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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
25/70

025 エピローグ

 アデライド帝国とフルシャンティ王国の国境より北側にて、いくつもの砂煙を立ち昇らせながら突き進む集団がいる。

 皆が馬にまたがり、統一された武具に身を包んでいる。

 その中で一人だけ、ろくに防具をまとわずに剣だけを手にする男がいた。


「乗馬の腕前も上がったようだな」


「そうだろうそうだろう。なにせずっと馬に乗る練習ばっかだったからな」


「おかげで侵攻も早まった。明日には国境を超えるはずだ。そうなればお前にとって初めての戦争となるが、ろくに武器の練習もしていないと聞いた。それでなんとかなるのか」


 アレイン=アラン。

 この度アデライド帝国に召喚された男は場上にて不敵に微笑んだ。


「俺を誰だと思ってるんだ。こんなものを扱うのに練習なんて不要だろ」


 その名は召喚された際にベルト姫より授かったものだ。

 姓も授かったのには理由がある。



『アレインはこれからこの国の貴族となるの。大きな戦果を挙げた暁にはもちろん領地も与えるわ』


『領地か。面倒くさそうだ』


『運営には専門の人を雇うといいわ』


『……だったらわざわざ俺に領地をよこす理由はなんだ? 優秀な奴はそこら中に余ってるんだろ?』


『アレインが快適に過ごせるためよ。領主はね、領地に自由に法律を定めることができるの』


『ほう……』


『もちろん妾は何が起きようとも干渉しないわ。妾が領主に求めるのは戦争に参加して戦果を挙げることだけ。ただ強くあれば、他のことはどうでもいいの』


『それはつまり、領民をぶち殺してもお前らは無視するってことか?』


『ええ、そうよ。女を好きなだけ犯しても構わないし、絞れるだけ税金を絞りとっても構わない。ただ、領民たちが反乱を起こしても妾は干渉しない』


『ああ、そいつはいいな。最高だ』



 アレインにとってベルト姫は最高の上司だった。

 見た目は最悪だが、それを補い有り余るほどの許容を見せたのだ。

 ならばこそ、その約束を果たさせる為にも戦果を挙げなければならないのだ。


 アデライド帝国にとっても大事な初戦である。

 ここで勢いに乗るためにも、まずは圧倒的な勝利を収める必要があるのだった。

 ただこの初戦、アレイン率いるアデライド帝国が勝利することは決まりきっていることだった。


 この世界、情報の伝達は驚くほどに遅いのだ。

 人は馬よりも早く走れない。

 ならばこそ、騎兵が全力で国境を目指すならばそれが最高の隠密行動となる。

 もちろん国によっては鳥を伝達手段に用いる場合もあるし、ハインドヴィシュ公国は実際に活用していた。

 しかし……国境まであと一日という距離まで近づいてもなお、斥候からフルシャンティ軍が集まったという情報は上がっていないのであった。


 明日は国境を侵すということで、その手前での野営となる。

 ここで士気を最大限高めるのだ。

 その役目はもちろんアレインが受け持つ。


「聞け! 俺たちは明日、ついにフルシャンティ王国と剣を交えることとなる!」


 集まった面々は100人ばかり。

 数は多いと言えないが、それでも各々が強者であることは間違いない。


「戦争だ! もちろんここから先の村全てを襲う!」


 その言葉に面々が沸き立つ。

 当然だ。

 一週間以上をかけて国境まで近づいたのは、全て明日のためなのだ。


「抗う者は皆殺し、逃げる者も皆殺し、俺たち以外は全員殺せ!」


 さらに、ここに集まった者たちは皆が血に飢えていた。

 むしろ血に飢えている者を率先して集めたのだから士気は初めから高かった。


「ここでひとつだけ確認を。我々は明日、やっとフルシャンティに攻め入ることができます。そして我々が落とした村は、一時的に法の外の存在へと成り果てます」


 先ほどアレインに話しかけた目付け役が注釈を入れる。

 確かにそれこそが、ここに集まった面々にとって一番大事なことだった。


「つまりだ、お偉い様が来るまで落とした村は無法地帯となる! 隠していた財宝は見つけた奴らのものだ! 捕らえた女も好きに犯せ! これから略奪が始まるぞ!」


 これはアデライド帝国の法に則ったものである。

 ここに集まった兵に給金は一切支払われない。

 そのかわりに略奪が許されているのだ。

 アデライドの役人が追いつくまでの数日間、何をしても一切咎められないのだ。


 これは他の国にはない法であった。

 少なくともフルシャンティ王国はその歴史から、略奪の一切を禁じている。

 それではろくに士気も上がらないだろうというのがアデライド帝国の認識だった。


「お前ら、興奮しすぎて眠れなくなるなよ。明日からは大仕事が待ってるんだからな」



 これより数日の間、彼らは確かに破竹の勢いで国境の村々を侵略していった。

