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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
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「私たちの新たな門出に」


「この出会いが素晴らしいものであるように」


 チリンとグラスを鳴らしたことで、ささやかな歓迎会は始まった。

 場所はお店の裏手の井戸のすぐそば。

 風もなくまだ日も出ていたので外での歓迎会となった。

 井戸周辺は洗濯物を干したり水浴びをしたりするので、案外スペースがあったりするのだ。


 お互いの自己紹介から始まり、今はクローデットが皆のために肉を焼いている。

 一人で全員の肉を切り分け焼いている手際はなかなかのものだろう。


「悪いね。わざわざ歓迎会なんて開いてもらって」


「いいのよ。それにあなた達だけじゃなく、テアの歓迎会でもあったのよ」


 あの小さな村で、報酬の代わりにと連れてきたテア。

 いきなり立場が変わったことで戸惑うことも多いだろうが、今日で少しは慣れてくれたらいい。


「それにしてもわざわざ片腕のない奴隷なんてね。あれじゃあ普通に生活するだけでも面倒じゃない。もしかしてイルザって結構面倒な趣味を持ってたりする?」


 そこで僅かに距離を置かれるのは心外だ。


「しかたがなかったのよ。農村での依頼を受けてみたら、報酬を払えないだなんていうんだから」


「ああ……よくある話だね。だから私たちは森の討伐しかしてないんだし」


 場所によってはお金があっても子供を差し出す場合もあるのだとか。

 無計画な子作りをするからだ。


「悪いことばかりでもないのよ。あれで村では守り手だったから度胸はあるし、地の魔法も使えるんだから」


「へえ。それじゃ鍛えてあげるんだ。鍛冶師に地の魔法は大きいからね。大変だと思うけど頑張って」


「……鍛冶師に地の魔法は大きいの?」


 クラーラからは、鍛冶師に火の魔法があると便利という話と、鍛冶の才能がほしいということしか聞いていない。


「知らなかった? 地の魔法は鍛えると土だけじゃない、石も生み出せるし金属も生み出せるようになるんだよ」


「それ、かなり凄いんじゃないの」


「でも金属を生み出せる人はごく僅かだから。普通の人は畑の手入れで精一杯だって聞いたよ」


 クラーラは気づいているのだろうか。

 多分知っているけれど、初めから諦めているのだろう。

 もしくは国によって禁止されているとか?

 畑作業に携わる地の魔法使いが減ると、生産性も極端に落ちてしまうだろうから。



「テアさんは今日まで寝ていたのですよね? 私のことは手伝わなくてもよろしいのですよ。それよりもご飯を食べて体調を整えなければいけません」


「あの、でも……」


「大丈夫ですよ。ほら、イルザさんも怒ったりなんてしていませんから」


 テアは奴隷という立場を認識していて、今はクローデットを手伝おうとしているけれど片手ではそれも難しい。

 こっちを見たので小さく手を振って応えてあげる。

 奴隷の扱い方なんて知らないし、今は痩せた身体をなんとかしてほしい。


「クローデットはいい拾いものだったようね」


「元々はお城に仕えていた使用人だからね。討伐には連れていけないけど、帰ってきたら美味しいご飯が待ってるってのはなかなかいいよ」


「それに美人だし、身体もそそるし?」


「ああ、イルザもそっちのクチなんだ。もう今夜が楽しみでしょうがないんだ。私たち三人で相手することも了承してくれてるしね」


 それはそれは、大変仲の良い事で。

 さりげないカミングアウトにも驚かないあたり、女性ばかりの討伐者が同性に手を出すことは自然のようだ。



「そうなんだ。短剣って魔物に近づかなきゃいけないから需要は少ないかなって思ってたよ」


「確かに反撃は怖いけどね。でも慣れたら安全なんだよ。手数はあるから防御もそれなりだし、身のこなしに自信があるなら短剣を選ぶ人が多いんだ。なによりも、森の中を多く移動するから軽い武器ってのが好まれるの」


「ああ、重さは気づかなかったなあ。短剣の数を増やそうかな」


 クラーラとトスカは武器の話をしている。

 Bランクの討伐者から話を聞けるのは貴重なのかも。


「トスカとジータは短剣を使っているみたいね。Bランクになると短剣が使いやすくなるのかしら」


「まさか。私たちはDランクから同じパーティーだったんだけどね、初めは二人とも身体が小さくて、短剣ぐらいしか持てなかったの。それかから何度か武器を変えたけど、使い慣れてる短剣から抜け出せなかったってだけなの」


