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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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001 プロローグ

 たとえ飽きに飽きていたとしても、日常は変えられない。



 私の生活は代わり映えのないものだ。

 明るい時間はただ眠り、暗くなってから行動する。

 もちろん生きるため、食事のためだ。


 暗くなった夜道は街頭も少ないこともあり、人の顔をしっかりと判別することは難しい。

 しかし、私にとっては関係ないことだ。

 夜目の効く私にはこんな暗闇だろうと道行く人の顔をしっかりと見定めることができる。


 遊び歩いていた女学生だろうか。

 こんな時間に帰宅しようとしている一人に目をつけた。

 見た目はそこそこ、体もそれなり。

 今日の獲物としては十分だろう。


「……何?」


 人通りがいなくなった瞬間に、私は女の目の前に姿を現す。

 当然のように訝しむ彼女。

 道を塞ぐように立ちはだかるのだから当然だ。


 その女は私の顔を見た。

 見てしまったのだ。

 紅色の私の瞳を覗いてしまった彼女はもう逃げられない。


「ねえ、少しだけ寄り道をしていかない?」


 一言告げて、返事も聞かずに脇道に入っていく。

 もちろん彼女も私のあとを付いてくる。

 先ほどの表情とは一変して、彼女は虚ろ気な瞳だった。


 これで今日の食事もおしまい。

 あとは服の上から体を弄るなり、服の中にまで侵入させるなり好き放題だった。

 彼女は恍惚とした表情を浮かべながらその場に倒れ、私は満腹感で満たされる。


 これが私の日常だ。

 私──イルザの日常はつまらないものだった。

 日々何をするでもなく、ただ生きるために人を襲う。

 昔は仲間もいたけれど、最近はずっと一人で過ごしている。


 今ならば仲間の気持ちも十分に理解できるようになっていた。

 私たちにとって、人とはただの餌であった。

 だというのに、私の仲間はその餌である人と一緒に暮らしていたりする。


 別れた仲間を一度だけ遠目に見たことがある。

 それは……そう、とても満ち足りていたようだった。

 ただ無気力に日々の餌だけを求めていた私とは違い、彼女は日々を楽しく過ごしていたように見えたのだった。


 正直なところ、羨ましかった。

 できることならば私も、彼女のように生きてみたかった。

 けれど、もう無理なのだ。

 染み付いたこの習性は簡単に変えることなので気はしないのだ。

 何かきっかけが、今の私が変わるためには大きなきっかけが必要だった。


『──』


 だからだろうか。

 私に語りかける者が現れたのは必然だったのかもしれない。


『──』


 路地裏で一人になった私に語りかけてくる声が聞こえてくる。

 何を喋っているのかは分からない。

 どこから語っているのかも分からない。

 けれどそれは、ここではないどこかかから話しかけられているのだと直感的に理解することができた。


『──』


 その声は私を呼んでいるようだった。

 それは私を求めているようだった。


(これも運命なのかもしれない……)


 この声に応えてみようと思った。

 理由は分からないが、この声は私を求めており、そしてどこかへ連れて行こうとしているのだ。


 目の前に現状を変えるきっかけが現れた。

 悩む理由などどこにもなかったのだ。


「いいわ。応えてあげる。だから私を連れて行きなさい」


 そう語りかけた次の瞬間には、私という存在はこの世から消えていたのだった。



 気づけば視界いっぱいに、極彩色が広がっていた。

 極彩色の奔流の中に私という存在があったのだ。


 この状態になって初めて分かった。

 今の私は世界を渡っている最中だ。

 この極彩のうねりは世界のうねりで、私はその中を惑わされずに進んでいく。

 私を導く者が、世界のうねりにも負けずに私を引っ張っているのだ。


 なんと素晴らしいことだろうか。

 はたしてどのような力の持ち主ならば、このようなことが可能なのか。

 もちろん私には不可能だ。

 そもそも世界のうねりを見るのも初めてなのだからできるはずもない。


 私の身体に小さな変化が現れる。

 容姿が変わったわけではなく、ただほんの少しだけ小さな繋がりを感じたのだ。

 私を引き寄せている者と繋がったのだろうか。

 どうやらこの奔流は今しばらく続く様子だ。

 ならば意識だけでも先にこの繋がりを辿らせてみるのもいいかもしれない。


 そうして見てしまった。

 私を引き寄せていた、醜い存在を。



------



「順調なようですな」


「当然よ。妾に不可能は存在しなくてよ」


 アデライド帝国の主城の地下で、今まさに召喚を終えようとしていたベルト姫はその顔を更に醜悪に歪めて答えた。

 問うてきたのはこの国の顧問役の老人だ。

 こちらもベルト姫に負けないぐらいの醜悪な笑みを浮かべていた。


「どうやら繋がりができたようですな。それでは次にこの世界に適合させなければなりませんのう」


「もちろん分かっているわ。そうしないと存在すらできないのですからね」


 その地下で、ベルト姫は召喚を行っていた。

 もちろんただの召喚ではない。

 ベルト姫の体以上に膨れ上がった野心を満たすための、力を持った者の召喚だ。

 当然この世界に存在している者全てを凌駕する力を求めることになるので、自然と召喚元は異世界から探すことになる。

 そうして一人を見つけ、今まさに目の前に顕在しようとしているのだ。


「ふう……爺、これであとは現れるのを待つだけなのかしら?」


「いえ、最後にひとつ。隷属させるための工程が残っておりまする」


「そうだったわ。それにしても、せっかく呼んであげたのだから素直に言うことを聞けばいいのに」


「どのような者が呼び寄せられるかは分からないことですからの。姫が求めた力ある存在であることは間違いないですがの」


 ベルト姫の目的はつまりは統一だ。

 周辺にはアデライド帝国を含め、西のカノ王国に南のフルシャンティ王国と3大国家が連なっている。

 もちろんその仲は良くない。

 良くないからこそ滅ぼしてしまいたかったが、しかしどちらも大国のため、安易に戦争をできるはずもなかったのだ。

 だがそれも今日までだ。


「姿を現した瞬間に、この札を貼り付けたらよかったのよね」


「ええ、そうでございます。その札は相手の動きを止めるもの。その後で隷属の首輪を取り付けたらよろしいでしょう」


 呼び寄せられる者がどんな姿をしているのか、ベルト姫には分からない。

 しかしこの世界に適合させる工程までは無事に終えたのだ。

 つまりあとは姿を現すだけのはず。

 どのような者が現れるのか、ベルト姫は顔を歪めて待っていたのだが……。


「──っ! ……繋がりがいきなり切れたわ」


 被召喚者との薄い繋がり──今まで感じていたものが、いきなり感じなくなったのだ。


「おや、失敗ですかな?」


「どうやらそうみたいねえ。まったく、だから召喚は面倒なのよ」


「なに、一度で成功することが稀な召喚ですから、そう落ち込むこともありませんぞ。ベルト姫ならば何度でも召喚に挑むこともできましょうて」


「うふふ。やっぱり私の魔力を活かすためには召喚が一番なのだからね」


 王族にして、類まれな魔力を身に宿すベルト姫。

 結果として、ベルト姫は強力で忠実な被召喚者を手にすることとなる。


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