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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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 ヘルダが自分の武器を探す間に、私もまた自らに相応しい武器を物色していく。

 もちろん素手であろうと魔物に負けないことは証明済み。

 でも緑醜鬼(ゴブリン)とか、正直なところ素手で触りたい魔物ではないのだ。


 私が求めるのは私に相応しい優雅な武器。

 つまり、剣とか槍とか一般的なものは除外する。

 返り血も浴びたくないので近接武器も除外だろう。

 そうなると残るのは投擲武器に弓となる。

 しかしどれもしっくりこない。


「……武器はここにあるので全部なのかしら」


「一応他にもあるけど、どんなのが希望かな?」


「返り血を浴びないぐらいには距離を取れるのが前提ね。あとはあの子との訓練にも使えて、あの子に向かった魔物の攻撃を代わりに防げるものがいいわ」


 店員のクラーラは私とヘルダの要望にいちいち応えてくれた。

 ここまでくると私もクラーラの第一印象は取り下げなければならないだろう。

 女性とはいえ、クラーラは武器に十分精通していた。


「……ないこともないけど使えるの? とても重いよ?」


「見なければわからないわね。でも多分大丈夫よ」


「……とってくるからちょっと待ってて」


 そのヘルダは、今も長剣を眺めていた。

 身の丈にあったものよりも、一回り以上大きな長剣だ。

 僅かな時間とはいえ剣を使った経験を活かそうとしているのだろうか。


 しかし、私の剣よりもさらに大きい物はどうかと思うのだ。


「……おまたせ。ここまで運ぶだけでもう限界」


 カウンターの奥からクラーラが戻ってくるが、いかにも重そうな武器を手に疲れきってしまった様子。

 クラーラが持ってきてくれた武器に、私に相応しい物はあるだろうか。


 クラーラは三つの武器を持ってきた。

 どれも見ただけで重いと分かるぐらいの大きさだ。


「まずはこれかな。造りは槍に近いけど、穂先が強烈なものだよ」


 基本的には槍と変わらないだろう。

 ただ、穂先が大きくなっている。

 槍に反りの入った大剣をこしらえた感じだろうか。


「ふうん……まあまあね」


 ただ、あまりイメージにそぐわない。

 そもそも私に似合う武器はなんだろうか。

 典型的なものだとムチだろう。

 でもムチは拷問用というか、皮膚を削ぎ落とすには便利だけれど一撃で体を粉砕するものではないのだ。


 次に手をとったのは大弓。

 弓だけでなく矢も専用の大きなものだ。

 しかし、弓矢はありえないだろう。

 魔物は動物と違い、逃げることはしないのだ。

 弓矢は魔物用というよりも、人間同士の戦争に使うものだと思うのだ。

 何より近接に使えないというのがいただけない。


 残ったのは、店頭に並んでいる長剣よりもさらに長い剣となった。

 ただの長い剣ではない事は見ただけで分かる。

 剣のところどころに継ぎ目が見えているのだ。

 しかし、どうしてなのかは分からない。


「これはどういう武器なので? ただの長剣ではないのよね?」


「連接剣だよ。ちょっと見ててね」


 クラーラがその剣を手に取るとすぐに変化がおきた。

 継ぎ目がバラバラになり、その剣身が伸びたのだ。

 伸びたといっても、別れたわけではない。

 継ぎ目一つ一つは離れたが、芯には細い管が通っていたのだ。

 それは剣であり、そしてムチの特性を兼ね備えた武器だったのだ。


「ふう。もう限界」


「……それは?」


「連接剣だよ。所有者の魔力を使って伸びる剣。使い方は見ての通り、ただ魔力を流すだけ」


「魔力が必要なのね?」


「そう。魔力がなければただの長剣だよ。特殊な金属を使っていてね、魔力で伸び縮みするし強度も変わってくるの」


 それは……それはとても便利そうに思えた。

 魔力を流すという行為はいまいち掴めていないけれど、魔力自体は私も持っているとエミリアが言っていた。

 ならば、私はこの連接剣を使えるはずだ。

 ムチのようで、剣でもある連接剣。

 正直なところ、これしかないというぐらいには気に入った。


「持ってみてもいいかしら」


「はい、重いから気をつけてね」


 受け取った剣は確かに重かった。

 少なくとも私の剣の2倍は重い。

 ただ、それでも片手で問題なく持てる程度。


「へえ、見た目の割に力持ちなんだ」


「……魔力はどうやって流すのかしら」


 持つことに問題はなかった。

 ただ、魔力を理解していない私には連接剣を伸ばすことはできなかったのだ。


「イルザだったよね。連接剣を使うためには魔法を使える必要があるんだけど、魔法の才能は持ってるの?」


「分からないわ。ただ、知り合いは私に魔力があると言っていたわ」


「魔法が使えないのに魔力があるの? よく分かんないね」


 うん、私も分かっていない。

 でもエミリアが言うのだから間違いはないはずだ。

 しかし、魔力か……。


「クラーラは魔法を使えるのね?」


「これでも鍛冶師だからね。簡単な火の魔法が使えるんだ。魔法を使うように魔力を流すんだけど……参ったな。魔法を使えない人には教えようがないよ」


 エミリアも言っていた。

 魔法の才能がなければ魔法を使えないと。

 でも魔力は?

