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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
33/70

032

 テアが眠ってしまったので勝手にベッドを借りるわけにもいかず、三人並んで床に横になった次の朝。

 ピーアからあらためてこの依頼の説明を受けることになった。


「この度の依頼は私の権限にて既に完了したものとします」


「……どういうこと?」


 まだ起きたばかりで、もちろん魔物の一匹すら倒していない。

 依頼が完了したと言われても戸惑うだけだ。


「テアさんから話を聞いたところ、報酬を払えないということでした。これは依頼を受注したギルドの不手際となります。依頼の達成は、無駄な移動を強いられたことに対する補償とお考えください」


 ……私たちが普段受けている魔物の討伐、それらは全て国からの依頼である。

 魔物の核を討伐者から買い取り、高く売った利ざやで儲けているのだ。

 今回の依頼者は国ではなくテア。

 ならば報酬もテアが払うのだが、もちろんテアにお金はない。


「私たちが魔物を倒さないと、この村に被害が出るんじゃないの」


「それは国が対処すべきことであり、我々ギルドが介入することではありません」


「そうなると、テアはどうなるの?」


「……それも私たちには関係ないことなのです」


 別にルールに逆らうつもりはないのだ。

 私たちがこのまま帰ると、テアが魔物の討伐に駆り出され、そして狩られる。

 こんな依頼もあるのだという勉強にはなったのだし、このまま帰っても構わない。

 ただ、それを決めるのは私ではない。


「ヘルダ、あなたが決めなさい。このまま帰るのか、それとも残るのか」


 残念なことは報酬か。

 一応は達成という扱いなのだし、もしかしたらギルドが建て替えてくれるのかも。


「わたしが、ですか?」


「そう、ヘルダが決めるの。テアを見捨てるのか、それとも少しだけ延命させてあげるのか」


 これも教育だ。

 私たちが何をしたところでテアの運命は決まっている。

 ここで魔物を倒したところで、きっと次が現れるのだ。

 その次の魔物をテアはきっと倒せない。

 むしろ私たちがたどり着くまで生きていたことこそ奇跡なのだと思う。


「わたしは……」


 私の顔を見て、まだ眠っているテアの顔を見て。

 十分に悩むといい。

 どちらを選ぶにせよ、選んだことですヘルダはまた一歩大人に近づくのだから。


「わたしは……一度テアとお話をしてみたいです」


 ……

 …………


 二人きりで話したい、そう言うヘルダを拒否できるはずもなく、私とクラーラは村の中を散策していた。

 明るくなるとすぐに仕事の時間なのか、周りではすでに畑に入っている人たちばかり。


「いつも気になっていたのですけれど……」


「なに?」


「イルザさんとヘルダさん、もしかして母娘だったりしますか?」


「……そこまで老けているつもりはなかったのだけど」


 そういえば鏡を見ていない。

 顔は変わっていないと思っていたけど、もしかしてシワができたいたりするのだろうか。

 これは急いでリタに鏡を見せてもらうべきだ。


「すみません、違うんです。ただ、いつも判断はヘルダさんにお任せしているようなので、少々不思議だったのです」


 まあ、姉妹というよりは母娘の関係のほうが近いのだけれど。

 私とヘルダは実力も乖離しているから、はたから見ると不思議なことだろう。

 それこそ血縁関係でもなければ、同じ実力の者同士でパーティーを組むのが普通なのだ。


「私とヘルダの関係は簡単には言い表せないわ。まあ家族とでも思っておきなさい。それよりも、テアの村での扱いというのは普通なの? 見た感じ両親が生きていた時から困窮していたように思うのだけど」


「そうですね……普通はもっと対等かもしれません。村に専属で魔物を退治するのですから、それこそ村で一番裕福だとしてもおかしくないはずなのですけれど……」


 そう、村にとって守り手の一家は重要なはずなのだ

 なにせ魔物を倒せなければ村人が殺されてしまう。

 それこそ生きるためなら、作物を育てることと同じぐらいには大事に扱ってもいいものなのに。


 両親が死んだから守り手として期待されていない?

