027 群れる子供、隠れる大人
私たちの生活はあれから大きく変化した……なんてことは全くなかった。
私とヘルダは相変わらずDランクの討伐者で、そして変わらず貧乏なままだ。
クラーラはお金は返さなくても構わないと言ってくれたが、お金は大事なのだ。
いくら食費がかからないといったところで、じゃあお金は不要なのかというとそんなことはあり得ない。
お店も借家だから毎月の家賃がかかるし、綺麗な服だって買いたいのだ。
それに食事が不要といっても味わうことができるのだから、たまには美味しいものも食べたい。
それでもDランクの2クラスに上がった。
そしてもうすぐD3ランク。
そうなればCランクもう手の届く位置なのだ。
「あと一つ依頼をこなすと、イルザさんとヘルダさんもDランクの3クラスに上がります」
「そうなればCランクもすぐなのよね。確か試験があるのだったかしら」
いつものように依頼を受けるために討伐者ギルドへとやってきた。
ヘルダは相変わらず受付嬢のピーアとしか話していないが、ピーアも嫌な顔は浮べないから構わないのだろう。
「そうです。この場では伝えることはまだできませんが、すでにどのような試験になるのかは決まっています。そこでですね、いつものように魔物の討伐もいいのですが、たまには違う依頼を受けてみてはいかがでしょうか」
「……それって必要なことなの?」
「いいえ。けれど試験はただ魔物を討伐するわけではありませんから。ここで討伐以外の依頼にも慣れておいたほうが、今後の役に立つと思います」
「ふうん。ヘルダはどうしたい? 私は魔物を倒しているだけでも十分だと思うわ」
こういうことは私の一存では決めないことにしている。
ヘルダの判断力を養うのも教育の一環なのだ。
そのヘルダは悩みに悩んだ。
悩む前にどのような依頼なのかを確認するべきなのだが、その判断はまだできない。
ヘルダが一人前の大人になるまではまだまだ時間がかかりそうだ。
「クラーラさんが、今日は早く帰ってきてって言ってました。いつも通りに魔物を倒す依頼のほうがいいと思います。その依頼は今日じゃなきゃダメなんですか?」
「今日でなくとも大丈夫ですよ。ただし、試験を受ける日が一日遅れることになりますけれど」
今日の討伐を終えると私たちはD3ランクに上がる。
その瞬間から試験とやらを受けられるのだが、別に受けなければならないわけでもない。
「わたしは……試験の前に一度その依頼を受けたいんですけれど……」
「……私は別に構わないわよ」
結局依頼の内容は確認しなかった。
ヘルダは最後まで気づかなかった。
所詮はDランクで受けられる依頼なので、魔物を倒すこととそう変わりはないはずだろう。
Dランクのままだからといって、成長していないわけてはない。
前をいくヘルダの足取りは、以前と比べてしっかりしている。
それは迷いがないとかいうことではなく、背中に背負った大剣の重みにも負けない身体になったということだ。
ヘルダが大剣を背負いだして一週間?
それとも二週間?
すでに曖昧になってきた時間の感覚だけど、ヘルダも少しは成長していた。
筋力がついたというよりも、ただ重みに慣れただけなのだろうけれど。
それともう一つの小さな変化。
それは門を出て森に入ってすぐのこと。
「ねえちゃん! 今日も一緒だな!」
「ヘルダちゃん。今日も一緒だね」
後ろから追いかけてきたのは少年少女たち。
彼らも私たちと同じDランクの討伐者。
森の浅域は狭いから、気づけば同じランクの知り合いも増えていたのだ。
「あなた達ね……私についてくるのは構わないけれど、それでは強くなれないわよ」
「でもねえちゃんだって何にも知らないじゃないか! 素材の剥ぎ方は俺が教えたんだぞ!」
「そうだけどね……」
彼らと知り合ったのは森の中。
何匹かの白腕猿を倒したあとのことだった。
核を取り出し、次の魔物を探そうと周囲を見渡した時。
『核にしか興味のない討伐者ってねえちゃんのことだろ』
彼らが背後に隠れていたことには気づいていた。
幼い気配はまったく隠しきれておらず、魔物でないことは明白だった。
『だって核しか討伐料を貰えないじゃない』
