015 街での生活
しばらくは戻らないつもりだったのに、まさか二日目にして門の中に入るとは思っていなかった。
気まずいというよりも、なんだか気恥ずかしい感じ。
「ん、あんたたちか。昨日は戻ってこなかったな。まさか森の中で一泊したのか?」
「え? ええ、少し奥に入りすぎたみたい」
「奥に行くほど魔物が強くなるからな。なんにせよ無事でよかったな」
門番も当たり前のように私たちの顔を覚えていた。
討伐者成り立てで森で一泊なんて怪しさこの上ないけれど、怪しまれずに済んだのだろうか。
街に入るとまっすぐ武器屋へと向かう。
クラーラへの挨拶は出来る限り早いほうがいいだろう。
それにこの時間はまだ混んでいないはずだから。
「んんん? イルザとヘルダにそっくりなお客さんだ。おかしいな、ひと月は現れないはずなのに。疲れてるのかな」
「クラーラ……私は間違いなくイルザよ」
「あ、やっぱり? どうしたの? こっちに来るのは来月なんじゃなかったっけ」
「色々とあったのよ」
案の定クラーラにも驚かれることとなる。
別れたと思ったらまた次の日にやってきたのだから当然だ。
「それに……どうしたの、その服」
一直線に武器屋を目指したのにはもう一つ理由があった。
到達者に敗れたことで、私の着ていた服は当然ながら使い物にならなくなっていた。
今は初めてこの世界にやってきた時と同じ服を着ている。
とても討伐者には見えない服だ。
「いいから、とりあえず部屋に入れてもらえる? それと服も貸してほしいのよ」
「昨日の今日だから、あまり片付いてないよ」
「分かってるわ」
あまり整理されていないことは、一昨日泊めてもらったときに知っていることだ。
別にそこまで汚いわけでもない。
クラーラ一人で店を切り盛りしているものだから、細部まで手が届いてないというだけのこと。
部屋に入ってやっと一息ついた。
ヘルダは既に疲労も限界の様子だ。
無理もない。
昨日は眠っていたというよりも、気を失って倒れていたのだ。
「ヘルダはもう休んでいていいからね」
「うん……」
着替えもせずにベッドに横になるヘルダ。
さすがにその服では苦しかろうと、一瞬で眠りについたヘルダの服を脱がしていく。
──よかった。傷はどこにもないみたい。
実は心配していたのだ。
私が襲われたように、ヘルダも何かされたのではないかと心配していた。
でも身体は綺麗なままだったことに一安心。
素っ裸になったヘルダの細部まで確認したことで、やっと私も安心できたのだ。
カタンと音がして振り返ると、私の着替えを持ってきていたクラーラが一言。
「イルザ……もしかして、ヘルダにも手を出したの? ダメだよ、さすがに幼すぎるよ」
誤解を解くのが面倒だった。
今日はもう出かける気分でもなかったので、クラーラと一緒に店頭に立つ。
この時間、討伐者の客はまずやってこない。
たまにくる客のほとんどは主に家庭から、武器ではなく包丁などを求めているのだった。
「あら、新しい店員を雇ったの? 随分と美しい方ね」
「あはは、今日から住み込みで働いてくれることになったんです。あと一人、もう少し小さな子もいるんですよ」
「そうなの。大変だと思うけど頑張ってね」
訪れる客のほとんどは主婦だ。
残念ながら私の食指が動く相手はいない。
同性だからか、殆どの客は買い物だけではなくクラーラと一言二言話をしていく。
聞いている限りでは思っていたよりも人気があるのかもしれない。
「私は何を手伝えばいいかしら」
「そうだね……さすがに武器の説明はできないし、値段も分からないからね。できることはお会計ぐらいかな」
見たら分かることなのだが、店頭に並べられている武器の全てに値札はついていないのだ。
それでは私が値段の分かるはずもない。
「武器の値段はどうやって決めてるの?」
「んー……作った時のでき次第、かな。使った材料とかでなんとなく決めてるの。あとはそうだね、時間とかお客でもちょっと変えたりする時もあるよ」
「……相手によって値段を変えるの?」
「そりゃそうだよ。また来てほしい相手とか、また来てくれそうな相手だったらやっぱり安くするよね。逆に面倒な相手だったら高めにするし、来てほしくない相手には値段も教えないよ」
「……確かに私には難しそうね」
