても常に荒れている、とても船を出すことのできない海。

 そんな中でどうしてレーゼルだけが外の大陸とか取引ができるのかというと、接している海が違うからだ。

 ミストレア内海。

 常に穏やかな海があるからこそ、レーゼルは取引ができるのだ。

 そして珍しいものが多く集まるレーゼルには、自然とお金も集まるのだった。


『イルザの言いたいことは分かったよ。うん、私もお金を稼ぐためならレーゼルに向かうのが一番だと思う。そっか、だから彼女を生かしたんだね』


『レーゼルの商人と知り合っておいたほうが色々と便利だと思ったのよ』


『うん、別に咎めて要るわけじゃないよ。使えるものはなんでも使ったほうがいい。お姫様のお願いはそれぐらい難しいものだと思うから。私が気にしているのは、残される私たちはどうしたらいいって話なの』


『わ、わたしは……イルザさんと一緒にいたいです』


 ヘルダ……。

 つれていくことは考えた。

 私はヘルダが大きくなるまで見守るつもりであったし、それは今も変わらない。

 ただ冷静に考えて。

 ヘルダはまだ幼すぎたのだ。


 この度一緒にレーゼル共和国へと向かうことになるシーラは旅慣れている。

 むしろシーラと知り合ったのはレーゼルへの顔つなぎの為なのだから、一緒に行かないはずがない。

 ただ、シーラと私の二人だけなのだ。

 シーラが持っていた奴隷の二人は犯罪者として処刑された。

 ヘルダの面倒をシーラに任せるのか?

 ただでさえ案内や馬車を操ってと忙しいのに?

 無理だろう。

 ここでヘルダを連れていったら、もしもの時に対応できなくなる。


『ヘルダは連れていけないわ。レーゼル共和国は遠いのよ。それはあなたも分かっていることでしょう?』


 約30日。

 それがハインドヴィシュ公国の首都とレーゼル共和国の首都との距離なのだ。


『でも……』


『それに、ヘルダの訓練はまだ終わっていないでしょう? 魔法にもまだまだ先がある。魔力も少しずつ増えている。どちらも私がいなくてもできることなのよ』


 それはヘルダだけではなく、クラーラとテアについても同じこと。

 火の魔法を使える時間は確かに伸びた。

 けれど鍛冶に用いるにはまだまだ短い。

 テアだって土は生み出せるようになったが、石を生み出すことはできていない。

 どれもこれも、私がいなくともできることなのだ。


『……仲良くなった討伐者がいるでしょう。ヘルダはアネル達と一緒に狩りをなさい。森の浅域ならばヘルダ一人でも安心できるわ。そして緑醜鬼(ゴブリン)の核を集めるの。その理由は分かっているわね?』


