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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
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『スパイの可能性は限りなく低いだろう。皆無と言ってもいいはずだ。万が一もあるが、少なくともアデライドから紛れ込んだ間者ではない。ハンスの見立てでは魔力の割に魔法が苦手、そして見た目と裏派の力持ち。こんな育ち方は個性を大事にするカノ王国だろうな。ま、心配はいらんと思うがね』

『……ただ、力だけは目を見張るものがあった。少なくともマイカ、お前は敵わないだろう。何をする気かは知らんが、怒らせないほうがいいと思うぞ』


 それが数日前、Aランク討伐者のコンラットから受けた報告だった。


 イルザを調べさせたのはマイカの独断である。

 いきなり現れた実力者。

 気づけばエミリアに取り入り、いつの間にかリタ姫からも信頼されている様子。

 警戒するなというほうが無理だった。


 そして今日、カルディアの代わりにリタ姫の側についていたこの日。

 イルザがアデライドからの亡命希望者を連れてきたという。

 明らかに怪しむべき出来事だった。


 亡命を希望するクローデットに怪しむところは見当たらなかった。

 ベルト姫の横柄さはこの国にも届いているのだ。

 髪の毛が短いのも、少しでもベルト姫が美しいと思わせるためなのだろう。

 使用人の髪の毛を短くさせるなど、どれほど醜いというのだろうか。


 とにかく、クローデットは怪しくない。

 しかしこのタイミング、森に入ったら運良く亡命者と出会えたなんて出来事は起こるはずもない。

 マイカはリタ姫に進言し、全員から話を聞くことになった。

 今日ここで、イルザの正体を見極めるために。

 それこそがリタ姫の側付きであるマイカの役目なのだから。



------



 長い階段を昇った先にあるリタの私室。

 途中の通路にはよくわからない焼き物や絵画なんかが飾られていたりした。

 高価なものなのだろうが、あまり雰囲気はよくないのはリタのイメージとあわないからだろうか。


 現王の顔も見た。

 階段の先、これでもかというぐらい目立つ位置に王座に腰掛けている絵が飾られていたのだから。

 リタとはあまり似ておらず、それほど有能にも見えなかった。

 とても荒事に向いているとは思えず、リタが今から焦っている気持ちが少しだけ分かってしまったのだった。


「王と挨拶することはないはずだ。お嬢様にもそれなりの権限が与えられている。亡命者を一人受け入れる程度ならばお嬢様に任せられるだろう」


 挨拶の仕方も知らないし、会わないにこしたこともないだろう。

 王様としても下々の者と顔を合わせたくはないだろうし。


「物珍しそうにしているけど、イルザは姫様と知り合いじゃなかったのかい」


「残念なことに、お城に入るのはこれが初めてね」


「……不安になってくれることを言うじゃない。このまま牢屋に連れてかれるなんてことにならないといいんだけどね」


「……何を言っているのだ。ほら、ついたぞ。お嬢様の前でもふざけるようだと怒るからな」


 階段を登った先の一角。

 さて、どんな話が聞けるだろうか。



 会議というよりも雑談は、それはもう重苦しい雰囲気の中で始まった。

 もっとも、気まずいと感じているのは私だけだろう。

 部屋の片隅でじっとしている男、マイカが私から目をそらさないのだ。

 まさか惚れられた?

 ……って、そんなことがあるはずもないか。

 少なくともマイカは顔が整っている。

 異性に困るようにも見えないから、わざわざ討伐者に手を出すはずもない。

 しかし元討伐者らしいし、もしかしてという可能性もあるのだろうか。


 気まずい雰囲気の中でも話は進んでいく。

 まずは挨拶、そして細々とした話。

 クローデットを受け入れることには問題ないそうだ。

 むしろアデライドの情報を少しでも手に入れられることは、ハインドヴィシュにとっても幸運であると。


「ただ、一つだけ頭を下げなければならないことがございます。本来ならばあなたをこの国に留めるため、私たちはある程度の援助をしなければなりません。しかし、私にはその権限がありません」


