018
午前中を狩りにあて、十分に魔物を倒したところで街へと戻る。
それでも倒した魔物は緑醜鬼ばかりを十匹程度。
ヘルダにとっては満足かもしれないが、私にとっては少々不満。
門の外、すぐ近くには水場が用意されている。
初めはどうしてこんな場所にと思っていたけれど、今日になってやっと理解できた。
魔物を倒したヘルダは全身が返り血に染まっている。
もちろん顔中真っ赤というわけではないけれど、それでも血で汚れていることは確か。
そんな姿で街の中に入れるわけにはいかないのだろう。
「なんだ、早いな」
「そりゃあまだ討伐者になったばかりだもの。すぐにランクが上がるならもっと魔物を狩ってもいいのだけれどね」
朝と変わらない門番と挨拶を交わす。
彼らは毎日門番をしているのか少しだけ疑問。
「少し聞きたいのだけれど、防具を売っているお店のおすすめはあるかしら」
「防具か? だったら討伐者ギルドの正面の店がでかくていいぞ」
「正面ね。ありがとう」
そういえばまだ街を見回っていなかった。
今日は店番はせずに街の散策をしてもいいかもしれない。
「やっぱり防具も必要になったか」
「……やっぱり?」
「よく周りを見ることだな。そこまで軽装なのはお前さんたちだけだ」
周りを見たところで、お昼の時間では討伐者はほとんどいない。
いや、気づいてはいたのだ。
朝にすれ違う討伐者のほとんどは防具に身を包んでいた。
ただ私には無用なものだったから目に入らなかっただけ。
ヘルダのことを考えるなら防具も用意して当たり前だったのに。
「だからこれから防具を買いに行くのよ」
「ははっ、そうだったな。まあ無事なようでなによりだ」
実際は防具がなくてもなんとでもなるんだけどね。
好意はおとなしく受け取っておこう。
防具を見に行く前に、まずは討伐者ギルドへと向かう。
毎日報告しなければ評価も上がらないという面倒この上ないシステムの討伐者ギルドだが、ズルを防ぐためだとか死人を減らすためとか説明されたら受け入れるしかないだろう。
「ギルドではヘルダの後ろをついていくわ」
「えっ……はい」
これも教育のうちだ。
今の時間は討伐者も少ないだろうし、受付の態度も仕事だから丁寧なものだ。
ヘルダが大人と接する絶好の機会を奪うわけにもいかないだろう。
少し歩いて討伐者ギルドへとたどり着く。
中は案の定閑散としており、更には知り合ったピーアもいるものだからヘルダの安堵は目に見えるものだった。
迷わずピーアのいる受付まで向かうと一言。
「……今日の成果はランクに反映されません」
どうしてだろうか。
私もヘルダも今日初めての報告のはずだ。
「すみません、もしかしたら伝え忘れていたかもしれません。魔物の討伐に向かう際には、まずギルドに顔を出してもらうことになっているのです」
もちろん聞いていない……と思う。
でもそれらしいことは言っていたかも。
なにせ自由に報告できるのならば、依頼の失敗なんてものはありえないわけで。
緑醜鬼を倒せない日はギルドに顔を出さず、倒した時だけギルドに報告したらすんなりとランクが上がってしまう。
本日狙う獲物をギルドに伝えなければならなかったのか。
「分かりました。それでは換金だけお願いします」
ヘルダは特に食い下がることもなく受け入れた。
説明不足は向こうの不備だから文句を言う権利はあるのだが、そのあたりはまだヘルダには難しいだろう。
それに、いつでも倒せる緑醜鬼だし。
一日ぐらいランクが上がるのが遅れたところでなんの影響もないのだ。
受け取ったお金は銅板1枚。
たったの20ユル。
クラーラに借金を返すまではまだまだかかりそう。
「ヘルダさんとイルザさんは昨日もギルドに来ていませんでしたね。既に森に入ったようですが、実は国から警告が出ています」
「……警告?」
「なんでもとてつもない魔物が森の中域に現れたそうで、森に入る際には十分に注意をするようにとのことです。Dランクの討伐者のほとんどは今日は森に入っていないみたいですよ」
北の森はその広さから、浅域、中域、深域と分けられている。
中域までが頑張れば一日で往復できる距離だ。
浅域はDランクが多く、中域はCランクがメインで活動する場所。
そしてエミリアの庭があった場所も中域に相当する。
「実際にその姿が確認されたわけではありませんが、広域に渡って木々がなぎ倒されていたそうです」
「……それって中域のどのあたりなのかしら」
「ええと……中域の少し東側だったでしょうか」
場所を聞いてピンときた。
むしろ気づかないほうがおかしいぐらい。
その場所は間違いなく、私が到達者ビダルと戦った場所なのだから。
ビダルの剣閃は簡単に木を切り倒したし、吹き飛ばされた私の身体も木をへし折っていたから。
