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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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023 血の繋がりという家族

『平和と一言で言っても、その中にはいろんな平和があるの』


『そうなの? 私は皆が幸せに暮らせるのが平和だと思う』


『それが一番難しい平和ね。あなたにそれができるのかしら』


『お父さんも平和な国を作るって言ってるよ』


『そうねえ。あの人の作る国は確かに平和なのでしょう。けれどあの人の目は国の中しか見ていません。でももちろんそれで十分なのよ』


『私は、この国の人以外も幸せになればいいと思う』


『それはあなたが大きくなって、それでも幸せを願うならば好きになさることよ。それよりも今はもう少しだけ……』


 ……

 …………


 夢を見ていたと思う。

 でてきた人も場所も全く記憶にない夢を。

 いや、二人にはどことなく面影があった。

 大きなリタ姫と小さなリタ姫。

 この夢は彼女の記憶なのだろうか。


「これも昨日の影響なのかしらね」


 そもそも私はどうして眠っていたのだろう。

 あのあとは確か、ヘルダとクラーラに色々と説明しようとしたはずだ。

 実際にエミリアのことを話した記憶もある。

 でもそのあとの記憶がない。

 確か……急激な疲労感に襲われて……。


 影響は夢だけには留まらない。

 自らの内にある魔力。

 昨日までとは違う感じを受けるのだ。

 瞳で見る限りでは、ほんの少しだけ昨日よりも私に内在する魔力が増えているのではないだろうか。

 そしてもう一つ。

 壁の向こう、離れた場所にもう一人の私がいるような感覚を受けるのだ。

 向こうは確かお金持ちの多く住まう区画のはずだ。

 ならばこれはリタ姫の居場所か。


「便利は便利、なのでしょうけどね……」


 リタ姫の居場所を知れたところで特に意味はないだろう。

 どうせならヘルダの位置が知れたら便利なのに。

 森の中は絶対の安全というわけでもなく、万が一にはぐれた時も位置が分かれば合流は容易い。


 さらに自分の才能を確かめて、でももう驚くこともない。

 たとえ新たな才能に芽生えていたとしてもだ。


 ──血族。

 それが私とリタ姫を繋ぐものだった。



「イルザさん、起きましたか?」


「ヘルダ……もしかして心配かけたのかしら」


「イルザさんは昨日の夜、お話している最中にいきなり倒れたのです」


「ああ、そうだったのね。もう大丈夫よ」


「はい。安心しました。それと、クラーラさんも待っています」


 そうだ、昨日の話は途中で終わってしまったのだ。

 今日は討伐者はお休みかもしれない。


 様子を見に来たヘルダと一緒にリビングへ向かうと、クラーラは食事をしている真っ最中。

 今朝もヘルダが早起きして朝食を作ったみたいだ。


「……クラーラさん。一緒に食べましょうって言ったのに」


「あはは……イルザが起きてるとは思わなくてさあ。それよりも体調は大丈夫なの?」


「クラーラにも迷惑かけたわね。もう大丈夫よ」


「ほんとだよ。イルザをベッドまで運ぶの、大変だったんだから」


 私とクラーラの背はほぼ同じ高さ。

 その私を運ぶのは、たとえヘルダが手伝ったとしても大変だっただろう。


「ありがとう。それで、昨日はどこまで話したのかしら」


「エミリアさんとの話は一通り。あとはリタ様との関係だけだよ」

 

「ああ、そうなのね。それじゃ食べながら話しましょうか」


 リタ姫と私の関係を表すことは難しい。

 リタ姫を語るためには、まずエミリアとの関係からだろう。


「エミリアが特別な才能を持っていたことはもう伝えてあるわね。リタ姫はエミリアの才能を手に入れたかったの」


「それって才能が見えるっていう才能だよね。リタ様は自分の才能が知りたかったの?」


「いいえ、違うわ。才能に気づいていない若者を手っ取り早く見つけて、この国の兵士として誘いたかったのよ」


「……兵士?」


 これはリタ姫から流れ込んできた記憶にて補完した情報だ。

 リタ姫はどこまでも国のために動いている。


「ここから先の話は絶対に秘密よ。どうやらまだ国民には知らされていない話のようだから」


「うん……」


 そもそも、昨日からの話も絶対に秘密なのだけれど。


「これはクラーラが言っていた、金属の値段が上がっていることとも関係しているはずよ。北東の大国アデライド帝国と、南東の大国フルシャンティ王国の間で近々大きな戦争が起きるの。そしてその戦火が、この国まで伸びてくるのではとリタ姫は心配しているのよ」


