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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
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042

 スパイと疑われた時点で、実はマイカこそがスパイなのではと思った。

 この場にいてアデライド帝国の情報をそこまで仔細に手に入れることができるのか疑問だったのだ。

 実はマイカに泳がされているのではと。


 でも違ったのだ。

 マイカはこの国のことを考えていただけだ。

 こうして対面して話を聞いた限り、嘘を言っているとも思えない。

 ならば信じるべきだろう。


「あなたが本心を話してくれたことは分かったわ。だからこそ、私も少しだけ私のことを話してあげる」


 格納していた連接剣を取り出す。

 いきなり現れたことに驚いているが、今はまだ黙って見ていてほしい。

 なにも私だけが刃を潰していない武器で戦おうというつもりもないのだから。


 正面に剣を振りかざし──

 手首を返して刃先を私の胸の前に──

 ためらうことなく、この胸に剣を突き刺した。


「な、なにを──」


 突然の出来事に、さすがのマイカも驚いている。

 見守ってたリタも口を押さえて目を見開いた。


「いいから、そのまま見ていなさい」


 身体から剣を引き抜くと、ポタポタと真っ赤な血が地面を染める。

 痛みはほとんど感じない。

 引き抜いた血に染まった剣をひと舐めしたあとで、静かに呼吸を吐き出した。


 すると、流れ出ていた血が止まる。

 地面に広がる血だまりが小さくなっていく。

 それは私の身体を這いずり上がり、血の跡すらも残さず傷口の中へと戻っていく。

 数瞬後には傷跡も消えていて、残ったのは服の切り傷だけだった。


「とまあ、私は純粋な人ではないということなのだけれどね」


 魔力が万全ならばこの程度は当たり前。

 まだ翼を生やすことはできないけれど、それもいつかはできるようになるのだろう。


「人では、ないのか」


「そこは難しいところよね。少なくとも核はないから魔物ではないつもりよ。この世界ではなんにも当てはまらない存在なのかしら」


 秘密にしていたことを話す。

 ベルト姫に召喚された、異世界から現れた者がしただという説明を。

 そしてリタに協力する理由、私を隷属させようとしたベルト姫にはきついお灸をすえることを。


「そんなわけで、わざわざ刃を潰した武器を持つ必要はないわ。マイカの一番使い慣れた武器でかかってきなさい」


「……戦うのですか?」


「もちろん本気じゃないわ。でも、できる限りはギリギリの状況で戦いたいじゃない。私もマイカの実力を知っておきたいの」


「それはつまり、私はお嬢様の側付きに相応しくないと?」


「まさか。カルディアよりもよっぽど相応しいと思っているわ。マイカと本気で戦いたいのは、あなたが過去に魔人を倒していると聞いたから。カルディアからまだ聞いていなかった? つい昨夜、新たな魔人が生まれたそうよ」


