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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
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 暗くなったからといって、眠る人ばかりではない。

 ここは安全な壁の中、街灯があるために街中は明るく、遅くまで飲んでいる人もいるだろう。

 そしてもうひとつ、他人に見られたくない行為をすることも。

 なにせここは村ではないのだ。

 それはできることならば、他人に見られたくはないのだから。



「……うるさいわね」


 開けた窓から生ぬるい風が漂ってくるが、なにも寝苦しいわけではない。

 むしろ気温は心地良いぐらいで、それに私は少々のことで眠れなくなるわけもない。

 ただ、近所に越してきた人たちが騒いでいるというだけのこと。

 具体的には四つの嬌声……。


「近所迷惑だとは……考えないわよね」


 まあつまり、身体が火照ってしまい眠れないというだけのことだった。


「初日ぐらいは我慢しようと思っていたけれど、早く慣れるに越したことはないと考えておきましょうか」


 毎夜楽しむことが日課になってはいたのだが、今日はテアが目覚めて初日ということで遠慮することになっていた。

 けれどこうもお隣さんの声を聞かせられると、我慢することは難しい。

 どうせ明日にはテアも仲間入りなのだ。

 一日ぐらい早まったところで何も影響はないだろう。


「ヘルダは……眠っているみたいね。よくこんな騒がしい中で眠れるわ」


 やはり疲れていたのだろう。

 野営をしたのも初めてだったはずだ。

 今後は毎日森に入ることはせず、数日は街で休む日を設けたほうがいいだろう。


 クラーラは起きているだろうと思い、隣の部屋へと移動した。

 部屋が少ないから、今はクラーラとテアが同じ部屋に眠っている。

 今後部屋を変えるかどうかは様子を見てからだ。


 部屋を覗くと案の定クラーラは起きていた。

 窓が開いているから、私と同じように気になって眠れなかったのだ。


「……こんなに元気なお隣さんだとは知らなかったよ」


「私もちょっと想定外ね」


 私が来ることは分かっていたみたい。

 これでは私のほうが欲望に弱いみたいではないか。


「テアは眠っているようね」


「まだ体力が戻ってないんだよ。あとは食べ過ぎかな」


「そう。だったら今夜は我慢したほうがいいのかしら」


「遠慮するなんて珍しいね。……別にいいんじゃないの? どうせ明日には同じことをしていたんだし。こういうことは早く慣れておいたほうがいいかもよ」


「……意外ね。テアのことを思って、今日は我慢しなさいって言われるかと思ってた」


「一日二日で体力が戻るでもないからね」


 それならば夜も運動させてしまえということだった。

 それにヘルダは眠ったままだから。

 いきなり三人を相手にするよりは幾分かマシなのだろう。


「お隣さんも奴隷が一人に討伐者が三人。私たちと同じね」


「私は討伐者じゃないけどね。でも仲良くなれそうだよね」


 それに、テアにとってもいいのかも。

 テアは自分に価値がないと思っているようだから。

 私たちにとって、血族ではないテアの価値が高いことを教えるにはちょうどよかった。


「テア、テア……。悪いんだけど、仕事の時間よ」


「んん……イルザ、さん……?」


 眠っていたところを悪く思うけれど、私も我慢が辛いのだ。


「おはよう。早速だけれど、テアの仕事を説明するわ」


「仕事ですか……でも、もう……」


 まだ眠いのだろう。

 寝ぼけた様子は私の言葉を理解している様子はない。

 なによりも、起き上がったテアの服がクラーラによって脱がされていることに気づいていない。


「そう、仕事よ。仕事といっても、テアは何もしなくていいの。ただ起きていてくれたらそれでいいわ」


「……仕事なんですか?」


「ええそうよ。テアは討伐者のうわさ話を聞いたことはない? ほら、今も窓の外から仕事をしている声が聞こえてくるわ」


 こうなるとむしろお隣さんの騒がしさが幸運だった。

 向こうも奴隷が相手しているのだから、奴隷の仕事だと伝えたらテアは納得してくれるだろう。


「あの……これって……」


「聞こえたわね。隣では奴隷のクローデットが仕事をしている真っ最中なのよ。テアももう、どんな仕事かは分かったでしょう?」


 子供なりに理解はできると思ったけれど、「夜中に騒いじゃいけないんです」なんて返されるから少々戸惑う。

 そういえば村の出だから、夜の行為に思い至らないのかも。


「常識が違うんだね。どうしよう、はっきり伝えなきゃ分かんないかな」


「そうみたいね……。テア、自分の身体を見なさい」


 まずは服を脱いでいることに気づかせる。


「テアが今まで暮らしていた場所での常識はもう忘れなさい。ここは安全な街の中、夜に騒いでたって誰も怒らないの」


「テアの村でもやってたことだよ。本来はもう少し大人になってからなんだけどね。昼間から仕事をせずに、こそこそ家の中にこもっている人も見たことがあるんじゃないのかな?」


