048
真夜中、こっそりと事件のあった店へと忍び込む。
玄関にはやる気のない兵士が二人立っていた。
他国の者がこれ以上被害に合わないようにという配慮だろう。
そしてもう一つ、この店の者たちが逃げないようにするためでもある。
もちろん兵士に推理なんてできるはずもないし、そもそも探偵なんて存在しない。
これから数日の間に次の事件が起きなければ、その身内が犯人に仕立て上げられることだろう。
『他国で我が国民が殺された、これは確かに事件です。ただ、その犯人も我が国の者ならどうでしょう。それは我が国で殺人事件が起きたことと何も変わりません。ようは我が国の者が関わっていなければいいのです』
被害者も加害者もレーゼル共和国の者とする。
そうなれば他の商人がハインドヴィシュ公国を危険な国と思うこともなく、離れることもないと。
更にレーゼル共和国への釈明も不要になる。
そういうことだ。
だったら私が犯人を見つけることも必要無くなりそうだが、犯人を仕立て上げたあとでまた別の事件が起きてしまえば言い訳もできなくなってしまうから。
だから犯人探しは必要なのだ。
正面玄関には兵士がおり、裏口には鍵がかかっている。
コウモリの姿では窓から入ることもできず、選んだ入り口は煙突だ。
ススに汚れていない。
今が温かい季節でよかった。
暖炉の入り口は店の二階。
そこで人の姿へと戻り、気配を探ると二階に一人、地下に二人。
まさか奴隷だけが二階で寝泊まりするはずもないだろうから、二階が店主の娘なのだろう。
「離れているなら好都合ね」
騒がれるつもりも全くないけれど、二階と地下では万が一も起こり得ない。
嬉々として娘の部屋へと向かった私だが、扉からはうっすら明かりが漏れており向こうでは動く気配。
もう真夜中という時間なのにまだ起きているようだった。
(父親が亡くなったばかりだし、色々と大変なのかしらね)
取引相手とか、荷物の輸送とか、お金のやりくりとか。
今まで店主に任せていたことを、店主が死んだからって投げ出していいわけじゃない。
娘がやらなければ店も潰れるし生きていけない。
そう考えると、さすがにこの場に飛び込むのはためらわれたのだ。
まずは地下から。
そう思い直し、静かに二階を離れていった。
その地下。
窓がないから、少しジメッとしているのは仕方がない。
二階には私室が二つ、打ち合わせらしき部屋が一つ。
一階は取引のためのカウンター。
そして地下には、買った物をしまう倉庫と小部屋が二つ。
奴隷と思われる二人はそれぞれの小部屋で休んでいるようだ。
どちらも寝ている。
ランプなんて高価なものは奴隷に与えられていないのだろう。
感じる気配は男と女。
もちろん悩むこともなく、私は女の小部屋へと侵入した。
(……残念ながら、そんなに美人でもないわね)
ヘルダはこの店に奴隷がいるとは言わなかった。
店先で出会うことはなかったのだろう。
つまりは人前に立たない、容姿を問わない仕事をしているということだ。
腕が太めだから荷運びをしているに違いない。
悩むまでもない。
無防備に晒されているその首筋へ、私は舌を這わせたのだった。
「さて、私の質問に答えてもらうわよ」
「……はい」
目覚めた奴隷女は焦点が合っていない。
「この店の店主が殺されたことは知っている?」
「……はい」
「犯人が誰かは知っている?」
「……いいえ」
「犯人の予想はできている?」
「……おそらく身内です」
「どうしてそう思うのかしら」
「……夜は戸締まりをしています。昨夜も私が確認しました」
なるほど。
どうやら奴隷女は犯人ではなさそうだ。
しかし身内が犯人の可能性が高いようだ。
これでは私が調べる必要もなさそうだけれど、犯人を断定して悪いこともないだろう。
「ありがとう。もう眠っていていいわよ」
次は奴隷男だ。
奴隷男の小部屋へと侵入した。
ちなみに二つの小部屋に鍵はついていない。
倉庫には鍵があるから、奴隷という立場に鍵は許されないのだろう。
おかげで部屋に入るのに手間取らない。
