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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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021

 面白い光景を目にしてしまった。


 帰りが少し遅くなったのは、街を見回っていたからだ。

 お酒を少々口にしてしまったので、酔い覚ましのためにしばらく歩いてから帰ってきたのだ。


 やっと戻ってきた店の前には立派な馬車がある。

 この国の兵士らしき人がいることも不思議だ。

 もしかしてクラーラは思っていた以上の腕前で、偉い人が武器を買いに来たのだろうか。


 私も一応はここの店員でもあるから、兵士のことは気にせずに店の中へと入っていく。

 そうしたらヘルダがリタ姫に剣を向けているのだから、一体何が起きたらこうなるのかと思わずにはいられない。



「……何してるの」


「イルザさん、こっちに来てください! リタさまがお婆ちゃんを殺した相手だったんです!」


 その一言で、ヘルダが落ち着きを失っていることは分かってしまう。

 下手に話してさらにややこしい状況にするわけにもいかず、とりあえずはヘルダのすぐそばへ。


「ヘルダさん、誤解です。私の話を聞いてください」


「イヤです! リタさまの話は何も聞きたくありません!」


 エミリアを殺したのはリタ姫なのだそうだ。

 ……いや、それは違うだろう。

 リタ姫はエミリアに相談しに来ていたのに、まさかその相手を殺すはずもない。

 そもそも犯人は到達者ビダルと到達者エフィーダだとヘルダも分かっているはずなのに。


 さて、この状態をどう収めるべきなのか。

 この中で一番落ち着いているはクラーラみたいだけど、彼女は何も知らないだろう。

 こんなことならエミリアの話をしておくべきだったかも。


「それ以上無礼を働くならば、いくら子供だろうと容赦しないぞ」


 さらに事態をややこしくしたいのか、リタ姫の護衛が剣を抜いて構えだす。

 ……ヘルダとリタ姫の可愛いにらみ合いなら笑って過ごせたけれど、兵士が出てくるなら話は別だ。


「そっちこそ常識がなさすぎるんじゃないの。子供に剣を向けることがどれだけ恥ずかしいか知りなさい」


 鞘は放り出し、私も連接剣を構えた。

 もちろんまだ伸ばしはしない。

 これは脅しではないのだ。


「クラーラもそう思うでしょう? 店で暴れられても迷惑なだけよね」


「ええ……そこで私に話しかけないでよね」


 クラーラとしても悩みどころだ。

 お姫様を立てるべきなのか、私たちと同じ立場に立つべきか。

 常識的に考えるとお姫様に協力すべきなんだけれど、悩んでいることから暗示も少しは残っているのかも。


「私に剣を向けたな」


「あら、あなたなんて子供にに剣を向けているじゃない。はっきり言って、あなたのほうがよっぽど恥ずかしいのよ?」


「貴様!」


 そして単純と。

 このあたりは森の中で姿を見た時の印象と変わらない。

 名前は確かカルディアだったか。

 見た目どおりに脳まで筋肉でできているようだ。


 目の前で火花が飛び散るが、さして強い衝撃でもない。

 しかしこの女、どうみても剣を振り抜いていた。

 つまりは脅しではなく、本当に私を斬るつもりだったのだ。

 おそらくは、ヘルダごと。


「ふざけすぎよっ!」


「ぐはっ」


 先に手を出したのはこの女なのだから遠慮はいらなかった。

 剣は合わせたままに、がら空きのお腹につま先を埋め込んだ。

 一瞬カルディアの体が浮いて、剣を取り落とすと面白いように悶絶しだす。

 こんな醜態でお姫様の護衛だというのだから笑うしかない。


「ちょっと汚いわね。黙っていなさいよ」


 ちょうどいいところに頭が移動したのでさらにひと蹴り。

 ちゃんと手加減はしているから首が吹き飛ぶことはない。

 これでしばらくはおとなしくなるだろう。


「ねえリタ。あなたはどうするの? あなたも剣を向けるのかしら」


 …………

 ……


「無礼はこちらにあります。ですからどうかお話を聞いていただけないでしょうか」


 リタ姫は聡明だった。

 この場で歯向かっても意味はないと知っているのだろう。


「ああよかった。私も話を聞きたかったのよ」