「そういうことは、本来夜に行うのよ。周りの人に見られることは恥ずかしいと思う人が多いのよね。私は別に気にしないけれど、それが街の中の常識なの」


「もしかしたら、こういうことは好きな人ととか、大きくなってからとか教えられたかもしれない。でもテアは奴隷だから、残念だけど受け入れるしかないんだよ」


「安心しなさい。子供なんてできないわ。それに、とても気持ちの良いことよ……」


 それはテアに教えるというよりも、理解せずとも教えたという事実を積み上げただけのこと。

 どちらかというと小さな子を相手にするというクラーラの罪悪感を減らすためのことなのかも。

 いずれにせよ説明は終わった。

 あとは体験してもらうだけなのだから。


 こういうことは、間違いなく初めてだろう。

 いきなり二人を相手にすることはキツいだろうが、明日からは三人を相手にするのだ。

 無理にでも慣れてもらうしかない。


 ちなみに。

 戸惑う声はそれなりに心地のいいもので、奪う魔力もそれなりに美味しいものだった。



------



「今日は森に入らないわ。その代わり、魔法の訓練をしようと思うの」


 店を開く前に皆でこれからのことを話し合う。

 もちろんお店を開くことは今までと変わらないし、ヘルダが手伝うことも変わらない。

 今日はあくまでも現状把握を優先する。


「クラーラは火の魔法を使えるけれど、火種以外の魔法は覚えているの? それと使いたい魔法も知りたいわ」


「使えないこともないけど魔力がもたないよ。火種の魔法だって一日に数回使うのが限界なんだから。鍛冶の間はずっと火の魔法を使えたら便利なんだけどね」


 火魔法だと火力の調整も簡単だろうから。

 やはり足りないのは魔力なのだろう。

 それはヘルダにしてもテアにしても同じことだった。


「ヘルダとテアにはこれから地の魔法の練習をしてもらうとして、その前に三人にはこれから魔力を増やしてもらうわ」


「魔力を増やすって……そんなことできるの?」


「おそらくわね。……これを使うわ」


 テーブルの上に魔物の核を取り出す。

 売らなかった幾つかの緑醜鬼(ゴブリン)の核だ。


「ナイフ……じゃ難しいかしら。鍛冶に使うハンマーを持ってきてくれる?」


「いいけど、何に使うの?」


 訳がわからないという様子でクラーラが席を立つ。

 もちろんすぐにでも教えてあげられることだろう。


 クラーラが戻ると話の続きだ。


「魔力を増やすにはどうしたらいいのか、それはもう説明したわね?」


「魔物を倒したらその一部を吸い取るって話だよね? あとは身体の成長に従ってほんの少しずつ増えていくんだっけ」


 魔力はなにも人と魔物だけのものではない。

 そこら中の空気にだって混ざっているのだ。

 ただ呼吸をして得られる魔力はごく僅かで、一生を費やしても緑醜鬼(ゴブリン)一匹分の魔力が増える程度。


「私は疑問だったのよ。魔物を倒しても得られる魔力は本来の魔力量からほど遠い。それはなぜなのかしら」


「核に魔力が詰まっているからでしょ?」


「そうね。魔物の体とは、つまり核から漏れ出した魔力なのよ。だから魔物を倒しても得られる魔力は少しだけ。ほとんどは核の中にあるのだから。……ところで、核の使い道にはどんなものがあるのかしら」


