040 奴隷の扱い方
明るくなるまでサーバ達も一眠りするそうだ。
今はカルディア一人が起きていた。
私は横になりながら、先ほどの話を整理していく。
クローデットはハインドヴィシュへの亡命を希望していた。
サーバ達三人の討伐者もクローデットに付き添う形で亡命する。
逃げ出した理由はベルト姫の暗殺を依頼されたから。
依頼主である貴族の思惑は、戦争を避けるというよりも戦争を先延ばしすることが理由にあるらしい。
そういう意味では戦争が始まってよかったのだろう。
国力を高める前に、大国同士が削り合ってくれるのだから。
(問題は追手ね……)
追われていることは間違いないそうだ。
なにせベルト姫の暗殺を依頼したのはその国の貴族。
クローデットを殺さなければ、その命が危ないだろう。
ただサーバ達もBランクの討伐者と実力揃いのため、そう簡単に追いつかれることもないのだとか。
その貴族は何よりも姫に露見することを避けなければならない。
つまり、追手は子飼いの者である可能性が高い。
領地の兵士か、馴染みの討伐者か、金になびく騎士か。
ここは森の中、厄介な追手は討伐者だ。
兵士が討伐者よりも速く森を駆け抜けられるとは思えない。
討伐者──不思議なことに、すべての国で強さの基準は同じなのだそうだ。
各々の国の補助で成り立っている討伐者ギルドではあるが、国に属しているわけではない。
討伐者に国境はない。
だからアデライドで活動していた彼女たちがBランクだったのなら、こっちに来てもBランクのままだ。
とても優秀なのだと思う。
ハインドヴィシュは森が近いので活動しやすい。
アデライドの帝都はどうなのだろう。
周囲の草原に、それほどの魔物は現れないと思う。
時間をかけて森を往復していたのか、森に近くいるために村に滞在し続けているのか、どちらにせよ結構なことだった。
そんな彼女たちを追いかける者が、そして重大な秘密を握ったクローデットを捕まえる者が、果たして弱いのか。
そんなことはあり得ない。
貴族自らの命がかかっているのだ、なんとしてもクローデットに追いつきたいはず。
すぐには追いつかないという話すら怪しいのではないだろうか。
あとで地図を見せてもらおう。
アデライドからの距離が分からない。
追手はいつ追いつくのか、地図を見たら気づくこともあるだろう。
今のところ、森の様子は変わらない。
近づく気配は感じない。
聞こえるのは風が囁く木の葉の音だけだった。
ついこの瞬間までは。
「なんだ……?」
カルディアも気づいたのだ。
一瞬だけ、森の奥深くが輝いた。
その強い光は森の外まで照らすようで、しかし一瞬だから誰も気づかない。
起きていたカルディアと私以外には。
「今のは何かしら?」
「っ、起きていたのか」
もしかして気付いていたのかもと思っていたけれど、カルディアも私の寝たふりに騙されていたみたい。
でも今はどうでもいい。
「今光ったわよね?」
「あ、ああ……。一瞬だけ視界を奪われた。どこから光ったのだろうか」
「森の奥からよ。あっち、ずっと奥深く」
しかしもちろん何も見えない。
少なくとも、私の手の届く範囲にはなんの気配も感じない。
「こういうことは、よくあるのかしら? 光る植物があったりするのかしら」
「まさか。森が輝くなんて聞いたことがない」
「そう。では自然なことではないのね」
そうなると、魔法。
私は魔法に詳しくない。
しかし、しかしだ。
光と共に探索する魔法があってもおかしくないのではないか。
街の中に入るまで、警戒したほうがいいのではないか。
「追手、かしらね」
「いや、それよりも別のことを警戒したほうがいいのかもしれないぞ」
「別の?」
「そうやすやすと生まれるものでもないのだがな。追手と考えるよりは可能性も高いのではないか」
「だから、何が生まれたのよ」
「分からないのか? 魔物だろうと成長するのだ。……魔人だよ。人が扱えない魔法を使ったのだから魔人しかありえない」
──魔人。
魔物が進化した姿。
何人もの討伐者を撃退し、奪った魔力の果てに進化した魔物における到達者ともいえる存在。
「……こんなタイミングで?」
「もしかしたら、追手が餌になったのかもな」
「随分とお気楽ね」
「そうでもないが、焦ることもないだろう。森の中には倒せない魔物もいるのだ。いまさら魔人が一匹増えたところでな」
