嵐を呼ぶ女
「……きゅう〜……」
「へばってるねー、ナーニャ」
「大丈夫? お疲れみたいだけど」
『グリード』店内のテーブルに着くなり顔を突っ伏すナーニャに、ノノとアイシャの二人は言った。
注文を取る給仕に、よもやま話に花を咲かせる客。夕食時の店内は賑やかであった。
「……研究が忙しくてね。今日も夕食が済んだら、また研究所に戻る予定」
「あらら。大変そうね」
「……あとちょっとで終わりそうだから、もうひと頑張りってところかな」
話をしながら、アイシャは手元のメニュー表に目を通す。頻繁に通っているため何があるのかは大体把握しているのだが、彼女にとってこれは一種の儀式だ。これをしないと『店に来た』感が薄れる。
生憎、そのような感覚など持ち合わせていないノノはさっさと注文を決めてしまったらしく、やって来た給仕に「エビピラフ一つ」と告げていた。
「そー言えば今日はロイドは厨房なのかな? ……あ、いたいた」
ノノの視線を追ってみると、食材の下処理をしているロイドの姿が見えた。
「本当だ。ロイド君も大変そうだね。……あ、私もエビピラフで」
「……私も同じで良いかな」
「じゃ、私も同じので」
注文を受けた給仕が「エビピラフ四つですね。ごゆっくりどうぞ」と言い残して厨房へ向かうのを見送りながら、ナーニャは口を開いた。
「……ご飯食べたら、また頑張らなきゃ」
「あんまり無理しちゃ駄目よ?」
「まー今の内に英気を養っときなよ」
「そうね。そうさせてもらうわー」
しばしの沈黙。そして、
「「「てゆーか誰よ(……誰よー)!?」」」
声をハモらせ、三人はツッコミの声を上げた。
「誰とは失礼ね。知らぬ仲でもないじゃない。特にナーニャちゃん」
いつの間にやら席に座っていた女は、椅子の背にもたれかかりながらそう答え
た。外見は知的な眼鏡美女、といった風なのだが、足をぶらぶらさせながら会話する姿はどことなく子供っぽい印象を与える。
「……イリーナ所長。何してるんですか」
ナーニャが尋ねる。イリーナは『フロイデ国立魔法研究所』の所長であり、ナーニャにとっては上司に当たる人物である。
「ん? 椅子に座って注文を待っている最中」
「いや、そう言う意味じゃないかと」
「……なるほど」
「納得しちゃったよこの娘!! 私達に何の御用ですかって意味です!!」
「いや、お店に入ったらね? 私と同年代で知り合いの子達が居たから、気が付いたらそのままフラフラと引き寄せられちゃって……」
「走光性の虫ですか!? あと、さり気なく豪胆なセリフが混じってる気がしま
す!!」
「あ、私やっぱりスパゲッティ食べたいかも」
「どんだけ自由奔放なんですか!? 話の脈絡的にも言うタイミング的にも!!」
店内の注目を集めている事などまるで考慮に入れず、アイシャは叫ぶ。その後周囲の視線に気付き、赤面して俯く(アイシャのみ)羽目になるまで、両者の会話のワイルドピッチは続くのであった。
「うーん、美味ねー。……あ、ノノちゃん、私の食べてるのとノノちゃんの、一口ずつ交換しようよ」
「良いですよー。そのエビピラフ美味しそうですねー」
「そっちのエビピラフも良さげよ」
「結局エビピラフですよね……」
力無くつぶやくアイシャを尻目に、両者は互いの皿にスプーンですくったエビピラフをよそい合う。何と言うのか、波長が合っている二人であった。
ふと、イリーナは思い出したかの様に、黙々と食事をするナーニャへと声を掛けた。
「そう言えばナーニャちゃん、今日は研究遅くまで掛かりそうって言ってたで
しょ?」
「……はい」
「遅くまでって言うか、ぶっちゃけ日付跨ぎそうだから、よろしく」
「……あ、はい。分かりまええええええええええ!?」
悲鳴を上げながら、ナーニャの顔面がみるみる蒼白していく。彼女にしては珍しい反応であった。
「……あ、あの、悪くても十二時までには帰れるってお昼前に言ってたはずでは
……」
「いやー、予定は狂うためにあるって実感したって言うか。今日は研究所のみんなで、アツい夜を過ごそうぜ!」
ビシッ! と親指を立て、イリーナは満面の笑みで言い放つ。ヤケクソになっている一方、彼女は三度の飯と同じ位に研究が大好きな、研究大好き人間でもあっ
た。
「……やだー、早くおうち帰りたいー」
「ご、ご愁傷様……」
悲嘆に暮れる友人を苦笑いしながら慰めるアイシャであった。
「しかし、彼女は知らなかった。自身もまた、この悲劇的な運命に翻弄される者の一人であるという事を――」
「いやノノ、意味不明なナレーションを勝手に入れないでくれる? 大体私、研究員じゃないし関係ない」
「…………」
「あの、所長? 何故『あ、知らせてないんだ、やっべー。まあ良いか』的雰囲気を醸し出した後、私から目を逸らすんですか? …………だ、大丈夫だよね?」
大丈夫ではなかった。