043
「エルマー王か? まあ普通なんじゃないか。少なくとも生活は安定しているしな」
「王様はすごい人! 果物が安くなったの!」
「会ったことがないのでなんとも……。ただ、商業担当の貴族様はいろいろと便宜を図ってくれているみたいですよ。それと農業担当の貴族様も頑張っているようですね」
家まで戻る道すがら、現王エルマーの話を聞いた。
概ね凡庸であるというのが全体の意見だろうか。
また、王に仕える貴族はそれなりということも。
王はその地位を安定させるために貴族に金をばら撒いている。
貴族は王の不評を買わないため、それなりの政策をとっているらしい。
だから国民の生活は安定している。
ただ、危機感は誰も覚えていないから兵力は緩やかに衰退している。
時代が違えば後の賢王だったのかもしれない。
でもこのままでは愚王となるだろう。
幸運なことは、娘は賢かったことぐらいから。
リタはああ言ったが、王を排するのは決定事項だ。
リタが他国からの融資を手に入れたとして、現王がそのまま自由にさせるとは思えない。
どちらにせよ次代の王になれるのか定かでもないリタの立場では、融資を手にすることも難しいだろう。
つまり戦争が起きても討伐者に報酬は支払われない。
これからはお金儲けについても本格的に考えなければいけなかった。
「お帰り、イルザ。遅かったね」
店に戻るとクラーラが一人で店番をしていた。
テアはまだ目覚めていないようだ。
「なんだか面倒な話になっているみたいだね。ヘルダが連れてきた人たちと裏手の家に行ってるよ」
「ありがとう。彼女たちは話は何か聞いている?」
「詳しいことはイルザに聞いてだって。何か手伝ったほうがいいのかな?」
「いまのところは特に何も。彼女たちと仲良くしてくれたらそれでいいわ」
「そりゃお客様になるからね。言われなくても仲良くするよ」
戦争の話、サーバ達を兵力として期待しているという話はまだ早い。
彼女たちがこの国から動けなくなってからがいいだろう。
今話したら、明日にはこの国からいなくなっていると思うのだ。
裏手の民家へと移動する。
店の裏手には井戸があり、この周辺の店の共通の水源でもあった。
朝方、それと夜方は私たち専用の井戸であったが、これからは彼女たちも使うことになる。
向こうも女性ばかりだから、水浴びで気にすることもないだろう。
今まで特に気にしていなかったが、裏手の民家は思ったよりもぼろぼろだ。
通りに面するお店は綺麗なものだが、一歩外れると汚いのは当たり前なのかも。
住む人がいない家を補修するはずもない。
だからこそリタが買えたのだろうけれど。
「色々と足りない物が多そうな家ね」
「イルザ、遅いぞ。何をしてたんだ」
とりあえず掃除をしていたであろうサーバ達に、それを手伝っていたヘルダ。
カルディアだけはなにもせずに腕を組んで様子を見ていた。
監視のつもりだろうか。
「文句はマイカに言いなさい。それと、カルディアの代わりに魔人が生まれたって伝えてあげたから」
「魔人? 魔人が近くにいるのか?」
話を聞いたサーバが掃除をやめて近づいてきた。
「そう、森の中でサーバ達が寝ている時にね。もっとも、姿を見たわけでもないから魔人かどうかはハッキリしてないわ」
「そうか……。でも魔人がいるならちょうどいいな。私たちもそろそろAランクになる時期だったから」
BランクがAランクになるための条件は知らないが、彼女たちは魔人に挑むつもりらしい。
……やめたほうがいいのではないか。
私の見立てでは、サーバはマイカに数段劣る。
「しばらくは簡単な討伐で慣れたほうがいいんじゃないの。足りない物も多いのでしょう」
「それもそうだな。魔人を探すだけでも時間がかかるし、先に家をなんとかしないとな」
そうそう、それでいい。
しかし、落ち着いた時にはサーバは魔人を倒しに行くのだろう。
その時には私も同行するべきだった。
「街の案内は終わったのかしら」
「いや、家がこんな状態だったからな。まずは寝られるようにしておかなければ」
「私財で用意してくれたそうだし、安物でも感謝すべきなのかしらね。……私たちは今から討伐者ギルドに向かうけど一緒に行く?」
「……場所ぐらいは知っておいたほうがいいか。私が行こう。お前たちはそのまま掃除を続けていてくれ」
「はいはい。ついでにシーツぐらいは買ってきてね」
「あとついでに食べ物も」
「それと水瓶もだな。分かった。できる限り買ってくる」
掃除はクローデットが主体となって動いているようだった。
さすがは元使用人。
掃除はお手のものらしい。
サーバを加え四人で討伐者ギルトにやってきた。