「じゃあ需要がありそうだっていうのは?」


「解体用としてはあるだろうけれど、増やしすぎるのはよくないかな」


 短剣が優れた武器だというのは、あくまでもトスカの主観だという話だった。

 あとでクラーラに忠告してあげたほうがいいのかも。



「ヘルダちゃん。たくさん食べないと大きくなれませんよ」


「もうお腹いっぱい」


「いけませんよ。全然食べてないじゃないですか。いざという時頼りになるのは体力ですから、無理してでも食べたほうがいいんです」


 ジータがヘルダに気を使うのは、ただ先輩としてのアドバイスなのだと思いたい。

 子供好きなだけだ。

 決してヘルダを狙っているわけではない。


「私たち、それなりに仲良くやれそうじゃない」


「そうね……。ねえ、仲良くなったついでに少しばかり聞いてもいいかしら」


「いいよ。監視されてる身としては答えないわけにはいかないね。まあイルザにだったら何でも答えちゃうけどね」


 まさかサーバは私狙い?

 それも歓迎するところだけど。


「相談できる人がなかなかいなくてね……」


 聞きたかったこと、一つ目。

 武器の才能はどれくらいで身につくのだろうか。


「私たちの中じゃトスカが一番早かったよ。唯一Dランクのうちから才能が開花してた。やっぱり興味のある武器だからかな。私とジータはCランクの半ばぐらいだったかな」


 興味か。

 連接剣は鞭のようで、私にしっくりくるものだとは思う。

 私とヘルダの才能が芽生えるのももう少しということか。


 聞きたかったこと、二つ目。

 魔法は使えるのか。


「使えないよ。それにあんまり使おうとも思えないかな。ほら、魔法って魔力を使うじゃない? 魔法ばっかに頼って、いざという時に動けなくなるってよく聞く話だしね。魔法使いが大成するのも難しい話だよ」


 身体の魔力が尽きると見動きすら難しくなる。

 魔法使いは頼れる仲間がいてこそらしい。

 なによりも、自身の魔力量を常に把握することが必要だ。

 それができない魔法使いは、森に野営するようになるCランクやBランクで力尽きるとか。

 その点私は魔力を見ることができるから有利なのだろう。


 聞きたかったこと、三つ目。

 どうしたら強くなれるのか。


「イルザ、十分強そうに見えるけどね。戦ってるところは少ししか見てないけれど、それでも私よりは強いでしょ」


「否定はしないでおくわ。……いろいろと理由があってね、今よりもっと強くなりたいの」


「そんなこと言われても……身体を鍛えるぐらいしかないんじゃないの? スタイルが崩れるから嫌って人も中にはいるけど」


「そうなんだけど、今まで身体を鍛えることなんてしたことがないのよ。身体を鍛えたら力も強くなるのかしら」


 あえて質問をしてみたけれど、答えは本当は出ていたのだ。

 この身体は持って生まれたもので、鍛えても筋力が増えることはないだろう。

 鍛えることに意味はない。

 そもそも純粋な身体能力だけを見たら、私は到達者ビダルにだって劣ってはいなかったのだから。


「鍛えたことがないって、生まれつきってこと? それも信じられないけどなあ……。まあイルザがそう思ってるんなら、あとは魔法を鍛えるしかないんじゃないの」


 当然そうなる。

 魔力が増えることは分かっているのだから、そっちを優先するべきだ。


「私たちは魔法が使えないから聞いた話になるんだけど、魔力は死ぬまで増え続けるっていうからね」


「そうなの?」


「分かんないよ。魔力が増えなくなった人もいるけれど、少なくとも減ったって話は聞いたことがないぐらい」


 ではやはり魔力を増やすことを優先するべきだ。

 細かい魔法の使い方だとか、武器の才能だとかは時間をかけてもいいだろう。

 夜は魔力の質を高め、昼間は魔物を狩って魔力量を増やしていく。

 これが私が強くなる最短距離だ。


「ありがとう。色々と参考になったわ」


「……嘘ばっかり。質問する意味なんてなかったくせに」


「え?」


「なんでもないよ。少しでも参考になれたらよかったよ。恩人に簡単に死なれちゃ嫌だからね。ほら、食べよう。さっきからまったく食べてないでしょ」


「……そうね」


 もちろん食べることに意味なんてないんだけれど、ここは食べておくべきだろう。

 