 ヘルダと二人、強くなる。

 それが私とヘルダの目的だ。

 倒したい相手は到達者。

 でもどこに行けば会えるのか、リタは未だに教えてくれない。

 だったらその手前、まずは強いと言われる魔人と戦うこともいいだろう。

 そのためには、マイカと戦って魔人の強さを測るのが簡単だった。


「カルディアめ、私は何も聞いていないぞ」


 ほら、やっぱり何も聞いてない。

 リタも分かった上でカルディアを側に置いているんだろうけれど。


「本当にこの武器でいいのだな」


「ええ。もちろん寸止めなんていらないわ。マイカがためらわないために、先ほどのことを見せたのだから」


 武器を持ち替えたマイカは、先ほどと何も変わらないはずなのにとても違って見えた。

 覚悟ができたのだろう。

 本物の武器を手に、私を斬っても構わないという覚悟。



 動き始めは私から。

 一足でマイカの懐に飛び込んで、寸止めできるよう剣を振るう。

 マイカが反応できていると確認してからは思いきり。


 目の前で見事に受け止められた剣は、しかし私の力までをも抑えきることはできなかった。

 力の限り振り抜くと、マイカは踏ん張ることができず部屋の中央から勢いよく飛んでいった。


「ぐっ……力も人とは違うのですね」


 もしかしたら、私の力を確かめるためにわざと受けたのかも。

 派手に吹き飛んだ割にはマイカにダメージは見られず、床を滑りながらも姿勢は崩していない。


「次はマイカからよ」


「私としても、これ以上あなたに攻撃させるわけにはいきませんね」


 剣を構えなおし、すかさず私に斬りかかる。

 力で負けるからこそ、速度で圧倒するつもりなのだ。

 狙いは良いのだろう。

 ただ、私は速度にも自信がある。


 正面からの攻撃も、横からも上からも、難なく剣で受け止める。

 キンキンと音が鳴る。

 壊れることはないが、もしかしたら刃こぼれぐらいはしているかも。

 今まで一度もメンテなんてしていないけれど、そろそろクラーラに見てもらうべきなのかも。


「ぐっ……速度でも負けていますか……」


「こんなものなの? 魔人というのももしかして弱いのかしら」


「まだまだ、ですよ」


 一度距離をとったマイカだが、すぐに私に向かってくる。

 正面からでは不意はつけないと、私の周囲を回るように。

 その中心に居るのは私なのだなら、倍の速度で旋回されても追いつくことは容易かった。

 しかし、身体の向きを変えることはできなかった。


「……土?」


 いつの間にか、私の両足は盛り上がった土に絡み取られていたのだ。


「あなたには魔法を遠慮する必要もなさそうでしたから」


 土の魔法か。

 一体いつ使ったのか、全然気付かなかった。

 それに使い方も素晴らしい。

 間接的な魔法の使い方としては、まだまだ学ぶことも多い。


「……でも、この程度じゃねえ」


 多少固まっていても土は土。

 力を込めたら簡単に抜ける。


「しかし必ず隙は生まれます」


 片足を抜いて、もう片足も抜いて。

 今の私は片足で立っている状態だ。


 いつの間に背後に移動したのか、振り向くことが間に合わない速度でマイカが斬りつけてくる。

 連接剣を伸ばすか?

 それもいいが、ここはもっと簡単な手段があった。


 持ち上がった片足、そして軸足。

 足を地面につけることはせず、勢いをつけてぐるりと身体を回転させた。

 剣で以外での攻撃は想定していなかったのか、踵から迫る私の足はマイカの持つ剣の腹へと命中し、そのまま蹴り折るのだった。



「……まいりました」


「あら、もういいの?」


「私一人では何度戦っても結果は変わらないでしょう」


 剣が折れたことで、マイカは負けを認めた。

 別に何本持っても構わないんだけど。


「それでは私のことはもういいのかしら」


「ええ。あなたのお話を伺った時点で、もう疑ってはおりませんでした」


 不完全燃焼?

 そうかもしれない。

 けれどいいものを見られたし、私はそれなりに満足だった。


「マイカ! 怪我はありませんか!?」


「お嬢様……。大丈夫ですよ、ずっと手を抜かれていましたから」


「まあ。イルザさんはお強いのですね」


「そうですね。Bランク相当だなんてとんでもない。彼女は間違いなくAランクの素質があります。しかも個人で到達できる。お嬢様の目に間違いはありませんでした。彼女はこの国になければならない存在でしょう」


「そうですか、では……」


「はい。あの話を続けましょう」


 あの話?

 どうやら何かを企んでいたみたい。

 信頼するためだけに戦えというのもおかしな話だったのだし。


「イルザさん。改めてお願いがあります」


「……何かしら」


「監視をお願いした彼女たち……サーバさん、トスカさん、ジータさんの三名とてすが、できる限り仲良くなっていただきたいのです」


「まあ監視というのだから、これから何度も話すことにはなるでしようね。街に慣れるまでは面倒も見たほうがいいでしょうし」


「可能ならば、討伐も一緒にしていただきたいところですね」


 私はCランクになったばかり。

 彼女たちはBランク。

 狩場が違うのだから、一緒に動けというのは難しい。


「それはどうして?」


「この国の未来のためにです」


 サーバ達を私に押し付けたいマイカが説明してくれた。

 サーバ達には、この国に受け入れてもらえたという恩がある。

 それは小さなものだが、決して無視できるものではない。

 追加でこの国が過ごしやすいところだと分かってくれたならば、きっと戦争にも参加してくれるだろうと。

 もちろんこの国にも兵士はいる。

 けれど数の問題で、間違いなく討伐者も参加させられることになる。

 その時、討伐者を率いる存在が必要なのだ。


「Aランクの討伐者もいたと思うんだけど?」


「しかし彼らは男性です。戦争という極限状態の時でこそ、男女は分けなければろくなことにはなりません」


 討伐者と同じか。

 いつ死ぬか分からないから、せめて子供でも作りたくなるらしい。


「もしも戦争が始まった時には、兵士は私が率いることになるでしょう。実績はありませんが、これでも元Bランクの討伐者、それなりに認められてはいます。男性の討伐者はコンラットに、そして女性の討伐者はあなたに率いてもらいたい」


