五章-5
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「・・・・・・待って」
紫音が声を張ると同時に、愛乃がこちらを振り返った。愛乃が目を見開いて紫音を見ている。驚いているようだった。
「紫音・・・・・・!? 何故・・・・・・!?」
「愛乃、大丈夫だったか?」
紫音の代わりに愛留が愛乃に呼びかける。場にそぐわない能天気な声が響いた。
紫音は無言のまま前へと進む。すぐ傍に紺白がついてきている気配がした。その後ろに愛留が立っている。
「おっ、【99】もいるじゃん。お前も観戦?」
「その言い方は不適切だが、まあ、そのようになるな」
「うわっ堅苦しいなあ」
愛留が後ろで【99】と何か話している。紫音は少し気になったが、私のやるべきことではないと考え直し、愛乃と並んだ。
「紫音、貴方、大丈夫なの・・・・・・?」
愛乃の不安そうな声に、紫音はただ微笑み返すだけだった。愛乃の、心配に歪んだ瞳。あまり感情を出そうとしない人が珍しいな、と思いながら、紫音はその瞳を見つめた。そして決心して兄を見据える。街灯に照らされ、浮き出た兄の肌は生白かった。青花は愛乃に向けていた銃口を下ろす。口を開いた兄の言葉は、冷たい。
「やっぱりな、生きてると思ったぜ」
「・・・・・・お兄ちゃん、私の能力のこと、知ってたんだ・・・・・・」
青花は口角を吊り上げ、首を右に傾ける。気だるげに紫音を眺め、はあ、と溜め息をついた。
「まあな。あれくらいじゃ死なないとは思ってた」
「・・・・・・・・・・・・」
紫音は唇を噛み締める。
「お兄ちゃんは、どうしたい?」
「は?」
「お兄ちゃんは、私にどうして欲しいの?」
そう問いかけると、青花はにやけた表情をすっ、と真面目なものに変えた。青花の表情は、顔を強張らせて、まるで能面のようだった。
「死んでほしい」
芯のある声で、言い放った。それを聞いて、紫音は両手を握り締める。はっきりと聞きたくない事実を言われ、紫音は胸が張り裂けそうになった。
「なんで・・・・・・? どうして・・・・・・?」
声が思わず震えた。今にも泣きそうな勢いだった。それでも、言わずにはいられなかった。
「どうしてなの・・・・・・? あんなに、あんなに優しかったのに・・・・・・。あんなに私を守ってくれたのに・・・・・・どうして・・・・・・?」
喉は掠れていた。紫音は青花を真っ直ぐ見つめながら、歯を食い縛る。対して青花は紫音から目を背け、色の失った顔を更に蒼白にさせていた。
「そんなの、俺が聞きてぇよ・・・・・・」
「お兄ちゃん・・・・・・?」
「そんなの、俺が聞きてぇよ! 止まらないんだ、どうしても・・・・・・! 紫音を・・・・・・たった一人の妹を、傷つけたくて仕方無いんだ・・・・・・!」
明らかに動揺している青花は、声を荒げてそう言った。
「自分でも、分かってるんだ、これが正しくないことくらい・・・・・・! でも、止まらないんだよ・・・・・・!」
「・・・・・・番号の、暴走」
背後で、愛留が静かに呟く声が聞こえた。
番号の、暴走。
先程愛留から説明を受けた単語だ。やはり兄の番号は暴走しているのだろうか。だとしたら、救う手段はあるのか。
「愛留・・・・・・番号の暴走って、止められるんですか?」
「・・・・・・番号の暴走は、時間が経てば落ち着くこともある。だが、大半は暴走しっぱなしで、周りに被害をもたらす例ばかりだ。だから、【剣】が隔離するか、酷い場合は処理する場合もある」
「処理・・・・・・」
「殺すってことだよ」
重い事実だった。
兄をこのまま【剣】に明け渡せば、もしかすると処理される場合があるということだ。それはどうにかして避けたい。しかし、紫音にはそれ以外で兄を助ける方法が思いつかなかった。
兄は、自分のことを許せないのだ。
心根の優しい人だったからこそ、母と同居人を殺したことを、未だに頭の隅に置いている。苦しいのだ。胸を押さえてしまうほど。紫音に兄の気持ちは分からないが、二人の人間を殺し、紫音と離れ離れに暮らすことになって、兄は何を感じていたのか、考えることはできる。一番苦しい思いをしていたのも彼だと、知っている。 兄は、自分のことを許せないのだ。