 結局、歓迎会は暗くなるまで続けられた。

 私もヘルダもクラーラも、ただ味わうためだけに食事をしているものだから、大半はサーバ達とテアの胃袋へと収まった。

 サーバ達は満足してくれたと思う。

 少しぐらいは見えない壁が小さくなっていることを願って。



------



 夜。

 眠る前に、やっと体調を戻したテアに伝えなければいけないことがあった。

 別に暗示にかけても構わないんだけれど、やっぱり教育に悪いことには違いないから、問題が起きるまでは言葉だけで伝えようとしたのだ。


「テアは、もう自分の立場は分かっていると思うけど……」


 奴隷というその立ち位置。

 だからといって無駄に辛く当たるつもりはないし、それは今日の歓迎会でも理解してくれたと思う。

 今だって同じ席についているのだし。


「はい。片腕を失ったわたしに奴隷としての価値はありません。捨てられないように精一杯頑張ります」


 違った。

 希望を持てず、ただあるがままを受け入れているだけだった。

 面倒なことこの上ないが、まさかこの状態でヘルダにまずけるわけにもいかないだろう。

 最初の言葉は私が伝えなければならない。


「……まずは私たちの紹介からかしらね」


 私の名前は知っているはずだけど、もしかしたらヘルダの名前すら覚えていないかもしれないのだ。

 それにある程度は奴隷扱いをするのだし、勘違いされても面倒だから。


「私はイルザ。こっちがヘルダ。普段は討伐者として森の中に入っているわ。そうね……一度出かけたら一日二日は帰らない日もあるかもね」


 毎日顔を合わせることは難しいだろう。

 テアを森に連れていけるわけもない。


「そして彼女がクラーラ。この店の店長ね。テアにはクラーラの手伝いをしてもらうつもりよ」


「あれ、そうなの?」


「テアにも仕事は必要でしょう」


「あー……。ヘルダの手伝いはさすがに無理だからねえ」


 もちろんヘルダにも面倒は見させるけれど、討伐者として強くなることが優先だから。

 普段はクラーラに任せることになる。


「でも手伝いって言ってもねえ。片腕だと武器を持つのも危なそうだし……テアは算術はできる?」


「すみません。あんまり……」


「そっか。困ったなあ……」


 クラーラもテアを使い潰すつもりはなかった。

 食時の用意なんかも不要だし、雑用といっても今思いつくことといえば私が適当に行っている掃除ぐらいだ。

 それでも標準的な家の広さではそれほどの時間も要しない。


「テアは地の魔法が使えるのよ」


「うーん……。地の魔法かあ」


「あら、意外な反応ね。地の魔法を極めたら金属も生み出せるらしいから、てっきり喜ぶと思ってたのに」


「そうは言うけどね。魔法を極めるって大変なんだよ。少なくともこの街に金属を生み出せる者はいないんだ。大陸中を探したって一人か二人しかいない。喜ぶのは難しいよね」


 そもそも簡単に金属を生み出せるのならば、最近の鉄塊の高騰に頭を悩ませるわけもなかった。

 珍しいとは聞いていたけれどそれほどだとは。

 だからといって、諦める道理はないけれど。


「それでも魔法は鍛えるべきでしょうね。土の魔法の有効的な使い方をつい最近見たばかりだし、私とヘルダにはまだまだ練習の時間が必要だもの。それに、クラーラも少しぐらいは火の魔法を鍛えたほうがいいと思うの」


「鍛えるったって……私はもう魔力は増えないよ?」


 出会った頃からクラーラの魔力量は増えていない。

 けれどそれは魔物を倒していないから。

 だからといって、クラーラを森に連れて行くつもりもない。


「それについては少しだけ考えがあるの。きっとクラーラとテアの魔力を増やすことができるわ。詳しい話は……明日ね。もういい時間だもの」


 魔力がどうして増えるのか、色々と考えてはいたのだ。

 魔物を倒すとどうして魔力が増えるのか。

 どうして魔力を奪えるのか。

 この想像が当たっていたら、少ない稼ぎがさらに少なくなるだろう。

 でも今は小銭を稼ぐよりも、とっとと上のランクにいくことが大事だった。


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