四章-1
青花は、ただ悔しかったのだ。
「くそ・・・・・・!」
紫音を連れ去った黒影を追って、青花は整然とした住宅街をうろうろと彷徨っていた。
完全に黒影を見失った青花は、湧き上がる苛立ちに歯を食い縛り立ち止まる。
とめどない衝動に、胸が焦げる。
その衝動が抑えられなくなったのは、一ヶ月と少し前から。
それまでは紫音と顔を合わせることすらできなかった。彼女の家族と貞操観念を奪ったことによる罪悪感から、青花は紫音に会わないようにしていた。自分は彼女に会う資格なんてないのだ。ずっとそう思っていた。
少年院から出所後、青花は名前を変え、雇ってもらった職場で働きながら一人暮らしをしていた。たった一人の家族、紫音と会えないことに少しの寂しさを感じて。
そんな日々が変わったのは一ヶ月と少し前。
それは突然だった。胸を焦がすほどの衝動が、青花を襲った。
紫音を、壊したい。
恐ろしい考えだった。恐怖と絶望に彩られた紫音を、更に闇へと突き落とそうとする思考が、一気に脳内を駆け巡る。
最初の頃はそんなことを思ってはいけない、何かの間違いだと考え、ひたすらに押し留めようとした。しかし、日に日に募るその衝動は、仕事ができなくなるまでに青花を苛めた。
そして、青花は己を蝕んでいく衝動に抗えず、行動に移した。
紫音を壊す。
今の青花には、そのことしか考える余裕がなかった。
「青花殿」
青花に駆け寄る足音が聞こえた。白いワイシャツと黒緑のネクタイの男、【99】だった。
彼は堅い声色で青花に報告する。
「この近辺に黒影が潜んでいる様子はない。・・・・・・完全に撒かれたな」
「・・・・・・・・・・・・」
青花は返事代わりに舌を一つ打った。
よろず屋ギルド【99S】に自分を手伝うよう依頼した。それに関しては後悔していない。実際、【99S】のギルドマスター、【99】の情報収集力と戦闘力は優れていた。彼の力がなければ、今頃紫音がどこにいてどのような生活をしているのか分からなかっただろう。
「ところで青花殿、一つお尋ねしてもよろしいか?」
「・・・・・・なんだよ」
「青花殿は、何故あの子を狙っているんだ? 差し出がましいようなら、無理に答えなくてもいいが」
青花は再度再度舌打ちする。この男は、とぼけているようで頭が良くきれる。青花は、理由を言うように【99】に誘導されているように感じた。
暫し沈黙を置き、青花はゆっくりと右の人差し指で自分の額を差す。
「なんとなくの感情、って分かるか?」
「なんとなく?」
「ああ。そいつが、俺を離してくれないんだ」
どうしても抗えない衝動。
青花は負けてしまった。暴力的で、残酷な、他の何とも言い様のない衝動に。
その衝動に従ったことに、自分でも驚くほど後悔はしていなかった。
【99】は、相変わらず神経質な面立ちで言葉を発した。
「なるほど・・・・・・理解した」
「ほんとかよ・・・・・・」
訝しむ青花に、【99】は不思議そうに首を傾げる。青花は一つ息をついて【99】を茶化した。
「そういうお前だって、どうしてこんな依頼受けるんだよ? 他の奴からも恨まれそうじゃねえか」
【99】は、淡々とした表情で、一つ。
「俺は縁を、大事にするほうだ」
「は?」
【99】の予想外の言葉に口をぽかんと開かざるを得なかった。それにも怯まず、【99】は続ける。
「要するに、悪い奴にも色々いるということだ」
「なんだそれ・・・・・・」
青花は【99】の言っている意味を程なくして理解した。その言葉は深く追求せずとも、自然と青花の胸にぽたりと落ちた。こいつは、青花が悪い奴だと認識した上で付き合ってくれているのだ。
青花は【99】に震える背中を向けて、呟いた。
「なんだ、それ・・・・・・」