 リタはこの国のお姫様。

 しかしこの国がお金持ちだからといって、リタ自身が自由にお金を使えるわけでもない。

 むしろ他の家庭よりもよほど厳しく、国庫は一銭足りとも使ってはならないと言いつけられているのだ。

 クローデットを受け入れると決めたのはリタ、ならば面倒を見なければならないのもリタだ。


「姫様、頭をお上げください。私たちはこの国に留まらせていただけるだけで十分です」


「そうはいいますが、こちらにも面目というものがありますから。たとえ報酬の件がなかろうともです。……そこでですね、あなたの今後はイルザさんにお任せしようと思います」


「……私に?」


「ええ。彼女を見つけてきたのはイルザさんですから、あなたに責任を持っていただきたいのです。もしも彼女が我が国に害するようならばそれを未然に防ぐ事を、つまりは監視です」


「わざわざここで言うことなのかしら」


「彼女たちとしても、このまま何もないとは考えていないでしょう。イルザさんが見ていると分かれば、万が一何かをしようとも動きにくいはずですから。もちろんあなた達を疑っているわけではありませんよ」


「その程度は当然でしょう。私たちも何とも思いません」


「ああ良かった。それではイルザさん、よろしいですか?」


「良くないわね。四六時中監視するなんて不可能よ。それに私はCランク、サーバ達はBランク。私が適しているとは思わない」


「監視しやすいように、住居に関してはこちらで用意させていただきました。クラーラさんのお店の裏手にある空き家を私の資産で買い取らせていただきましたから、あとで案内してあげてくださいね。それと、実力についても疑っていませんよ」


 正直に言うと面倒の一言だ。

 しかし逃げ道はリタによって塞がれていた。

 サーバやクローデットにも不満は見られず、この用意された状況を覆すことは不可能だった。


「はあ……しかたがないのかしらね」


 この事を考えたのはリタではないだろう。

 リタならば、クローデットを受け入れてそれでおしまいだと思う。

 だからこれは……。


「お話は以上となります。皆さんはもう下がってくださって結構ですよ。……それと、イルザさんにはまだお話がありますから残っていてください」


 おやおや、もしかして説明でもしてくれるのだろうか。

 だとしたら必ずマイカが話すはず。

 見つめられ続けるのも面倒だし、このあたりで何を考えているのかを聞いておきたいところだ。



 案内をヘルダに任せ、私は部屋の中に残る。

 ギルドへの報告は私が戻ってからだ。

 申し訳ないけれど、ヘルダにはサーバ達の案内でもしてもらおう。


「それで、どんな話を聞かせてくれるのかしら」


 部屋に残っているのはリタとマイカだけ。

 先に口を開いたのはリタだった。


「イルザさん、この度は迷惑をお掛けしまして申し訳ございません。ただ父からは、亡命者を受け入れるならば監視は必須だと、無理ならば受け入れることも認められないと言われてしまったのです」


「……別に気にしなくていいのよ。それよりも、リタの親は思ったよりも厳しいみたいね」


 厳しいというよりも、クローデットを受け入れたくなかったのかも。

 お金を使えないのに監視しろだなんて、私がいなければ不可能だ。

 そもそも私が監視することが、国が監視していることになるのかどうかは疑問だけれど。


「それについても、実は条件がありまして……」


 ちらりと後ろを見るリタ。

 マイカがやっと口を開く。


「お嬢様はあなたを大分信頼されているようだ。カルディアもあなたのことを認めている。しかし私はそれほどあなたのことを信用していない」


 口を開くなり酷いことを言っているが、気持ちは分からなくもなかった。

 いきなり現れ、またたく間に姫に取り入って。

 これで疑わないほうがどうかしている。


「エミリア様のことは信頼している。しかしあなたが本当にエミリア様の知り合いかどうかははっきりとしない。突然現れた実力者。ギルドに登録している以上、ランクは確かに本当なのだろう。そうなると、今まで討伐者にならずにその強さを身につけたということだ。あなたは誰だ。どこで力をつけてきたのだ」