「色々だよ。街灯にも使われてるし、家庭のかまどにも使われてるよ」


 核がお金になる理由は、つまり使い道があるからだ。

 核の魔力を吸い出し、様々なことに役立てている。

 魔物の核といえど、その魔力に方向性はないということだった。


「以前、ヘルダに核から魔力を吸収してもらったわ。結果、ヘルダはその魔力を取り込むことができた。同じことをクラーラにもやってもらいたいの」


「吸収って、どうやって」


「分からないわ。感覚的なものだもの。難しそうなら別の方法を取るわ」


 灰石象(グラファント)の核は、見ただけで吸収できると思えたのだ。

 おそらくはその魔物に才能があるかどうか。

 魔力だけの核では私たちの食事には相応しくないのかも。


「……ちょっと、難しいかも」


 緑醜鬼(ゴブリン)の核をいろいろ触ったけれど、クラーラの魔力が変化した様子はない。


「ヘルダも同じようにやってもらえる?」


 次はヘルダ。

 一度核から魔力を吸い取ったヘルダなら、体感的にできるかもしれないと思った。

 それ予想は当たりだった。


「……できてますか?」


「ええ。これで緑醜鬼(ゴブリン)の核は空っぽになったわ」


 僅かに、それでも緑醜鬼(ゴブリン)を倒した時よりは多い魔力が増えていた。

 これは私にもできないことだ。

 まずは才能を持つ核を見つけなければ、私とクラーラにはできないこと。

 もちろん別の案も用意しているのだから問題はない。


「それじゃこっちね。クラーラ、この核を壊してみて」


「壊すって……」


「魔物を倒すことで魔力を奪う、これは体を構成してある魔力を奪うから。だったら核を壊しても同じことが起こるとは思わない?」


「それでも、核は魔物じゃないよ……」


 核を壊すのがもったいないのだろうか。

 売ったところで端金にしかならないのだから遠慮する必要なんてないのに。


「まったく……。じゃあテア、まずはあなたが壊してみなさい」


「……いいのですか?」


「いいのよ。そんなに大切なものじゃないのだから」


 ためらうテアだが、一声かけるとそれで納得したようだった。

 核の価値を知らなかったのがよかったのだろう。

 ハンマーを手に、テーブルに置かれた核にまっすぐ振り下ろすとパキンと砕けた。

 魔力は……半分程度は空気中に拡散し、もう半分がテアの中へ。

 無事に魔力を取り込むことができたようだった。


「どうやらうまくいったようね。魔力が増えたことは感じるかしら」


「……すみません、わかりません」


「まあそうよね。緑醜鬼(ゴブリン)程度の魔力が増えてもね」


 魔力を増やすためには時間がかかるだろう。

 今後は浅域の魔物の核は売らずにおくつもりだ。


「さあ、次はクラーラよ」


「ああ、もったいないなあ」


 お金にがめついってわけじゃないんだろうけれどね。

 使い道のある核を壊してしまうのがクラーラにしてみたら許し難いことなのだろう。


 最終的にクラーラは緑醜鬼(ゴブリン)の核を壊したし、テアと同程度の魔力を増やすこともできた。

 もちろん私も。

 これで魔力を増やすことについてはめどが立った。


「あとは魔法の練習ね。まずはテアだけれど、今までに畑を耕す魔法以外を使ったことはあるの?」


「あります。魔物に対して、地面の土を操っていました」


 ただし、倒したことはないと続いたが。

 テアが一人になってから、あの村は魔物に襲われていなかったのか気になるところだが今はいい。


「それも地面の土を操る魔法ね。土を生み出したことは?」


「あります。でもすぐに魔法が使えなくなりました」


「そう。これからは土を生み出す魔法を練習しなさい。それができたら石、次に金属と進んでいくの」


「それだとすぐに魔法が使えなくなります」


「それでいいのよ。畑もないし魔物も出ないのだから。テアが私たちの役に立つには、金属を生み出せるようになることだけなの。……ああ、違ったわね。夜の仕事だけで十分役に立っているわ。金属を生み出せたらさらに役に立つという話よ。だから……それほど焦らなくてもいいんだから」


 危ない危ない。

 昨夜のように奴隷だからなんて気落ちした姿を見せられるのは面倒なのだ。

 テアがここにいる意味は既にあるのだと、伝え続けなければならない。



 クラーラは自分で必要な魔法を覚えてくれるとして、残るは私とヘルダの魔法。

 すなわち戦いに役立つ魔法だ。


「……昨日、テアと寝たんですか」


「昨日はヘルダが疲れているみたいだったからよ。もちろん今夜からはヘルダも一緒よ。だからそんな顔をしないで」


 井戸の近くで魔法の練習を始める前にヘルダが話しかけてきた。

 嫉妬、だろうか。

 食事なんだからヘルダも好きにしたらいいも思うけれど、案外可愛いところも見せてくれる。

 それとも気づいていないのかも。

 私に依存しつつあるのか、そうではないのか。

 私には分からなかった。


「さあ、地の魔法の練習よ。お手本の魔法をつい最近見たからね。ヘルダにもぜひ覚えてほしいの」


「どんな魔法ですか」


「土を生み出すよりも簡単なはずよ。地面を操って相手の動きを止めるのよ」


 これはマイカが見せた魔法だ。

 地面を操り、相手の足を絡め取る魔法。

 これを覚えたら狩りもさらに安全になることだろう。


 覚え方も大体は理解している。

 足元から地面に魔力を流し、相手の地面を隆起させる。

 さらに剣を振りながら使えたならば、どれほど有用になるだろう。


「身体を鍛えるだけならば、ヘルダが強い魔物と戦えるようになるまで何年もかかるでしょう。けれどこの魔法を覚えられたなら、きっとすぐにでも戦えるようになるはずよ」


 何よりもこの魔法は対人戦で効果を発揮する。

 四足歩行の魔物よりも、二本の足で立つ人相手のほうがそのバランスを奪いやすいのだから。


 この日から魔法の訓練が始まった。

 土を操るだけならば簡単。

 だけど強度が全然足りない。

 私たちの目的を考えるならば、私でも抜け出すのに苦労するほどの強度を求めるべきだった。


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