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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
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047 真実は誰も求めない

 朝、一番先に目覚めるのはテアだ。

 目覚めてすぐ、隣のヘルダを起こして一緒に井戸へと向かう。

 起こされたヘルダはムスッとしているが、文句を言うことはない。

 手伝って貰いながら、井戸から水を汲むのである。


 ある程度水を溜めたあとで私とクラーラが起こされる。

 汚れた身体を洗い流し、冷たい水のおかげで目覚めもバッチリ。


「お、久しぶり」


「おはよう。昨日戻ってたのね」


 井戸ではたまにお隣さんと挨拶を交わしたりもする。

 ついでに軽く魔法の練習も。


『目を瞑っても思い出せる

 何度も触れた土の形

 匂いも味も

 ずっと触っていたものだから

 ほら目を開けて

 手のひらには

 いつもの土が乗っているから

 ──育む土(クラッド)


 テアの手のひらに小さな土の塊が生まれた。

 ようやく土を生み出せるようになったのだ。

 それが早いのか遅いのかはまだ分からない。


『近づかないで

 迫る影は止まらない

 私はここから逃げられない

 それでも近づくというのなら

 その動きを止めるしかない

 ──大地から生える腕(アースハンド)


 ヘルダの魔法が私の足に絡みつく。

 緑醜鬼(ゴブリン)程度なら逃げられない強度、でも中域の魔物相手ではもう少し強度を上げたいところ。

 一瞬動きを止める程度なら十分だけど。


『迫る大軍をものともしない

 掲げた旗は風にも揺られず

 ただ滴る血は戦慄を呼ぶ

 これが我らの旗であり

 そしてご馳走でもあった

 ──串刺し侯(スラッシュランス)