 だったらすぐにでも新たな守り手を探してしかるべき。

 しかしそんな様子もない。

 もっとも、こんな村で守り手をしたいという人がいるとも思えない。


 そんなことを思いながらぶらぶら歩いていると、村人の一人が近づいてきた。


「お前たちはテアの家に泊まっているのか」


「……そうだけど」


 一言目からにじみ出る侮蔑感に、私の返事も苛立ちを含むものになる。

 村人は農具で鍛えたかのような身体に黒く日に焼けた男だ。


「テアは中か?」


「テアに用事なの? お生憎とまだ眠っているはずよ」


 それでも男の歩みは止まらない。

 眠っていると言っても構わずにテアの家の扉を開いた。

 止めることはしない。

 そこまでの義理もないし、むしろこの村でのテアの扱いを知れるちょうどいい機会だったから。


「テア! 仕事だ!」


 男の背後から家の中を覗く限りでは、テアよりもヘルダのほうが驚きは大きいようだった。

 わざわざ私たちが席を外したのだから、邪魔者が入るはずもないと思っていたのだろう。

 目覚めていたテアはただ冷静に立ち上がる。


「今、行きます……」


「早く来い! 今日は俺の畑だからな!」


 着のみ着のままのテアが男に連れられていく。

 仕事というが、少なくとも魔物の討伐ではない。

 この村に魔物が現れていないことは私が証明できる。


「あの、イルザさん。わたしもテアについていきます」


「テアから何か聞き出せたの?」


「テアは……この村で唯一の地の魔法の使い手だったんです」



 テアが地の魔法を使える。

 その話を聞いたら私としても見ないわけにはいかないだろう。

 特にやることもなかったので、ヘルダとピーアと一緒にその作業を見守ることになった。


『毎日手が汚れていた

 わたしはただ見ているだけだ

 みんながわたしを見つめるのなら

 わたしも手を汚すでしょう

 ──大地を耕して(ソフトグラウンド)


 テアが地面に手をつくと、そこから魔力が広がっていくのが分かる。

 大地に魔力が浸透し、僅かに地面が揺れた。

 固まっていた大地は小刻みな振動で空気を含み、徐々に柔らかな土へと変わっていく。

 気づけばあとは種を蒔くだけという状態になっていたのだった。


「へえ……凄いのね」


 地の魔法は大地を耕す魔法なのか。

 ……いや、それだけではないのだろう。

 その気になれば土を生み出すこともできるはずだ。


「ここが終わったら次は向こうだ! さっさとしろ!」


 テアがせっかく地の魔法を見せたというのに、男は礼のひとつも言わずに次の場所へとテアを引っ張っていった。

 私の記憶ではテアは守り手であり、畑仕事には従事しないはずなのだけれど。


「テアは守り手なのよね?」


「ええ……畑を持っていないので間違いないはずなのですけれど……」


 しかし男はテアが地の魔法で畑を耕すのが当然だというように扱っているし、テアも文句一つ言わない。

 地の魔法が扱えるから、畑仕事を手伝ってもらっているということなら分かるのだ。


「どうやらテアは便利に扱われているみたいね」


 畑を耕すには魔法が一番だ。

 魔法がなければクワで耕すしかなく、それにはとても時間がかかる。

 もしくは馬を使う手もあるのだろうが、この村に馬の姿は見えない。

 この不自然な関係はいつから続いているのだろうか。

 テアの両親が亡くなったからか?

 それともテアに地の魔法があると発覚してからか?