魔物が暴れたと勘違いされてもしかたのないことなのだろう。
「中域の魔物をDランクの討伐者が気にするの?」
「その被害から、魔物は深域に生息している強さであることは間違いありません。そんな魔物が中域にまで現れたのです。でしたら浅域まで現れてもおかしくはないでしょう」
そういうものなのか。
魔物には魔物の縄張りがあるのかもしれない。
まあその警告は無意味なのだけれど。
「分かったわ。その警告とやらはいつまで注意したらいいのかしら」
ヘルダが私を見上げているけど黙殺した。
ここで下手に目立つのは良くない気がしたから。
「明日中には何らかの答えが出るでしょう。上位の討伐者が実際にその場を見に行っていますから」
答えは出ないだろうけどね。
まあ調べを出したのならば、何らかの回答はすぐに出るだろう。
特に気にすることもなく、私たちはギルドを後にするのだった。
ギルドの正面には門番から聞いていたとおりの大きな店がある。
確かに外から見ただけでもいろんな防具が目に入るから、ヘルダにピッタリのものも見つかることだろう。
ただ、入るのは少々ためらわれた。
別に、店の雰囲気が悪いとか店員の態度が悪いということではない。
大きな店に比例して店員も多そうだし、外から見る限りでは皆笑顔。
問題は、外からでも見えてしまう防具の値段だった。
「イルザさん……」
目立つところに掲げられている盾はおそらくは売れ筋の一つなのだろう。
それほど大きくなく、その気になればヘルダでも持てそうな金属の盾。
しかし値段は背伸びをしてもなお届かないものだったのだ。
「……とりあえず入りましょう。もっと安い防具もあるはずよ」
この時の私とヘルダはまだお金の価値を十分に理解していなかった。
街を巡って気づいたことがある。
討伐者は想像以上に儲からない仕事のようだ。
果物一つの値段が銅貨1枚程度。
一食まともに食べようと思えば最低でも銅貨で5枚は必要になる。
それでは金属の値段はというと、もう見るまでもないことだった。
最低の最低でも銀貨が必要になるのだ。
とても今の私たちには手の届かないものだった。
「ついでだから、このまま街を見て回りましょうか」
「お買い物ですね」
防具屋はすぐに出ることになった。
店員に聞くまでもなく、買えるものがないと分かってしまったから。
店員を騙してしまえば問題ないのだが、それはヘルダが嫌がるから。
それに借金ばかりを積み重ねてもいけないだろうし。
討伐者の生活は基本的に街の北側だけで成り立っている。
街の中央には広場があり、地面を見るとここで馬車が向きを変えていることが分かる。
街の東側には民家ばかりで、南は訪れる人が多いからか宿屋が多そうだ。
西側にはお城が見えるから、多分お金持ちが多いのだろう。
西の建物はどれもが立派に見えるし。
また、食材なんかは南に多く売られていた。
討伐者は料理をしないのがほとんどだからだろう。
「これは初めて見る野菜です」
「そうね。見ただけじゃ味も分からないわ」
私の格納しているものには森の畑で取れた野菜もある。
けれど小さな畑だったから、持っている野菜の種類は少ない。
だからヘルダにとってもこの光景は新鮮なもののようだった。
「イルザさん……」
「別に買ってもいいんじゃないの。どうせ料理をするのはヘルダなんだし、お金も私は使わないから」
クラーラの家に住み着いた私たちだが、料理の担当はヘルダになった。
クラーラも私に負けないぐらい料理を苦手としていたのだ。
今までは料理をせずに外で食べていたのだとか。
もちろんそんな余裕が私たちにあるはずもなく、ヘルダが料理をするしかなかった。
「……でも、先にお皿を買わなきゃいけません」
もちろんクラーラは先日まで一人暮らしだったから、人数分のお皿も足りない。
新しい食材よりも先に揃えなければいけないものもまた多かった。
結局、今日は人数分の深皿を買うだけで買い物も終わる。
お値段は三枚で10ユルとそこそこに安価なお皿だ。
今日の儲けのうち、半分は私たちで使うことにしたみたい。
そうそう、中央の広場には大きな時計台があったのだ。
時計と行っても時間が詳細に刻まれているわけではない。
半手動で動き、鐘の音に連動する時計だ。
日の出の鐘、お昼の鐘、夜の鐘、深夜の鐘。
鳴るのはたったの四回で、時計の刻みも四つだけ。
大抵の人は鐘の音で生活しているようだった。
ちなみに動力は魔物の核なのだとか。
色んなところで核は活用されているらしい。
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買い物も終わるとこれからは店員の時間。
ここからがヘルダが一番気疲れする時間だろう。
「それじゃあヘルダのこと、よろしく頼むわね」