 そして私の魔法。

 地面から複数の土の刃が飛び出してくる。

 どうせならということで、動きを止めるついでに殺傷能力を高めてみた。

 もちろんこれも強度はまだまだ。

 硬い皮膚をも貫く鉄の刃を生み出したいものだ。


「いつ見ても恐ろしい魔法だよ」


「別に、あなた達に使うわけじゃないからいいじゃない。もしもの時はこの魔法で助けてあげるわ」


「……期待してるよ」


 軽い魔法の練習も終わると、朝食を摂りながら今日の予定を話し合う。

 もっとも、私とヘルダが森に出かけるどうかの違いぐらいしかない。

 ついでに朝食を摂るのはテアだけだ。


「今日は森に入らない日だっけ」


「そうね。私は核を集めに行くけれど、ヘルダとテアは店番ね」


 みんなの魔力も順調に増えている。

 まだまだ実感はできないだろうけど。


「たまには様子も見てあげたらいいのに」


「あら。夕方は手伝っているじゃない」


「そんなちょっとの時間だけじゃなくてさ……まあいいんだけどね」


 クラーラから話は聞いている。

 最近はヘルダから客に話しかけることもあるそうだ。

 そこまでコミュニケーションが足りないとも思わないんだけど、クラーラからするとまだまだ足りないのだろう。


 ヘルダは私に何も言わない。

 見えないところでクラーラに甘えている様子もない。

 でもクラーラが言うのなら、私に見てほしいのかも。


「そうね……核はそれなりに溜まっているし、たまにはゆっくりしようかしら」


 今のところ、壊す核は一日一個に留めている。

 いきなり魔力が増え過ぎたら、どうなるか想像できないから。

 そろそろ一日二個にしてもいいかなと思っていたけれど、それは明日からでも構わないのだ。



 そうして店を開く時間になっているすぐのこと。

 普段よりも表がざわついていることに気づいた。


「……今日って何かあったかしら」


「何もなかったと思うけど、なんだろね。誰か偉い人でも通るのかな」


 娯楽も少ないから、大通りを立派な馬車が通るだけでも小さなイベントになったりするのだ。

 あとは王様の視察とか。

 滅多に顔を見ないどころか、王の顔を知らない人がほとんどだから。


 でも今日の様子は違うみたいだ。

 店の中から見える景色では、ほとんどの人が足を止めてヒソヒソと囁き合っていた。

 まるで聞かれたくない話をするように。


「こんなに多くの人が外に出ているのに、お客が来ないのは変な感じね」


「なんだろうね。誰かが通るのなら二階に入れてくれとか言ってくる人もいるんだけど、違うのかな。何も通知は貰ってないし。二人もそうだよね?」


「何も聞いてません」


「あの、わたしも……」


 あれは先週のことだったか。

 私は森に入っていたのだが、どうやらその時にちょっと偉い貴族が馬車で視察を行ったらしい。

 その日の朝に通達が来て、ある時間には二階の窓を開けないように言いつけられたとか。

 暗殺を防ぐために必要な措置らしい。

 これは大通りに面した店全てに伝えられたのだ。

 それを知らない通行人が、たまに二階から覗きたいと言ってくるのだそうだ。


「まあ私たちには関係ないよ。お客さんになるわけでもないしね」


「確かにね。でも討伐者もやってこないのは困るわね」


 本来ならば、店を開けたばかりのこの時間は討伐者が多く姿を見せるのだ。

 討伐の前に武器の調子を確認したり、足りないナイフを買ったりと。

 夕方はメンテナンスでやはり忙しい。


「討伐者も出かけられないことが起きたのかしらね」


 でもわざわざ話を聞きに行く気にもならず、むしろ客が来なくて幸運だと思っていた時、お店の扉がカランと音を鳴らした。


「ねえちょっとあんた、聞いたかい」


 やってきたのはいつぞやの、話好きのおばさんだった。

 そう頻繁に包丁を買うはずもないから今日もおしゃべりをしに来たのだろう。


「おや、今日は珍しく全員揃っているみたいじゃないさ。ちょうどいいからあんたらも話に混ざりなさいな」


「まあ、お客さんが来ないからいいんだけどね」


「そうこなくちゃ。あんた達は、どうして騒いでるかもう聞いたのかい?」


「聞いていませんよ。お店を空けるわけにもいきませんから」


「そうだろうね。だからあたしが来たんだよ。聞いて驚きな、実はね……」


 ──三軒隣の店主が殺されたんだよ。

 ──入り口に首がはねられた死体が置かれていたのさ。

 ──今日は一日中門を閉じたままなのさ。


 要約するとそんな話だった。

 話を聞いてあげたらおばさんはすぐに店を出ていった。

 次の人に同じ話をしに行くのだろう。


「お姫様も大変だねえ」


「……どうしてそこでリタの名前が出てくるのよ」


「だってお姫様、お金を借りようと頑張ってるんでしょ? 三軒隣といえばレーゼル共和国の商人の店だったはずだから、犯人を見つけないと面倒になりそうじゃない」


「……レーゼル共和国って、どんな国だったかしら」


「呆れた。前に教えたことがあるはずなんだけどね」


 クラーラだけではなく、リタからも聞いたはずだけどね。


 レーゼル共和国。

 ここハインドヴィシュ公国の西に位置する商業国家。

 西半分が海に面しており、大陸の外からの輸入品はレーゼルを経由しないと手に入らない。

 そのほとんどは嗜好品だ。

 レーゼル共和国が無くともこの大陸だけで生活は成り立っている。

 少なくとも今現在、最低限の生活をする限りでは。


 ハインドヴィシュ公国の輸出品は核となる。

 魔物の核はさまざまな道具の動力となるから、その需要は計り知れない。

 魔物の多く住む森に近い立地ということで、多くの討伐者を招き入れ他よりも安く核を輸出する。

 レーゼルとの核の取引はハインドヴィシュがほぼ独占していた。


 そんな中で、ハインドヴィシュに店を出していた店主が殺された。

 そうなるとレーゼルはどんな対応をするだろうか。

 治安が悪い国だと思われたら撤退するかもしれない。

 国が主導しなくても、各店は出店を見合わせるかもしれない。

 何よりも核の取引を止められてしまったら。

 この国には滅びしかないということになる。

