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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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005 ヘルダとエミリア、そして姫

 深い深い森の中。

 小さく開けた空間で、私たちは生活している。

 少なくとも私は、未だ二人の関係を理解していなかった。



 その日から、私はエミリアとヘルダと一緒にこの森の中で暮らすことになった。

 私としても幸運だったのだ。

 エミリアは色々と知っているようだから、常識の欠けている私にとっては非常に都合の良い相手だ。

 ヘルダと接することも、人との触れ合いに慣れるという面では利点だろう。

 何よりも、この生活はもって数ヶ月という期限が定められていたから。



 エミリアだが、彼女は肉は食べないそうだ。

 それは歳だからとか主義だからではなく、そもそも肉を受け付けられない種族らしい。


「人といえば人なんですよ。……でもほら、耳が長いでしょう? 長い耳は純粋な人ではない証なの」


 髪をかきあげると、露出した耳は確かに縦に長い。

 私の耳もほんの少しだけ長いけれど、よく見ないと気づかない程度。

 エミリアは違う。

 一目見ただけで気づく程度には長いのだ。


「純粋な人ではないからといって困ることはありませんよ。私の両親は人でしたしね」


 正式にはエルフというそうだ。

 ただ両親が人ということで、エルフの血がまたまた色濃く出てきただけ。

 長い歴史の中で、エミリアみたいな先祖返りはそれなりにいるのだとか。


 エルフ以外にも、例えば獣の耳をもつビーストだとか、肌の硬いドラゴノイドだとかもいるらしい。

 それらも昔は別れて暮らしていたけれど、今ではどこでも見かけるそう。

 血が混ざり合うのはよくあることだと思うけれど、そもそも何が起きたらいろんな種族の人が産まれるのか。

 そして、どうして種族の違う者同士で子を為すことができるのか。

 それはエミリアも知らなかった。


「そういえば、この首飾りはどういう原理なのかしら。この家と庭が特別なものだというのは分かるのだけど、よければ詳しく教えてほしいわ」


「……結界も初めて見られますか?」


「──多分だけれど、私の知っている結界とは別物ね」


 これも私にはできなかったことだ。

 自らの血を用い、その場を自らの支配下に置く結界。

 結界を敷くと無関係の人間は近づくことも、それどころか認識することすらできなくなる、私たちの種族にとっては最大級の技術である。

 ただその結界と、ここにある結界は違うものだ。

 近づけないという意味では似ているけれど、認識できるということが違う。

 それに、たかが首飾り一つで中和できるのだから、非常に劣っているのではないだろうか。


「結界は私の才能の一つです。魔力を用い、私が認めた者だけが入ることのできる空間を作っているのです」


「それって魔法ってやつなのかしら」


「そうですね……。ただ、普通の魔法とは少々違います。そのあたりはヘルダに聞くと教えてくれるでしょう」


 エミリアは私とヘルダが仲良くなれるよう、色々と考えてくれている。

 今もそうだ。

 私の疑問の中で、ヘルダが答えられるものは彼女に改めて問いただすように促すのだ。

 優先すべきはヘルダであることは、私もエミリアも変わらない。

 だからこそ、エミリアの気遣いがありがたかった。



「こっちです」


 ヘルダに尋ねるとすぐに案内してくれた。

 別に仲が良くなったというわけではなく、ただヘルダも暇なのだろう。

 森の中で暮らして、しかもエミリアは動けないから一日中畑にかかりきりかと思ったがそんなことはない。

