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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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016

「はい、完成。何か気になることはあった?」


 クラーラが作ったのは包丁だ。

 多分本日唯一の売上。

 クラーラの本心がどうであれ、包丁などの日用品は武器よりも遥かにお安く設定されているのが興味深い。


「どうと言われても、ねえ……」


 そもそもクラーラがこれまで一人でやっていた作業。

 私が見たところで、凄いという以外の感想は出てこない。


「あの……とっても疲れそうです」


 そういえば何度も金属塊を火にかけていた。

 繰り返すことは確かに負担なのだろう。

 ハンマーもいちいち手放すのは面倒そうだ。


「そうなんだよね。ヘルダ、ちょっとこれを移動させてみてよ」


 早速といっていいのか、ヘルダも手伝えることを見つけたみたい。

 渡されたハサミで金属塊を持ち上げるが、どうにも危うい様子だ。

 今すぐにも落としてしまいそう。

 それでもどうにかといった体で、炉の上に金属塊を移動させた。


「どう、できそう?」


「慣れたら大丈夫だと思います」


「そう? よかった。それじゃヘルダにはこれから鍛冶を手伝ってもらってもいいかな。小さなことだけどこれでも効率がよくなるからね」


 もしかしたらクラーラは、ヘルダが自発的に手伝ってくれることを期待していたのかも。

 仕事を手伝うといったって、やっぱりやる気はあったほうがいいから。

 私としては店番さえできたら十分に思っていたけれど、クラーラは色々とやらせたいようだった。

 教育方針の違いであって、私がヘルダのことを考えていないわけでは決してない。


「イルザさん……」


「……ヘルダがやりたいことをやりなさい。私は別に文句もないわ。それに鍛冶は夜だけなのでしょう? あまり遅くなりすぎなければいいんじゃないかしら」


「じゃあ、よろしくお願いします」


「うん、よろしくね」


 こうして自分で仕事を見つけるのはいいことなのだろう。

 クラーラの反応からも、こうなることを期待していたみたいだし。

 ……でもちょっと待って。

 それでは私にやる気がないみたいではないか。


「それじゃあ私は掃除でもしようかしら」


「そう? まあ好きにしなよ」


 ヘルダに対しては喜んだのに私に対してのこの淡白な反応。

 なんだか納得いかない。



「それにしても、思っていたよりも簡単なのね」


「そう見えた?」


「ええ。ほら、金属にしたって初めから大きさも決まっていたみたいだし」


 素人目線の勝手なイメージだけれど、もっと色々と作業があるのだと思っていた。

 鉱山から取れる金属って、そう綺麗なものでもなかったと思っていたけれど。


「ああ……このあたりに鉱山なんてないからね。精製して成形された金属塊を輸入してるからこの大きさなの。もちろん買うときにサイズも決めてるんだよ」


 この街というかこの国、ハインドヴィシュ公国自体に鉱山がないらしい。

 国からも離れた南東に大きな鉱山があり、ほとんどはそこからの輸入なのだとか。

 あとは西部からも少しは流れてくるのだとか。


「最近少しずつ金属の値段が上がっていてね。実は悩みの種でもあるんだ」


「鉱山が枯れかけているとか?」


