大会始めました そのよん
時は少し遡る――
「コジロー、あんたも生き延びてたのねー」
「そう言うノノ殿こそ」
地図上で言えば東部。付近を流れる川のせせらぎを聞きながら、両者は対峙していた。
混乱の中をうまくやり過ごしたノノは、遮蔽物に身を隠しながら中央部から東へと移動。北上していたコジローと遭遇したのであった。
「まー悪いけど、金一封のためにもここで負ける訳にはいかないのよ」
「負けて貰おうとは思っていないでござる。負かしてやるつもりでござるからな」「言うじゃん」
舌先での剣戟を一合交わし、ノノは剣を、コジローは刀を抜く。
「じゃあ、行くよっ!」
「では、参るでござる! ……天陽に仇なす邪悪なるそおぉぉぉーー!?」
ノノが繰り出す突きが、口上を述べる途中のコジローを襲う。泡を食ったコジローは、真横へ飛び退くように回避した。
「おおー、まさか避けられるとは思わなかったよー」
「……っ、ひ、卑怯でござるよ!?」
感心しつつも追撃に入るノノから、コジローは慌てて距離を取りながら抗議し
た。
「……いや卑怯も何も、これある意味実戦じゃん。隙があったら突くのは当然じゃん」
微妙に呆れ顔でノノは言った。
コジローは攻撃を仕掛ける前に、やたらと大仰な口上を入れる癖がある。それでも模擬戦ではみんな待ってくれている。目的はあくまでも『剣技の向上』であり、互いに攻撃を繰り出す事が前提だからだ。
しかし今は『勝ち負け』こそが重要な大会だ。わざわざ言い終わるのを待つ義理はないのである。
「いやしかし、技を繰り出す前のカッコ良いセリフ回しはロマンでござろう!? それを解さず、いきなり攻撃を仕掛けるのは……っ!」
「……そのロマンって奴はさ、黙って貫くものなんじゃない?」
必死になって持論を説くコジローに、ノノは静かに語りかけた。
「あんたがそこまでロマンを大事にしてるんだったらさ、言葉は要らないんじゃないの?」
「ぬ!?」
「そう言う時は百の言葉を尽くすよりも、一の行動を成すべきでしょ? 例え相手に笑われようとも、例え眼前に困難が待ち受けようとも、ただ黙って実行に移す」
「ぬぬ!?」
「それが出来てこそさ、自分のロマンを誇れるんじゃないの?」
「ぬおお!?」
ノノの言葉に、コジローは雷に打たれたかのような衝撃に打ち震えた。
「ノ、ノノ殿の言う通りでござる……。自身の価値観を押し付けて相手の戦術にケチを付けるなど、確かに拙者は未熟者でござった……」
コジローは自らを恥じるようにしばし俯き、
「目が覚めたでござる!! もう拙者は」
「隙あり」
「予想外に痛い!?」
顔を上げた瞬間、剣が額にめり込んでいた。
ダメージ判定を喰らい、光となって消えて行くコジローの姿に、
「ゴメンねー。アタシ、結構卑怯なんだー」
ペロッと舌を出し、ノノはそう言った。
コジローは何か言いたげであったが、声を発する前にその姿が完全に消えてしまった。
「まずは勝利っと。……ん? 誰だろー?」
一息つく間もなく、ノノは他の参加者の姿に気が付いた。
方角は北。よく見れば、あれはオウカだ。段々と、こちらへと近づき――
「ぎゃああああああああああ!?」
『ボアアアアアアアアアアッ!!』
「ええええええええええええ!?」
悲鳴を上げながら走るオウカと、それを追うイノシシのような魔物の姿に、ノノは絶叫する。慌てて身を翻し、全力で駆け出す。
「うぎゃあああああああああ!? あ、ノノだ!!」
「うひゃあああああああああ!? 意外と余裕ね、オウカ!?」
必死に逃げつつもこちらに手を振るオウカと並び、ノノは走る。
「いやー魔物に見つかっちゃってねー、すっごい大変なのよー!!」
「アタシもたった今ソレに巻き込まれたから、すっごい分かるわー!!」