『……』


『それに、ね。私も見てみたいのよ。私が戻ってきたときに、ヘルダが成長している姿を見せてほしいの』


 それで納得しないことは分かっていた。

 けれども、何を言おうが私がヘルダを連れていくことはないということも分かっていたのだろう。


『……わかり、ました』


 最後には、不承不承という様子でヘルダは頷くのだった。



------



 そして現在は馬車の上。

 かばってあげたのだからという恩を掲げ、仕事を放り出してシーラとレーゼル共和国へと向かっていた。

 今の私はシーラの護衛という形だが、もちろん本来の目的は私自身がレーゼルに赴くことにあり、お金を手にするためである。


 街を出てからすぐは順調だった。

 街に近ければ近いほど魔物は現れない。

 その通りに一日目は魔物と一度も合わなかった。


 二日目の襲撃は二度あった。

 このあたりの草原には飢餓犬(アンリュード)しかいないようで、さっくり倒しておしまいだ。


 しかし三日目以降。

 飢餓犬(アンリュード)の現れる頻度は激増した。

 具体的には一時間に一度は現れる。

 なんだってこんなに現れるのだと、シーラに当たらずにはいられないぐらいだった。


「ひっ……すみません。普段は商隊を組んで移動するのです。それに護衛も大勢頼みます」


 それではなぜ今回は商隊を組まず、それも護衛が一人だけなのかというと。

 もちろん私が急かしたからだ。

 だってそうだろう、金儲けの話はいつだって早く動いたほうがいいのだから。


「……そろそろ私に怖気づくのはやめなさい」


 結局それしか言えなかった。



 何も、街から離れたらどこでもひっきりなしに魔物が襲ってくるわけでもないのだ。

 原因は選んだ道にある。

 商隊だからこそ通れる道というのがあるのだ。

 大勢なのだから休憩のためにいちいち面倒な村に世話になる必要などない。

 食べ物も自分たちで持ち寄ればいいのだし、テントもそう。

 何よりも護衛が大勢だから魔物が何匹現れたところで恐れることなど何もない。


 そんな商隊だからこそ通る道を、私とシーラの二人だけで移動している。

 もちろん近くに村はなく、ただの商人は通らない道。

 だから多くの魔物が現れるというわけだ。


「これじゃあ眠ることもできそうにないわね」


「あの……戻りますか? 今ならまだ間に合います」


「いいえ、進むわ。眠れなくても問題ないもの。もちろんシーラの身の安全は保証するわ」


「そうですか……」


 シーラとしても後悔しているのかもしれない。

 今まで商隊任せだった魔物の討伐をこんな目の前で見ているのだ。

 怖気づくのが当たり前。

 けれど、一度出立したばかりで舞い戻るのはそれこそ恥ずかしいことだった。


「まあ、倒した分だけ儲かるのよね」


 核は基本的にギルドが買い取る。

 それは国が違えど変わらないルールである。

 もちろん討伐者一人ひとりの動向を確認するわけにはいかないから、売ろうと思えば直接商人に売ることは可能なのだ。

 ただ、ギルドもバカではない。

 無駄に国の資本が入っているわけではないのだ。

 国の資本が入っているということは、国と関わりがあるということ。

 ならば門番と話をするぐらいは容易いだろう。


 毎日のように狩りに出かける討伐者。

 しかしギルドに報告にこない。

 商店に入っていくのを見かけた。

 そんな小さな噂から、犯罪は暴かれていくものなのだ。


 もちろんどこにだって抜け道はある。

 倒した分だけ儲かるというのは、その抜け道を使うからだ。

 討伐者が門から出て門に戻り、ギルドに寄らずに商店に寄る。

 それはあからさま過ぎるというものだ。

 では、違う門から入ったら。

 そうではなく、違う街まで移動したら?


 ハインドヴィシュ公国からレーゼル共和国まで移動する。

 もちろん国が違うから門番の連繋なんて取れるはずがない。

 私が受けた依頼は護衛であり、しかもギルドを通していない。

 レーゼルのギルドに報告することなど何もなく、わざわざ門番に私が討伐者であると伝える必要もない。

 私はただ襲ってくる魔物を倒し、護衛としての報酬を受け取っているだけなのだから。


 そんなわけで、飢餓犬(アンリュード)が多く現れても面倒なだけで嫌ではないのだ。

 なにせギルドの二倍の値段で買い取ってくれると約束させた。

 はした金には違いないが、儲けは儲けである。


「さて、今のうちに改めて確認しておくわ。レーゼルでは魔物の核はなんでも買い取ることになっているのよね?」


「基本的には。核に留まる魔力を調べ、適正な値段で買い取ります。ですから同じ魔物の核でも僅かに値段が変わることはしょっちゅうです」


「それは緑醜鬼(ゴブリン)でも同じなのかしら」


「いえ……さすがに緑醜鬼(ゴブリン)は魔力が少なすぎますから。それな多少の魔力が変わっても、銅貨2枚から増減するほどの魔力の差はありません。増減するといってもせいぜい一割程度とお考えください」