さて。
ここ最近の影響か、男に触れることすら躊躇われるようになっていた。
だから唾液を手のひらに垂らし、その一滴を男の口元へと垂らした。
「起きなさい」
「……」
静かに目覚められるとちょっと不気味。
「あなたが店主を殺した犯人?」
「……いいえ」
「誰か犯人が知っている?」
「……おそらくお嬢様です」
「それはどうして?」
「……儲けが少ないことで、言い争っているのを見かけました」
「お金に困っていたの?」
「……いいえ。ただ、利益を求めない姿勢が嫌だったのだと思います」
ふうん。
どうやら店主は庶民の味方、娘は自分の利益が大事だったみたい。
ハインドヴィシュで買い取ったものをレーゼルで売るだけでも利益は出るのだが、最大の目玉は魔物の核だ。
でも核だけは一度ギルドが買い取ることになっているから、そこからさらに買ったところで利益は少ない。
ヘルダに核を買いたいと漏らしていた理由も見えてきた。
お金好きの娘か。
これは犯人も決まりかな。
「ありがとう。もう眠って構わないわ」
それでは娘の番だ。
再び二階の私室へ。
どうやら眠ってしまったらしい。
扉越しでも浅い吐息が聞こえてくる。
扉にはカギがかかっていたが、身体を霧にしてしまえば意味はない。
こっそりと部屋に侵入し、寝顔を見て一言。
「結構好みかもしれないわ」
歳はクラーラと同じぐらいだろうか。
気の強そうな顔つきは、もしかしたらレーゼル共和国の特徴なのかもしれない。
髪は手入れもしっかりとされているが、あえて短いのはもしかしたら貴族を相手にしているからかも。
好みだったので唇を塞いだ。
唾液を存分に垂れ流し、開けた口から彼女の中へ。
飲み込めば操り人形だ。
「さあシーラ、目覚めなさい」
ほらこの通り。
あとは話を聞くだけだ。
「あなたは父親を殺したの?」
「……私は父を殺しました」
「どうして父親を殺したの?」
「……お金が必要だったからです」
「どうしてお金が必要なのる?」
「……病気の母を治すために」
……ああ、これは見解の相違というやつだ。
シーラの父親は、病気の妻を治すために民から利益を貪ることを許せなかった。
シーラは母親を優先した。
その結果が父親殺し。
悲しいことは、シーラは父親よりも母親を愛していたということだけだ。
「それで、お金は貯まるのかしら」
「……いいえ。これだけでは足りません。魔物の核を、利益の塊を手にしなければ意味はありません」
「討伐者はギルド以外に核を売ることは禁じられているわ」
「……何事にも抜け道はあると、そう信じています」
今のところあてはないと。
それでも一歩を踏み出したのだ。
後戻りができないと知りながら。
「このままだと、シーラは父親殺しの犯人にされるわね」
「……その役目は奴隷に与えます」
「兵士だってバカじゃないわ。きっとあなたも疑われる。奴隷が素直に自白するとも限らない。罪をなすりつけ、そのまま店を開き続けることはできるのかしら」
「……このままでは母は助かりません。ならば、僅かな可能性に掛けるしかないではありませんか」
「そう。覚悟はとうにできていたのね」
立場の違いはあるにせよ。
シーラはお金を求めていた。
そして私も求めている。
商人の立場でもお金が足りないというのなら、それは莫大な金額なのだろう。
私だって今後のためにお金がほしい。
それも、ちょっとやそっとの額じゃない。
そう、普通にしているだけじゃだめなのだ。
「あなたに、核を売ってもいいわ」
「……買います」
「慌てないで。話はまだよ。……その核は、どの魔物を倒しても手に入らない核なの。だからギルドに売ることもできない。魔力だけはふんだんに詰まった核。その核を、あなたは売ることができるのかしら」
「……核の値段は含有する魔力量で決まります。我が国には、核の魔力を測定する機械がある。核を排出した魔物の種類は問われません」
「へえ……いい国なのね」
このまま犯人として突き出すのはもったいない。
利用するべきだ。
