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四章-2



「くそ・・・・・・めんどくせえ・・・・・・」

 句多一夜くた ひとやは、呼び出されたことに、そして今晒されている状態に苛立ちを隠せないでいた。

「まあまあ、そういうなって」

 電話で通報を受け、閑静な住宅街にある霜端家へ訪れたはいいが、そこに待ち受けていたのは、高い確率でトラブルに遭遇するという悪評高い神埼愛留だった。

 愛留は小学生時代からの知り合いであるが、一夜にとっては面倒くさいことこの上ない。昔から知っているからこそ厄介なのだ。

 けたけたと笑い、一夜の肩を叩く愛留の手を払う。

「うぜえ。馴れ馴れしくすんな」

「えぇ~ん? つめたぁい、一夜くぅん」

「きめえ」

 一夜が冷めた目で返しても、愛留は臆せず笑みで返す。一夜は歯を食い縛りそっぽを向いた。

 視線の先には、神埼愛乃が。

 愛乃は廊下の壁にもたれかかり、平然とした態度のまま一夜に沈黙を返す。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・くそが」

 

 一夜が霜端家の家に到着してから、確認することは多かった。

 被害者は霜端灯。専業主婦。家に突然男が押し入り、灯にバットを向ける。そこへ駆けつけたのは、娘である霜端紫音と神埼愛乃。そして黒影と称される男。黒影は霜端紫音を連れ去り、それを追うように男は家を後にしたという。男の名は尾野咲青花。霜端紫音の、実の兄。

 尾野咲青花が『番号』ということで、一夜が呼ばれたのだが。

「めんどくせえ」

 初めから終わりまで、その一言に尽きた。『番号』に関わる事件の中でも複雑な部類といってもいいだろう。突然一般人を襲った尾野咲青花、『番号』の中でも問題視されている黒影、それだけではなく、家族の複雑極まった関係が、更に面倒くささに拍車をかけている。何故自分が担当になってしまったのか、悔しさが滲み出る。それに付属して、問題行動の多いよろず屋ギルド【99S】まで関わっているらしい。なんて面倒くさい。そのような案件はお断りだ。

 何よりも、この双子が。

 この双子が、何よりも面倒くさい。顔見知りな分、無駄に馴れ馴れしい。やたらと事件に首を突っ込んでくるのも煩わしかった。昔からなんでも手を入れたがるところが嫌いだった。そう、昔から。

「あららん。仮にも公職である君がそんなこと言っていいのん?」

 一夜が配属されている【つるぎ】は、政府直属の、公の機関である。主に『番号』に関わる事件を担当し、法を行使して解決にあたる、言うなれば『番号』専門の警察だ。【剣】の職員も、『番号』と対峙できるよう『番号』で構成されている。『番号』の生みの親、遠ノ渡晴明の生まれ故郷であるためか、『番号』による事件の多いこの街に本部が配置され、堂々とした態度で風紀を守っていた。

 【剣】の象徴である黒のスーツを正し、胸に刺したブローチを意識して、一夜は苛立ちを込めて言う。

「いつまでもふらふらしてる奴よりマシだろ・・・・・・」

「うわひっどい! こう見えて母さんの手伝いとかしてるんだからな!」

 唇を尖らせる愛留をじとりと見つめる。母さん、とは、渚のことだろう。いつまでもしょうがない奴だ。

「もう・・・・・・一夜君ったら冷たい!」

「そのカマくさい喋り方やめろ」

「もう、冗談も通じないのかよ・・・・・・全く、本当に冷たいな! 愛乃もそう思うだろ?」

 突然話を振られた愛乃は、眉を一つも動かすことなく、愛留ではなく一夜を見つめた。

 底の見えない瞳に見つめられること、数秒。

 起伏のない表情を変えない愛乃は、一夜から視線を外し、溜め息混じりに言葉を紡ぐ。感情の見えない調子ではあるが、そこには明らかに、一夜と愛留に対する諦めの念が出ていた。仕方の無い奴らだ。一夜は、愛乃にそう思われているように感じた。

