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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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003

 私はこの姿を変幻させることができる。

 何にでもなれるわけではない。

 可能なのは黒猫、コウモリ、それと霧。

 その中で、目の見えないエミリアにも理解しやすいのは猫だろうと考えたのだ。

 もっとも、この世界に猫が存在するのかは知らないが。


「随分と……可愛らしい姿になったようですね」


 エミリアは遠慮なく私の身体を弄っていく。

 この変幻には今まで着ていた服も巻き込んでのものだから、当然今の私は裸だ。

 もちろん猫だから裸なのが当たり前。

 でも感覚は人の姿の時のものも残っているから、こうして全身を弄られるのはちょっと恥ずかしく、そして気持ちがよかったりもする。


『あまり驚かないのね』


「まあ、喋ることもできるのですね。……これでも驚いているのですよ。ただ、あなたの才能に変幻があることは分かっていましたから。もちろん姿までは分かりませんでしたけれどね」


 そういえば、触れるだけで相手の才能が分かるのだったか。

 ……触れただけで、私が変幻できると分かるのか。

 それは朗報?

 いや、まさか。

 これの意味するところは、つまり無闇に他人と接触してはならないということにほかならない。


「それにしても……強化されているという話だったけれど、何も変わらないのね」


 召喚された者は眠れる力を目覚めさせ、そして今持つ力を強化されるという話だったはず。

 ならばこの変幻にも何か変化が起こったのだと思うのだが、今のところ以前との違いは感じない。

 まあ変幻は変幻だ。

 強化のしようがなかっただけかもしれないだろう。


「他の才能にはどんなものがあったのかしら」


「……普通の人は、そういくつも才能を持っているものではありませんよ」


「あら、他にはなかったの?」


「いえ……あなたは確かに召喚された者の中でも一際特別なのでしょうね。他にも格納と吸精という、聞いたことのない才能がありましたよ」


「……それだけかしら?」


「ええ、あなたの才能は変幻、格納、それと吸精の三つです。……これでも十分に多い方ですよ」


 その言葉に軽い失望を覚えてしまっても仕方のないことだと許してほしい。

 だって、どれもが以前からできたことなのだ。

 変幻も格納も吸精も、私たちの種族なら眠りながらだって可能な当たり前のことなのだ。

 闇夜に溶け込むために霧に化けることは当たり前のことだし、いつでも好きな服に着替えられるように替えの復を持つことも当然のこと。

 そして食事の代わりに人を襲い、その精を糧とすることも。

 どれもが生まれた時からできることなのだ。


「残念ながら、私が強化されることはなかったみたいね」


 恐らくは、最後まで召喚されなかったからだろう。

 召喚される直前で逃げ出してしまったから……。

 ……いや、待ってほしい。

 あの時、確かに私はこの身に流れ込んでくる何かを感じたはずだ。

 醜い豚と薄っすら繋がってしまった時に、確かに何かが起きたはずなのだ。


 でもそれも考えたらすぐに思い至ってしまう。

 こうして違和感なく会話ができること。

 これがこの世界に適合したということなのだろう。

 あとは……もしかしたら空気も。

 異世界だというのに呼吸は自然にできていることも、また私の身体が作り変えられた証なのではないだろうか。


「ちなみに、格納と吸精はどういったものなのでしょう?」


「そうね。格納は簡単にいえばすぐに着替えられるということね。ほら、こんな感じよ」


 人の姿に戻り、すぐさま違う服を身に纏う。

 先ほどまでのなんとなく豪奢な服とは違い、今度は本当に豪華な服だ。

 これはお気に入りのドレス。

 数百年ほど前に手に入れた、多分二つとないほどに立派なドレスだ。