「私? サーバではなく?」


「はい、あなたです。少なくとも実力では彼女たちよりも上なのですから」


「……まあ、負けるとは思えないけれど」


「そう。討伐者というのは力が全てなのです。そしてあなたには力がある。ただ、ランクが高いことにこしたことはありませんから、できればランクも上げてほしいですね」


 ランクはほっといても上がるだろう。

 少なくとも、Cランクの魔物とも戦えるのだし。


「イルザさん、あなたには負担を強いることになりますが、よければできる限りお金も貯めてほしいのです」


「それもまさか、戦争のため?」


「ええ、そうです。私が使えるお金がほとんどないと以前にも伝えましたが、おそらく戦争が始まってからも変わらないでしょう。更にいうと、討伐者への援助もないと思われます」


 それはかなりまずいのではないだろうか。

 討伐者が魔物を倒すのはお金のためだ。

 もちろん中には名前を売るためだとか、ただ鍛えるだけという人もいるかもしれないが、一番はお金なのだ。

 しかし戦争が始まってもお金を払わないとは。

 討伐者が参加するかどうかも怪しいと思う。


「言いたいことは分かります。けれど父は、討伐者のことを嫌っていますから。これに、兵士だけで十分だとも考えているのです」


「……リタには申し訳ないけれど、そんな王にはすぐにでも退いてもらったほうがいいんじゃないの」


「そうですね……。けれど、父が王の座からいなくなると、私も立場が変わってくるのです。今の段階でそれは避けたいのです」


 この国は公国。

 貴族の中から力のある人が王になる。

 頻繁に王が変わると国の運営も大変だから、一度王に選ばれたら三代続く。

 現王であるリタの父親が二代目、順調にいくとリタが三代目。

 でもそれは順調にいったときだけ。


 今の王がどうしようもなくなったとき。

 圧政を強いていたとき、貴族たちは王を排することができる。

 その時には新しい王を貴族の中から選ぶから、その子供は王になれない。

 ただ現王は今のところ人気があるようだ。

 少なくとも貴族の中では。


「コンラットにはお金を貯めるよう依頼しています。今も森の奥で魔物と戦っているはずです。あなたにも同様にお金を貯めていただきたい」


「それでもどれほど貯まるかは……」


「もちろん存じています。ですからあなたにお金を貯めていただくのは、もしもの時の代案であるとお考えください」


「もしもの時、ね……」


 お金を自由に動かせないリタ。

 このままでは戦争が起きても討伐者に報酬は支払われず、戦争に参加する討伐者がいるかどうかも怪しいだろう。

 戦争に参加する者の報酬はいくらぐらいが相場なのだろうか。

 これから稼ぐ報酬のすべてを貯め込んだとして、一体何人を呼び込むことがてきるというのか。


「最後まで父の説得は続けます。それとは別に、他国からの融資も働きかけましょう。けれど……けれど最後の最後には、お父様を討つ覚悟もできています」


「お嬢様は覚悟なさいました。この話をしたのはあなたを信頼した証です。どうかお嬢様のためにその力をお貸しください」


「イルザさんに支払う報酬のことを考えると、このぐらいは協力してくださいますよね?」


 リタは私が思っているよりもしたたかだったのだろう。

 ただの優しい娘ではなかったということだ。


「はあ……まったく、面倒なことね。まだ借金も返せていないのに」


「では……」


「ええ、協力するわ。協力するわよ。私だって、この国が気に入ってないわけじゃないんだから」


 これは密約。

 話を知っているのはここにいる三人と、おそらくはコンラットだけ。

 選抜はマイカが行っているのだろう。


「ただ、二度と私を試すようなことはしないで。特に他の討伐者を使うような真似はね」


「……気づいていましたか」


「これだけ話を聞いて気づかないはずがないでしょう。マイカがコンラットの知り合いだというのなら、関連付けないほうがどうかしているわ」


 コンラットを使って私を探っていたのもマイカ。

 まあいいさ。

 他に私を怪しんでいる者がいないというのなら、私たちの結束が強まったとも考えられるのだから。


 これからはさらに忙しくなる。

 私たちが強くなるだけじゃない。

 戦争に向けて、本格的に動き出さなければいけない時期がきたのかもしれない。


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