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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
14/70

014

「……お婆ちゃん?」


 目覚めたヘルダは、私を見るなりそう言った。

 それが悲しくもあり、また嬉しくもあった。

 私は何もいうことができずに、泣きながらヘルダを抱きしめる。

 何も言うことはできなかった。


 ……

 …………


「お婆ちゃんは、もうどこにもいないんだ……」


「……分かるの?」


「イルザさんから、お婆ちゃんの気配を感じるから。それになんとなく覚えてるの。お婆ちゃんは、私とイルザさんのために最後まで頑張っていたって」


 何を説明するでもなく、ヘルダは全てを分かっていた。

 エミリアが亡くなったことを受け入れていた。

 あるいはずっと昔から覚悟だけはできていたのかもしれない。

 私は未だに悲しいのに、ヘルダはすんなりと受け入れている。

 私もそろそろ立ち直る時間だった。


 そうと決めると早かった。

 少なくとも表面上はすぐに立ち直ることができた。

 そもそも、ずっと悲しんでばかりもいられない。

 私はヘルダの保護者なのだから、そのヘルダを差し置いて悲しんでばかりもいられないだろう。


「エミリアとちゃんとしたお別れもできなかったわ」


「お婆ちゃんはそれでも満足してたと思う。イルザさんが来てから、お婆ちゃんは何もしなくなってたから」


「そう……そうかもね」


 エミリアは急速に老化しているようだったから。

 あとは死を待つばかり……そう思っていたのかもしれない。


「これからどうしましょうか」


「……クラーラさんのところには行かないの?」


「そうよね。でもヘルダは寂しくないの? しばらくはここで過ごしてもいいのよ?」


 ヘルダは起きてから、エミリアの死を知っても泣いていないのだ。

 一体どこまで覚悟していたのだろう。


「わたしは……わたしは、イルザさんを襲った男も、わたしを追いかけてきた女も許せません。今すぐに強くなりたい。敵を討ちたいんです」


「ヘルダ……」


 ああ……。

 ヘルダは悲しみに身を置くことができなかったのだ。

 どこまで見たのかは分からない。

 けれどそれは私も同じこと。

 私だって、いくら勘違いとはいえ一方的に襲われたのだから。


「分かったわ。私も同じ、一緒に強くなりましょう」


「はい」


 そうと決まればすぐに行動だ。


 外はもう明るくなっている。

 いつの間にか一晩を過ごしていたようだった。


「まずはこれからどうするのか、一つずつ確認していきましょうか」


 到達者への復讐という共通の目的はあるが、それだけを生きる目的にするのは虚しいことだ。

 どうせなら、これからやりたいこと全てをお互いにさらけ出したほうがいいだろう。


「わたしは、到達者への復讐を」


「私は魔人についても気になるわ」


「魔物をたくさん狩りたいです」


「魔法も使ってみたいわね」


「……」


「ヘルダ、やりたいことはもうないの?」


 そんなことはないだろう。

 私の記憶でもエミリアの記憶でも、ある一人のことが気になっているのは明らかだ。


「リタ姫のこと、どう思うの?」


「……わたしは、リタ姫のようにはなれませんから」


 そんなことはないと思う。

 内面までを同じにすることは難しくても、取り繕う程度ならそれほどでもない。

 少なくとも見た目は劣らないと思うのだ。


「礼儀作法については私も少しは心得があるの。よければそれも教えてあげる」


 実際それほど知っているわけでもないけれど。

 でも戦いだけの人生を歩ませるわけにはいかないのだから。


「それと気づいてる? ヘルダ、魔法が使えるようになっているのよ」


「……わたしが、ですか?」


「ええ。どうやらあの女──確かエフィーダと言ったかしらね。エフィーダの目的は、ヘルダの才能を芽生えさせることだったみたいなの。地の魔法の才能が増えてるわ」


「わたしが、魔法を……」


 もっとも、今の状態では魔法を使えるはずもない。

 なにせ私もヘルダも今まで魔法を使ったことがないのだから。

 でも、ちょうどいいところに先生になり得る人と知り合っていた。

 鍛冶師のクラーラは火の魔法を扱えると言っていた。

 クラーラに相談したら、私とヘルダも魔法が使えるようになるだろう。


「魔法の練習はまた今度ね。私も魔法を使えるようになったみたいだから、一緒にクラーラに教えてもらいましょう」


「イルザさんもですか?」


「ええ。身に覚えはないのだけれど、いつの間にか火の魔法を覚えていたの」


 こちらについては全くもって心当たりがなかった。

 私の中に隠れていた火の魔法の才能が芽生えた?