 外で騒いでいる人たちも、漠然とした不安を感じているのかもしれない。



------



 なんて他人事に思っていたのが一時間ほど前。

 それが今では当事者となってしまったことに、頭を痛めずにはいられなかった。


『イルザさんにぜひ助けていただきたいのです』


『私たちには難しいことでも、イルザさんの力があればなんとでもなるでしょうから』


 カルディアに呼び出され、リタから話を聞いて、気づけば件の事件の捜査を行うことになっていた。

 依頼は犯人を見つけること。

 そして捕らえること。

 同時にこの事件をどう落ち着かせるのが理想なのか、なぜか私にも説明した。


「今日はゆっくり店番のつもりだったのにねえ……」


 依頼された内容は簡潔なものだ。

 可能な限り早くに犯人を見つけること。

 その一点のみなのだ。

 確かに私の力を持ってすれば犯人を見つけることは容易いだろう。

 被害者の身近な者から順々に暗示にかけていけば、通りすがりの犯行でない限りはすぐに見たがるはずなのだ。

 そしてわざわざ店の前に遺体が置かれていたことから、身内もしくは近しい者が犯人であることは明白だった。


「でもねえ……手伝いはできませんっていうのは酷いんじゃないかしら」


 もちろんリタの言うことも分かるのだ。

 可能な限り、私とリタの関係は伏せておくべき。

 だから兵士にも私のことは伝えないし、堂々と取り調べを行うわけにもいかない。

 秘密裏に犯人を探し出し、そしてリタの前に連れて行くことが依頼された内容だった。


 人目につかないことも夜に忍び込めばどうとでもなることだったが、面倒なことに変わりはなかった。



「それであの店の知ってる話ねぇ……」


「あまり関わりは無かったのかしら?」


「あの店はもっぱら買い取りが専門だったんだよ。この国の物をレーゼル共和国に運ぶ店だったんだよね。私が鉄を買うのも別の店だし」


 店主繋がりでクラーラから話を聞こうとしたけれど、詳しいことは聞けそうにない。


「店主は確か……オットーって名前だったかな。ちょっと恰幅がいい感じの人。人当たりもそう悪くないって話だよ。そのへんは私よりもヘルダのほうが詳しいかもね」


「そうなの?」


「魔物の素材はあの店で売ってるんじゃないの?」


「ヘルダに任せきりだから知らないわ」


「……イルザの方針だから口は出さないけどさ。何をしてるか把握してこその教育だと思うよ、私は」


 最後にチクリと小言を言われた。



「あのお店は結構高く買い取ってくれます。シャーヤもあのお店で売ってるって聞きました」


「ああ、シャーヤの紹介だったのね」


 クラーラの言うとおり、ヘルダはその店で魔物の素材を売っていたみたい。

 近くでは一番高く買い取ってくれるそうだ。


「その店の店主はどんな方だったのかしら」


「……太ってました」


「……それで?」


「あとは分かりません」


「……その店で売ってたのよね? 店主とは話さなかったの?」


「私が売りに行ったとき、相手をしたのは店主の娘です。店主はたまに見かけたぐらいでした」


「へえ、娘ね」


「はあ。私にも丁寧に接してくれます。魔物の核も買い取れたらいいのにって言ってました」


 魔物の核だけはギルドのみに買い取りが許されている。

 他国に持っていく場合、ギルドから核を買わなければならず割高になる。

 儲かっていないのかもしれない。


「店主のことは分からないのよね。娘と親の仲は良かったのかしら」


「いっつも仲の良さを自慢されていました。店主はあまり見かけないのでなんとなく不思議でした」


 よく分からないな。

 仲が良いから自慢しているようだけのにも感じるし、不仲だけど外聞が悪いから仲のいいフリをしてるようにも感じる。

 とりあえず娘は容疑者として扱おう。



「買い物は私の役目ですから、大体のお店については調べましたよ」


「あなたに聞けた義理でもないのだけれどすまないわね」


「イルザさんも恩人ですから、いつでも頼ってくださいね」


 次に話を聞いたのはクローデット。

 他の皆は買い物に出掛けたようだけど、クローデットだけはいつも家の中で主の帰りを待っているのだ。


「店主が殺されたお店の様子ですか。店主である父親のオットーさん。その娘で従業員でもあるシーラさん。あとは奴隷が二名だったはずです」


「詳しいのね」


「この程度は当たり前ですよ。ヘルダさんがオットーさんを見かけないという話ですが、それは女性だからですね。女性の客はシーラさんが、男性の客はオットーさんが対応していたみたいです」


「……討伐者は野蛮だから?」


「おそらくはそういうことなのでしょう」


 可愛い娘に目をつけられたら大変だから、とか。

 そうなると父娘の仲は悪くないのだろうか。


「何か犯人に繋がりそうな話はないかしら」


「私もこの街に来たばかりですからこれ以上のことは……。ただ、そうですね……私が城下に暮らしていた時のことを思い出すと、店主が殺される理由の大半はお金絡みでしょうか」


「それは、儲かっていたという話?」


「そうとは限りません。借りたお金が返せなくなり見せしめとして殺されたのかもしれません。奴隷に賃金を払わなかったからかもしれません。あとは買い叩きすぎて討伐者の不興を買ったのかもしれません」


 なるほど、ね。

 殺された理由か。

 わざわざ明け方の店の前に放置したのだから、それは見せつける意図があったに違いないだろう。

 それは誰に見せつけるためか。

 店員に見せるならば借金か討伐者か。

 客に見せつるならば店員の怒りを示したことになる。

 そしてお金にまつわることならば、きっと店員も把握しているはず。

 少なくともその娘は。


「ありがとう。参考になったわ」


「お役に立てたようで何よりです。私は普段は暇をしていますから、またいつでま顔を出してくださいね」


「必ずお礼に伺うわ」


 ついでに気持ちよくしてあげるつもりだ。



 そして夜。

 人気のないこの時間、事情聴取の始まりだ。


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