『それは緑醜鬼だけだぜ! 白腕猿は皮を剥いだら買い取ってくれるんだ!』
そういうと彼らは私の倒した白腕猿に群がって、あれよという間にその皮を綺麗に剥ぎ取った。
熟練とまでは言えないけれど、それなりに慣れた手つきだったことは確か。
『ほら、これを店に持っていくと買い取ってくれるんだ。今度からは自分でしろよ』
『あら、もしかして私にくれるの?』
『ねえちゃん達、素材の剥ぎ取りも知らないってことは俺たちよりも新人だろ。新人に教えてやるのも先輩討伐者の役目だからな!』
もうそれだけで第一印象は良くなった。
彼らにしろDランクの討伐者というのは儲からない。
少しでもお金になるなら独占したいはずなのに、悩みも見せずに私に剥ぎ取った素材をよこすのだから。
「まったく……まあ一緒にいても構わないわよ。ヘルダのためにはなるのだし」
「そう来なくっちゃな! よし、今日はあっちに進んでいくぞ!」
その少年の後ろを、苦笑を浮かべながらついていった。
この元気な少年がアネル。
子どもたちのリーダー的存在だ。
もう一人の少年は無口なグンタ。
彼らは一つだけ歳の離れた兄弟だ。
ヘルダと話している少女がシャーヤ。
兄弟の隣に暮らしている少女で、普段から三人でパーティーを組んで活動している。
「ねっ、ヘルダちゃん。もうすぐ3クラスに上がるってほんとなの?」
「うん。今日で上がるって言われた」
「すごいね。わたし達はもう少しかかるんだ。やっぱり毎日森に入ったほうがいいのかな」
「……危ないから、無理しないほうがいいと思う」
女の子の討伐者は決して珍しいものではない。
けれど、男に比べて数が少ないのは確かなことだ。
だからシャーヤも嬉しくてついついヘルダに話しかけるのだろう。
ヘルダにとっても間違いなくいいことだった。
まだまだ人見知りは消えないようだけれど、目の前で話しかけられたら無視するわけにもいかない。
ぎこちなさは消えてないが、それでも会話は続いている。
これを機会にもっと仲良くなってくれたらいい。
そこから少し進むと、すぐに緑醜鬼が現れる。
さすが一番数の多い魔物。
森に入って緑醜鬼と出会わないほうが難しい。
「ねえちゃん、緑醜鬼だ」
遅れてアネル達も気づく。
ここからは子供たちの戦いだ。
まずはアネルとグンタが剣を抜いた。
どちらも身の丈に合った、少しだけ大きな剣だ。
ただ子供だからといっていきなり斬りかかる事はない。
武器を構え、緑醜鬼の反応を伺うのだった。
「ギギっ!」
にらみ合いに負けた緑醜鬼が動き出す。
狙いはアネル。
アネルは緑醜鬼の攻撃を受け止めるために剣を構え、しかし緑醜鬼の攻撃が届く前にこちらの攻撃が緑醜鬼へと襲いかかる。
グンタだ。
前衛のどちらかが狙われた時、狙われた方はひたすら防御を、狙われなかったら攻撃を。
人数の有利を存分に活かした戦い方を、子供ながらに確立させているのだった。
「……やっ!」
緑醜鬼の左腕を綺麗に斬りつけたグンタの攻撃だが、簡単には倒れない。
そもそもダメージはほとんどない。
子供の力では浅く斬り裂くだけで精一杯だ。
それでも緑醜鬼の動きは止まり、今度はグンタに向き直る。
そうしたら次はアネルの番。
グンタが防御に徹し、アネルが緑醜鬼に斬りかかる。
これが一般的なDランク討伐者の戦い方だ。
人数を活かし、一方的に攻撃する。
さらには今はヘルダもいた。
「やああっ!!」
隙を見てヘルダも斬りかかる。
頭上からの大剣の振り下ろし。
当たれば致命傷間違いなしのその攻撃は、しかし緑醜鬼も想定していたことだった。
身を翻した緑醜鬼は、片腕を失うだけだった。
そこからは小さな攻撃の連続だった。
傷つかないことを一番においた、安全な魔物との戦い方。
ヘルダも攻撃を躱されたことで防御にシフトする。
しかし体力だけは高い緑醜鬼だから、それでは時間がかかりすぎる。
でももう一人、ここにはいるのだ。
『貫いて
この水は小さく薄く
逃げる時間なんて与えない
──水槍』
私の背後に隠れていたシャーヤが、杖を構えて前に出る。
同時に呪文の詠唱も。
その声を聞いた三人は、同時に緑醜鬼から距離をとる。