 まさか。

 私の種族からして火は全く関係がない。

 断言できるわけではないが、自然に覚えたわけではないと思えるのだ。


 分からないことはとりあえずそのままに。

 今するべきことは、あと一つ。


「ねえヘルダ。これから少しだけ、実験に付き合ってもらえるかしら」


「実験ですか?」


「ええ。私はあの男──ビダルにコテンパンにされたのだけど、その強さの秘密を探るためのね」


「分かりました」


 本来なら魔物相手にすることなのだけれども。

 どうせなら、ビダルの強さをヘルダにも実感しておいてほしかった。


 少しだけ距離を置いて向かい合う。

 ヘルダの武器は森の中に捨ててきたそうなので、今は何も構えていない。

 後で回収したいのだが、果たして魔物に拾われずに残っているだろうか。


 実験はごく簡単なものだ。

 見た目にはただ向かい合うだけ。

 ただ、私は全身から魔力を迸らせるというだけのもの。


「はっ!」


 イメージしやすいよう、声に魔力を乗せて飛ばす。

 変化は劇的だった。

 ただの魔力、もちろん敵意なんて乗せていない。

 それでもヘルダは耐えきれずに、その場に膝をついてしまうのだった。

 もちろん魔力の放出は一瞬だけで、すぐにヘルダへと駆け寄った。


「ヘルダ、大丈夫?」


「はぁ、はぁ……今、何をしたんです。いきなり身体が重くなりました……」


 そして確信した。

 ビダルと戦っている時から不思議だったのだ。

 初めは同等の、もしかしたら私が僅かに勝っていたかもしれないはずの速度が、ほんの少し打ち合うだけですぐに追いつかれ、そして追い抜かれてしまったことに。

 いくら相手が強かろうと、あんな短時間で疲れるはずもない。


「これがビダルの技術なの。自分の魔力を相手にぶつけて、動きにくくさせる技術」


 もしかしたら、到達者の間では常識的な技術なのかもしれない。

 その技術を討伐者駆け出しの私たちが知れたことは素直に幸運なのだろう。

 この技術を身につけられるなら、ヘルダでも緑醜鬼(ゴブリン)程度は一人で倒せるようになるのだから。


「それは、わたしにもできることですか?」


「当然よ。魔物と戦うよりも先に、まずはこの技術を身につけましょう」


 少なくとも、私の瞳にはヘルダの魔力が映っている。

 操れるかどうかはヘルダ次第だった。

 ただいちいち喋るのは面倒だ。

 声を出したほうが力も入るし効率的なのかもしれないが、時には声を出せない状況もあるだろう。

 連接剣のおかげで、私は体内の魔力を操ることはできるようになっていた。

 これを外に飛ばすための練習も、ヘルダと一緒にするべきだろう。



 この森ですべきことはもう残ってない。

 最低限必要なものは全て格納した。

 残るものは思い出の品ばかり。

 それも今日で見納めとなる。


「本当にいいのね?」


「はい。ここには誰も近づいてほしくないんです。でもそれは無理だから……」


 庭の四方に埋められていた核も全て回収した。

 これらは結界を張るうえで必須の物。

 結界を継続させるには定期的に魔法をかける必要があるので、ここに放置しては無駄になるだけだと回収したのだった。


「これで本当にお別れね。エミリアのことはずっと忘れないわ」


「バイバイ、お婆ちゃん」


 ヘルダと一緒に握っていた、火をつけた薪を家へと投げ込んだ。

 もともと乾燥していたからか、家にもすぐに火が移っていく。

 これはたむけの炎なのだ。

 いつまでも見守ってくれることを願いながら、炎が朽ちるまでずっと見守っていた。



「行こう」


「ええ、行きましょう」


 自然と手を取り合い、森の中へと消えていく。

 もう二度とここへ戻ることはないのだ。


 ヘルダの大剣はヘルダの記憶通りの場所に落ちていた。

 魔物に拾われることはなかったようだ。

 もしくは緑醜鬼(ゴブリン)程度の力では持ち上げることもできなかったのか。

 どちらにせよ、これで私たちは討伐者としての一歩を踏み出すことになる。


 まずは強くなろう。

 この世界、理不尽な出来事はそこら中に転がっている。

 それでも力があれば、せめて逃げ出すぐらいはできるのだ。

 私とヘルダ、二人が一緒ならば大丈夫。


 しかし目当てとする到達者の行方は知れない。

 到達者は滅多に人目に触れることはないそうなのだ。

 エミリア自身、知識はあっても直に出会うのはこれが初めてのことだった。


 それでも私たちは諦めない。

 いつかきっと、エミリアの敵を討つことができると信じて疑っていなかった。



-------



「お父様! 今がどれ程大切な時期なのかはお父様だって分かっていることでしょう!」


「う、うむ……。しかしな、リタよ。戦はまだ始まってもおらんのだぞ。それにリタはアデライドばかりに注目しておるようだが、フルシャンティもなかなかに侮れん。いや、私はフルシャンティこそが勝つと思っておるぐらいだ」