 多少の手入れをするだけで野菜はすくすくと育っていくし、今は大量の肉もある。

 ヘルダにとって、私という存在は暇を潰す上ではちょうどよかったのだ。


 ヘルダが案内した先は庭の端っこ。

 森の中にあり四角く切り取られた庭の一角だった。


「ここになにかあるの?」


「ここに魔物の核が埋まっています。お婆ちゃんが昔に埋めたそうです」


 どうやら庭の四隅には、魔物の核が埋められているそう。

 そういえば核には魔力を貯める性質があると聞いた気がする。


「核を埋めると人避けになるの?」


「……お婆ちゃんが魔法を使っているからです。わたしにはよく分かりません」


 まあ、そんな便利なものでもないか。

 埋めただけで効果が表れるのならば、そもそも埋めなくとも効果はありそうなものだ。

 その核は何もせずともヘルダが取り出していたし、核に留まる魔力とエミリアの魔法の両方があって初めて結界として体を成すのだろう。

 それにしても、魔法か……。


「そもそも魔法ってどういうものなのかしら。ヘルダも使えるの?」


「わたしには魔法を使う才能はありません」


 にべもない。

 魔法については改めてエミリアに聞かなければならないようだった。


「それじゃあヘルダにはどんな才能があるのかしら。私は変幻、格納、吸精の三つがあるそうなのだけれど、ヘルダも才能はあるのでしょう?」


「ありません。……才能は持ってない人のほうが多いです」


 またやってしまった。

 未だ常識を覚えている最中なのだからしかたのないことだけれど、いちいち地雷を踏み抜いてしまうことはできたら避けたいことだった。



 料理はヘルダが受け持っている。

 エミリアは動けないし、私は料理なんてしたこともないから当然だろう。

 ただ小さな子に任せきりというのも居心地が悪いので、できることは手伝ってはいる。


 野菜も肉もただ切ってスープに入れるだけ。

 そんな簡単な料理だけれど、私にとっては中々に難しい。

 まず、包丁をうまく扱えない。

 野菜の皮を剥くことすら満足にできないのだ。


「力を込めちゃダメです。野菜も包丁も動かさないで、親指で滑らせるんです」


 隣で同じく野菜の皮を剥いているヘルダは様になっているのに、それを見ながら作業している私の野菜は歪なものだ。

 同じようにしているはずなのに、皮を薄く剥ぐつもりが可食部まで切ってしまっている。

 それでも食べることはできるけれど、これでは邪魔をしているだけだろう。


 食事はいつも三人一緒だ。

 私に食事は不要だけれど、ヘルダがわざわざ作ってくれているのだから食べないわけにもいかない。

 味はお世辞にも美味しいとは言えないだろう。

 よく言えば素材の味が出ているけど、まあつまりは調味料のない質素な味だ。

 森の中でも探せば味の濃い木の実だったりは見つかりそうだが、庭の畑だけではしかたのないことなのだ。


「今日は才能についてお話しましょうか。ヘルダも一緒に聞くのですよ」


 食事が終わると勉強の時間。

 エミリアが起きている場合に限って、私とヘルダはその話を聞くことになる。


「才能とはつまり、その人ができることですね。イルザさんには三つの才能があります。どれもが生まれつき覚えていた、先天的な才能です」


「……先天的?」


「ええ。才能には後天的に後から目覚めるものもあるのですよ。むしろ生まれつき才能が備わっていることはほぼありません」


 これは意外。

 才能という名からして、予め持っているものなのだと思っていた。


「それはつまり、ヘルダにも才能が芽生えることもあるということかしら」


「そうですね……例えば料理の才能などでしたら、もしかしたら芽生えるかもしれませんね。けれどそれはここにいたままでは難しいでしょう。もっと多くの食材を扱い、色々な料理を覚えなければいけません」