 魔法の才能はなくとも魔力はあるのだから、認識さえできたら魔力を流すことはできるはず。


「私が持ったまま、クラーラが連接剣を操ることはできるかしら」


「魔力の流れを感じようっていうんだね。やってみようか」


 クラーラとしても、武器を売るためだから協力は惜しまない。

 私が連接剣を構え、その上からクラーラの手が重ねられる。

 そのクラーラの手のひらは思っていた以上に固かった。

 多分、何度も何度も武器を作ったからだ。

 クラーラは間違いなく鍛冶師だった。


「いくよ」


 そのクラーラの手のひらから、なんだか温かいものが流れてくる。

 私の手の甲から手のひらを抜け、そして連接剣へと侵食していく。

 そして連接剣はその姿を変えるのだった。


 ──これが、魔力。


 なんとなくだけれど、私は確かにクラーラの魔力を感じることができた。

 血の一滴よりもさらに細かな何かが間違いなく通過していった。

 ならばこそ、魔力を感じたのだから操ることもできるはず。


「どう、やれそう?」


「やってみるわ」


 クラーラが手を離したことで、連接剣は再び長剣へと戻っていた。

 その連接剣の柄を握り、今度は私の魔力を流す。

 大丈夫、今の私は魔力を操ることができる。

 そう言い聞かせ、何度も何度も魔力を流すイメージを繰り返した。


 結果として、連接剣は確かにその姿を変えたのだった。



「ありがとう。これはいい武器ね」


「私としても助かるよ。実はその武器、作ったはいいけど全然売れなくてね」


 私からすると有用この上ない武器だけれど、一般的にはそうでもないみたい。

 魔力を流せる人は大体が魔法使い。

 そして魔法使いは、より魔法を使いやすくするために杖を武器に選ぶのだとか。

 魔法を使えない人にとってはただバランスの悪い長剣だ。

 これまで売れなかったのも当然なのかもしれない。


「私の武器は連接剣でいいとして……」


「イルザさん。わたしも決めました」


 ちょうどヘルダも武器を決めたようだった。

 ただ……ヘルダは身の丈ほどもある大剣を選んでいたのだった。

 明らかに重そうだ。

 持つのにすら苦労するのは間違いない。

 ただ、ヘルダなりに考えた結果であろうことは間違いない。

 ヘルダは筋力が劣るからこそ、私は切れ味を重視した武器をと考えた。

 でもヘルダは違ったのだ。

 剣の重さをより重く、その重さだけで魔物を押しつぶせる武器を選んだというだけのこと。


 ……それもいいだろう。

 使っていけばいつかは慣れるのだし、私だってサポートをするのだ。

 ヘルダが使いたい武器を選んだことに間違いはないのだから。


「それと、解体用のナイフも揃えたほうが良かったわね。全部でいくらになるのかしら」


 必要な物は全て揃った。

 あとは街に一泊し、そして森に戻るだけ。

 ──とは、ならなかった。


「連接剣、大剣、それとナイフね。それぞれの鞘もセットで全部で20,000ユルになるよ」


「……2万?」


「連接剣は特殊な金属を使ってるからね。どうしても高価になっちゃうんだ」


 それは聞いていたからいい、いやよくない。

 私が持っているお金はたったの160ユル。

 100倍稼いでもまだ足りなかった。


 しかし、連接剣を諦める選択肢は存在しないのだ。

 連接剣こそ私に相応しい唯一の武器なのだから。

 ヘルダも心配そうに私を見てくるが、ここは私に任せてほしい。

 そう、ここで私の力が活きてくる。


「もう少し、なんとかならないのかしら」


「ううん……そう言われてもね……」


 クラーラの手をとって、その瞳を覗き込んでもう一度だけ尋ねる。


「お願い。なんとかして」


 私を覗きこむクラーラの瞳には、きっと私以外映っていない。



------



 武器と同時に本日の宿も手に入れた。

 私とヘルダは、クラーラのお店の二階で身体を休めているところだった。


「……何を、したんですか」


 ヘルダには何が起きたのか訳の分からないことだろう。

 2万ユルという大金が無料になり、それどころか泊めてくれることになったのだから。

 説明しないわけにもいかなかった。


「これが私の才能の一つなの。吸精というのだけれど、色々と便利なものでね。相手を魅了して、私の言うとおりに操ることもできるのよ」


 条件は、触れることと目を見つめること。

 吸精したついでに相手の意識を朦朧とさせ、吸精されたことを気づかなくさせるというものだ。

 結果はご覧の通り。

