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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
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029

「だから言ったじゃないですか。彼女はDランクに留まるような実力じゃないと」


「この目で見ても信じられんな。灰石象(グラファント)を殴り殺すなんて聞いたこともない」


 茂みから現れたのはコンラットにハンスに、つまりは最近知り合ったA1ランクの討伐者。

 戦っている最中に気づいたのだが、彼らは私の戦いを覗いていた。

 一体何の目的で。


「もしかしてこの魔物もあなた方が連れてきたのかしら。だとしたら相当悪質ね」


 倒せない魔物の討伐を、近くにいる討伐者と協力するなんてことは討伐者にとっては当たり前のことらしい。

 しかし彼らはA1ランクで私はD2ランク。

 彼らが協力を要請していい相手ではないし、そもそも浅域にこのような魔物は現れない。

 彼らが連れてきたことは明白なのだ。


「ごめんごめん。実はベンヤがうるさくてさ。新人なのに色々と考えていたあなたの実力を知りたがったんだよね」


「おいっ!」


「……新人らしくなかったということかしら」


「まあ有り体に言うと。それにしても本当に驚いたよ。一人で灰石象(グラファント)を倒せるなんて、もしかしたらAランクの実力もあるのかもしれない」


「私が敵わないとは考えなかったの? それにここには子供たちもいたんだけれど」


「その時はもちろん俺たちが倒したさ。もっともその必要はなかったがな」


 ……否定しない。

 つまりは彼らは私の実力を確かめるために、わざわざ深域近くから魔物を引っ張ってきたというわけか。

 ベンヤが私の実力を知りたがっただって?

 まさか彼にそんな知性があるはずもない。

 彼らは魔物を倒してお金を稼ぐ討伐者。

 そこに利益がない限り、こんな手間のかかることをするはずもない。

 つまりは誰かに依頼されたのだ。

 私の力を探りたい誰かに……。


「まあいいわ。それよりもあなた方のせいらしいし、この魔物の解体をお願いしてもいいかしら。もちろん無償でよ」


「お前、調子に……」


「はいはい、当然だよね。灰石象(グラファント)は硬皮も素材になるし肉もそれなりに美味しいからね。当然私たちが解体するよ」


「当然ね。ギルドには言わないであげるから感謝するのよ」


 まったく、面倒なことだった。

 一体誰が私のことを探ろうとしているのか、まったく心当たりがないのだから。

 ヘルダとクラーラ以外では唯一と言っていい知り合いのリタにしても、私のことは全部知っているはず。

 目の前の彼ら以外の心当たりなんてさっぱり思い当たらないのだった。


「……イルザさん、この人たちは?」


「ああ、ヘルダには言ってなかったかしら。この前知り合った討伐者よ。ちょっと聞きたいことがあって声をかけたのよ」


「そうですか……」


 あの日、リタとヘルダのゴタゴタがあったから伝えるのを忘れていた。

 それに伝えたところで意味はなかったし。

 ある意味ではちょうどいい機会だった。


「ねえちゃん、ねえちゃん。もしかしてコンラットと知り合いなのか?」


 少し離れて解体作業を見守っていると、いつの間に起き上がったのか今度はアネルが話しかけてくる。


「アネルはコンラット達のことを知っていたの?」


「当然じゃんか! だってこの街で一番有名な討伐者だぜ! 知らない奴なんて討伐者じゃねえよ!」


 妙に興奮しているアネルだが、言われてみると納得した。

 以前にも彼らは森の探索を行っていたし、その結果が出るまでは討伐を自重する者ばかりだった。

 顔だけは売れているのだろう。


「イルザさん、魔法が使えるだけでなくとても強かったんですね……」


「そうでもないのよ。私だって強い人には勝てないわ」


「イルザさんでも、コンラットさん達には敵わないんですか?」


「……どうかしらね。負けるつもりはないけれど、向こうも上級の討伐者だからね。よく分からないわ」


 あらためて彼らを見つめると、その強さも知れるというもの。

 彼らの中で魔法を使うのはハンスだけだと聞いているが、魔力自体は各々がけっこうな量を保持している。

 それも、個人で先ほど倒した灰石象(グラファント)を上回るほどの魔力量。

 魔物を倒したらその魔力の一部を奪い取るという推測、どうやら間違いないみたいだ。


 私とどちらが強いのか、実際のところは分からない。

 身体能力と魔力量に直接の関係はないし、実際に戦っている姿を見たこともない。

 ただし、簡単に決着しないことだけは確かだろう。


「……僕は、おねえちゃんのほうが強いと思う」


「そんなわけないだろ! コンラットは誰よりも強いんだぞ!」


「わたしはやっぱりハンスさんかなぁ」


 私が強いと信じてくれるのはグンタだけみたい。

 ヘルダは何も言わない。

 現時点で私よりも彼らよりも強い存在を知っているから、こんなことを比べることに意味は無いと知っているから。


「面白い話をしていますね。私たちとイルザさんのどちらが強いかですか」


「……解体作業はどうしたのよ」


「私はこんな見た目ですからね。力作業は彼らに任せました」


 面倒な。

 ハンスは確かに魔法使いだし、身体付きも立派なものではないがそれでもA1ランクの討伐者。

 それで身体を動かすことが苦手なはずもないだろうに。


「とうやらイルザさんは魔法も扱うご様子。どうですか? ひとつ私と魔法の勝負なんていうのは」


「バカにしているのかしら」


「いえいえ、そんなことはありませんよ。先ほどあなたの魔法を見せてもらいましたが、どのようなものなのか見ただけでは分からなくてですね。これは一度体験しておこうと考えただけですよ」