 玉座に座するはハインドヴィシュ公国の王、エルマー=レオ=ハインドヴィシュ。

 対するはその一人娘、リタ=ウラ=ハインドヴィシュ。

 二人の容姿はそれほど似ていない。

 恰幅のいいエルマーに比べると、リタは非常に細身といえた。


「なぜですか。アデライドは召喚者を揃えているのです。フルシャンティが敵うとは思えません」


「フルシャンティの軍は強い。それに討伐者も揃っておる。決着が決しないことはあろうが、負けることはまずないであろう」


 エルマーは東の隣国フルシャンティ王国と懇意にしていた。

 数年に一度は訪れている。

 あれだけの国土、あれだけの国力、何が起きようとも地図上から消えるはずがないと思えてしまうのだ。


 それに臣下も皆が口を揃えてフルシャンティ王国が負けるはずがないと言う。

 いずれもフルシャンティ王国を訪れたことのあるものばかり。

 しかしその中に、アデライド帝国を訪れた者はいないのであった。


 リタは違う。

 フルシャンティ王国にもアデライド帝国にも訪れたことはなかった。

 しかしリタには情報があったのだ。

 安住の地を求め各地をさまよった経験のあるエミリアの知識があったのだ。

 アデライド帝国は大陸の覇権を目指している。

 フルシャンティ王国には国土の安定にしか興味がない。

 その二国が戦をした場合、結果は果たしてどうなるのか。

 アデライド帝国は負けを認めず、何度も戦を仕掛けることだろう。

 それでもフルシャンティ王国が防衛に徹するならば、いずれ国土が奪われることは明白だった。


「お父様はどうしてそうも楽観的なのですか。もしもアデライドが勝った場合、次に襲われるのはこの国かもしれないのです」


「……楽観視しているわけではない。その証拠に、リタには好きにさせているではないか」


 エルマーが言うのはリタが在野の討伐者に声をかけ、この国に留まるよう説得していることについてだ。

 返事は悪いものではなかった。

 しかし討伐者の半数以上はお金を儲けるために外からやってきた者。

 いざ戦になった時、それでも手伝ってくれるかはリタにも判断がついていなかった。


「アデライドは5,000の兵を南に向けたと聞いています。それでもお父様は、フルシャンティが負けることはないとお思いですか?」


「うむ。負けるはずがなかろう」


 五千という人数は決して多い方ではない。

 もちろんハインドヴィシュ公国から見ると常駐する兵力よりも多いぐらいなのだが、アデライド帝国、フルシャンティ王国のどちらから見ても五千は少ない数といえた。

 その五千程度が動いたところで、エルマーには国境が変わるとはどうしても思えないのだった。


「そうですか……。ちなみに、最近この国で到達者を見かけたという噂を聞いたことはあるでしょうか」


「豊穣のエフィーダだったか。国民に魔法を授けてくれることは素直に喜ばしいことだ」


「その方に協力をお願いするよう働きかけたいのですが、許可を頂いてもよろしいでしょうか」


 国の中枢なので到達者についての知識もそれなりに持っている。

 特にエフィーダは有名だろう。

 いきなり街を訪れては、才ある者に地の魔法を授ける到達者。

 もちろん到達者であるからその強さは折り紙つきだ。


「……許可しよう。しかし、かのエフィーダが国の戦に関わるとは思えんがな」


 それもまた事実である。

 エフィーダは、いや殆どの到達者は人の世に関知しない姿勢を貫いている。

 一番有名な判別のアンシェル。

 彼もまた、討伐者ギルドには関わっても国には絶対に関わらない。


「それと、私兵団の設立にも許可をください」