でも、そうなるとヘルダにも厳しいのではないだろうか。
はたして会計をするだけでクラーラの手伝いになるのだろうか。
もしもクラーラが構わないと言っても、ヘルダが納得するとも思えない。
「そういえば、クラーラは火の魔法が使えるのよね。それってどうやって使えるようになったの?」
「魔法? そうだね、周りの人が使ってるのを見てなんとなくかな。私は小さい頃から鍛冶師を目指しててね、大きくなったらすぐに弟子入りしたの。そこで初めて火の魔法を見て、なんとなく使えそうだなって感じたの」
見ただけで使えるようになるだなんて、まさしく才能といったところだ。
しかし、普通の人は該当する魔法を見なければその才能にも気づかないということか。
魔法の才能に気づいていない人もそれなりに多いのではなかろうか。
「どうして鍛冶師を目指したの?」
「そうだね……やっぱり魔物が怖かったからかな……」
クラーラは話を続ける。
「この街はこんな環境だからね。子供は大抵は討伐者になるんだ。そこで才能が芽生えたら上を目指すし、芽生えなければ別の道を探すことが常識みたいになってるの」
子供の討伐者が多い理由だろう。
森が近いから、誰もが安易に討伐者になる。
「でもさ、魔物と戦うのだって安全じゃないんだよ。毎月のように死人はでるし、それも半数以上は子供なんだ。それを知ってると、どうしても討伐者にはなれなかったんだ」
「……それでも多くの子供たちは討伐者になるらしいけれど」
「みんな勇敢なんだろうね。でも私はやっぱりムリ。たまにだけど、お客さんにも死人が出ちゃうとね……」
それでも鍛冶師になったのは、もしかしたら現状を変えたかったのかも。
平気で命を投げ出そうとする世の中を、クラーラは変えたかったのかもしれない。
そこまでは聞こうとも思わないけれど。
子供の討伐者か。
話を聞く限りだと、魔物と戦うと才能が芽生えやすいのは当たっていたみたい。
いや、そうとも限らないか。
才能が芽生えない子もそれなりにいるみたいだし。
ヘルダはどうするのだろうか。
地の魔法を覚えたけれど、それでも大剣を使うつもりなのだろうか。
……回収したのだから、おそらくは使うつもりなのだろうけれど。
「でも良かったじゃない。鍛冶師に火の魔法は最高の才能なんじゃないの」
「そうでもないよ。鍛冶師といえば鍛冶の才能を持って初めて一人前なんだ。火の魔法だって点火が簡単になるだけで、ずっと高温を保てるわけでもないからね」
「そんな才能もあるのね」
「イルザは本当に何にも知らないね。美人だし、やっぱりいいところのお嬢様なんだ」
魔法を使うにも魔力は必要だし、継続すらならその魔力は膨大なものとなる。
鍛冶師に火の魔法はそれほど便利なものでもないみたいだった。
「ところで、どうしていきなり魔法の話? イルザは魔法の才能が無いって話じゃなかったっけ」
「そうだったんだけれどね。どうやら火の魔法が使えるようになったみたいなのよ」
その日の晩、私の姿は地下にあった。
もちろん私だけでなく、ヘルダとクラーラも一緒だ。
お店の地下には作業場があり、どうやらお店で売られている武器はここで打たれているらしい。
夕方に魔法のことを伝えたけれど、今は店番があるからということでこうして夜を待ったのだ。
作業場には見たこともない道具がたくさんあった。
部屋の中央に堂々と鎮座しているものは分かる。
レンガで固められた長方形の箱の中には石炭が敷き詰められていることから、おそらくはこれが炉なのだろう。
これを熱して金属を溶かすのだ。
「……型は?」
でも、もう一つあるべきものが見当たらない。
中途半端な知識でも、剣の作り方は知っていた。
「型ってなんの」
「型は型よ。ここで武器を作っているのではなかったの」
「ああ……ここでそんなことできないよ。私が武器を打つのは、金属塊を熱して叩いて延ばすだけ。こんな場所で金属を溶かすほどの火力は出せないから。そんなことができるのは、それこそ国で一番の鍛冶場ぐらいでしょ」
「……それってとても大変ではないの?」
「大変だけどね。でもそれが普通だし、型に流し込んで成形するよりも品質はいいものだからね」
そういうものなのだろうか。
まあ確かに、石炭程度で金属がドロドロに溶けるとも思えない。