 金属の値段が上がったということは、輸出量が減ったということ。

 減らしてどうするのかというと、もちろん自国で消費するためだ。

 フルシャンティ王国はすでに戦の準備にかかっていると考えていいだろう。


「待って。それだと魔の森の東側で争うってことだよね。それがこの国に影響するの?」


「するのよ。少なくともリタ姫はそう考えているの。根拠もあるわよ。アデライド帝国はそもそも全ての国を落とすつもりで動いているという確かな情報があるの」


「……それじゃ、この国も危ないの?」


「そうなるのかしらね」


 クラーラの受けた衝撃は小さなものではないようだ。

 それも当然なのだろう。

 今まで兵士の出番といえば、たまに森から現れる魔物の対処をする時だけだ。

 そんな国がいきなり大国に襲われたらどうなるのか。

 蹂躙されるに決まっている。


「そこまで心配することもないわよ。まだアデライド帝国とフルシャンティ王国は開戦していないのだから。それにすぐ決着が出るものでもないでしょう」


「あ……うん、そうだよね。フルシャンティ王国も大きいから、もしかしたら勝つかもしれないし」


 実際のとこ、どうなのだろう。

 討伐者の上位を見ると、強い人はかなり強いのだ。

 それこそ一人で100人ぐらいは倒せそうなほどに。

 兵士の数よりも大事なのはむしろ質。

 アデライド帝国とフルシャンティ王国にどれほどの違いがあるのか、まだ私も知らないのだ。

 ただ、アデライド帝国には召喚された人間がいる。

 もしかしたら私と同程度の強さの人間だ。

 戦の規模も分からないけれど、やはりアデライド帝国が有利には違いない。


「ねえイルザ。もしもこの国が戦争になったらさ、イルザはどうするつもりなの?」


 その答えを私は未だに出していない。

 本来ならば一番優先すべきことを、未だ後回しにしていたのだ。

 でも、これ以上は時間を無駄にできないだろう。

 戦争が始まると国を出ることも難しくなる。

 まだ国民に知れ渡っていない今こそ結論を出すべきだった。


「そうねえ……ヘルダはどうしたい?」


「わたしはイルザさんと強くなれるならそれでいいです。住む場所はどこでも構いません」


「……リタ姫のことはもういいの?」


「わたしは……イルザさんがいてくれたらそれで……」


 これも昨日の影響なのだろうか。

 ヘルダはリタ姫への憧れを急速に失ったみたいだった。

 到達者と無関係だと分かった今でも、一度は剣を向けた相手。

 その分私だけに依存してしまうのも無理もないことなのかもしれなかった。


「そう。それでクラーラは? あなたは戦争が起きたらどうするつもりなの?」


「私は……どうしたらいいんだろう。分からないよ。私はずっとこの国で育ってきたから、他の国に行くことなんて想像できないよ」


「……そうね、あなたの故郷なのだものね」


 ──故郷。

 私にもヘルダにもないものだ。

 一度失うと取り戻せない故郷。

 確かに大事にするべきものなのだ。


 二人の考えは聞いた。

 その上で私はどうするべきなのか。

 クラーラのことを私は気に入っていると言っていい。

 ならばここはこの国を守るべきなのだろうか。

 しかし大事なのはクラーラ自身であり、場所はどうなっても構わない。

 でもクラーラが必要だというのならば……応えてあげてもいいのではないのか。

 少なくとも、過ごしやすい国であることには違いない。

 それにリタ姫もいるのだし……。


「……リタ姫?」


「どうしたの?」


「……いえ、なんでもないわ」


 どうしていきなりリタ姫のことが頭に浮かんできたのだろう。

 私とリタ姫の関係は薄いものだ。

 別段リタ姫に特別な思いを抱いているわけでもないのに。

 これも昨日のことが影響しているのか。

 血族──その詳細を私はまだ知らない。


「ねえクラーラ。あなたは私のことをどう思っているのかしら」


「なに、突然」


「いいから答えて。私はあなたのことをそれなりに気に入っているし、よければ守ってあげたいとも思っているの。でも、クラーラは私のことをどう思っているのかしら」


 たとえこの街が戦火に飲み込まれたとしても、私一人ならばどうとでもなることだろう。

 そこにヘルダが混じったとしても、守ることも容易いはずだ。

 さらに数人増えても何とかなると考えている。

 だからクラーラが本当に望むならば、クラーラも一緒に守ってあげてもいい。


「そんなの……今でも二人を追い出していないんだから察してよ……」