魔人は強いと聞いたけれど、カルディアの様子では気にすることもないみたい。
そもそも大分離れているのだから当たり前かも。
「今すぐ街に戻る必要はないの?」
「心配だったら戻ればいい……が、急ぐ必要もないと思うぞ」
「そう。だったらいいかしら……」
しかし、魔人か。
見た目は人に近くなると聞いていたが、それは姿だけの話らしい。
少なくとも人は光らない。
まあ魔法という可能性もあるのだが。
追手は、まあ今すぐ考えることもないだろう。
カルディアの言うとおりに魔人に襲われたとは考えにくいが、すぐに追いつくとも思えない。
ここで襲えるのならば、その前に襲われていたはずだ。
そもそもリタがクローデットを受け入れるかも分からない。
頭を働かせるのはクローデットの沙汰が下されてからでいいだろう。
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陽が昇ると同時に動き出した。
油断しすぎて追手に追いつかれたら笑えない。
それに、クローデットは思っていたよりも疲れているようだった。
仮眠ではなく、街の宿でゆっくり休まないと倒れてしまいそう。
「ここから街までは半日程度だ。歩けそうか?」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ、カルディア様」
カルディアのいったいどこに尊敬できるところがあったのか、クローデットは敬いをもって接している。
リタ姫の側付きということでさえ怪しいはずなのに、もう疑っていないのだろうか。
帰り道では幸運なことに巨首馬が現れた。
急いでいたので私が倒す。
すでに中域の魔物の核は手に入れていたけれど、カルディアの目の前で倒したのだからこれで文句も出ないだろう。
昨日よりも人数が増えていたが、門番からは特に何も言われなかった。
カルディアが一言二言告げただけ。
そうは見えないけれど、やはり兵の中では身分が高いらしい。
「私はこれからクローデットを連れてお嬢様に会いに行く。お前たちはどうするのだ」
「さすがに私たちは姫様にお会いできないだろうからね。今日の宿を探したあとはギルドの様子でも眺めているさ」
「それがいいだろう……いや、待て。もしかしたらお嬢様がお前たちからも話を聞きたがるかもしれない。できれば目立つ場所で待っていてほしい」
「宿をとったあとはギルドで待っていたらいいんでしょう?」
「しかし宿がすぐに見つかるとも限らないだろう。……ここは一緒に来てくれないか? 城の中で待っていてくれたらいい。もちろん宿はこちらで手配する」
「私たちはそれでも構わないよ。高すぎる宿は勘弁だけどね」
「そこは心配せずとも大丈夫だ。この国にそんな立派な宿はないからな」
宿か。
結局泊まることもなかったな。
「イルザ達も一緒に来てくれ。お嬢様はお前たちを信頼している」
「……まあ、いいけどね」
クローデット達を連れてきたのは私だから、一緒に城に向かうことも覚悟していた。
そういえば、正面から訪れることは初めてだ。
「リタ姫への報告が終わったあとは、ギルドへの報告に付き合うのよ」
「む……そうたったな。もちろん忘れてないぞ」
どう見ても忘れていただろう。
急いでないからいいんだけど。
「ヘルダもそれでいいわね?」
「……付き添うだけなら」
ヘルダはまだリタのことを許していないのか。
それこそ気にすることもないのだろうけれど。
カルディアに連れられる形で城の中へと案内される。
正面から見上げると三階建の立派な形だ。
もちろんフロア毎に高い天井であるから他の建物よりもよほど大きい。
「それではこちらの部屋で待っていてくれ。それほど長くはかからないはずだ」
カルディアはクローデットのみを連れて部屋を出ていく。
私たちが案内された部屋は広く、中央のテーブルには果物なんかが置かれていたりした。
遠慮せずにいただくことにする。
食べる必要はないのだが、甘味は別腹というやつだ。
「あなた達も遠慮しなくていいんじゃないの」
「……イルザは落ち着いているね。正直なところ、牢屋に連れて行かれてもおかしくないと思ってたのに」
「その割には大人しくついて来たみたいだったけど」