「句多は愛留が好きだから、愛留のことが嫌いなの」

 苛立ちが頂点に達しかけた。対する愛留はよく分からないといった態で首を傾げている。そののん気な様子に苛立ちは一層増し、一夜は一部分青に染めた髪を弄った。

 愛乃を睨みつけ、ぼそぼそと喉の奥底から這い出る声でぼやく。

「〈絶対感覚〉か・・・・・・忌々しい能力だな」

 嫌悪感と嫌味に溢れた一夜の一言にも臆することなく、愛乃は平然としていた。

 こいつの、一切感情を洩らさないところも嫌いだ。その様子に神経を逆撫でされる。激情に突き動かされない人間を見るのは、逆に不快だ。否、愛乃には感情が無いのだろう。だから人の行動に鈍感でいられるのだ。俺が今どんな思いでここにいるのかも、こいつには分からないのだ。

「ところで愛留」

 その愛乃が珍しく口を開いた。思わず目線を愛乃に向けると、愛乃は変わらない態度で廊下の壁に寄りかかっていた。いや、少し怒っているのか。

「なんで紫音のお母さんにあんなこと聞いたの?」

「ん?」

 愛乃の声色には憤りが混じっている。愛留は灯に何を尋ねたのか。一夜はその場面を見ていなかった。

 愛留は愛乃と同じく、にやけた表情を崩さないで答える。

「なんのこと?」

「とぼけないで。あんなこと聞くなんて、非常識にも程がある」

 それをお前が言うか、と一夜は内心思う。一夜から見れば愛留も愛乃も常識外れの、しょうもない人間だ。だが、愛乃がこんなに喋るなんて珍しい。それほどまでに非常識だったのだろうか。

「紫音がレイプされたことはあるかなんて・・・・・・親に聞く内容じゃない」

「ぶっ」

 一夜は吹き出した。笑いたくなって吹いたのではない。あまりにも内容が突飛で思考がついていけなくなったのだ。それを本人の、今まで育ててきた親に言ったのは、ある意味勇者だ。

 聞いた本人は、気にも留めていない様子で、頭の上で手を組む。

「んー・・・・・・なんていうか、気になってさ」

 愛留は唇を尖らせ、どこか神妙な口調で言う。

「愛乃に・・・・・・似ているなって思ってさ」

「!」

 愛乃は目を見張った。

 軽く話でしか聞いたことがないが、愛乃は男から陵辱を受けたことがある。多感な中学生の夏。その頃から愛乃は女性の格好をするようになった。それまでは一夜や愛留と同じように、黒い学ランを着ていたというのに。女を連想させる顔立ちと長い髪の毛、勉強も運動もそれなりにこなすその姿が、男達の嫉妬と劣情を煽ったのだろう。元々常識外れな性格をしていたが、あまり笑わなくなった。口数も減った。

 そんな愛乃の性別は、未だにはっきりしない。男の格好をしているときも、女の格好をしているときも、男女どちらも兼ね揃えている中性的な雰囲気を持っていた。それでも一夜は愛乃に大して恋愛感情など抱いたことはない。反対に愛乃を襲った男達の心情が分からないくらいだ。どんなに愛乃に嫉妬しても、苛立ちが募っても、愛乃を抱こうとは思わない。気色悪い。

