大会始めました そのさん
「うーん、もう少し粘れるかと思ったのですが……」
『幻影世界』から戻って来た参加者を前に、レイナールは静かにため息を付いた。脱落者達は皆、何とも言えない表情で佇んでいた。
半数。大会開始から十分と経たない内に、それだけの参加者が脱落していた。
「残りの参加者も、苦戦してるみたいねー」
壁に掛けられた、内部の様子を写し出したスクリーンの映像を眺めながら、イリーナは言った。
それは、混乱の坩堝とでも言うべき光景であった。
正式な騎士ですら、単独では迂闊に手を出せないレベルの魔物がわんさかと溢
れ、それぞれが秩序も何もなく暴れ回る。参加者達はひたすら逃げ惑い、怯え隠れる。その合間に余裕があれば、他の参加者に攻撃を加える。
もはやこれが何の大会なのか、分かったものではなかった。
「……それにしても団長」
「どうしました、ナーニャさん?」
そっと近付いて来たナーニャに、レイナールは顔を向ける。
「……何故、こんなルールで大会を行う事を許可したんですか? 所長はまあアレですから、ノリだけでデタラメなルールを設定する事は不思議じゃありませんけ
ど」
「あれー? 私さりげなくヒドイ事言われてない?」
イリーナの呟きは無視して、
「……ですがこの状況では、参加者達が普段行っている稽古の内容と違い過ぎて、まともに実力を発揮出来ないのでは……?」
ナーニャの言葉に、脱落者達がおずおずと頷く。控えめながらも確実に、『負けたのは自分の実力じゃないです』オーラを漂わせながら。
「ああ、その事ですか」
レイナールが言った。
「確かにそうでしょうね。何しろこんな状況、普通はあり得ませんから。事前にこれを予想しろ、なんて方が無茶です」
「……でしたら……」
ナーニャが最後まで言い終わらない内に、レイナールが続ける。
それはそれは、良い笑顔で。
「でも、無茶な状況に一方的にブチ込んだ結果勝手に成長してくれたら、お手軽だとは思いませんか?」
ああ、この人は鬼だ。
ナーニャ始め、部屋にいる全員がそう思った。
「ひゃああああああああああっ!!」
絶叫の悲鳴と共に、アイシャは茂みの奥へと転がり込んだ。数秒後、彼女を追っていた魔物がその側を駆けて行き、そのまま森の奥へと走り去って行った。
「た、助かった……?」
恐る恐る茂みから首を出しながら、辺りを見渡す。どうやら、撒いたようだ。
「うう、とんでもない事になっちゃったわね……」
「全くだよ。流石にこれは参ったね」
カイルの同意に、アイシャは首を大きく頷かせながら続ける。
「こんな状況じゃ、命がいくつあっても足りないわよ……。まあ本当に死んだりはしないんだけど……」
「そうだね。咄嗟に隠れた結果、運良くやり過ごす事が出来たけれど……」
二人は体に付いた草を払いながら、茂みから出る。
しばし沈黙が流れ、
「「あ」」
互いにようやく、対戦相手と遭遇していると言う事実に気が付いた。
「ふっ。アイシャ、君とこんな形で勝負をする時が来るとは思わなかったよ。これが天意と言うのなら、僕は黙して従うのみさ。天命が定めたこの荒れ狂う運命の」
「取りあえず、頭の葉っぱを取って下さい。あと、全然黙してませんよね」
何やら饒舌になったカイルに、アイシャは収めていた剣を抜きながら言った。どうやらコジローに師事した成果は、着実に出ているようだ。それが良いか悪いかは別にして。
「ところで殿下。武器はどうやら剣ではないようですが」
「ああ、そうだよ」
訓練時は右腰に吊られている剣が、今のカイルには見当たらない。代わりに体に取り付けたベルトを使って、背中に何かの武器らしきものを背負っている。
「ずっと考えていた。剣以上に、僕に相応しい武器があるんじゃないかって。そしてある日、遂に見つけたんだ」
目を閉じて語るカイルが、その手をゆっくりと背中に伸ばす。そして武器の柄を握り締めた。
「それが……これだよ!!」
「こんぼうーー!?」
抜き放たれたその武器は、まさしく棍棒であった。
それも、警備に使われるようなスマートな形状ではない。表面が荒削りでゴツゴツしていて、殴る部分がえらく太い、やたらと野性味溢れる代物であった。
「見たまえよ、このフォルム! 僕の中の原始の心が呼び覚まされるようだ!」
「出来れば王族の心を見失わないで頂きたいのですが!?」
うっとりと木製の鈍器を見つめるカイル=フロイデ第一王子の横顔に、アイシャは切なる訴えを叩き付けた。
「じゃあ、早速行かせてもらうよ! どっせぇええええいっ!!」
「わあっ!?」
雄叫びを上げると共に草を蹴って迫るカイルから、飛びすさって距離を取る。数瞬後、アイシャが立っていた場所へと棍棒が振り下ろされ、土を飛ばした。
「まだまだぁっ! おんどりゃぁああああっ!!」
「戻って来て下さいカイル殿下!? 王族の気品的な意味で!!」
鈍器を手に、荒々しく叫びながら迫る。獰猛な笑顔さえ浮かべるその姿に、もはや一国の王子としての姿はなかった。
振り回される棍棒を、アイシャはひたすらに避ける。あの重量では、剣でまともに受け止められるとは思えない。『安全装置』が衝撃を緩和するため剣が折られる事はないだろうが、そのまま押し切られてしまうだろう。
防戦一方のアイシャは、縦に振り上げられた打撃を横っ飛びに回避。そのまま地面を転がり、勢いを生かして膝立ちになる。
何とか反撃の糸口を掴まなきゃ。でも、どうやっ――
思考が途中で止まる。
「だらぁああああああっ!!」
カイルは、こちらを見ていなかった。まるで明後日の方向へと棍棒を振り回していた。
彼はテンションが上がりすぎて、自分を見失っていたのだった。
「………………隙あり」
「へぶぅーーーーーーっ!?」
無防備な背中に一太刀を浴びせる。
「ふっ、いつの間にか背後に回っていたとはね……。完敗だよ、アイシャ……」
「………………取りあえず、次からは敵の方を向いて戦って下さい」
光の粒子と化して消えていくカイルの姿に、アイシャは絞り出すようにその言葉を送った。
一つ深呼吸。剣を収めながら、残り参加者の人数を確認する。ちょうど広場のように開けた場所だったので、空も良く見えた。
残り八人。もう二桁を切っていた。
ノノは残っているかしら。
ちら、と思ったがこんな状況だ、早い内に脱落していてもおかしくはないし、そもそも約束はしたが実際に出会えるとも限らない。アイシャは半ば、ノノとの勝負は諦めていた。
頬をぱちん、と叩き、気を引き締める。ここまで来たら、優勝もあり得るのだ。改めて空を仰ぎ、参加者の位置を確認しようとする。
視界の片隅に、飛来する何かの影が写った。
その影は上空で奇声を上げ、少し暴れる。そこからもう一つの影が、こぼれ落ちるように離れ、
「――ぁぁぁああああああっ!?」
「…………え?」
悲鳴と共に、近くの木へと落下して来た。
葉が擦れ、枝をへし折る音が響き、影が地面へと転がる。それは、
「……ったぁ〜〜。ヒドイ目に遭った〜……」
「…………え?」
アイシャとの勝負を約束した相手――ノノであった。