「はいはい、任されたよ。……ってちょっとてょっと、まさかヘルダだけに立たせてイルザはサボるつもりなの?」
「そうじゃないわ。ただちょっとやることがあるのよ。それじゃ分からないことはクラーラに聞くようにね」
「分かりました……」
不安げな様子のヘルダをクラーラに預け、私は二階の個室へと向かう。
これからは私が私のために使う時間なのだ。
この世界に来たことで私の世界は大きく変わった。
才能やら魔力やら、今まで無かったものと向き合う必要が出てきたのだ。
そして、エミリアの瞳を受け継いだことでさらに世界が変化した。
いや、ここは広がったというべきだろう。
識別の才能を手に入れたことで、私は魔力を視覚的に認識することができるようになった。
文字通り世界が広がったのだ。
本日街を歩いたことで分かったことがある。
すれちがう人々すべてが魔力を持っていたのだ。
つまり魔力に魔法の才は関係なく、魔物だけに限らず全ての生き物が持っているのだろう。
そこまでは予想できていたことだから特に驚きもない。
問題は次のことにある。
今まで以上に力を込める。
魔力を瞳に集中させる。
すると仄かに世界が輝き出す。
それは私がこの世界に渡ってきた時に見た光景だ。
あの虹色の極彩色は、つまりは魔力の塊だったのだ。
その魔力がこの世界では空間中に満ちている。
その密度はごく薄く、普通ならば感じることなどできないだろう。
私を含んだ限られた人だけが見ることのできるこの世界。
それは、今まで見たどんな光景よりも美しいものだった。
話は変わるが、魔物は魔力の密度が高い空間から自然と生まれるものらしい。
しかし森の浅域の魔力はというと、街中とほとんど密度が変わらない。
それでは街中でも魔物は発生するのだろうか。
答えは否。
少なくともクラーラはそんなことを聞いたことはないという。
また、魔物は森以外にも生まれる時があるのだという。
街と街を結ぶ道であったり、はたまた山や海であったり。
おそらくだが、人のいない場所でならどこでも生まれるのだろう。
それではどうして人の生活圏で魔物が生まれないのかというと、人々全員が魔力を持つことと関係してくる。
つまり、だ。
魔物が生まれる原因である魔力、それを人が消費しているからではないのだろうか。
消費というよりも吸収か。
人もまた魔物と同じように魔力を蓄えているのだ。
人と魔物の違いについて考えると、一番に上がるのは間違いなく核の有無だろう。
魔物は核に多くの魔力を蓄え、人は全身に魔力を巡らせている。
ただ、例外もある。
例えば絶対的強者である到達者は、体内に核を持っているのだ。
体内に留められない程の莫大な魔力は核があればこそなのだ。
どうして到達者になり得る人間がいるのか。
その答えも今日ではっきりと分かった。
ヘルダが魔物を倒した時のことだった。
ほんのほんの極わずか、本人が絶対に気づかないぐらいの微細な魔力を、ヘルダは倒した魔物から吸収していたのだ。
つまり、多くの魔物を倒した人は到達者へと至るのだ。
限界を超えてなお魔力を吸収しようとした時に核が生まれるのではないだろうか。
「でも、私には核は無い……」
疑問なのが、どうして私に核が無いのかということだ。
私の魔力は人とは比べ物にならないくらいに多い。
さすがにビダルには敵わないが、もう一人の到達者エフィーダとはそう差を感じなかったのだ。
それでも私に格は無く、そしてエフィーダには核が有る。
結論としては、魔力の限界は人によって違うという推論になるだろう。
果たして私とヘルダ、どちらに魔力の限界が先に訪れるのだろう。
ヘルダが先でも構わない。
ただ、どちらかが到達者になった時こそ私たちの目的が果たせる時だ。
その為にも、たとえお金にならないのだとしても魔物は優先して狩るべきなのだった。
それもう一つ、考えなければならないことがある。
才能と魔力の関係についてだ。
私個人としては、魔力が才能に大きく関わっていることに疑いはない。
そもそも魔力も才能もこの世界に来てから初めて知ったものだから、それが無関係であると考えるほうがどうかしている。
討伐者には戦いに関連する才能を持つものが多いと聞いた。
それはつまり、魔物を倒して魔力を吸収しているからではないのか。
新たな才能の発露には、吸収する魔力こそが関わっているのではないのか。
私の才能を例にとっても、吸精で魔力を吸収しているから才能も得たのではないのだろうか。
それにはいくつか確かめなければ答えは出ないだろう。
その為にも、強い討伐者とは早めに知り合っておきたいものだ。
幸いなことに、ピーアが言うには私とビダルの争った地を確かめに行った到達者が明日にも戻ってくるのだという。
私はその討伐者と顔を繋ぐつもりだった。




