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四章-3

動く二つの影があった。

「〈絶対感覚〉の名は伊達ではないな。神埼愛乃」

「!」

 曲がり角から現れたのは、【99】と、今回の事件の主謀者である尾野咲青花と思われる男だった。街灯の光に照らされ、姿がよく見える。几帳面にネクタイをつけた【99】に、伸ばしっぱなしの髪が目立つ青花という二人は、見れば見るほど正反対だ。それぞれこめかみに【99】と【248】の数字が浮かんでいる。

 【99】が表情も動かさず、淡々とした口調で言う。

「霜端紫音をこちらへ渡せ」

「断る」

 【99】の呼びかけに、愛乃は即答した。愛乃は銃口を【99】に向けながら続ける。

「どうせ碌なことにならないわ」

「ほう、『絶対感覚』が碌なことと言うか」

「死ね」

 眉間に皺を寄せながら、愛乃は【99】に向かって言い切った。

「それとも、直接身体に言わなきゃ駄目?」

 愛乃の、【99】にも劣らない平板化した声が、やけに耳に響く。

 愛乃は躊躇いもせず拳銃の引き金を引いた。

 がうん、と鼓膜を震わせる音が反響したような気がした。

「ぐうっ」

 弾は青花の右の太腿に命中した。【99】に銃口を差し向けていたのは、標的は【99】だと錯乱させるためであったようだ。街灯があるとはいえ、視界が遮られる夜中に銃を命中させるのは、さすがだと言っていいだろう。

「どうせ致命傷には至らないわ」

「おい・・・・・・」

 しかし、これはまずい。

 基本、人への攻撃は一〇法で禁止されている。法に基づく処置を行う【剣】の一員がこの事態を見逃せるわけがない。

「ごめん! ちょっち見逃してん!」

「な・・・・・・っ」

 愛乃に気を取られていると、愛留が【99】に向かって飛び出した。【99】は必然的に愛留の相手をすることになる。同時に愛乃は、弾を浴びて、蹲っている青花の腕を掴んで拘束していた。

 右、右、左、右、左。手と足を繰り出す愛留の攻撃に、【99】は翻弄される。人間の目で捉えることが難しい速度で動く、愛留の〈絶対速度〉の能力は、戦闘において非常に厄介だ。

 一夜は人知れず舌打ちする。厄介ごとに巻き込まれた。

「霜端紫音。下がっていろ」

 一夜の後ろで怯えるように肩を震わせていた紫音は、半歩後ろに下がる。一夜は紫音を庇うようにして前へ出た。

 【剣】の一員として、この問題に介入しないわけにはいかない。しかし面倒で厄介だ。できることなら関わりたくない。

 一夜は右手で胸のブローチを外すと、剣を持つように十字架を逆さに持った。

 途端、十字架は紫や黒の光彩を帯びて巨大化する。不思議な光だ。気味が悪い。一夜は毎度そう思う。

それは鞘に収められた一つの剣になった。

詳しい原理は分からないが、番号の脳波を利用しているのだという。番号の脳波は、一般人と比べても特殊らしい。【剣】のメンバーは、自分の身が危険に晒される等余程のことが無い限り、能力の使用を認められていない。何か事態が起きれば、この剣のみで解決しなければならない。

一夜は鞘から引き抜いて刀身を露わにさせた。これも一種の模造品であり、相手に重症を負わせるほどの殺傷能力は無い。一夜は柄を右手で持ち、構えの姿勢を取る。

 愛留と【99】は絶えず攻防を繰り返している。一見すると戦況は変化していないが、【99】の顔に若干苦悶の色が見られる。愛留の攻撃の速度は目で追うのもやっとだろう。一夜は神経を集中させ、愛留と【99】の戦闘の隙間を探す。静かな歩調で二人に極力近づき、刀身を水平にする。突きの姿勢だ。そのまま時が来るまで待つ。息を細め、一夜は見極めようと目を凝らした。

 そして、その時は訪れた。

 突き出した剣は、二人の隙間を掻い潜った。愛留の伸びた左腕、顔面を守るために曲げられた【99】の腕。それらの間を、一本の剣が通過して、そのまま止まった。自然と愛留と【99】の動きが止まる。