「へえ……」


 何も知らないはずなのに、私の魔法を受けたいとこの男は言うのか。


「ハンスだったわね。あなた、魔法使いでしょ。私の魔法は魔法使いに対しては強いものだと思っているのだけれど」


「ああ、そうなのですね。でも私にはおそらく効かないかと思いますよ。どうですか? 魔法を使ってみてはくれないでしょうか」


 そこまで言われて引き下がれるほど私も大人ではない。

 魔力を燃やすこの魔法を、どうやって受けきるのかをぜひ教えてほしいものだ。


「どうやら死ぬ覚悟はあるみたいですね」


「私も討伐者ですから。ただ、あなたの魔法では難しそうですね」


 ああ、そう……。

 そこまで言われたらもう引き下がれない。

 だいたい灰石象(グラファント)の件からして気に食わなかったのだ。


「イルザさん……」


「大丈夫よ。骨まで燃やし尽くしたら証拠なんて残らないわ」


「ああ、怖いですね。ついでに私は魔法も使わないので、炎を消される心配もしなくていいですよ」


「手加減なんてしないから安心して死になさい」


『苦しみを与えよう

 爛れた皮膚は極度に縮み

 動くこともままならない

 それでも炎は止まらない

 燃え尽きるまで止まらない

 燃やせ

 ──炎塊(ファイアボール)


 もちろん遠慮なんてしなかった。

 それどころか合図もせずに、ただ炎をぶつけたのだ。


 だから目の前でハンスが燃えなかったことに、とても驚くことになった。


 私は呪文を唱えて魔法を使った。

 手のひらから生まれま炎は、まっすぐハンスへ向かったはずだ。

 それなのに……ぶつかる直前で炎が消えたのだ。


「……なにを、したの」


「しいていえば、なにも。それはあなたも見ていて分かることかと思いますけれどね」


 分からなかったから聞いたのだ。

 何もしていないはずがない。

 この魔法は緑醜鬼(ゴブリン)相手に何度も使ったのだから、失敗なんてあり得ない。


「分かりませんか……。どうでしょう、もう何度か私に魔法を使ってみては」


 私の中で疑問が大きくなると、代わりにイラつきは消えていった。

 それからも遠慮せず、何度も魔法を使っていく。

 瞳で魔力の動きを確認していくと、どうして炎が広がらないのか理由も分かってくる。


 私の魔法がハンスの身体にぶつかる寸前、当然ハンスが身にまとっている魔力にぶつかることになる。

 通常ならば魔力を燃やすはずだが、しかしハンスの魔力は燃えない。

 魔物との違いは魔力量だけ。


「……私の魔法は威力が小さいということなのかしらね」


「ご明察です。あなたが灰石象(グラファント)に魔法を使う姿も見ていましたが、あなたの魔法には魔力がほとんど乗っていません。それでは低ランクの魔物にしか効かないでしょう」


 魔力の効率を考えて生み出したこの魔法だけれど、効率的であるからこそ込められる魔力量は少なくなっている。

 灰石象(グラファント)に有効でなかったのも、灰石象(グラファント)自身の魔力が多かったせいなのか。

 それでも灰石象(グラファント)は表面だけは燃えたが、ハンスには火がつくこともない。

 それだけハンスの魔力が多いということだ。


「やはりあなたは新人なのですね。魔法に慣れている者ならば、相手を見ただけでどれほどの魔力を込めたらいいのかは一目で気づくはずです」


「それを伝えるために、わざわざ挑発的なんてしたのかしら」


「平たく言えば。まあ私たちは、あなたが新人だということはまったく疑っていませんでしたけれどね」


 ふうん……。

 これはヒントなのだろうか。

 彼らは依頼で私のことを探っていたけれど、彼ら自身が敵対するつもりはないという意思表示なのだろうか。

 彼らとはあれっきりの関係、そう思っていたがどうやら簡単には済まないみたい。


「それで、どうしてこんな面倒なことをしたのかしら。私の実力が知りたいのならば直接あなた達が戦ったほうが早かったんじゃないの。わざわざ魔物を呼び寄せて、子供たちも危険にあわせて」