「ううん。鉱山に問題はないみたい。どうやら輸出量だけが減ってるみたいなんだよねえ」


 その話でピンときた。

 いつかのエミリアとリタ姫の会話が思い起こされる。

 北東の豚の国と、南東の大国が戦争しそうだとか話していた。

 その影響が出ているのではないのだろうか。

 最も、伝える必要はないだろう。

 もしかしたらまだ国民には秘密にしているかもしれない内容だ。

 いたずらに噂を流してもいいことはないだろう。


「西部にも鉱山があるのかしら」


「西はねえ、大きな商業国家があるんだよ。その名の通りに国を上げて商売に取り掛かってる国。そこから金属が流れてくるの」


「へえ……」


「多分一番お金持ちの国だね。国土こそ東のフルシャンティ王国には負けるけど、ハインドヴィシュ公国よりは全然広いんだ」


 そして大国には違いないと。

 実際の大きさは分からないが、ハインドヴィシュ公国はかなり小さいのだと聞いている。

 戦争が起こったら一息に飲み込まれてしまうような国だ。

 ……もしかして、この国に留まるのは危険なのかもしれない。



 雑談も終わったところで、それではおやすみなさいとはまだならない。

 ある意味でここからが本題だ。

 私とヘルダの魔法の練習が待っていた。


「それでイルザは魔法を使えそう? 練習はしていないみたいだけど」


 クラーラの鍛冶を眺めていたから当然だ。


「ええ、多分大丈夫。呪文も思い浮かんでるわ」


 クラーラの魔法を見て私の中の炎をイメージした時に、不意に呪文も浮かんできた。

 多分これで大丈夫なはずだ。


 目の前に右手を掲げる。

 突き出すのではなく、手のひらを上にむける形だ。

 炎のイメージは忘れていない。

 それこそよく見ていたものだから。


『苦しさは一瞬だけだ

 奪ったものはこの手の中に

 求めるものはこの手の中に

 安心するといい

 すぐに返してやるだろう

 ただしすでに別物

 ──炎塊(ファイアボール)


 瞬間、風が吹いた。

 地下室であるが窓はあるから風が吹いてもおかしくはない。

 ただ、全方向からの風は私の手のひらに集まっていく。

 そしてその手のひらには炎の球が生まれていた。


「凄い……」


「一度で成功かあ……」


 ヘルダもクラーラも感心している。

 けれど私の中では失敗だった。

 瞳で見て分かってしまったのだ。

 この魔法、想像以上に魔力を喰うのだ。


「……ダメね。これは大失敗よ」


「そうなの? 凄くうまかったと思ったけれど」


「そうですよ。とても綺麗でした」


 そうではないのだ。

 私の使った魔法とクラーラの魔法は根本的なところが違っている。

 私にも少しは常識があったから、酸素を燃やしてそれを炎のイメージとした。

 だがそれではダメなのだ。

 空気を集めるにも魔力を使うし、空気を留めるにも魔力を使った。

 クラーラは魔力そのものを炎としていた。

 どちらが効率的なのかは明らかだ。


 考え方を間違えていた。

 クラーラは魔力そのものを炎に変えていたのに、私はなんて遠回りをしたのだろうか。

 イメージするのは空気を燃やす炎ではなく、魔力を糧とする炎。

 魔力を酸素に変えるイメージすらしてはいけない。

 それもまた無駄な工程だ。


 自らのイメージをしっかりと。

 魔力そのものが炎なのだと思い込む。


『苦しみを与えよう

 爛れた皮膚は極度に縮み

 動くこともままならない

 それでも炎は止まらない

 燃え尽きるまで止まらない

 燃やせ

 ──炎塊(ファイアボール)