「……あなたが私を疑っている以上、私が答えたところで意味はないでしょう。信じられるはずもないものね」


「そうだ。だからこそ今日この場であなたを見極めるつもりだ。私と戦え」


 マイカは私のことを知りたいのだ。

 他国からのスパイかどうかを見極めたいのだ。

 もちろん私はスパイではないし、そもそも他の国も知らない。

 マイカの態度を見るに、リタは私のことを何も伝えていないのだろう。

 今も申し訳なさそうにしていることからも明らかだ。


 さて、どうするべきか。

 戦うのは簡単だ。

 おそらく私が勝つだろう。

 しかし勝ったところで、疑いがより深まるだけではないだろうか。


「とりあえず、この場は移動した方がいいのではないかしら」


「訓練場を抑えてある。誰も近寄らないようにしてあるから、私を負かしても誰も気にしない」


 遠慮はいらないということだろう。

 もっとも、私はマイカを蹴散らすつもりもないけれど。



「イルザさん、申し訳ありません。マイカになんと説明していいのか分からず、こんなことになってしまって」


 城から兵士の訓練所に向かう途中、リタが謝ってきた。

 別に気にすることはない。

 私のことを秘密にしている以上、いつかこうなると分かっていた。


「怒ってないわよ。むしろ驚いてるぐらい。リタ、あなたは私のことを誰にも伝えていなかったのね」


「それは当然です。だってイルザさんは、私に色んなことを教えてくれましたから……」


 そこで顔を赤く染める気持ちも分からなくはないけれど、今は応えるわけにもいかない。


「マイカはどういう人物なのかしら。どうやってリタの側付きになったの?」


「私が直接勧誘したのです。Bランクの討伐者には必ず誘いをかけますから。もっとも、応えてくれたのはマイカだけですけれど」


 当時、マイカはパーティーを組んでBランクの討伐者として活動していた。

 パーティーの仲間はなんとコンラット達。

 しかもその中で、マイカは頭のような役割だったとか。

 ちょうどその頃暴れていた森の魔人を討伐し、その成果で彼らはAランクの切符を手にした。

 マイカだけが側付きに、残りは討伐者のままでいることを希望したそうだ。


「マイカはこの国のことをいろいろと考えてくれています。エミリアさんを紹介してくれたのもマイカです。討伐者の間では有名だったみたいですね。……ですから、あまり酷いことにならないといいのですが」


「心配しなくても悪いようにはしないわ。カルディアよりもよっぽど使える人のようだしね」


 何事にも疑いすぎて悪いことはないだろう。

 それが秘密のままにされるなら特に。

 そういう意味では直接お前は怪しいと言われたことは意外であったが、それも考えてのことなのだと思う。

 私の人となりを判断したいのだ。


 聞いていたとおり、訓練所には誰もいなかった。

 今日だけ特別ということでもなく、普段から詰めている者がいないのだとか。

 隣では本格的な戦争が始まっているというのに、この国の平和ボケ具合は簡単には治りそうもない。


「武器は好きに選ぶといい。どれも刃は潰してある」


「じゃあ、これね」


 選んだのは伸ばしていない連接剣によく似た長剣だ。

 マイカは決して弱くないのだから、少しでも慣れている武器のほうがいいだろう。

 マイカも選んだのは長剣だった。

 見た目から判断するに、手数で押すタイプだろうか。


「それでは──」


「その前に、少しだけ聞いておきたいことがあるの」


「──なんでしょう」


「たった今リタから聞いたのだけれど、あなたは側付きにならなければAランクになれたのでしょう。討伐者のAランクといえば、間違いなくリタの側付きをやるよりも儲かると思うのよ。それてもわざわざ側付きになることを選んだのはなぜなのかしら」


 限界を感じたから?

 でも当時の仲間であるコンラット達は今もAランクで活躍している。

 周囲の討伐者にも慕われているようだし、よほどの理由がなければAランクという立場を捨てることはないと思うのだ。


「……あなたもCランクになったのならば、この国の兵士がいかに怠慢なのかはご存知だと思います。私がお嬢様の側付きとなった三年前から全く変わらない。周囲は大国ばかりだというのに、この国の兵士は訓練をほとんどしない。練度は限りなく低い。この国に生まれたものとして、見過ごすことはできなかった」


 育ったこの地を、この国を守りたいという思いはリタと同じもの。

 だからこそ側付きとなり、国を立て直すことにした。

 しかし兵は相変わらず訓練もせず、王も内政にしか興味がない。

 強くなるのは討伐者ばかり。

 愛国心が強いのだ。

 リタ以上に、ハインドヴィシュ公国を強国に作り変えたいのだろう。


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