「イルザさん!」


 だがヘルダは相変わらず、リタ姫を犯人と疑ってるみたい。

 これではリタ姫と話をするのも難しい。


「ねえヘルダ。少しは落ち着きましょう。今すぐリタが何かをするわけでもないのだから、話を聞くぐらいはいいじゃない」


「でもっ!」


 目の前でカルディアを伸したぐらいでは収まらないか。

 ……それならば、しょうがない。


「ヘルダ、あなたは少しだけ眠りなさい」


 不意打ちでヘルダの唇を奪う。

 もちろんそれだけではなく、舌も小さな口の中へ。

 両手でヘルダの身体をまさぐり、急激に快楽を強めていく。

 起伏は少ないけれど、全体的に柔らかい身体。

 ヘルダが握りしめていた剣がカランと足元に落ちた。


「……ふう。クラーラ、ヘルダのことを見ていてあげて」


 そのヘルダは私の腕の中で身体をビクンビクンと震わせている。

 抗えなかったのだ。

 これでしばらくの間はおとなしいだろう。


「さすがイルザ。子供にも容赦ないね」


 そういうクラーラも頬を染めている。

 今晩の相手は決まったみたい。


「さて、リタ姫。どうやらこの場では落ち着いて話すことも難しいみたいです。よければ二階でお話をしましょうか。……ちょうどこの場を任せるに最適な人も現れたようですし」


「マイカ……」


 振り向いた店の入り口には、リタ姫のもう一人の従者がいるのだった。


「お嬢様……。これは何事でしょうか」


 マイカが現れたのはカルディアが気を失ってからだ。

 だからマイカも何が起きているのかは分からない。


「私はこの方と二階で話をしてきます。それまでこの場はマイカに任せます。……カルディアが目覚めても、二階に連れてきてはなりません」


「……かしこまりましました」


 うん、やはり彼は優秀なのだろう。

 同僚が倒れていてもその動揺をおくびにも出さないあたり、カルディアなんかよりも従者として素晴らしいといえる。

 カルディアが短絡的すぎるだけとも言えるけど。


「さあ、リタ姫はこちらに……」


 私としてもこれ以上事を荒立てるつもりはなかった。

 少しでもマイカが安心できるように、リタ姫の手を下から包んで二階へと向かうのだった。



------



 二階の私の個室に入るまで、リタ姫は一言も話さなかった。

 まだ私の正体も知らないだろうに、見た目と違って度胸はあるようだ。

 部屋といっても眠るだけのものだから、当たり前だけど椅子なんてあるはずもない。

 リタ姫をベッドに座らせ、私は立ったまま話をしていく。


「まずは大変ご無礼を働いたことを……」


「ああ、そういうのはいいの。謝られたことでなんとも思わないわ。それよりも、私が戻るまでに何があったのかを教えてちょうだい」


 具体的には、ヘルダがどうしてリタ姫に剣を向けたのか。

 それが分からなければ話にもならない。



 リタ姫がヘルダを探していたことは、まあ想像できたことだった。

 森で見た限りでも、リタ姫がヘルダのことを気にかけているのは明らかだったから。

 大方エミリアに会いに行って森の庭が燃えていることを知ったのだろう。

 それと問題のヘルダだけれど、やはり勘違いだったようだ。

 リタ姫はエミリアとは無関係に到達者を探していた。

 今後起きるであろう戦争に備えるための戦力としてだ。

 見つけたところで協力するとも思えないが、それほどにこの国が切羽詰まった状況ということだろう。


 肝心のヘルダは、リタ姫が到達者を探していると聞いて黒幕がリタ姫であると考えた、か。

 気持ちは分からなくもないけれど、やはりヘルダも早計だったのだ。


「ところで、あなたはイルザさんでよろしいのでしょうか」


「そういえば自己紹介もまだだったかしら。そう、私がイルザ。今はエミリアの代わりにヘルダの面倒を見ているわ」


「それではイルザさん。あなたはエミリアさんとどのようなご関係なのでしょうか。私はエミリアさんからあなたのことを聞いたことがありません」


 うん、知ってる。

 エミリアとリタ姫の会話は私もすぐそばで聞いていたから。


「あら、そうなの? 私はあなたのことを聞いているわ。さっき倒れたのがカルディア。遅れて現れたのがマイカね。あなたはエミリアを相談相手にしていた。いえ、愚痴を漏らす相手かしら。普段なら話せない国の内情も、エミリアならば問題ないものね。そうそう、そろそろ戦争は始まったのかしら」