 いつも愛留と一緒にいる愛乃の姿に、嫌悪することはあったが。

 どうやら紫音という人物は、愛乃と似ているらしい。愛乃と同じ、自由奔放で掴みどころがない性格をしているのだろうか。考えるだけで反吐が出る。

「答えは、そんな事件は起きていないって話だったけど」

「・・・・・・それだったら、何も起きていないってことじゃない」

「けど、『番号』の能力で、その痕跡が跡形もなく消え去っていたとしたら?」

「そんなことは有り得ないわ」

「何故言い切れる? 愛乃」

 愛乃は腕を組んで、何かを思い出すように天井を仰いだ。

「紫音の兄がバットを振り下ろした時・・・・・・薄い膜みたいなのが紫音のお母さんを覆ったわ」

「紫音のお母さんを守ったってこと?」

「そう。バットはあの時弾かれた」

 愛乃は天井から視線を戻し、どこを見ているのか分からない強気な目で口を開く。

「だから、紫音の能力は、シールドを張るような守りに特化したものだと思う」

 強い口調で言い放つ愛乃に対し、愛留は顎を撫でながら半目になって答える。

「そうかなあ・・・・・・」

「何? あんたは違うと思うの?」

「うん・・・・・・なんとなく」

 愛留は愛乃から視線を逸らし、ううんと唸った。

「なんか違うと思うんだよなあ」

 愛乃の眉が密かに寄せられた。

鬱屈した中学時代に天才と称されていた愛留の答えは一味違う。双子である愛乃ですら理解できない発想をするようだ。だが、愛乃はそれ以上の追及はせず、一つ溜め息をついて壁に身を委ねた。いつものことだと諦めたようだった。同時に、愛留の意見を認めている行動のようにも思えた。一夜の苛立ちはしんしんと積もっていく。糞。糞。なんで俺がこんな奴等と一緒にいるんだ。


 暫しの沈黙が訪れた後、愛乃の肩がぴくりと動いた。

「どうした? 愛乃」

 その少しの動きを目ざとく発見した愛留が、愛乃に問う。愛乃は玄関先を見つめ、慎重な声音で言う。

「紫音が外にいる」

「紫音が?」

 愛乃は研ぎ澄まされた感覚を用い、紫音の存在を確認したようだ。

〈絶対感覚〉。それは愛乃の持つ、五感や第六感などが活性化される能力だ。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚その全てが一般的な人よりも格段に敏感になる。この能力を自由自在に扱えるまで難儀だったようだが、現在は自分の能力を受容し、どんな事態に陥っても活用できるようになっている。その能力は、時に人の感情さえも敏感に察知する。一夜は愛乃の能力が嫌いだった。

「じゃあ、戸を開けるか」

「待って」

 愛乃は玄関の扉を開けようとする愛留を左手で制した。目に険しい色を宿して、自らのウエストポーチから拳銃の模造品を右手で取り出す。

「黒影の匂いも、少しだけどする」

「おっ、まじか」

「私が先に出る。後に続いて」

 そう言って愛乃は扉の鍵を開けドアノブに手をかけた。

 黒影は【剣】の中でも、要注意人物として名前が挙げられている。一夜は一応警戒して、十字架を模した胸のブローチに手をかけた。

 息を吐いてドアの向こうの様子を窺っている。そういうのは自分でやらないで公的機関の人間である俺に任せたらいいのに。しかし一夜はそれを口に出さず、厄介ごとに巻き込まれたくない一心で愛乃を見ていた。

 愛乃は勢いよく扉を開けた。同時に、拳銃を構え前に向ける。日が暮れてすぐの独特な冷たい空気が、玄関に充満した。小さく、きゃっ、と鳴く声が聞こえる。

 銃口の先にいたのは、まだ幼い顔つきをした小柄な少女。

 一夜は驚いた。色の無い髪、発光しているかのような桃色の目、彫りの深い顔立ち。一見すれば外国人かと思うような風貌に、一夜はただ純粋に驚いた。髪色や目の色の変質は『番号』が彼女の体内に宿っているからか。こんな町民がいたとは、今までよく気づかなかったものだ。

 少女は身を固めたまま、愛乃が差し向けた銃を見つめていた。

「あ、愛乃・・・・・・さん?」

「・・・・・・・・・・・・」

 驚愕の表情で見つめる少女をそのままに、愛乃は静かに銃を下ろした。どうやら愛乃も安心しているようで、唇を緩く結んでいる。銃を下ろし、棒立ちになった愛乃に変わって愛留が少女の前にひょっこりと顔を出した。