 つまり、強い魔物の核ほど高く売れる可能性があると。

 逆に言うと、私の討伐者ランクに適正な魔物では期待するだけ損というもの。

 まあそれはいい。

 ちまちま稼ぐつもりはないのだ。


 それよりも今話すべきことがあった。

 わざわざシーラと二人きりだけの旅をした理由。


「それで、そろそろ話してくれてもいいのではないかしら」


「……母の、ことですね」


 シーラの母親は病気だった。

 だからこそ、父を殺してでも儲けを出そうとしたシーラ。

 今こうしている間にも、シーラは私を利用していかにお金を稼ぐのかを考えているはずだ。

 もちろんそれは私も承知のこと。

 存分に警戒してくれて構わない。

 本来ならば暗示にかければ済むことなのだが、実はそう簡単にはいかなかったりする。

 暗示にかければ確かに私に従順になるだろう。

 大切な母親を見捨て、わたしに貢がせることもできるだろう。

 しかしそれは無理なのだ。

 ヘルダの教育に悪いというわけではなく、シーラの商人としての立場を考えてのこと。

 暗示にかけ、私に従順になったとして。

 頭まで私相応になってしまっては困るのだ。


「……生まれつき、母は身体が弱かったと聞いています」


 小さな頃からすぐに熱を出した。

 食事も細く、このままでは大人になれるかも心配されたぐらい。

 でも彼女の隣には幼馴染がいた。


 その幼馴染は親に頼み込んで薬を手に入れた。

 借金をしたのだ。

 しかも、その薬は一時的に体調を戻すだけで完治するものではなかった。

 だから幼馴染は働いた。

 商人となり、金を稼ぎ、両親への借金も返済して自らの金で薬を買うようになった。

 結婚したのはちょうどひとり立ちした頃だった。


「はじめのうちは良かったんです。父は母のためだけに働いていましたし、母もそんな父のあり方を嬉しく思っていましたから」


 歯車が狂ったのはいつだったか。

 商人としていろんな場所に赴いた。

 その地その地で商売をしていくと、自然と知り合いも増えていく。

 今まで見えていなかったことにも気づいていく。

 案外病人が多いことにも気づいてしまった。

 父は一人の妻のためだけに働いていたが、果たしてそれは正しい行いなのか。

 母の薬は特に高価で、それは十人の病人を救ってもまだ余裕があるほどだった。

 父は悩んだ。

 独りよがりに妻だけを救うべきなのか、それとも手をのばせるだけ伸ばすべきなのか。


「父も、そして母も優しすぎたのでしょう。それから父は過度な儲けは出さないようになり、また母もそんな父のことを受け入れたのです」


「でもあなたは気に食わなかった」


「当然です。あれだけ優しい母を、どうして諦めることができるのでしょう。それに商人をしていると見えてくるのです。確かに弱い人は多い、けれどそれ以上に悪い人が溢れているのですから。それなのにどうして、家族以外にまで手を伸ばさなければならないのでしょう」


 その判断は当たり前であり、また間違ってもいるのだろう。

 他人よりも自分を、自分の身の回りを優先するのは当然のことだ。

 ただ人は弱いから、助け合うために周りに手を伸ばすのもまた当たり前。

 例えば私は手を伸ばさない。

 際限なく伸ばしても守れないと知っているから。

 そしてシーラも。

 父親の姿を一番近くで見ていたからこそ、母親だけに目を向けるようになったのだろう。


「私はあなたの父も母も知らないわ。けれど、あなたの判断は間違っていないと思うの」


「……そう、ですか」


「私には家族はいないけれど、親しい存在はいるからね。私もその家族だけが生きていてくれたら満足だもの」


 ヘルダ、クラーラ、それに今はリタとテア。

 その中にも優先度はあるにせよ、気づけば四人になっている。

 これまでの人生では考えられないことだった。


「それよりも、よ。無事にレーゼルにたどり着いたときの報酬、あなたは忘れてないわよね?」


「え、ええ、そらはもちろん……。レーゼルにたどり着いた暁には、母を紹介すると約束しましょう」


「それだけではないでしょう? 私との約束が、そんな単純なはずがないでしょう?」


「……本当に母の病気を治せるのですか? どんな薬でも現状維持が精一杯の母を治すことができるのですか?」


「治すのではないわ。ただ、丈夫な身体にしてあげるだけ」


 私の言葉に考え込むが、どれだけ頭を働かせたところで答えにたどり着くはずもない。


「そして、あなたのお母さんが何不自由なく暮らせるようになった暁には?」


「……あなたの、イルザさんのためだけの商人になると誓います」


 私には商才がない。

 もちろん長い人生を生きてきたから、一通りの金の流れぐらいは知っている。

 でも、そんなにわか知識では本物の商人を相手に利益を得ることは難しいということもよおく知っているのだ。


 シーラの暗示をすぐに解いた理由がこれだ。

 彼女に金を稼いでもらう、そのためにわざわざ遠出をしているのだ。


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