「ああ、ごめんなさい。そういえば見えていないのよね」


「いいえ、それでも分かりますよ。今はドレスを身に着けているのでしょう?」


 目が見えない分、触覚が鍛えられているのだろうか。

 エミリアは生地をひと撫でするだけで、それがドレスだと正確に分かったみたい。


「私はお気に入りの服をこうして持ち歩いているの。まあ、そこまで便利なものでもないわ」


 気替えの手間がかからないくらいだ。

 これは……そう、人の世に紛れるときには便利だ。

 一人では着られない服を着ることで、間接的にその身分を表す時代もあったから。

 もっともそんな時代はとうの昔に流れ去っているけれど。


「それは服だけなのですか? 例えば……このあたりにある水差しなんかはどうでしょうか」


 別に試すのは構わないが、おそらく無理だろう。

 私が体内に収められるのは自分の服だけだ。

 そのあたりは種族というよりも、個人の資質で変わってくる。

 古い友人はなんでも……それこそ人であろうも収めることができていたし、一度吸精した相手は必ずといっていいほどその友人にぞっこんとなっていた。

 その代わりに変幻は少し苦手としていた。

 漆黒の翼を出し入れするぐらいしかできなかったんじゃないか。


 その点私はバランス型といえる。

 吸精してもさほど依存症にはならないし、変幻も基本は抑えている。

 格納だって最低限はできているのだ。


 だから無理だろうと思いつつも、とりあえず水差しに触れてみたんだけれど。

 なんと次の瞬間には私の体内に収まっていたのだった。


「……できた。これよりもこれって……」


 格納できたという事実よりも、次に起きたことに驚くことになった。

 なんと、体内に何が収められているのかがぼんやりと理解できてしまったのだ。

 お気に入りのドレスにお気に入りの服。

 その他に何が収まっていたのかすっかり忘れていたのに、一体いつの間に格納していたのかスケスケの下着やら拘束具やら、まあ私の種族にふさわしい物が大量に収められていたのだ。


 つまり、これが強化なのだった。

 水差しも格納できということは、格納できる種類が増えたということ。

 そして何が格納されているのかが理解できること。

 この二つが強化の証だった。


「どうやら、格納については無事に強化されていたようですね」


「ええ、そうみたい。なんだか便利になっていたわ」


 収められていた様々な衣装のことは伝えなくてもいいだろう。

 どうせ一人では使いみちのないものばかり。

 折を見て処分してしまおうと思う。


「そうなると、吸精についても調べたほうが良さそうではないでしょうか」


「そう、ね……」


 その意見については全面的に同意しよう。

 ただし、それは今ではない。


「確かめるのは当分先になりそうね」


「あら、お気にならないのですか?」


「そうじゃないの。ただね、吸精する相手がいないのよ」


 まさか目の前のエミリアに対して吸精するわけにもいくまい。

 ここまで弱っている相手を吸精してしまえば、間違いなく残りの命全てを吸い尽くしてしまう。

 それにヘルダもだ。

 幼い子供にも同様の危険があるものなのだ。


「……吸精とはどういうものなのでしょうか。この場で試せないというのならば、せめて今まではどのようなものだったのかを教えていただきたく思うのです」


 そもそも、だ。

 どうしてエミリアはこんなに丁寧に接してくれているのだろう。

 私のことを疑いもせず、初対面だというのにただ異世界から来たというだけで色々と教えてくれる。

 エミリアは人を避け、この森で暮らしていたはず。

 ならば私のことも追い返すのが当たり前なのではないのか。

 それに、ヘルダも。

 ヘルダとエミリアの容姿から、二人に血縁関係がないことはすぐに分かった。

 どうして一緒に暮らしているのか、どうして協力してくれるのか。


「その前に質問に答えて。ねえエミリア。私のことについて、ヘルダから聞いているのでしょう? 私が人ではないと、あなたはもう聞いているはずよ。それなのになんとも思わないの?」


