騎士団小噺
「それでは……始め!」
模擬戦の開始を告げる声が響くと共に、アイシャは木剣を手に、相手の出方を窺うようにジリジリと動く。対戦相手であるオウカも同様だ。
互いに隙を推し量りながら、少しずつ距離を詰めて行き――
「やぁーーーー!」
「はぁぁっ!」
両者が動く。オウカが踏み込んで袈裟斬り。アイシャは咄嗟に受け止める。
一旦距離を取って、再び打ち合う。二合。三合。
「やぁっ!!」
「たぁっ!!」
オウカが繰り出した突きを、身体を横にひねって回避。素早く一歩踏み込み、木剣を横薙ぎに振るう。
空を裂いた木剣がオウカの首元に迫り――そこでぴたり、と動きを止める。
「勝負あり、そこまで!」
審判役の騎士から終了の合図を告げられ、両者は構えを解き、その場から退い
た。
「いやー、やるじゃないのアイシャ。完敗だわー」
自身の後頭部をぽんぽん、と叩きながらアイシャの腕前を称えるオウカ。同僚である少女の称賛に、アイシャも破顔して答えた。
「いやいや。オウカも良い動きだったわよ」
「そーそー。特に腕の関節を逆方向に曲げながらアイシャの死角を狙ったのとか
さー」
「いやノノ!? 私は一体どんな人体構造の相手と戦ったのよ!?」
「えへへ、日頃のストレッチの成果が出たのかな」
「落ち着いてオウカ!? 関節が逆に曲がるのは、ストレッチの効果としてあってはならない事だから!!」
自身の肘関節を愛おしそうに見つめるオウカの横顔に、アイシャは先程の剣閃以上に鋭く、心のハリセンを振るうのであった。
「あら、あなたは確か……」
団長に頼まれた資料を取りに行く途中、廊下ですれ違ったローズマリー王妃から声を掛けられた。
「あ、こんにちは王妃様」
「ええ、こんにちは。この間はニコラスの事で迷惑を掛けてしまいましたね」
一礼するアイシャに、ローズマリーは頬に手を当てながら苦笑を浮かべる。傾げた頭から、美しい銀髪がさらりと流れた。
「いえ、そんな……」
「それに、その前の事も覚えていますよ。……あなたのお名前、アイシャさんで間違いないかしら?」
『その前』とは恐らく、城の廊下で逃げ出したニコラスと遭遇した時の事だろう。名乗った覚えがないにも
関わらず王妃に名前を呼ばれた事に、アイシャは目を見開いて驚いた。
「は……はい、その通りですっ。あの、何故私の名前を……?」
「ニコラスから聞きました。それに、カイルからも」
カイル王子はしばしば見習い騎士達と共に剣術の訓練に参加している。その縁で彼と話をする機会はあるのだが、まさか親子の会話に上がる程の印象を与えていたとは思わなかった。
「カイルが言っていました。あなたには良くお世話になっている、と」
「い、いえ、それ程でも」
「それに、あなたのツッコミは騎士団で随一であると評判だ、とも」
「私は一体、周囲からどんな目で見られてるのでしょうか!?」
初めて知った自身の評価に、アイシャは困惑気味に叫んだ。一応は褒められているはずだが、彼女にとって別段嬉しくも何ともない情報であった。
「まあ、あの子も大概無鉄砲ですからね……。あなたには苦労を掛けるかもしれませんけれど、もしカイルが暴走したら遠慮なく叱ってやって下さいね?」
「はい、分かりました」
正直な話、彼の暴走を止められる自信は全くないのだが、顔には出さなかった。それ以上に王妃直々に期待を掛けられている、と言う事の方に心が踊っていた。
「頼りにしています。引き止めてごめんなさいね」
そう言ってローズマリーは立ち去っていった。浮かれ気分で笑みがこぼれたま
ま、アイシャは足取りも軽く廊下を進むのであった。
「うあー、疲れたー」
帰り支度を済ませたノノが、廊下を歩きながらうめき声を上げた。今日の訓練は中々に熱の入ったものだったので、無理もない。
「だらしないわよー、ノノ」
余裕のある表情で、アイシャは言った。
「てゆーかアイシャー、えらくご機嫌じゃん」
「ふふん、まあ将来の騎士としてのお墨付きを得たからね」
「いや、意味分かんないんだけど……」
ドヤ顔で決めるアイシャに、ノノが呆れ顔で言った。王妃に『頼りにしている』と言われた事が、アイシャの中ではいつの間にか『将来の騎士として期待』になっていた。彼女は一旦浮かれると、そのまま突っ走ってしまうところがあるのだ。
「ふっ、分かんなくても良いのよ。いずれ実力で示してあげるから……」
「それは実に楽しみですね。何なら今すぐにでも見てあげましょうか?」
「うわぁっ!? だ、団長!?」
背後から飛んで来た声に、アイシャは驚いて振り返る。そこには、実ににこやかな笑顔のレイナールが立っていた。
「何を調子に乗っているのか知りませんけど、そんな様子では足元をすくわれますよ。だからあなたは脇が甘い、と言われるんです」
「うう……、その通りです……」
一転してため息を付きながらそう指摘するレイナールに、アイシャは一気に縮こまる。冷水でもぶっかけられた気分だった。
「団長もお仕事終わりですかー?」
ノノが尋ねる。
「そうですね、後は他の騎士に任せてますから」
レイナールが答えた。
「じゃあ折角ですから、アタシ達と一緒に『グリード』に行きませんかー? 奢られてあげますよ」
「奢ってもらう立場の癖に何で偉そうなの!?」
後半部分が大変魅力的でない誘い文句で、ノノはレイナールを食事に誘う。それに対し、
「良いですよ」
レイナールはアッサリと返事を返した。
「ええっ!? 誘っといて何ですが、ホントに良いんですか!?」
「たまには部下と食事も良いでしょう。もちろん、私の奢りで」
「「やったぁ、ありがとうございます!」」
笑顔で頷くレイナールに、二人は飛び上がって喜んだ。
「そこでじっくりと、あなた達二人の問題点についてお説教をしてあげましょう」
「「実はやってなかった!?」」
そして、それがぬか喜びである事を知った。
「まあ、半分冗談ですよ。食事中にまで仕事の話をするような無粋な真似はしませ
んから、安心して下さい」
「も、もー団長ってばー。意地悪なんですからー」
「私は半分は冗談じゃない点が著しく不安なのですが!? つまり仕事以外の部分でのお説教って事ですか!?」
「では、行きましょうか。何なら、ナーニャさんも一緒で良いですよ」
「団長!? その辺りウヤムヤにしないではっきりして欲しいのですが!?」
背を向けて歩き出したレイナールに、一安心しながらついて行くノノと、不安倍増しながらついて行くアイシャであった。