「そこまでだ。【99】、神埼愛留」

 抑揚の無い声で制止すると、二人は静かに腕を下ろした。

「正当防衛ではない他人への攻撃は、処罰の対象になるぞ」

「お堅いなあ~一夜ちゃんは」

 別に俺が好きでやっているわけではないのに、どうしてそう言われなければならないんだ。

 苛立ちで痛むこめかみを押さえ、一夜は【99】を諌める。

「特に【99】。あんたのギルドの行動は目に余るものがある。一般人に危害を加えようとした尾野咲青花の肩をもつようなら、処罰の対象どころか処罰されるぞ」

 だが【99】は、生真面目な口調で答えた。

「【剣】が怖くてよろず屋ギルドなどできるはずがないだろう?」

「・・・・・・めんどくせえ」

 一夜の口から本音が漏れた。舌打ちをしそうになるが、そこを堪え【99】に忠告する。

「【剣】に目をつけられないよう気をつけるんだな」

「・・・・・・・・・・・・」

「引け」

 【99】といえども、処罰を受けるのは分が悪いのだろう。一瞬、愛乃に拘束された青花を横目で見たが、逡巡せずに背を向け、夜闇に消え去った。

 一夜は溜め息をつき、肩をすくめる。どうやら事態を収拾できたようだ。

 こういうことは自分の手では負えないと、内側に疲労感を湛えている一夜の肩に、愛留は腕を回す。

「いやあ、助かったぜ!」

 愛留は一夜よりも身長が低いため、自ずと一夜が腰を屈めることになる。うるさい。耳元で騒ぐな。

「こいつはどうする?」

 じゃれている愛留とは対照的に、落ち着いた声音で愛乃は話しかける。愛乃に腕を拘束され、蹲っている青花は、不気味なほどおとなしい。

「俺ん家の牢に入れとこうぜ」

「はあ!?」

 愛留の発言に、一夜は驚愕した。

「だって【剣】も人手足りなくて連行できないだろ?」

「それとこれとは話が違うだろ! 犯罪者を市民の家で隔離するなんて・・・・・・」

「でもたまに俺ん家の牢使ってたじゃん、【剣】」

「それは緊急事態だったからだろ・・・・・・!」

「まあまあ、見逃してよ」

 愛留は右手で謝罪の形を作る。にやけた愛留の顔に違和感を持った一夜は、眉を寄せ嫌悪した。

「・・・・・・何を考えている」

「・・・・・・まあまあ」

 目を細め、笑みを崩さない愛留に、一夜は再び溜め息を吐く。

「・・・・・・十二時だ」

「え?」

「十二時に、尾野咲青花を迎えに行く。【剣】の局長は懐の深いお方だ。あんたの奇天烈な考えや行動にも、理解を示してくださるだろう。それまであんたのところで尾野咲青花を預かっていろ」

 一夜がそう言うと、愛留は一度呆然とした後、不敵に笑って一夜の肩を叩いた。

「サンキュ」

 一夜は舌打ちした。

 愛留は身体を旋回させて、夜空を仰ぎ見る。

「ところで、そろそろ出てきたら? そこにいるんだろ?」


 それは夜に紛れてそこにいた。

 いつの間にそこにいたのだろうか。それは塀の上で棒立ちになっていた。街灯の光に目が眩んで、姿がはっきり見えない。暗いシルエットとなって塀の上に君臨していた。

 それにしても、異様な気配だ。

 自分だけならともかく、〈絶対感覚〉を持つ愛乃にすら気づかれないその気配は、今は一夜が身震いしてしまうほどの圧力を秘めていた。

 全ての生き物を総毛立たせる、圧倒的な空気。

 一夜は得体の知れない空気に気圧され、剣の柄を持つ手の力を更に強める。


 通称、黒影。


 愛留達は面識があるのかは分からないが、一夜は黒影と対面するのは初めてだ。黒影は平然と塀から降り、音を立てずに着地する。落ち着いた歩み方で、愛留達に近づいた。

 街灯の光に照らされた黒影は、端正な顔立ちをしていた。

 誰の目から見ても分かる、その異色な美しさは、静穏を保って輝いていた。男か女か分からない、愛乃とは違う中性的な雰囲気が、そこにはあった。造形の整った黒影の姿は、まるで人形のようだ。毛先を揃えた髪の毛に隠れた目元は、街灯によってなおいっそう翳っている。暗がりなその姿は、心寂しさを強調させた。光のせいなのか、肌が青白く際立っている。寂寥感の目立つ人間だった。