全力疾走の最中に、ほとんど絶叫と言って良い声量で意思疎通を図る二人。よくもまあ酸欠に陥らないものではあるが、ともかく二人は必死になって脚を動かし続けた。
『ボアアアアアアアアアアッ!!』
「それとねノノー!! も一つ言わなきゃいけない事があるんだけどねー!!」
「言わなきゃいけない事ってー!?」
そう叫ぶノノの耳に、甲高い鳴き声が飛び込んで来た。上空から。
「追いかけて来てる魔物、もう一匹居るんだー!!」
『キョエエエエエエエエエッ!!』
「わああああああああああっ!?」
オウカが言い終わらない内に、真横から一陣の風が吹き抜け、――巨大な鳥だった――ノノの身体を上空へと攫って行った。
「は……離せーー!! このっ、このっ!!」
ノノをその脚でがっちりと掴んだまま、鳥型の魔物は空を切って飛ぶ。ノノがいくら指の辺りに拳を叩き付けようと、微塵も怯む事はなかった。
「あー、このままアタシどうなるんだろー」
もがきながら、この魔物がこの後に自分をどうするのかを、ノノは想像した。
このまま潰しちゃう事も出来るだろうに、そうしないのは巣に持ち帰ってアタシをエサにするためなのかなー。いやいや、いくらリアルに創られているとは言え、これはあくまで幻影。そこまで再現するとは思えない……はず。多分、フィールド外に連れて行かれてそこで脱落判定、と言ったところかなー? と言うか、そうであって欲しいなー。仮想とは言え、食べられるの嫌だし。
まあ、どっちみち負けだろうけどさー。
このままじゃ、アイシャと勝負出来ないなー。こんな状況じゃ、もうとっくに脱落してるかも知れないけど。そもそも約束はしたけど、この広いフィールドで運良く出会えるとも限らないしね。
でも、このまま為す術もなくって言うのも、ね。約束、守る努力はして見ようかなー。あと、金一封。
胸中で結論を導き出したノノは、出来る限りの抵抗を試みる。
自身の体と、自身を拘束している魔物の指との間に、ノノは腕をねじ込んだ。掴まれた時に、挟み込まれ
る形で内に埋まっている剣を引き抜くためだ。
体をよじらせ、手首をひねり、隙間を穿つようにして腕を押し込む。
届いた。柄を握る。
今度は腕を引っ張り出す。つられて服までめくれ上がってお腹が出てしまうが、どうせ誰も見ていない。別段構いはしなかった。
柄が外に出て来た。あと少し――
『キョアアアアアッ!!』
「んぐ……っ!!」
大人しくしろ、とでも言いたげに魔物は脚に力を入れ、ノノを強く締める。苦悶の声を漏らしながらも、彼女は剣を一気に引き抜き、
「うりゃあーーーーっ!!」
『ギョアアアアアアアッ!?』
そのまま魔物の脚を突き刺した。
奇声を上げながら魔物は悶え、脚の指を開く。
ノノの身体は魔物の拘束から逃れ、
「うきゃああああああああああっ!?」
そのまま空中へと投げ出された。
うん、そりゃそうだ。だってここ、空中だもん。脱出に夢中で、うっかり頭から抜け落ちてた。
肺の奥から悲鳴を吐き出しながら、自身の失念に呆れる。
眼下には森。みるみる近付いて来る木々。
衝突に備え、目をきつく閉じ、身体を丸める。
まず、木の枝を折る感覚が分かった。いやに鋭敏に、それを感じ取れた。
その後は、もう滅茶苦茶だ。
全身に枝がぶつかる痛みが次々と襲って来て、葉を擦れる音や枝がへし折れる音が聴覚を支配し、天地の感覚が激しく狂わされる。本物の感覚より軽減されてはいるのだが、酷いものだった。
最後に一つの衝撃と、身体が硬いものの上に転がされる感覚で――ようやくノノは地面に落ちた事を自覚した。
「……ったぁ〜〜。ヒドイ目に遭った〜……」
枝などで軽減されたとは言え、この衝撃にダメージ判定を受け、脱落していない事に内心驚いた。ガードしていたためだろうか?
ノノが顔を上げる。人の姿が飛び込んで来た。それは、
「…………え?」
ノノとの勝負を約束した相手――アイシャであった。