 再び私の手のひらに炎が現れた。

 先程よりも小さな炎だ。

 けれどこれは成功だ。

 大成功といえるだろう。


「……小さいね」


 確かにそのとおり。

 でも見た目で判断してはならないのだ。


「そうね。魔物にぶつけなければただの小さな炎でしょうね」


「ふうん。討伐者ならではの魔法なんだ」


 クラーラにはあまり興味もないみたいだ。

 それも当然か。

 クラーラは鍛冶師であり、魔法も火をつけるためだけのものだから。


「……どうしてさっきのは失敗なんですか? さっきのほうが大きかったと思います」


「魔力の消費が大きかったのよ。そうね……クラーラの魔法の五倍ぐらいは魔力を無駄に使っていたの。だから失敗。今回のはクラーラの二倍ぐらいかしら」


 その効率も私の瞳があればこそだ。

 普通ならば魔力を消費したことは分かっても、それがどのくらいなのかまでかは分からない。

 そこまで消費したわけでもなさそうだから、さほど気にすることもないのかもしれないけれど。



 私のあとでヘルダも魔法を使おうとしたけれど、地の魔法が発動することはなかった。

 理解が及んでいないからだ。

 私だってクラーラが火の魔法を使ってくれたから理解することができた。

 ヘルダが地の魔法を使うためには、どこかで地の魔法の使われる瞬間を見なければならないのだろう。

 それも討伐者という立場が活きてくるのではないだろうか。

 討伐者の中には魔法を用いて魔物と戦う人もいるという。

 運が良ければ、すぐにでも地の魔法を見ることもできるだろう。


 こうして私たちの街での生活が始まっていった。

 午前中は討伐者として活動する予定。

 午後は店番、そして夜は鍛冶の手伝いだ。

 ヘルダにとってはこれから忙しくなるだろうが、出来る限りの補助はするつもりだった。



 割り当てられた部屋はヘルダと同室だ。

 そもそもクラーラが一人暮らしをするための家をだったから、空き部屋も一つしかなかった。

 まあ今までもエミリア、ヘルダと三人一緒に眠っていたから気にすることはない。


「イルザさん。お願いがあります」


「あらたまってどうしたの?」


 もう寝るだけという時間になって、真面目な顔をしたヘルダに話しかけられる。

 深刻な様子ではないけれど、昨日から今日にかけて色々なことがあったから。

 私も横になっていた身体を起こしてヘルダと向かい合う。


「イルザさんから、今でもお婆ちゃんの気配がするんです。あの時、お婆ちゃんは何をしたんですか」


 ……私の中にあるエミリアの魔力を、ヘルダも感じているらしい。

 もちろんヘルダに魔力を見抜く才能はない。

 でも長く暮らしていたからか、エミリアの魔力だけは判別がついているのだろう。


「それは私の才能の一つね。私も知らなかったことだけど、吸精はどうやら相手の魔力も吸い取っているみたい」


 魔力については、クラーラとエミリアの件から確定だろう。

 一昨日はクラーラに対して吸精した時には気づかなかったが、私の魔力に僅かだけどクラーラの魔力も混じっている。

 意識しないと気づかない程度。


 エミリアの魔力はというと、私が私だと認識できないくらいに混ざり合っている。

 魔力を知覚できなければ狂っていたかもしれないぐらいだ。

 魔力どころか記憶まで増えているのだから。


 クラーラとエミリアの違いはなんだろうか。

 私はクラーラの記憶は持っていない。

 やっぱり相手の意思だろうか。

 エミリアは自らの意志で身体を私に捧げたからこそ、記憶までをも奪い取ったのか。

 ……いや、奪い取ったという言い方もないだろう。

 それがエミリアの願いだったのだから。


「……もうお婆ちゃんはどこにもいません。でもイルザさんの中には確かにお婆ちゃんがいるんです。わたしも……わたしも、少しだけでいいからお婆ちゃんと一緒にいたい」


 私はヘルダに対して吸精を行うつもりは全くなかった。

 それはもちろんヘルダがまだ幼いからだ。

 魔力も吸うとはいえ、本来は精力を吸い取る吸精。

 身体のできあがっていないヘルダに対しては危険だと思っていたからだ。


 しかし、魔力が見えるようになった。

 一人一人、その魔力の質というものは違って見える。

 街中で何人もの魔力を見て気づいたのだ。

 子供は軒並み魔力が少なく、大人になるにつれて比例して多くなっていくことに。

 つまりは生命力にも比例するということに他ならない。


 あらためてヘルダの魔力を見る。

 少ないには少ないのだが、年齢の割には多いのかもしれないヘルダの魔力。

 つまりはそれだけ健康であるということだろう。

 それこそ少しぐらい精力が落ちたところで、眠ってしまえば翌日には元通りになるのではと思えるぐらいに。


 クラーラの体調が崩れていないことから、魔力もまた回復するのだと分かっている。

 でなければ頻繁に魔法を使えるわけもない。

 だから……ここでヘルダの願いを叶えることも可能だったのだ。

 そして私は、できる限りヘルダのお願いは聞いてあげたかった。


「それでもエミリアはもうどこにもいないのよ?」


「分かっています。ただ、わたしがそうしたいというだけです」


「……分かったわ」


 ヘルダの願いをどうして無下にできるだろうか。

 ヘルダは区切りをつけたいのだ。

 エミリアがもうどこにもいないのだと、そう思うためにも必要なことなのだ。

 いないと分かったからこそ、せめて私の中で魔力だけでも一緒になろうというのだ。


 私も覚悟を決める。

 触れるのはほんの一瞬だけだ。

 間違ってもエミリアのように、血の一滴までをも残らず吸い取ってしまうわけにはいかない。


「そこに横になって……身体を楽にして……」


 吸精には快楽を伴う。

 別に触れるだけでもいいのだが、これからのことに失敗は許されない。

 ならば私も慣れ親しんだ環境で行う必要があった。


「……」


 服は脱がさなかった。

 それは次の機会に、ヘルダ自らが身体を捧げるときにとっておくべきだったから。



------



 翌日の目覚めもやはり気持ちのいいものだった。

 隣のヘルダは今日はぐっすりと眠っていた。

 精神的にも肉体的にも疲れているのだから当然だ。


 あらためて自らの才能を確かめる。

 エミリアから授かったこの力、これからどうやって活かしていくべきだろうか。


「……あら?」


 そして気づいた。

 私の才能がまた増えていた。

 地の魔法。

 それは間違いなくヘルダの才能だった。


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