 普段の距離を感じない態度とは裏腹に、クラーラは案外奥手なのだった。



 ヘルダの目の前には私の右手の人差し指。

 クラーラの目の前には左手の人差し指。

 もちろん、どちらの指も浅く切りつけ、薄っすらと血が滲んでいる。


「今朝になって知ったのだけれど、私の血は少しばかり特別なようでね。この血を飲んだ相手の居場所か分かるようになるの」


「だからって、血を飲ませるのはどうかと思うんだけど」


「でも必要なことなのよ。私が守ると決めた以上は、絶対にヘルダもクラーラも守り通すつもり。そのためにできることはなんだってしておきたいじゃない」


 私が森に入っているときに戦争が起きたら?

 そうでなくても誘拐されたりだとか、迷ったりだとか。

 大抵のことは居場所さえ分かるのならば何とでもなることなのだ。

 常に居場所を知る手段があるのなら、それを使わない手はないだろう。


 彼女たちが秘密にしている記憶も知ってしまうかもしれないけれど、そんなことは些細なことなのだ。


「別に飲まなくても構わないの。人の血なんて飲みたくもないでしょうし」


「わたしは、イルザさんのいうことは信じています」


 ヘルダは迷わずに私の人差し指を小さな口に含んだ。

 ためらいなんてまったく見せない。

 ちゅっと吸われて少しだけいい気持ち。


「私だってイルザのことは信用してるよ。それに……地域によっては魔物の血を飲むところもあるんだから」


 クラークも迷いながらその血を口にする。

 目の前でヘルダが飲んだから、引くに引けなかったのだろうか。

 幼い子供に対抗するなんて、可愛いところもあるではないか。


 ヘルダと違って吸い付いたりはしなかった。

 その代わり、少しだけ淫らに人差し指を舐めるのだ。

 これはこれで気持ちのいいものだった。


 そうして血を飲んだ二人は、予想していたとおりにパタリとその場に伏せることになった。

 リタ姫の時と同じだ。

 おそらくは身体を作り変えられているのだろう。


 血族というものがどんなものか、詳しいことは分かっていない。

 けれど一つだけ確信していることがある。

 それは以前の世界でも同じだったから。

 ヘルダとクラーラは生まれ変わるのだ。

 人の特徴を持ちながらも、半分だけ私に近しい存在となるのだ。

 変幻できるわけでもなく、格納できるわけでもない。

 ただ一つだけ、彼女たちも私と同じ食事で生き長らえるようになるのだった。


 ヘルダとクラーラはリタ姫とは違い、すぐに目は覚まさなかった。

 その二人を寝室へと運び、これからのことを考える。


 やることは今までと変わらないだろう。

 討伐者を続け、お金を稼ぎながら強くなる。

 ついでにクラーラの守りたいこの場所もできる限り守る。

 ただ戦争がこの街まで広がると、さすがの私も街を無傷でとはいかないだろう。

 兵士を一人一人殺していっても、規模にはよるが進行を止めることは難しい。


 そうなるとこの街が、この国が攻められる前に進行の足を止める必要がある。

 初手はフルシャンティ王国が担ってくれるだろう。

 大国同士であるから、すぐに勝敗が決することもないはずだ。


 それがひと月か一年かは分からない。

 けれどその限られた時間の中で、私もできる限りの戦力を集めるべきなのだ。

 大国の兵士の群れに抗えるぐらいの戦力を。


 もちろんそれは一人の力でもいいし、複数人でもいい。

 幸いなことにこの世界には魔法があり、私には有り余る魔力がある。

 魔法も極めたら大規模なものも使えるようになるのではないだろうか。


 ただ、それはそれとして人も集めるべきだろう。

 この国を守りたいと思う人、私についてきたいと思う人。

 そんな人たちを集めなければならないのだった。



 それはそれとしては、実はさっきから気になっていることがあった。

 それも、できたら今すぐに確認したほうがいいぐらいのことだ。

 実は目覚めてからずっと、リタ姫から魔力が送られてきていたりする。


 正直なところ、嫌な予感しかしない。

 リタ姫には何も話していないのに、どうしてこうも魔力が送られてくるのだろうか。


「無視するわけには……いかないわよね」


 なにせリタ姫は仮にもこの国のお姫様。

 さらに言うならば、アデライド帝国に抗おうとしている限られた人物でもある。

 このまま確認せずに放置することはできないのだ。


 ヘルダとクラーラはしばらく目覚めない様子だし、これから城に向かうのもいいだろう。


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