 どちらにせよ、唯一の守り手を使っていい仕事ではないはずだ。

 これでは万が一魔物が現れた時、テアは戦うことができないだろう。

 なにせ地の魔法を一度使うだけでも多くの魔力を消費しているのだから。


 連れて行かれるテアを、ヘルダは今度は追いかけなかった。

 耕された畑をじっと見つめている。


「わたし……今なら使えそうな気がします」


「ヘルダ……?」


「イルザさん、見ていてください」


 すでに耕された大地。

 柔らかくなった土に手をつけたヘルダは一言だけ唱えた。


『お願い、固まって……』


 ほんの僅かな魔力がヘルダの手から大地に流れ込む。

 するとどうだろう、魔力によって土は少しずつ形を変えていくのだ。

 ヘルダが手を持ち上げると、土も一緒についてくる。

 もちろんヘルダの手のひらは下を向いたまま。

 重力に逆らって土が持ち上がったのだから、それはつまり魔法を使えたということだ。


「おめでとう。地の魔法を使えるようになったのね」


「はい。テアの魔法を見たら、なんとなく使える気がしたんです」


 私が火の魔法を覚えた時と同じだ。

 それにしても毎晩毎晩土を触ってもまったく覚えなかったのに、一目見ただけで使えるようになるだなんて。

 もしかして、自力で習得できるのは嘘だったのか。

 ……いや、卵と鶏の話ではないけれど、自力でも魔法は覚えられるはず。

 そう簡単には身につかないというだけか。


「もう用事は済みました。イルザさん、帰りましょう」


「……テアのことを心配してたのではないの? 二人きりで話したんでしょう?」


「テアからは地の魔法を使える人を聞きたかっただけです。こうして魔法を覚えたのでもう用事はありません。……イルザさんも、早く帰りたいですよね?」


「それは……そうなんだけど……」


 おかしい。

 普段のヘルダとは思えない言葉だ。

 テアとは年も近く、親もいないからもっと親身になってもいいと思う。

 普段のヘルダならば間違いなくテアを心配したはずだ。

 それなのに、テアのことはどうでもいいように帰ろうと言うのはどういうことなのか。


 ……私のせいなのか。

 ヘルダの今の思考は私に近いのだと思う。

 すれ違う人は餌であり、私にとっては隣にいるピーアも変わらない。

 目の前でピーアの扱いを見せつけているのだから、ヘルダも私と同じ考えになってしまったのか。


 子は親に似るというけれど、私に似てほしいわけじゃない。

 ヘルダには人として大人になってほしいのだ。


「……とりあえず、一晩とはいえテアの家を借りたのだから、帰る挨拶ぐらいはした方がいいでしょ」


「そうですね。戻ってくるまで待ちましょう」


 ただ、それ以上のことを言うことはできなかった。



 しばらくするとテアが戻ってくる。

 見るからに疲労困憊な様子で、魔力を限界まで使ったことは明らかだ。

 手には僅かな果物を持っている。


「すみません、お客様をお待たせして……」


「それは?」


「これは今日の報酬です。畑の開墾を手伝うと、代わりにお礼をいただけるんです」


 そこまで疲れ果てて報酬は果物一つ。

 緑醜鬼(ゴブリン)を狩ったほうがまだ儲かる。


「苦労しているのね。それと、私たちはそろそろ街に戻るつもりなの。勝手にいなくなるのも悪いと思って待っていたけれど、これで帰ることができるわ」


「──そんな、待ってください。魔物が出るんです」


「そんなことは関係ないわ。私たちは討伐者、お金を貰えるから魔者を狩るの。あなたには払えるお金がないのだから、ここですることは何もないのよ。ピーアからも聞いたのでしょう?」


 そんなことよりも、今はヘルダの教育方針について考えることのほうが大切なのだ。

 歪んで成長しつつあるヘルダをどうやって元の道に戻すのか。

 とにかく今はクラーラに相談したかった。


「報酬……報酬……」


 悩んだところでお金は急に出てこない。

 そのまま悩んでいるテアを放置して帰ろうと身を翻した時だった。


「待ってください! 報酬ならあります!」


 お金がないことは間違いないというのに、テアは報酬があるという。

 何を言い出すのか興味を持った私はついついその足を止めた。


「へえ……何を払うっていうのかしら」


「……わたしです。わたしが報酬になります!」



 奴隷というのは、そう珍しい存在でもないらしい。

 例えば大きな家ならば、一人ぐらいは奴隷がいるものだ。

 煙突掃除だったり汚物の掃除だったりと、危なかったり汚かったりする仕事に従事させるらしい。

 もちろん公に認められている存在でもあるから、報酬が奴隷だとしても問題はない。


「……報酬は貰いすぎる分には問題ありません。自分の依頼を受けてもらうために相場よりも大きな報酬を用意することも当たり前にありますから」


「そうなのね。ピーアの家にも奴隷がいるの?」


「まさか。私は一人暮らしですし、普通の家に奴隷がいることはあまりありません。奴隷を持つ家は間違いなく裕福なのです。ただ商家には小間使いとしての奴隷は普通ですし、鍛冶師の家に奴隷がいることも普通です」


 さて、どうするべきなのか。

 一度は無効となった依頼だから、あらためて報酬を提示されたところで受けるかどうかは私たち次第。

 鍛冶師の家に奴隷がいることは自然と言ったって、今までクラーラの家に奴隷はいなかった。

 つまりは奴隷が不要ということ。

 それは私にとっても変わらない。

 地の魔法が使えるといっても所詮は少女、連れ帰ったところで無駄飯食いにしかならないのではないか。


 ちらりとヘルダの様子をみるけれど、何も感じていないみたい。

 うん、やはりテアはどうでもいい存在なのだろう。

 それに奴隷なんて、ヘルダの教育に悪い気がする。


「悪いけど──」


 しかし、私の言葉は遮られた。


「テア、魔物が現れたぞ!」


 ……どうやら素直に帰らせてはくれないようだ。


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