獲物が離れたことで一瞬動きを止めてしまう緑醜鬼。
それが致命的だった。
シャーヤの杖の先端には小さな水球が生まれていた。
形を変え、先端がどんどんと尖りだす。
シャーヤが杖を振ると、その水球は勢いよく飛び出して──見事に緑醜鬼の頭を貫いたのだった。
「やっぱりシャーヤの魔法は凄いな!」
「そんなことないよ。アネルとグンタが時間を稼いでくれなきゃ、魔法なんて使えないし」
「そんなことねえよ。な、ヘルダ」
「うん。シャーヤは凄い。アネルはそんなに凄くない」
「っておい!」
倒した緑醜鬼はグンタが核の回収を行っている。
グンタが一番器用だからだ。
なんでも以前にアネルが核を壊してしまったのだとか。
単純な子供たちの戦い方だけれど、だからこそ安全でもあった。。
前衛が時間を稼いで、トドメはシャーヤの魔法。
もしもシャーヤの魔法がなければ、緑醜鬼一匹を倒すだけでももっと時間がかかっていただろう。
そこにヘルダが加わっても動きに変わりはない。
たまにヘルダの攻撃がトドメになり、シャーヤが魔法を使わなくても済む程度。
シャーヤの水の魔法は他人が使っているところを見て覚えたそうだ。
その相手はハンス。
以前に少しだけ話をした、数少ないA1ランクの討伐者。
門の手前で身体を洗うために水の魔法を使っている瞬間を見たらしい。
水の魔法は色々と便利そうだ。
飲水にもなるし、身体も洗えるし、攻撃にだって使える。
パーティーの一人は覚えておきたい魔法だ。
まあ、私とヘルダにはそうでもないけれど。
「なあ、ねえちゃん……」
ヘルダにとって、同じランクの子供と一緒に戦うことは悪いことではない。
相対的に自分の力も分かるし、何よりも相応の戦い方というものを学べる。
これは私と一緒にいるだけでは学べないことなのだ。
私と二人きりだと、基本的にヘルダの魔物との一騎打ちとなるからだ。
ただし遠回りだ。
ヘルダが強くなるためには、一人で魔物と戦ったほうがいい。
トドメのほとんどをシャーヤが持っていくので、魔物のトドメを刺した時に奪い取る僅かな魔力のほとんどはシャーヤに流れ込んでいるのだ。
今はそう大きな差はないが、大きくなったらシャーヤだけが強くなっているのではないだろうか。
だから子供たちとは積極的には動かない。
こうして森の中で偶然出会った時だけ、一緒に動くのだ。
「なあ、ねえちゃんってば」
「聞こえているわよ。なに、また火の魔法を見たいの?」
「聞こえてんなら返事してくれよな。そうそう、今度はねえちゃんの番だからな」
私を見つめるアネルには、ほんのちょっとだけ肉欲の炎。
まあ私は魅力的だし、照れながらも見つめる様子はむしろ好ましいぐらいだ。
アネルだけでなく、グンタもじっと私を見つめている。
彼らが私に懐く理由はいくつかあるけれど、多分一番の理由は火の魔法だ。
一度火の魔法を見せた時から、隙あらばこうして魔法を使うようにねだってくる。
「分かってるわよ。次の魔物が現れたらね」
彼らが何度も火の魔法を見たがる理由、ちゃんと推測はできている。
彼らは以前のヘルダと同じなのだ。
未だに目覚めていないけれど、火の魔法の才能を持っているのではと考えている。
ヘルダは豊穣のエフィーダの手によって眠れる才能を目覚めさせられた。
けれど彼らの才能は眠ったまま。
火の魔法を使えそうで使えない葛藤に苛まれていることだろう。
魔法を見続けると、未だ芽生えていない才能に目覚めることができるのか。
その答えは分からない。
むしろ答えを出すために協力しているのだから。
それから少しも歩かないうちに、やはり緑醜鬼が現れた。
緑醜鬼ならば核も安くて素材も取れないと、燃やし尽くしたところでほとんど影響のない魔物だ。
これが白腕猿だったら、素材代が勿体無いと誰かが言うところだろう。
子供たちを下がらせて、手を緑醜鬼に向けて告げる。
『苦しみを与えよう
爛れた皮膚は極度に縮み
動くこともままならない
それでも炎は止まらない
燃え尽きるまで止まらない
燃やせ
──炎塊』
以前となにも変わらない。
手のひらから飛んでいった炎が緑醜鬼にぶつかり、何もかもを燃やし尽くした。