「……あなたには一つだけ、お願いしたいことがあるのです」


 なんてことはない。

 そのお願いを聞いてもらうために、協力してくれたというだけのこと。


「あなたが人であろうとなかろうと、その程度は些細なことなのです。こうして会話をするだけで、少なくとも悪い方ではないと知れただけで十分なのです」


「そのお願いは、私でも叶えられるものなのね?」


「ええ……お願いしたいのはあの子のこと。私はもう長くはありません。一人残されるあの子のことはずっと心配だったの。でも、あなたが現れてくれた……」


 あの子、というのはヘルダのことだろう。

 確かにこんな森の中に、少女が一人で生活していくことは難しい。

 今まで生活を成り立たせていただでも奇跡のように感じる。

 ここじゃろくな食べ物も手に入らない。

 エミリアは私にヘルダを託すつもりなのか……。


「そこまで私のことを信用しているの?」


「ええ、見たら分かりますよ。あなたは莫大な魔力を宿しながらもとても穏やかですから、きっとあの子も素直に育ってくれることでしょう……」



------



 エミリアは眠ってしまった。

 喋るのも辛いだろうに、無理して起きていてくれたのだろう。


 エミリアにお願いされた、ヘルダの子育て。

 まあ子供というには少しばかり成長しているけれど。

 だからこそ、受け入れてもいいと思えた。

 とてもとても長い間を一人で過ごしてきたから、今の私は人とどう接するべきなのかも忘れている。

 ヘルダと過ごすことは、私のリハビリにもなるのだろう。

 もしかしたらエミリアはそのことすらも承知してたのかも。

 エミリアの瞳にはどこまで写っているのか、私には分からない。


 今はヘルダのことだ。

 エミリアが眠ったことで、私は家の外へと出ていた。

 エミリアに追い出されたヘルダは一人で畑をいじってる。

 小さな畑だから手入れといってもすぐに終わってしまう。

 私とエミリアの会話が終わるまで、律儀に待っていたのだろう、

 私が近づくとヘルダもその顔をこちらに向けた。


「私はイルザ。これからしばらくここにお世話になることになったの。よろしくね」


「はい。……それで、お婆ちゃんは?」


「エミリアは疲れてしまったのか眠ってしまったの。ヘルダは何をしていたの?」


「今は草むしりです。美味しい野菜を作るには、雑草は邪魔になります」


 もちろん野菜なんて作ったこともないから、ありきたりの光景なのに近くで見るとなんだか新鮮だ。

 畑の野菜は見たことのあるようなないような形。

 そもそも詳しいわけでもないけれど、口にできるものは似たような姿形になるのだろうか。


「エミリアからは聞けなかったのだけれど、この場所はなにか特別なのかしら。ほら、この首飾りがなければ入れなかったでしょう?」


「ここには人避けの結界と魔物避けの結界が張られています。イルザさんは魔物避けの方に引っかかったんです」


「魔物?」


「──知らないのですか?」


 もちろん、知らない。

 いや、一部では私も魔物と呼ばれていたことは知っている。

 でもそれはあくまでも空想的なものに対してで、それらの対策も決して有効的ではなかったのだけれど。


「その魔物というのは……つまり、私のような姿をしているのかしら」


「いえ……イルザさんも魔物ですけれど、人と同じ姿で会話のできる魔物は普通は魔人と呼ばれます。魔物はもっとこう……小さかったり、足が四本あったりします。あとお肉は食べられます」


 つまり、動物?

 いや、それはさすがに早計か。

 人こそ同じ姿だが、少なくとも植物の有り様は違っている。

 動物も違っていてもおかしくはない。


「ああ、そういえばヘルダには教えていなかったわね。私は異世界からやってきたの。だから初めて聞く魔物という言葉が分からなかったのよ」


「そうですか……それではしかたないのかもしれません」


 私が異世界から来たことを伝えても、ヘルダに大きな反応は見られない。

 私が異世界から来たのだと知っていた、予想していた、それともただ感情の起伏が小さいのか。

 まだヘルダのことは何も知らないから判断がつかない。


 それよりもいいことを聞いた。

 魔物の肉は食べられるそうだ。

 ヘルダを見た時から思っていたのだが、彼女の身体は貧相だ。

 おそらくこの小さな畑で育てている野菜ばかりを食べていたのだろう。

 遠出はしないと言っていたし、魔物がどんなものかは分からないが少女一人で狩るには難しいだろうし。

 そこで肉だ。

 栄養の足りていないヘルダに肉を食べさせたら、少しは身体にもメリハリが出てくるのではないだろうか。


 まだヘルダには話していないが、これからヘルダとは長く過ごしていくことになる。

 私の隣に立つ女性は、豊満な女性こそふさわしいのだから。


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