お金のためなら犯罪も厭わないというシーラを、私は存分に利用するべきだ。
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「痛っ……」
目覚めてすぐ、シーラは激しい頭痛に襲われた。
眠れなかったのだろうと思う。
昨日の今日で、決断したことを後悔していないとはいえなかった。
『留守か?』
『それよりも、もっと悪い可能性を考えたほうが良さそうだ』
そんな状態だから、店の前がうるさくともシーラは気づきもしなかった。
複数の足音が店の中に響き渡り、シーラの部屋がバンと勢い良く開かれて、ようやく顔を上げることができた。
現れたのはこの国の兵士たち。
もちろんまだ店は開けていないから、兵士たちは不法侵入ということになる。
そして──頭が痛くとも、兵士が家主に断らずに侵入する理由など一つしかないと分かっていた。
「こちらが店主か?」
「いや、その娘だろう。店主は昨日見つかったやつだ」
「そうだったか。しかし無事で良かった」
「あの奴隷共も娘にまでは手を下さなかったと見える」
しかし兵士たちはシーラを捕らえることはせず、それどころか無事だったことを安堵しているようだった。
その様子に困惑しながらも、気丈に兵士に話しかける。
「あの……いきなりなんでしょうか」
「ああ、説明が遅れました。ここの店主、つまりはあなたの父君ですが、その犯人が捕まりました」
「……え?」
「下手人はこの店の奴隷たちです。明朝、門を抜け出そうとしていたところを捕らえました。自白されたので間違いないないでしょう」
「……え?」
その言葉を聞いて、シーラはしばらく考えることができなかった。
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「なぜ、犯人をなすりつけたのでしょう。昨日説明したように、身内の犯行である方が面倒ごとは少ないのです。なぜ奴隷を犯人に仕立て上げたのでしょう」
今日は朝から城へ、リタの元へと説明にやってきたのだけれど、なんだかお冠のようだった。
「娘も奴隷も、どちらもレーゼル共和国の出身なんだから変わらないでしょう」
「それはそうですが……」
「大丈夫よ。奴隷はこのままレーゼル共和国まで運びなさい。向こうでも自供するから問題にはなり得ないわ」
「イルザさんの暗示とは、そこまで強いものなのですか?」
「そうね……私もこの世界に来て知ったんだけれど、暗示にも魔力を使うのよ。だから、魔力の少ない相手だったらほぼ永続的と考えていいのではないかしら。これが魔法使いだったり、そうでなくても上級の討伐者のように鍛えていたら効きにくいのでしょうね」
「そこまでおっしゃるのでしたら、犯人をすり替えたことについてはもう言いません」
ついでに奴隷たちには店の資金を少しばかり持たせたから。
誰が見ても金目当ての犯行として決着だろう。
「それでは、どうしてその娘を助けたのか教えていただけますか? また同じような事件が起こらないとは限りません」
「……そうね。あなたには説明しておくべきなのかしら」
取り出したのは小さな塊。
それこそ飲み込めそうなぐらいの。
「私が人でなかったことに喜びなさい。おかげでお金儲けの算段がついたのだから」
「──それは……」
驚愕の声を上げたのはマイカ。
彼だけは、討伐者としての過去を持つ彼だけはこれが何なのか分かるのだろう。
「これをね、レーゼルに持っていって売るのよ」
「売れるのですか。そのようなもの、買う者がいるのですか」
「売れる。そう思ったからシーラを生かした。なんとしても売ってみせるわ」
これはこの国では売れないのだ。
出処を聞かれても答えられない。
けれどレーゼル共和国ならば。
質を見抜く商人ならば、きっとこれを買い取ることだろう。
商人の国なのだ。
怪しいものこそ欲しくなるだろう。
万が一のときでも大丈夫。
知らない国がどうなろうと知ったことではない。
金を差し出しすよう仕向ければいいだけなのだから。