「よお紫音! よく無事に帰ってきたな!」

「はい、なんとか」

 この、明らかに異質な少女が霜端紫音らしい。一夜は愛留達よりも後ろで、三人の様子を見ていた。

 愛乃が紫音の首元に鼻を寄せる。匂いを嗅いでいるのか。外見こそ美しいが、やっていることは変態と変わらない。気持ち悪い。

「・・・・・・黒影の匂いがする」

「えっ!?」

 愛乃のその言葉に、紫音は動揺した。目に見える動揺の仕方だった。顔をほんのりと赤く染める。

「そ、そんな、いかがわしいこと言わないでください! 誤解されちゃうじゃないですか!」

「なにぃ? いかがわしいこと、してきたの?」

「してません!」

 愛留のからかいに、少女はムキになって否定している。愛留は実に楽しそうだ。

「それに、黒影さんにも失礼じゃないですか、ねえ・・・・・・」

 紫音は言いながら後ろを振り向いた。勿論誰もいない。あるのは土煙に汚れた塀と、車二台がなんとか通れるほどの狭い道路だけだった。

「あれ・・・・・・さっきまでいたんだけどな・・・・・・」

「黒影が?」

「はい。ここまで送ってもらったんです」

 紫音は少し残念そうに溜め息をつく。物事に関して敏感になる年頃だ。色々と感じるところがあるのだろう。

 愛留は頭の後ろで手を組み、ゆっくりと一夜へ振り返った。

「多感なお年頃ですねえ」

 他人の苛立ちを増殖させるようなにやけ面だった。俺に向かって言っているのか。殺す。

「きめえ」

 そのやり取りで一夜に気づいたのか、紫音が顔を覗かせる。

「その人は・・・・・・」

「んー? あれだよ、『番号』を取り締まる機関のお兄さんさ」

 一夜は壁から身体を離して、紫音の前に出る。さっきから微動だにしない愛乃が邪魔だ。愛乃とは身長差があるため、愛乃越しに紫音と顔を合わせることになる。

「【剣】の者です。句多一夜といいます」

「は、はあ・・・・・・」

 小さな少女はおどおどと一夜を見上げた。この様子だと【剣】について理解していないのだろう。まだ中学生だと聞いている。理解力が及ばなくとも仕方の無いことかもしれない。

「ま、警察、」

「要するに、警察みたいな感じ!」

 一夜が説明をしようとしているところに、愛留の言葉が覆い被さった。苛立ちと不満を視線に乗せて愛留を睨むが、当の本人は気軽そうに一夜の肩を叩いている。言いたいことは山ほどあったが、ぐ、と喉を詰まらせて耐えた。

 少女は人見知りなのだろうか、目をごろごろと動かし、視線を彷徨わせている。

「あ、あの、お母さんは・・・・・・」

「あなたのお母」

「紫音のお母さんなら奥の部屋で休んでもらってるぜ! 大した怪我もなし! 無事無事!」 こいつ、さっきから俺が言おうとしているところに被せてくる。わざとか、わざとなのか。

 一夜は愛留を横目で睨む。にやついたところが無いところを見ると、どうやら素でやっているらしい。一つ溜め息を飲み込み、平常心を装う。

 紫音は緊迫した雰囲気を一転、明るい気色に変えて、手を胸に押し当てた。

「良かった・・・・・・」

「お母さんも心配しているし、中に入りなよ」

 愛留に促されて、紫音は家の中へ入ろうとした。

 愛乃とすれ違うその時、愛乃が冷たい声音で言う。

「待って」

 下ろした銃をもう一度構え直し、外へと足を向けた。

「誰かいる」

 その言葉を聞いて、愛留の表情が僅かだが硬くなった。紫音を背に庇い、愛乃に続く。一夜もそれに倣った。

 愛乃の背中を見つめながら道路に出る。辺りはもう暗い。春ではあるが夜はやはり冷える。冷ややかな風が身体へ浸透した。

愛乃は初めに右を見、そして左を見た。先を見据えるその横顔は、厳しい。帽子に隠れた緑の瞳がきつく輝く。

 愛乃は、何も言わず、左を見たまま引き金を引いた。偽物の弾丸は曲がり角の塀に当たる。

「出てきなさい」

 愛乃が平坦な声で曲がり角へ呼びかける。道端に建てられた街灯がじじ、と悪質な音をたてた。



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