 敵兵は一度も姿を見せず、妨害が全くなかったからだ。

 しかし数日の後、侵略者たちはその侵攻を止めることとなる。

 遅れて現れたフルシャンティ王国軍と剣を交えたからだ。



------



「ついにアデライド帝国が国境を越えましたか……」


 その報告はもしかしたら、フルシャンティ王国が知るよりもさらによりも早かったのかもしれない。

 なぜならば、ハインドヴィシュ公国の首都はフルシャンティ王国の首都よりもよほど開戦場所に近いのだから。


「ねえマイカ、アデライド軍はどこまで攻め込むのでしょうか」


 リタにとって、戦争とは決して身近なものではない。

 生まれてこのかた、この大陸で大きな戦が起きたことはなかったのだ。


「恐らくはそう深くまで侵攻はできないでしょう。先行したアデライド軍は100名ばかりと聞いております」


「ええ、そうですね。けれどフルシャンティ軍は姿を見せておりません。まさか戦わずして降伏ということもないとは思うのですけれど……」


 たかだか100名、けれどその全員が馬にまたがり武具を身に着けている。

 とても村人では対処できない数なのだ。


「いえ、これがフルシャンティ軍の戦略なのです」


 しかしマイカはこの戦争が長引くと見ていた。


「そもそも国境全体を常に軍で囲んでいるわけにもいきません。フルシャンティ王国は国土も広いですから」


「しかし……」


「国境付近の村というのは、国土の内側にある村とはその意味が大きく違うのです。落とされるための囮であるとお考えください」


「村が、囮なのですか?」


 その意味はリタには理解できないことだった。

 少なくともハインドヴィシュ公国には、囮となる村は存在していない。


「そうです。先攻する100名でどこまで戦えるでしょうか。村を攻めるにしても、ほぼ全員で当たらなければなりません。一つの村を落とすだけでも丸一日はかかるのです」


「確か国境からそう離れていない場所に城塞都市がありましたね。マイカはそこに戦力が集まっていると考えているのですか」


「カルディアの言うとおりです。アデライド軍の100名がゆっくりと侵攻している間に、フルシャンティ軍は力を溜めているのです」


「それでは……今回はアデライド軍が負けるのでしょうか?」


 フルシャンティ軍も攻め入ってきた数については把握しているはずだ。

 たかだか100名、フルシャンティ軍から見るとものの数にも入らない。


「いえ……この戦、そうそう決着はしないでしょう」


 しかしマイカはこの戦が長引くことになると確信していた。

 アデライド軍がどれだけ本気なのかは皆が知っていることだ。

 であるならば、たかだか100名だけで攻めることなどあり得ない。


「アデライド軍は軍を細かく分けたのでしょう。まずは先攻する100名に村を襲わせ、フルシャンティ軍にその数を誤認させます。そうしてフルシャンティ軍が討って出たところで、アデライド軍も増援を出してくるのです」


 馬というのはそう何頭も揃えられるものではない。

 こと大軍になれば、その大半は歩兵となるのだ。


「……どうして100名だけを先行させたのでしょう。襲うのは村とはいえ、辺境にもそれなりの討伐者はいるのですよね? 人数が多いほうが危険も少ないと思うのですけれど」


「そうですね。理由はいくつか考えられます。ただ単に先行してしまった場合。アデライド帝国は完全な実力主義に成り立っていますから、功にはやるものが先行しすぎたのかもしれません。あえて先行したのだというと、小さな戦を経験させたかったのか。確か、ベルト姫が召喚した者も先行部隊に入っていると聞いています」


「戦の経験、ですか」


「召喚された者にいくら力があろうとも、人である以上そこには戦いかたというものがあります。いくら自国で訓練したとしても本物の戦場に出なければ得られない経験もありますから」


「そうですか……。とにかく今は、始まってしまった戦の成り行きを見守ることしかできませんね」


 お金を集める目処は未だに立っていない。

 候補はいくつかあるのだ。

 もう一つの大国である北西のカノ王国はハインドヴィシュ公国にも友好的で、同じようにアデライド帝国に対して危機感を抱いていることは間違いない。

 西方のレーゼル共和国も頼れる国だろう。

 魔の森由来の品のほとんどはレーゼル共和国に流れている。

 ここハインドヴィシュ公国の首都にもレーゼル共和国の商人が店を出しているから、頼めばお金を貸してくれるはずだ。


 しかしリタには説得材料がないのであった。

 多少の金銭で軍を揃えたとしても、アデライド帝国という大軍を前にしては少々の力を持ったところで意味はない。

 カノ王国にしろレーゼル共和国にしろ、ハインドヴィシュ公国に協力するぐらいならば自国の強化に努めたほうがいくらかマシというものだ。


 ただ、もう悩んでもいられない。

 戦はすでに始まってしまったのだから。


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