血戦のおままごと そのに
『レヴェリア』において、生身の人間が単独で発揮出来る魔力というものはたかが知れている。
熟達者が扱ってようやく、薪に火を点けたり、重いものを少し楽に持てるようになったり、放り投げられた小石を防いだり出来る程度なのである。そのため、魔法と言うものは基本的に魔法具によって使用される。
しかしリコは、百年に一人と言われる程の莫大な魔力の持ち主であり、しかもまだ幼い身でありながら、実際に魔法を使用して見せる事が出来る。天才、と言って差し支えない才能の持ち主なのだ。
とは言え、まだまだ子供である。魔力の発動は常に全力で行われ、細かい制御は出来ない。また、精神の未熟さ故、日常のちょっとした出来事でその過剰な魔力を発揮しかねない。
そのため、普段は魔法具によってその魔力を封印して生活している。それがリコにとって負担になる、と言う事はないのだが、本人的には『力を込めても力が入らないような、モヤモヤした感じ』を覚える事もあるらしい。
「……お嬢様もまだ小さな子供ですから、そう言う細かい違和感を割り切る事も難しいでしょう。知らず知らずの内にストレスをため込んでしまうかも知れません」「だから、この幻影世界に連れて来てストレスを発散させてあげよう、と。なるほどね。理解出来たし、協力してあげたいとも思う。だけどね――」
言葉を切って、アイシャはちらりとリコの方を見る。彼女の目には「わーい!」と言う可愛らしい声を上げるリコと、『ドガァァァァァアン』と言う恐ろしい轟音を上げる爆発が映っていた。
「――向き合わなきゃいけない現実が、過酷過ぎるんだけど!?」
子守りと言うものに、何故命の危険と言う概念が存在しなければならないのか。我が身を取り巻く現状に、アイシャは涙目になって天を仰ぎ見る。
『まあまあ、アイシャちゃん。ミーア一人だと大変だし、スケープゴートがいた方が良いと思ったのよ。それに、もしも危なくなったら運命だと思って諦めれば良いじゃない』
「一見慰めるような口調で、犠牲にする気満々のセリフを言わないで下さい!?」
『……大丈夫。アイシャなら運命を受け入れる事が出来る強さを持ってるって、私信じてる』
「って言うか助けてよ!?」
天を仰ぎ見た結果、外道の如きありがたいお言葉が降って来た。ここには味方が居ないのかと途方に暮れるアイシャに、ミーアが優しく語り掛ける。
「そんなに心配しないで下さい、アイシャさん。あなたなら立派に盾……お嬢様の遊び相手が務まりますわ」
「ありがとう、ミーアさん。微妙に漏れている本音のおかげで、あなたの人となりがなんとなく理解出来た気がするわ」
脳内で外道の数を上方修正する。と、一通り暴れてスッキリした様子のリコが近付いて来た。
「ねえねえ二人共。準備運動も終わったし、そろそろ何かして遊ぼうよ」
「そうですわね。どのような遊びが良いでしょうか……」
「アレ準備運動なの……」
頭をひねる三人に、天からイリーナの声が聞こえて来た。
『まかせなさい! それならこっちで用意してあるわ!』
「おお!? 何だか自慢げな様子ですね!」
『ふふん! その名も……<鬼ごっこ>よ!!」
「その割に普通だった!?」
『まあ聞きなさい。ルールはこっちが繰り出す幻影から十分間あなた達の中の一人でも逃げ切ったら勝ちで、全員捕まったら負けよ。行動範囲は特に指定なし。幻影世界の大きさを考えればちょうど良いはずよ』
要するに三人協力して鬼から逃げ切れと言うルールらしい。幻影世界の大きさに関しては分からないが、まあ『ちょうど良い』なら良いのだろう。事前に聞いた話では、境界部分がすぐ分かるような地形にしているらしいし。
『感謝しなさいよー? もしリコが『プロレスごっこしよう』なんて提案してきたらあなた達がエラい目に合うかも、と思ってわざわざ鬼ごっこ用の幻影用意しといたんだから』