「……リタにはカルディアとマイカが既におるであろう」


「お父様が軍備の拡張に力を入れないというのであれば、私が自ら兵を持とうというだけです」


「好きにするといい。ただし、私兵団であるからには国庫を浪費することは許さん」


「……分かりました。それでは失礼いたします」


 結局エルマーを説得することは叶わなかった。

 ハインドヴィシュ公国には国土に似合わず大量といっていい資金がある。

 しかしそのほとんどは、ただ貯め込むだけのものだった。

 エルマーが特別強欲というわけではない。

 ただ万が一のためにと使うことを渋っているのだ。

 今が国庫を放出すべき時だということを、エルマーは理解していないのであった。



「お嬢様、お疲れ様です。お父上との会話はいかがでしたか?」


「ダメですね。お父様もその臣下も相変わらずです」


「そうでしたか……。これからどうするおつもりで?」


「幸いなことに私兵団の許可はいただけました。これからは到達者の勧誘に動こうと考えています」


「それでは国庫を開かれるのですか?」


「いえ……許可はいただけましたが、資金は自分でなんとかしろということになりました」


 私室に戻ってきたリタを出迎えたカルディアだが、その言葉にはカルディアも言い淀んでしまう。

 資金は何よりも大切だ。

 しかしそのことをハッキリ伝えることはリタを悲しませることになってしまう。

 明確な問題点を指摘することはカルディアにはできなかった。


「それでは今のままでは難しいでしょう。低級の到達者はその日を暮らすことで精一杯ですから、お嬢様が誘えばそれなりの数にはなるでしょう。しかし上級の到達者は儲かります。それなりの提案ができなければ、私兵を募ったところで弱いものしか集まりません」


「マイカ!」


「本当のことです。そもそも今の私もカルディアもお嬢様が給金を払っているのです。私兵を増やせば増やすほど、このままでは給金が減ることになりますが」


「私はそれでも構わない!」


「……それはカルディアだけだ」


「二人とも落ち着いてください。いえ、確かにマイカの言うとおりなのでしょう。募集するよりもまずはお金を稼がなければなりませんね」


 もちろん簡単には集まらない。

 それなりの私兵を組むのなら、それなりにまとまった金額が必要となってくる。

 当然リタにはあてもない。


「それでお金はどうやって集めますか? 商人に相談しますか?」


「いえ、まずはエミリアさんに。彼女なら色々なことを知っているでしょう」


 それに、あの魔物のことは今でも気になっていた。

 エミリアの元に住み着いた小さな黒い魔物。

 独自に調べてはみたがなんの情報も集まらなかった。

 アデライドが南下を始めたことも含めて、エミリアには色々と話したいことがあったのだ。


 そして、森の中でリタは驚くこととなる。


「そんな……どうして……」


 エミリアの家へたどり着くが、そこには誰もいなかったのだ。

 家は焼け落ち、結界を張るための核も掘り出されている。


「一体何があったのでしょう」


 カルディアもリタと一緒に驚き、焼け落ちた家を見つめることしかできないでいる。

 その時マイカが地面に気になるものを見つけていた。


「お嬢様、こちらを」


 それは僅かな血痕だった。

 イルザが切り開かれ、引きずられた時についた血痕だが、もちろんリタには知る由もない。

 その血痕を辿った先に待っていたのは、一人分の血痕と、多くの切り倒された樹だけだった。


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