街に戻ってきたのが朝、そのまま城に向かったとはいえまだまだ太陽の位置は高い。
おかげでギルドの中はすいている。
「まずは報告ね。ヘルダ、これが魔物の核よ」
「はい」
報告はヘルダに任せているから、核だけ渡してヘルダの後ろをついていく。
向かうカウンターにはやっぱりピーアの姿。
「あらヘルダさん。いらっしゃい。まさか試験の報告ですか?」
「これが魔物の核です」
「まさかってどういう意味なのかしらね」
ヘルダに任せていたはずなのに、つい口を挟んでしまった。
だってまさかって。
もしかしてピーアは試験に落ちると思っていたのだろうか。
「ああごめんなさい。思ったよりも早かったものですから。……確かにこの核は巨首馬のものですね。同行された兵士の方は……」
「私だ」
「あなたは……カルディアさん!?」
「そうだ。私が見届けた。それにしても随分と面倒な試験のようだな。兵士が仕事をサボって討伐者に同行とは随分と難しいではないか」
「いえ、ええと……試験には問題ないようですから、あちらの部屋でご説明いたしますね」
ピーアはカルディアを見て驚いていた。
姫の側付きが討伐者に同行したのだから当然かも。
「サーバはどうする?」
「私は適当に依頼でも眺めているよ。後で街の案内もしてほしいから」
「分かったわ。それじゃ少しだけ待っていてちょうだい」
サーバのことは放置しても問題ないだろう。
それよりもピーアの話が気になった。
「まず、今回の依頼については覚えていますか?」
「この国の兵士と一緒に中域の魔物を狩ることね。これは問題ないのよね?」
「ええ。相手がカルディアさんということは驚きでしたが、その件については問題ありません。……驚きましたけど」
二度も言わなくていい。
「イルザさんとヘルダさんは、同行してくれる兵士を探すのに苦労しませんでしたか?」
「そうね……門番に話を聞いた時には、ついてきてくれる兵士はいないのではと思ったわ。幸いなことに私はリタ姫と知り合いだったから、こうしてカルディアを貸し出してもらえたんだけど」
「そうですね。ところで、このギルドの運営には国が携わっていることはご存知でしたか?」
「ええ。核の売買で儲けているのでしょう」
「ええ、そうです。それと同時に、有力な討伐者は兵士に勧誘するという役割も持っています」
それは知っている。
限界を感じたらとっとと兵士になってしまえばいいという、命を無駄にしないよく考えられた制度だろう。
「そう簡単に同行してくれる兵士は見つかりません。いえ、そもそも同行してくれる兵士は皆無といえるでしょうか」
「……試験を突破させるつもりがない?」
「そうではなくですね……つまり、討伐者が兵士になってしまえばいいという試験なのです」
「討伐者が兵士に? それでは試験どころではないのではないの?」
「兵士といっても見習いです。体験といってもいいですね。一時的に兵士に身を置くことが本来の目的であったのです」
「……ああ。小さなうちから兵士を身近に考えられるようにという試験だったのね」
「その通りです。兵士としての体験訓練は一日だけ。籍は七日間残りますから、その間に中域の魔物を倒せば兵士が同行したと言い張れるわけですね」
そういえばマイカもなんか言っていたっけ。
Cランクになったのならば、この国の兵士の状態を見たはずだとかなんとか。
あれはこういうことだったのか。
それにしてもいやらしい試験だった。
どうせなら一時的に兵士を体験しろと、そのままの試験にしたらいいのに。
もしかしたら受験者に考えさせるのも一環なのかも。
下手な依頼を受けて揉めないようにとか、抜け道はどこにでもあるんだとか体感させるためなのかもしれない。
「兵士になるつもりなんて全くなかったから、カルディアを連れて行けてよかったわ」
「普通は兵士になるんですけどね……。いえ、今はちょうどよかったのかもしれませんね。巻き込まれてはたまりませんから……」
隣国で戦争が始まったという話が、ここ数日で噂になっているみたい。
運悪く兵士に籍を置いたタイミングで戦争が始まったら、兵士を辞められなくなるそうだ。
ただ、すぐに戦火が広がると考えている人はいないし、そもそも隣国だけで解決すると思っている人がほとんどだとか。
ねえリタ、兵士も国民も平和を夢見て過ぎていると思うのよ。
「それにしても、一時的とはいえ討伐者に兵士をやらせるなんてね。意外と人気がないのかしら」
「人気がないというよりも、どんな仕事をしているのかを知ってもらうためですね。魔物と戦えばいい討伐者と違い、兵士の仕事は様々ですから」