「もー、ヒドいなあイリーナは。私だって手加減するくらい出来るもん。ほとんど自信がないだけで」
「完全に自信が付くまでプロレスごっこは止めとこうね、リコちゃん。私生き延びる自信ないから」
さっきは外道扱いしてごめんなさい、イリーナ所長。あなたは救世主でした。
冷や汗を流しながら、胸中で感謝を述べるアイシャであった。
『……準備出来たよー。始められる?』
ナーニャの声に三人はうなずく。同意を確認したイリーナは、鬼ごっこ用幻影を実体化させるべく魔術操作を行う。
光の粒子が一か所に集まり、徐々に人の形を成してゆく。そして、ひときわまばゆい閃光を発し、その姿を顕現させた。
「ヒャッハー! この小娘どもがオレ様の相手か? こりゃあ楽勝そうだぜぇ!」
「小物臭が半端ないですけど!?」
それは、チンピラ以外の何者でもない姿であった。
『そりゃあ第一の刺客だもの。いきなり大物は出さないでしょう?』
「第一、と言う事はまだ用意していらっしゃるのですか?」
『そうよ。四天王設定は定番中の定番でしょー。……と言う訳で行きましょうか。鬼が十数えるから、その間に逃げてね。じゃ、スタート!』
イリーナがそう言うと<第一の刺客>は「いーち、にーい、さーん……」と数え始めた。態度のデカさの割にこういう事はキッチリしているらしい。
「じゃあ、バラバラになって逃げよう。みんながんばろー!」
リコの檄に「「おー!」」……とアイシャとミーアは返し、それぞれ別の方角へ逃げて行く。それからすぐに「……きゅーう、じゅう!」と数え終わる声が聞こえた。
「あの目線、どうやら最初は私狙いみたいね。でもそんな簡単には捕まら……ってちょっと!? 何あのスピードは!?」
数え終わった瞬間、猛烈な速度で<第一の刺客>がアイシャに迫る。たちまちの内に彼我の距離差を縮められ、アイシャは鬼にタッチされてしまった。
「ヒャッハー! もう終わりかぁ? チョロ過ぎだぜぇ! ……あ、捕まった人はスタート地点辺りで待機しといて下さい」
「あ、はい。分かりました。……いくら何でも足速すぎでしょ!? 逃げ切れる訳ないよ!!」
人外の速度を出す<第一の刺客>に狼狽を隠せないアイシャ。そうこうしている内に、ミーアもあっさりと捕まってしまった。
『ああ、言っとくけど幻影は対リコ用に調整しといたから。常人じゃちょっと相手にならないかもね』
「……先言って下さい」
スタート地点に戻った二人に向かって語られるイリーナの説明にアイシャはげんなりとする。
「まあまあ、アイシャさん。本来の目的はお嬢様を楽しませる事なんですから。まるで自分が人生の落伍者みたいに落ち込まなくても宜しいのですよ?」
「私はあなたの中でどんだけ鬼ごっこに人生掛けてると思われてるの……」
そう言いつつも、内心実は真っ先に捕まった事がちょっぴり悔しかったりするのだが、それは内緒である。
『さーて、リコはどんな様子かしら?』
そう言われて、リコが逃げて行った方向へ視線を移すと――
「ヒャッハー! お仲間はもう捕まっちまったぜぇ! あとはお前だけだぁ!」 そう叫び、まるで疾風の如き勢いでリコへと手を伸ばす<第一の刺客>。
「負けるもんか! 私は絶対捕まったりしないもん!」
それを超人的な反応速度で側転回避するリコ。地面を削りながらその勢いを殺
し、<第一の刺客>へと向き合う。
「ヒャッハー! やるじゃねえか。ちったぁ楽しませてくれそうだぜぇ!」
「あなたもね。けれども勝つのは私の方だよ!」
視線を交わし、火花を散らせる両者。一拍の呼吸の置き、
「「オレ(私)達の戦いはまだまだこれからだ(よ)!!」」
互いが互いに向かって、勇烈たる勢いで突進していった。
「………………リコちゃん。鬼からは逃げようね」
もはや何の勝負をしているのか分からない二人の様子に、アイシャは力なく呟くだけであった。