もっと大規模でなければいけないのか。
「それではあまり作れないのね」
「ものによっては一日に三つぐらいかな。大きかったりすると三日かけて作ったりもするよ。ま、そう売れるのでもないからね」
武器というものは、当たり前だけど壊れる直前まで使うのが普通だろう。
何本も持っていたって邪魔なだけだし、手打ちしているならば一本一本に癖も出てくる。
何よりも高いものだから。
そう考えると、あまり儲かるものにも思えない。
「それじゃあこれから包丁を打つから、一連の流れをよく見ててね」
今日はクラーラの作業を眺めるだけだ。
どんなことを手伝えるのか、私とクラーラで判断するのだ。
これらの作業は今までクラーラ一人でしてきたことだから、私たちが判断するよりもクラーラが判断したほうが良さそうだけど、クラーラが言うにはそうでもないらしい。
クラーラもまだ一人前ではないから、例え素人目であろうと見てもらいたいのだとか。
「まずは魔法で火をつけるよ。二人の一番気になるところだね」
初めて見る魔法に、私もヘルダも興奮していたと思う。
石炭の山に手をかざしてクラーラが口を開く。
私は目を見開いていた。
『その手を勢いよく振り下ろす
飛び散る火花
またたく間に燃え広がり
燃え移っていくのだ
──発火』
黒かった石炭は一瞬にして赤くなった。
でも驚くべきはそこではないだろう。
この開いた瞳で私はしっかりと見ていたのだ。
クラーラの手のひらからは魔力が火花のように飛び散った。
その時はまだ魔力のままだ。
しかし石炭に触れた瞬間、魔力は炎へと姿を変えていた。
──これが魔法。
クラーラは魔力の放出を行い、そして変化させたのだ。
この瞳でなければ、何が起きたのか理解できなかったであろう。
案の定、隣のヘルダは何も分かっていないみたいに見える。
「今のが魔法?」
「そうだよ。使えそう?」
「……今、クラーラは何をしたのか分かってるの?」
「何って、呪文を口にして魔法を使っただけだよ。別に普通でしょ」
普通というけれど、とても素直には受け入れられない。
手のひらだけからとはいえ、クラーラはその魔力を操ってみせたのだ。
それは、私とヘルダが学びたくてしかたがなかったことではないか。
「本当に特別なことは何もしてないよ。魔法はイメージだからね。火をつけるのにちょうどいい言葉を想像して、それを口に出すだけ。私も魔法が使える前は普通に火を起こしてたからね。それを言葉で表現したの」
「ちなみにどんなイメージなの?」
「どんなって……そのままだよ。ナイフで金属を擦って火花を出す感じ」
それは納得のいく説明だったのかもしれない。
どうやら普通の人はそこまで自分の魔力を意識しているわけでもないのだ。
どちらかというと、自分にも魔力があるのだと言い聞かせている感じだろうか。
そして変化。
魔力の変換にイメージが必要なのだろう。
「私は鍛冶を続けるから、イルザは魔法が使えそうなら好きに練習しててね」
私に対しては木屑を指さし、クラーラは金属塊を火にかける。
好きに燃やせということだろうか。
このまま練習してもいいのだが、今はあくまでもクラーラの作業を見守るのが優先だろう。
火にかけられた金属塊はゆっくりとその色を変えていく。
温められているのだ。
溶けるほどではないけれど、相応に柔らかくはなっているはず。
ある程度温まると台へ移し、そこからひたすら叩いていく。
柔らかくなった金属だけどそれでも硬いようで、一度や二度叩いただけでは形はほとんど変わらない。
叩いて引き延ばし、そして冷えたらまた温める。
気が遠くなるような作業だった。
熱した金属だけど、柔らかくなるのは表面のほんの一部だけ。
その部分を延ばし、温め、また延ばす。
何度も何度も同じ作業の繰り返しだ。
クラーラの手際は決して悪くない。
いや、ここは手際がいいと表現しよう。
火にかける時間も最適なもののように感じるのだ。
それでもクラーラは鍛冶の才能を持っていないのだというのだから、才能を持った鍛冶師というのはどれ程手早く武器を作るというのか。
目の前で金属塊が包丁の形に変わるまで、ゆうに一時間はかかっていた。
初めに魔法を使ったことを除き、クラーラの魔力が変化する様子は見られなかった。