確かに私も門番以外の仕事は知らない。
「お話は以上です。これでイルザさんとヘルダさんはCランクとなりました。依頼は今まで通り受付にて承ります」
「ありがとう。特に何かが変わるわけでもないのね」
「判別の到達者のお陰です。昔は討伐者証をいちいち交換していたみたいですけれどね」
実感はいまいち沸かないけれど、これで私たちはCランクとなった。
お金儲けもラクになるといいんだけど。
待っていたサーバと合流し、街を巡って一通りの買い物を済ませる。
サーバはBランクの討伐者らしく、それなりのお金は持っていた。
なにやら大きなベットを注文していたのが気になる。
「それでは私はこれで戻るぞ。何かあればお嬢様を訪ねてきてくれ」
「ええ、助かったわ。それと、リタとは色々と話したからあとで話を聞いておきなさい」
「む、そうか。楽しみにしておこう」
報告不足で怒られることになると思うけれどね。
今日の儲けも相変わらず少なかった。
中域の魔物が二匹分に、道中の緑醜鬼、白腕猿の核。
これからは街から森を一日で往復することも難しくなるだろうし、必要なものもあるかもしれない。
ここは先輩であるサーバに話を聞いておくべきか。
「サーバは明日から森に入るのかしら」
「さすがに数日はゆっくりするよ。必要なものはまだまだ足りてないからね」
今日はとりあえず寝床だけ確保したということらしい。
確かに、雨が降ることも考えると壁の補修は急ぐべきなのだろう。
「そうなのね。だったら今日は歓迎会でも開こうかしら。監視と言われたって、ピリピリしたままじゃどうかと思うしね」
「雰囲気悪いとは誰も思ってないけど、それはいいかも。しばらくの間はイルザ達に頼ることになるだろうし、ヘルダにも早速お世話になったんだし」
道案内程度のことは、気にしなくていいと思うけどね。
「私たちは今武器屋のクラーラのところにお世話になっているの。あとで紹介するわ」
「うん、待ってるよ。……用意は任せていいのかな?」
「そりゃあ歓迎会だもの。お金は私たちが出すべきでしょう。場所はそちらの家でいいわよね?」
「武器屋ではさすがにね。それじゃ掃除をして待ってるよ」
「あんまり期待しないでね。なにせCランクなのだから、それなりのものしか用意できないわ」
「気持ちがこもっていたら十分だよ。また後でね」
荷物を手にサーバが戻っていった。
私たちも家に帰ろうか。
「歓迎会? じゃあ今日は早めに閉めたほうがいいね」
「悪いわね、気を使わせて」
「たまには構わないわよ。それよりも食事の用意はいいの? 知ってるだろうけれど私に期待してはダメよ?」
「分かってるわ。料理といっても簡単なものになるし、そこはお互いの奴隷にね。……テアはどんな様子なのかしら」
「熱は下がったかな。明日から店に立ってもらうつもりだよ」
「そう。それじゃあテアも参加させて良さそうね」
「奴隷を参加させるなんてって感じる人もいるみたいだけど、向こうにも奴隷がいるなら気にしなくていいのかな」
腕を切断されて、さらに断面を焼かれて。
熱が出るのも当然なのだろう。
この数日、たまに目覚めては水を飲んでまた眠ってを繰り返していたようだ。
テアが食べられるものも用意したほうがいいだろう。
「それではヘルダと買い物に行ってくるわ。テアが動けそうなら、身だしなみぐらいは整えてあげて」
「分かってるよ。ずっと眠りっぱなしだったんだからね」
さて、何を用意するべきか。
料理はもう決まっている。
私たちは討伐者、そしてCランクなのだから気を使った料理を出す必要もない。
相手も期待してないのだから、ここは簡単なものでいい。
「歓迎会って、何をするんですか?」
「そうね。一緒にご飯を食べながら、これからよろしくって仲良くなるのよ」
「それだと、美味しくない料理を出したら歓迎していないことになりませんか」
「そんなことはないわよ。向こうだって私たちのお財布事情は予想できるんだから。……ああ、まずはここね」
適当なお店で果物と調味料を購入した。
塩と胡椒があれば、たいていの味付けはなんとかなる。
「あとは肉ね。それと野菜も少しぐらいはあったほうがいいかしら」
「あの、どんな料理を作るんですか?」
私が料理をできないことはヘルダも知っているから、私が主導で食料を買うことに不思議な様子のヘルダ。
「料理なんてものじゃないわ。幸いと天気もいいからね。鉄板で肉を焼くだけでも美味しいことでしょう」
格納してある巨首馬の肉に加えて幾つかの肉も購入し、最後に鉄板と薪を買えば用意もおしまいだ。
焼き肉なんて、いかにも討伐者らしいではないか。