「なあ、紫音、頼むよ・・・・・・」
どこかで聞いたような声だった。ねっとりとした、粘質な声。泣くのを堪えるような、途切れ途切れの声。
「俺を殺してくれ」
瞬間、兄は紫音に銃口を向け、弾丸を放った。
「!」
きぃん、と、弾丸が透明な薄い膜に弾かれた。念のために、紫音は事前に膜を張っていた。それが功を奏したようだ。一度死に、自分の番号を自覚して、不思議と紫音は力を使えるようになっているようだった。
弾丸が弾かれ、紫音は思わず目を瞑った。模造品とは言え、人を傷つける道具だ。怖くないわけが無かった。
「なんだよその能力・・・・・・」
青花はちっ、と舌打ちをした。紫音はそっと目を開ける。無事、ということは、怪我はしていないようだ。紫音は内心ほっとした。本当に自分の能力が発動するのか、心配だったのだ。
「お兄ちゃん、私の能力ってね・・・・・・」
銃口を下ろさず、紫音を睨みつけたままの青花に、呟くように言う。
「『破壊して再生する』んだって」
「・・・・・・は、なんだ、それ」
青花は再び歪んだ笑みを浮かべた。それに対し紫音は、顔を強張らせて続ける。
「つまり、お兄ちゃんをいつでも殺すことができるんだよ」
「・・・・・・ふうん」
紫音は咄嗟に、銃を真っ直ぐ持った青花の手を掴んだ。夜に冷え切った体温だった。紫音は呼吸を堪えて、青花の様子を窺う。青花は先程まで動揺していたが、今はそんな片鱗さえみせず、堂々としていた。
「・・・・・・でも」
「・・・・・・・・・・・・!?」
紫音の身体が硬直した。兄の手首を掴んでいる指が、全く動かない。これが兄の能力なのか。それと同じく、薄い膜がぱらぱらと剥がれていく感覚がする。硬直させた本人の能力さえも封じるのだろうか。
「動けなくちゃ、意味ねえよな」
「・・・・・・・・・・・・」
兄の手首を掴んだ紫音から離れ、改めて拳銃の引き金に指をかける。紫音は息を顰め、数字を数えていた。
1、2、3、
紫音の額に照準を合わせた青花の、引き金にかけた指に目を凝らす。模造品だからといって、頭を狙われたら流石に致命傷となるだろう。紫音は生唾を飲み込んで、自分を狙う銃口を眺めていた。
4、
「これでさよならだ」
・・・・・・5。
自分の横を過ぎ去っていく影があった。黒い、影。それは長い得物で青花の持っていた銃を弾いた。
紺白だった。紺白が鞘に納まっている刀で青花の持っている銃身を叩いたのだ。
銃は青花の手を離れ、無骨な音を立て道路に転がる。
青花は銃を吹き飛ばされた手元を呆然と眺め、鼻で笑う。
「・・・・・・なんだ、最初から勝ち目ねえじゃん」
「・・・・・・・・・・・・」
紺白が助けてくれた。そうでなければ死んでいたのかもしれない。ふ、と、身体に纏わりついていた呪縛が解けた。その代わり、倒れてしまいそうな疲労感が体中を拘束する。それでも、紫音は立っていた。否、立ちすくんでいた。紫音は銃を弾き飛ばされた青花と同じく、呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
銃口を向けられるのは、果てしない恐怖だった。身を竦ませる爆音も嫌いだった。だが、紫音は跳ね上がる心臓を飲み込んで、両手をまた握り締めた。
紺白が鞘から刀を抜いて、青花へ刃を向ける。鈍い光沢の放った抜き身の刃が、照明に照らされ、更に輝きを纏っていた。
兄も、何もできず、自分の感情に流されなければならないこの現状に、きっと恐怖を抱いているはずだ。自分が堂々としていなくてどうするのだ。紫音は勇気を振り絞って、胸を張った。
「・・・・・・もう一度聞くね」
紫音は息を吸い込んだ。緊張する。胸が働く。
「お兄ちゃんは、どうしたいの?」
青花はだらりと手を下げ、紫音の目を見据える。何も迷いの無い目だった。紫音の胸がちくりと痛んだ。
青花は、解放からくる安堵に胸を撫で下ろしたのだろう、柔らかく微笑んでいた。その微笑は、昔、紫音に向けてくれた優しい笑みと同じだった。
「俺は――」
その言葉を聞く前に、紺白は青花へ刃を振り下ろした。