「色々と理由があるのですよ。その話は……ああ、どうやら解体も終わったようですから、詳しい話は街に戻ってからでどうでしょうか」


「……分かったわ」


 確かにコンラット達は灰石象(グラファント)を綺麗に解体していた。

 それぞれが大きな肉を背負い、バラバラになった硬皮もひとまとめにされている。


「さすがにすべてを私たちで運ぶことは難しいみたいです。……手伝ってくれますよね?」


 ハンスだけは、運ぶつもりはさらさらないようだった。


 ……

 …………


灰石象(グラファント)の硬皮はよく防具に流用される。少なくもとBランクまでなら役に立つことだろう」


「コンラットの鎧は金属に見えるけど?」


「当たり前だろ。俺らはAランクだぜ。灰石象(グラファント)なんて使えねーよ」


 肉を分け与えることを伝えると、子供たちも喜んで手伝ってくれた。

 それでもすべてを運ぶことはできずに、一部は森の中に捨ててくることになった。

 私とヘルダだけならばすべて運ぶこともできたのだが、食事に困っているわけでもないから捨てても惜しくはなかった。


灰石象(グラファント)ね……美味しいのかしら」


 勝手なイメージだが、体が大きいと肉もただ硬いだけに思えるのだ。

 それでも肉であることに違いはないし、食べたい盛りの子供にとってはご馳走だけれど。


「お前も見ただろう。硬皮を壊されたあとの灰石象(グラファント)は自重で動けなくなった。硬皮のおかげか肉は想像以上に柔らかいぞ」


「へえ……不思議なものね」


「それは魔物すべてに言えることだ」


「確かにね。食べられるだけでもありがたいのかしら」


「……大きな魔物の肉は不味いか。それも普通ではない感性だ」


「何か言ったかしら」


「いいや……。それよりも緑醜鬼(ゴブリン)が現れたぞ」


 肉を運んでいる間、普段よりも緑醜鬼(ゴブリン)に多く襲われている気がする。

 肉の匂いにつられてのことだろうか。

 魔物は人を襲うだけだと聞くし、私たちが大勢だからか。


 緑醜鬼(ゴブリン)の相手は唯一肉を運んでいないハンスの役目だ。

 魔物と戦うために運んでいなかったのだ。


 ハンスは水の魔法で魔物を倒していく。

 火の魔法も同じだが、魔力が水に変化する光景は何度見ても不思議だ。

 水の魔法は身体を洗うときに使えるので覚えたいのだが、何度見ても使える気配はない。

 それでも覚えられる手段はあるのだが、ハンスを相手にするなんて考えられないことだった。



 門までたどり着き、身体を清めたあとは肉の分配だ。

 子供たちは肉塊をしっかりと持っており、それどころか離したくない様子に笑ってしまう。


「ここまで運んできてくれた報酬だけれども、持てる分だけ持っていって構わないわ」


「……ねえちゃん、それマジ?」


「ええ。あなた達も今日は疲れたでしょうからね。そのお礼よ」


「マジかよ! ねえちゃんありがとう!」


「……ありがとう」


「イルザさん、ありがとうございます。しばらくご飯が豪華になりそうです」


 もちろん今日集めた魔物の核もすでに分けているから、子供たちとは門で別れた。

 子供たちはこれでいいだろう。


「さて……余計な人もいなくなったことだし、どうして魔物を私にあてたのかを説明してもらえるかしら」


「人避けにしては随分と気前もいいものだな。あれだけの肉だとそれなりの額になっただろうに」


「あの程度、討伐者としてランクが上がれば好きなだけ稼げるでしょう。それよりも早く教えて」


「……わざわざ手間をかけて魔物を呼び寄せた理由か。そんなものはない。ただ俺たちが直接戦うよりはマシだと考えただけのことだ」


「……は?」


 その答えを考えていなかったわけではない。

 わけではないのだが、それは一番最悪な答えであったこともまた確か。

 こいつらは、子供を巻き込んだことをなんとも思っていないのか。

 そりゃあ私にとっては無関係な子供だ。

 ヘルダのためにならないならばこうして助けることもなかった。


 しかし彼らは立場が違う。

 同じ国に住んでいるし、何よりもこいつらは子供たちの先輩なのに。

 アネルは先輩が面倒を見るのだと言っていた。

 けれどこいつらは、その考えすら持っていなかったのだ。


 これはダメだ。

 私自身特に思うことはないのだが、それでもその返事はダメだ。

 こんな返事を平然とする人間は、ヘルダの教育に悪すぎる。


「ヘルダ、帰りましょうか」


「あの、でも……」


「いいの。後ろのやつらは気にしないで。話す価値もないやつらなのよ」


 彼らはここまで運んだ肉をまだ持っていたが、それすらどうでもいいことだった。

 ヘルダの手を取り門番とも簡単な挨拶だけ交わし、後ろからかけられる声は無視して街の中へと入っていく。


 居心地の悪い国だ。

 リタさえいなければ、すぐにでもこの国を離れていたところだった。


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