「依頼主のクローデットがあなた方を信頼しているようだった。そこで私たちだけが離れたところで意味はないし、依頼料も受け取れなくなるからな」
「確かにね。気になってたのだけど、報酬が何か聞いてもいいのかしら。クローデットは何も持っていないように見えたわ」
ずっと気になっていた。
貰える報酬というのは、今まで暮らしていた国を抜ける程に価値あるものなのか。
討伐者もBランクまで上がればそれなりにお金も自由になるはず。
お金には代えられないものなのか。
「……イルザのパーティーって、その子と二人だけ?」
「討伐者という意味ではそうね。討伐者以外も含めるのなら、鍛冶師も一緒に暮らしているわ。あと奴隷も」
そのヘルダは果物を切り分けている。
ナイフがひとつしかなかったから、置かれていた皿に果物を取り分けているのだ。
「奴隷もいるんだ。……Cランクでどうやって、っていうのは今はいいとして、それなら話しても構わないね」
答えは単純明快、そして私がとても納得できるものだった。
「報酬はクローデット自身だよ。もちろん一日中、いつでも私たちが求めた時にはその身体を提供する奴隷。亡命が受け入れられたその日から、クローデットは私たちから離れられない」
つまり、だ。
サーバ達はある意味で、典型的な討伐者だったのだ。
「私は別に、ヘルダの身体目当てで一緒にいるわけじゃない」
「あ、そうだったんだ? でも似たようなものでしょ?」
今ではその側面もあることは否定できないけれど。
サーバ、トスカ、ジータ。
三人は当初から同じパーティーで活動していた。
Cランクに上がってからは、効率を考えて同期の男パーティーとも行動を共にするようになった。
そこで、襲われた。
詳しいことは省かれたけれど、色々あってサーバ達は三人だけで活動するようになった。
周りの討伐者は信じられない。
Bランクに上がっても変わらない。
変わらず三人だけで頑張ってきた。
けれども限界も感じていた。
拠点としているアデライドには、森のような魔物の拠点が近くにはない。
暮らしやすい帝都を拠点とすると、討伐者として活動する大半は移動に費やされることになる。
だから、ちょうどいい機会だったのだ。
拠点を変えようと思っていた矢先に飛び込んできた依頼。
リスクはあったが、見返りも大きなものだった。
とっくに歪んでいた三人にとって、美人なクローデットはそれほどまでに魅力的に映ったのだ。
もちろんそれだけじゃない。
戦争が大きくなると、いつかは討伐者にも招集がかかる。
魔物を相手にするのは慣れているといって、人を殺すことに慣れているわけでもない。
そもそも、クローデットから秘密を打ち明けられた時点でサーバ達もアデライドに留まることはできなくなっていた。
「彼女、意外と策士みたいね」
「正直半信半疑だったけどね。帝都では戦争の気配もなかった。小競り合いはいつものことだし」
「でも、いつかはこの国も戦争に巻き込まれるのよ?」
「それでもすぐじゃないでしょ。また逃げたっていいし、その時には覚悟もできてるかもしれないじゃない」
それは私には取れない手段だ。
でも一度国を捨てたサーバ達にとっては、二度も三度も変わらないこと。
まあ、次の国でも受け入れられるとも限らないけど。
「討伐者には、野蛮な人が多いのかしら」
「そうでもないと分かってるんだけどね。調子に乗るのはCランクの奴らばっかだよ。私たちのように油断するのもね」
私に討伐者の知り合いは多くないけれど、もしかしてコンラット達にもそんな時期があったのだろうか。
気に食わないAランクの討伐者。
「私もそれほど長く暮らしているわけでもないけれど、この国はそれなりに暮らしやすいと思うわよ」
「私たちにとっても暮らしやすいことを願ってるわ」
切り分けられた果物を口に含む。
報酬を手に入れたあとは、果物を買っていってもいいかもしれない。
そろそろテアも目覚めるだろうし。
話も一段落ついたところでカルディアがやってくる。
「お嬢様がお前たちとも話をしたいとおおせだ。ついてきてくれ。それと、イルザもぜひ一緒にとのことだ」
サーバが私を見た。
「イルザはこの国のお姫様にかなり信頼されているんだね。私たちにとってこの出会いが幸運であることを祈ってるよ」
……まあ、仮にも血の繋がりがあるのだし。