 武器はタダになったし、泊まる場所も確保できた。

 一言クラーラに告げると身体さえも差し出すことだろう。


「それは、いけないことだと思います」


「あら、どうして?」


「クラーラさんは、頑張って武器を作ったんです。それを無料で貰うなんて……。イルザさんはおかしいと思わないんですか」


「思わないわ。だって昔からしてきたことだもの」


 そもそもが今日知り合ったばかりの仲なのだ。

 多少見た目が好みだったけれど、それは美味しそうな餌というだけのこと。

 騙すことになんの感情も浮かばない。


「……わたしは、嫌です」


「でもね、こうしないと武器が手に入らないのよ?」


「そうですけど、嫌なんです」


 参った。

 これには参った。

 ヘルダは頑なに、人を騙すことはいけないことだと言ってくるのだ。

 別にタダで手に入るのだからそれでいいではないか。


「それじゃあヘルダはどうしたいの? 武器を諦めるの?」


「それは……」


 ほら、答えられない。

 ヘルダだって分かっているのだ。

 討伐者を目指すのならば武器は必須だ。

 武器を手に入れるためにはお金が必要だ。

 けれどヘルダ一人では緑醜鬼(ゴブリン)すら倒せず、お金は稼げない。

 ならば強引にでも手に入れるしかないではないか。


「お金は、ちゃんと払わなきゃいけないんです……」


 しかしこのままでもヘルダは納得しそうにない。

 ヘルダと仲良くしたい私としても、この状況のままというのはいただけない。

 ヘルダが許せる妥協点はというと……。


「分かったわ。それじゃこうしましょう。とりあえず武器はこのまま、私たちは一旦森に帰るの」


「それじゃあ……」


「最後まで聞いて。帰るのはエミリアのためよ。一人にはしておけないでしょう。……それでね、持ち帰った武器でたくさんの魔物を狩るのよ。そうして核を集めて、そのお金をクラーラに渡すの。それまでこの武器は借りているだけ。それならいいでしょう?」


 森に戻りたいというのはヘルダも変わらないはずだ。

 これが私に許せる妥協点。

 お金にそれほど執着しているわけではないから、稼いだお金をクラーラに渡すことに問題はない。


「……それじゃ、時間がかかります」


 それもそうだ。

 緑醜鬼(ゴブリン)白腕猿(リラエフィン)の核は非常に安い。

 それらだけで2万ユルを稼ぐにはどれほど時間がかかるだろうか。


「……分かったわ。あとは、ヘルダもお店で働くことね。クラーラのお手伝いよ。住み込みで働けばそれなりの額も稼げるでしょ」


 実はこの案は前々から考えていたことでもあるのだ。

 もう少ししたら私とヘルダは森を離れ、街で暮らすことになる。

 街で暮らし始めてから、ずっと討伐者を続けていくのか。

 それてもいいのだが、ヘルダのことを考えると討伐者だけというのはいただけない。

 大人が苦手なヘルダにとっては討伐者というのは居心地のいいものかもしれないけれど、エミリアはヘルダがまっとうに育ってくれることを願っている。


 街に引っ越して、働き場所も確保する。

 クラーラのお店は女性ばかりだそうだから、人見知りのヘルダの接客訓練にはちょうどいいと思うのだ。

 クラーラの人となりも知れたことだし、彼女が真面目なことは間違いない。

 きっとヘルダのことも受け入れてくれるだろう。

 あとはヘルダの気持ち次第だ。


「それは……」


「クラーラもきっと嬉しいと思うのよ。聞いたところでは、クラーラ一人でこのお店を切り盛りしているそうじゃない? 武器を作って、店番もして。とても忙しいと思うのよ。そこでヘルダが手伝ってあげたら、クラーラもきっと喜んでくれるわ」


 私もだんだんといい案のように思えてきた。

 何よりも武器屋というのがいい。

 この店を訪れる客もそれなりにいるようだし、ここを拠点とすると私の食事も困らない。

 お客の一人一人をゆっくりと物色できるのだ。


「さあ、そうと決まればクラーラに話をしましょう。大丈夫、きっとクラーラも受け入れてくれるわ」


 まだ悩むヘルダの手を取り、クラーラに話をしに行った。


 結果として、私とヘルダが再び街に戻ってから、ヘルダが店番をするということで落ち着いたのだった。



 その日の晩。

 久しぶりの若い女性が一緒ということもあって、私は与えられた寝床を抜け出し、クラーラの寝室へと乗りこんだのだった。


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