 何よりも、こめかみに浮かぶ、ぼやけた数字。

 それが、黒影が『永劫回帰』だという証明だった。姿を見せようとしない数字は、危うい存在感を保ちながら浮遊している。どうやら黒影が『永劫回帰』であることは本当のようだ。一夜の見聞によるものだが、永劫回帰の番号は、容姿が人並み外れて優れている者が多い。黒影もその一例なのだろう。

 愛乃が素早く反応して、片手で青花を抑えたまま銃口を黒影に向けた。愛留は過剰に反応する愛乃を無言で制し、黒影と向き合う。

「そんなに紫音のことが心配なら、普通に出てきて普通に守ってやりゃいいのに」

「・・・・・・貴様らと関わるつもりはない」

「どうせ殺すから?」

 黒影が言葉を詰まらせた。外見とは裏腹に、声は男のように低い。否、男なのか。髪を伸ばしているから女だと思っていた。なるほど、『永劫回帰』は、風変わりであるらしい。

「まだ紫音の能力もはっきりしていないし、分かるまではお前が紫音を守ってくれるとありがたいんだけど?」

「俺は、」

 口が達者な愛留に対し、黒影はあまり話が得意でないらしい。真剣な表情を崩さず、黒影は言葉を濁しながらも続ける。

「彼女に運命的なものを感じたのであって、それ以外には何もない」

「ぶはっ」

 愛留が吹き出した。これは呆れからくるものではない。腹部と口を押さえているあたり、完全に笑いの体勢に入っている。気持ちは分からなくもないが、個人的には笑いに入るよりは馬鹿にしたい。

 普通、運命とか言うか。いや、絶対に言わない。そんな恥ずかしいこと、俺なら絶対に言わない。言える勇気を褒めたいくらいだ。馬鹿にしたい。

「真顔で運命とか普通言うかよ・・・・・・ははっ」

 そこは愛留も同じだったらしい。愛留と同じ考えをしていたとは、反吐が出る。

 だが愛留は、笑われても表情を歪ませない黒影を賞賛していたのだった。

「そういうの、好きだぜ」

 愛留は怖がらず警戒もせず、黒影に近づき、肩に腕を回した。不意を疲れた黒影は、愛留よりも身長が高いため、自然と屈む体勢になる。

「惚れた弱みって奴もあるもんですぜ?」

「ぐっ・・・・・・」

「黒影君、一時休戦としましょうや」

 愛乃が今までに見たことのないほど嫌そうな顔をした。一時休戦で、紫音を守ろうとしているのなら、それはつまり仲間になると同義なのだろう。愛乃は剣呑な表情で黒影を睨み上げていた。

 黒影は、馴れ馴れしい愛留に戸惑いながら尋ねる。

「それよりも、黒影というのはなんだ?」

「え・・・・・・・・・・・・」

「俺には霧夜紺白という名がある。黒影などでは決してない」

 愛留は目を目一杯開け、黒影、霧夜紺白を見上げた。二、三度瞬きし、ぶは、とまた笑い出す。

「わーかったわーかった! 紺ちゃんって呼べばいいのね?」

「た、確かにそう呼ばれていたときはあったが・・・・・・」

「問答無用! よろしくな、紺ちゃん!」

 なんなんだ、こいつの社交性の高さは・・・・・・。

 愛留が霧夜紺白の背中を強く叩いた。霧夜紺白はそれに激しく咽ている。一夜は呆れ顔でその光景を見ていた。

「あの・・・・・・ところで・・・・・・」

 それまで俺の背後で大人しくしていた紫音が、頬を赤く染めて突拍子もないことを言う。

「お、俺ん家の牢ってどういう意味ですか? 愛留」


 ああ、また変な奴が増えた・・・・・・。

 一夜は人知れず歯を噛み締めた。





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