「……驚きました。本当にエミリアさんのお知り合いのようですね」


「それどころか、エミリアは私のことをあなたにも紹介しているわ。ねえ、覚えていないの?」


 言い過ぎだろうか。

 でもリタ姫には思いつかないみたい。


「すみません。一度でも見た相手はそう忘れないはずなのですけれど……」


「まあいいわ。それよりもあなたの知りたいことを教えてあげる。あの森で何が起こったのか、どうしてヘルダが怒ったのかもね」


 まだリタ姫は何も知らないはずだ。

 エミリアと仲良くしていたリタ姫には知る権利があるだろうから。


 数週間前からエミリアにお世話になっていたこと、ヘルダと街にでかけたこと、そして到達者に襲われたこと。

 私以外のことは包み隠さずに伝えてあげた。

 ただ、エミリアの最後に関しては到達者のせいにした。


「……ヘルダさんは到達者に復讐をするつもりなのですね」


「そういうことよ。もちろん私も到達者は許せないから、ヘルダと一緒に強くなるつもりなの」


「しかし豊穣のエフィーダがそんなことをするとは思いませんでした。彼女は才能を芽生えさせるだけにしか興味がないと思っていましたのに」


「エミリアも似たようなことはできたからね。同族嫌悪だったんじゃないかしら」


「そういうものでしょうか……」


 実際には違うのだけれどね。

 リタ姫の言うとおりに、エフィーダはエミリアには全く興味を示さなかった。

 おかげでヘルダは魔法を芽生えさせたのだし、実のところエフィーダにはそれほど興味はなかったりする。

 私が倒したいのはビダルだけだ。

 ただ力試しにエフィーダを狙うことは悪くないというだけ。


「イルザさんはこれからどうするつもりなのでしょうか」


「どうするって、どういう意味かしら」


「もちろんヘルダさんのことです。まだ幼い彼女をこのまま復讐の道に走らせてはいけないと思わないのでしょうか」


 ……別に、思わないけれど。

 エミリアの願いはヘルダが人の中でも暮らしていけるようにというものだった。

 ここ数日で半分ぐらいは叶えられたと思っている。

 そのついでに強くなって復讐するぐらいは許されると思うのだけれど。

 むしろ復讐なんて、とても人間らしい行いではないか。


「いけなくはないでしょ。それが生きる目的になるならむしろいいぐらいよ」


 それは間違いなく私の本心だったけれど、リタ姫にはそれが気に食わない。


「おかしいです! どうして幼い子が復讐などということをしなければならないのですか! やはりあなたにはヘルダさんを任せておくことなどできません!」


「は? それってどういう意味なのかしら。もしかしてヘルダを連れていくって言っているように聞こえるのだけれど」


「その通りです。あなたはヘルダさんの保護者として相応しくありません」


 イライラしてくる。

 どうしてここまで言われなければならないのか。

 ヘルダを任されたのは私で、決してリタ姫ではないというのに。


「そもそもあなたにどうこう言われる(いわ)れはないわ。ヘルダの保護者は私なの」


「関係なくありません! 私はヘルダさんのことをもっと小さな頃から知っています。これ以上ヘルダさんを不幸にさせるわけにはいかないのです!」


 ……私は、リタ姫のことを思い違いしていたのだろう。

 国民を愛するお姫様。

 その印象は変わらないけれど、リタ姫の根底にあるものは……。


「ねえ、もしかしてヘルダのことを不幸だと言ったのかしら。それとも私の聞き間違いかしら」


「そう言ったのです。親に捨てられ、エミリアさんもいなくなり、今の保護者は復讐を是とするような方なのです。これを不幸と言わずしてなんなのですか」


「ああ、そう……」


 つまり、リタ姫はヘルダが不幸だから、可哀想だから手を差し伸べていただけなのか。

 そこには同情があるだけで、ヘルダ自身がどう思うかなんて関係ないのだ。

 リタ姫とヘルダの幸せのあり方は違うだろうに、それをリタ姫は分かっていないのだ。


 リタ姫は自分の立場を分かっていない。

 恵まれている者には、恵まれていない者の幸せなんで想像できないのだ。


 ──あなたはリタ姫に憧れていると言っていたけれど。

 ──このままリタ姫のようになられても困るのよ。


 私にとって一番の理想は、もうこれ以上ヘルダとリタ姫が出会わないことだ。

 ヘルダの成長にリタ姫は邪魔なだけ。

 でもだからといってリタ姫と会わせないならば、それこそ目の前のリタ姫と変わらない。

 私は違う。

 リタ姫に憧れているというヘルダのこともきちんと考えている。


「あなたは、邪魔ね」


「邪魔なのはイルザさん、あなたです」


 私の話も通じない。

 ならば、私の話が通じる人間に生まれ変わってもらうしかないではないか。


 リタ姫から見えない位置で手をギュッと強く握りしめる。

 爪が手のひらに食い込んで、薄っすらと血が浮かんでくる。


 あなたはこれから理想的な人になるの。

 それはこの国の姫としてではなく、私とヘルダにとっての理想に。


 騒がれないようその口を塞いだ。

 暴れられないようその身体を抱きしめた。


 その口に、私の血を流し込んだ。


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