「経験が大事なのね」


「その通りです。何度も繰り返すことで才能が見につくのです」


 しかし簡単なことを繰り返しているだけではいけないと。

 まあ、当たり前といえば当たり前か。

 簡単に料理の才能が身につくならば、料理人なんて消えてしまう。

 ……いや、食事を出す店があることも知らないけれど。


「ただ、もちろん覚えられない才能もあります。イルザさんの才能から考えると分かりやすいですね。そもそも変幻なんて練習のしようがありませんから」


 後天的な才能には、覚えられないものもあると。

 まあ当然のことだろう。

 私としても、変幻を教えてくれと言われたって教えられるわけもない。

 でも、待って。


「……もしかして、魔法も覚えられないことになるの?」


「そうですね。先天的な才能を代表するものとしては、魔法が一番に上がるでしょう。魔法の才能がなければ魔法は扱えませんから」


「それは私でも?」


「ええ、イルザさんでもです」


 それは、少し困ったことになりそう。

 この庭の結界はエミリアの魔法で保たれている。


「庭の結界を張り直すことも無理なのかしら」


「結界は特に無理でしょうね。魔法の中でもますが私の種族特有のものになりますから」


 そうなると、このまま森の中で暮らし続けることも難しいということか。

 今の生活が成り立っているのは結界のおかげで魔物が近寄ってこないからだ。

 結界がなくても私一人ならどうとでもなるが、少なくともヘルダには厳しい。

 つまりは、移住だ。

 街に移動する必要があるのかもしれない。


「……魔法の才能がなくとも、使える可能性がまったくないわけではありません」


「そうなの?」


「才能というものは、確実に分かるというものでもありませんから」


 エミリアの才能については聞いている。

 エミリアは人の才能を見ることができるのだ。

 それはエミリアが森の中に隠れ住む理由でもあった。

 観察と、いうらしい。

 見るだけで相手の魔力を読み取り、触れただけでその才能を知ってしまう力。

 それは確かに便利なものなのだろう。

 才能を知ることができるならば、何も悩まずにその才能を活かせる仕事に就けばいい。


 ただ、エミリアは間違った。

 まだ幼かった頃、その才能を周囲に触れ回ってしまったのだ。

 それからはエミリアを押し寄せる人が止まらなくなる。

 当然だ。

 誰もが自分の才能を知りたいのだ。

 その時に色々と嫌な思いもしたようで、今では森に隠れ住むことになったらしい。


「それは、エミリアが見ても分からないことなのね?」


「ええ、その通りです。特に魔法は、顕在するまでに時間がかかるようで……。眠っている才能というのもあるのです」


 朗報と言うには微妙な情報だった。

 もしかしたら私も魔法を使えるようになるのかもしれないが、眠っているのでは使えないも同然だ。

 エミリアでも分からない才能が、どうやったら目覚めるというのか。

 時間が経てば勝手に覚えるものなのか。

 どちらにせよ、ここを離れることに変わりはないようだった。


「……でも、才能がなくとも料理はできるのよね」


 才能については分かるようでいまいち理解できないでいた。

 ヘルダはその歳では十分に料理ができる方だと思う。

 そこで料理の才能に芽生えたとして、何がどう変わるというのだろう。


「そうですね……才能とはつまり、次の行動が直感的に理解できるということになるでしょうか」


「それって今とどう違うの? それこそ私だって、野菜を切るぐらいならできるわよ」


「もしもイルザさんが料理の才能に目覚めたとしましょうか。その場合、野菜を切ることに失敗することはなくなります。それと、大きく影響するのは味付けでしょうね。一度でも食べたことのある味ならば、それほど悩むことなく再現できるようになるはずですよ」


 ……やっぱりいまいち理解できない。

 私にとっては、才能に気づくまでもなく変幻も格納も吸精だってできたことなのだ。

 本能的に理解できるということか。

 その感覚は新しい才能に目覚めて初めて理解できることなのかも。


「……何か、手っ取り早く芽生えさせることのできる才能はないかしら。話を聞くだけじゃいまいち想像できないの」


「そうですねえ。でしたら魔物と戦うことがいいでしょう。魔物との戦いや核を売ることを生業とする人は多くいます。そして、そういう人は大抵は何らかの才能を備えているそうですよ」


「それって、戦いの才能ということ?」


「そうですね。剣や弓などは芽生えやすいと聞いたことがあります」


 魔物と戦うと才能が芽生えやすいのか。

 理由があるのかもしれないが、今大事なことは才能を芽生えさせることだ。

 どうせエミリアやヘルダと話しているだけでも暇になるし、魔物を倒すのもいいだろう。

 いろいろと調べておきたいこともあるし。


「分かったわ。それじゃあ明日から魔物を狩ろうと思うのだけれど問題ないかしら」


「ええ、毎日戻ってきてくれるのならば。ここの森は魔物も多く、狩り尽くすことはないでしょうし」


「あら、そうなの?」


「この森には一際魔力が満ちているのですよ。魔物は魔力を源として生まれてきますから、たとえ全滅させたとしても翌日にはまた蘇っていることでしょう」


 もちろん一日で元通りというわけにはいかない。

 それこそ弱い魔物ならば一日で何匹も産まれるが、強い魔物はそれなりに日数がかかるそうだ。

 魔物の生態も疑問だった。

 どうやら生殖活動はしないようだが、それで似たような姿ばかりが産まれるものなのか。


「分かったわ。それじゃ明日からは魔物を狩ることにするわね」


「……よろしければ、ヘルダも連れて行ってはどうでしょうか」


「……どうして?」


「ヘルダのこれからを考えると、少しは鍛えておいたほうがいいでしょう、それに、イルザさんが一緒ならば万が一も起こりません」


「それは保証するけれど……ヘルダはどうするの? 本当に魔物と戦いたいの?」


「お婆ちゃんがそう言うなら」


 ヘルダの返事に迷いはなかった。

 ヘルダもエミリアに残された時間が少ないことを知っているのだろう。

 今後私がヘルダの面倒を見ることはまだ伝えていない。

 そろそろ話しておくべきだった。


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