キノコ採りに出かけよう そのいち
「……と言う訳で、アイシャさんにノノさん。森へ行ってキノコを採って来て下さい」
「「いや団長。何が『と言う訳で』なのかサッパリです」」
騎士団長レイナールの発言にアイシャとノノは口を揃えてそう返答した。団長室への呼び出しを受け、開口一番のセリフがこれなので無理もない。
「……それは、私から説明する」
腰まで届く髪を三つ編みにした少女が口を挟んだ。初対面の相手ではない。しかし本来ならばこの場に用のないはずの彼女の存在に、アイシャは疑問を口にした。
「ナーニャじゃない。どうしたのこんな所に?」
彼女は『フロイデ国立魔法研究所』の一員として、日々を魔法の研究に務めている。同い年という事もあってアイシャ達とは友人関係にあるのだが、基本的に騎士団とは無関係の人物なのだ。そんなアイシャの疑問に答えるべく、ナーニャは口を開いた。
「……実は研究に使う材料が足りない。他のは何とかなりそうなんだけど、キノコだけは『魔の森』に生えてるのを採って来ないといけない」
「しかし一人であの森に入るのは少々危険です。他の研究員は忙しくて、森に行けるのはナーニャさんだけ。そこで騎士団に応援要請が来た、というわけです」
訥々と語るナーニャをフォローするかの様にレイナールが言葉をつないだ。
「えーと、つまりアタシ達は護衛って事ですか」
合点が行ったノノが頷く。
「そう言う事です。『危険』とは言っても基本複数人で行けばそれ程問題ない程度の場所ですし、どうせなら気心の知れたあなた達を、と思いましてね」
それぞれへ目線を配らせながら、レイナールは言った。基本的にこういった気配りを欠かさない紳士なのである。これでもう少し見習い騎士達への指導が優しければ言う事ないのにな、とアイシャは胸中で呟く。
「そう言う訳で、改めて……。二人とも森へ行ってキノコを採って来て下さい」
「了解しました」
「はーい」
敬礼をしながらアイシャはやる気の表情で、ノノは気楽な調子でそう答えた。
『魔の森』とはフロイデ城北部に位置する森である。このあたりの土地は『魔力の流れ』――水脈のようなものだと思えば良いだろう――が地表付近に出ておりその影響が色濃く出ている。この森で採れる野草には魔力が蓄積されており、特にキノコは魔力を吸収しやすい、という特徴があるのだ。
まさに魔術実験の材料調達先としてはうってつけなのだが、同時に『魔物』と呼ばれる、魔力の影響を受けた獣などに襲われる可能性もある。
「……入口付近なら一人でも大丈夫なんだけどね。今回はちょっと奥の方まで行かないと駄目なの」
研究室で必要な道具をリュックに詰めながら、ナーニャは二人に説明をした。
「ま、だいじょーぶでしょ。アタシの手に掛かれば魔物の一匹や二匹くらい」
「油断しちゃ駄目よ。何があるか分からないんだから」
「――から追っかけられても逃げ切る自信はあるから」
「そっち!? いきなり逃げるとか、騎士道精神に反してない!?」
「あはは、アイシャは大袈裟だなー、騎士じゃあるまいし」
「アンタは自分がどこに所属していると思っているのかしら!?」
騎士としての誇りを豪快に投げ飛ばしたノノの発言に、アイシャは心のハリセンを振り下ろした。
「……ノノの言う事にも一理ある。危なくなったら逃げるのは正しい」
準備を終えたナーニャが二人の会話に参加する。
「うーん、まあそれは確かに。大体魔物が騎士道を気にするとも思えないし」
「……私は運動得意じゃないから、そうなったら逃げ切れずに捕まって食べられちゃうかもしれないけど、二人は力強く生きてね」
「それ物凄く後味悪い事になるんだけど!? 暗に何かのプレッシャー掛けようとしてない!?」
何気にボケ属性を持つナーニャの発言に、アイシャの心のハリセンが唸りを上げた。
「まー準備も出来たみたいだし、そろそろ行こうよ」
「……そうね。二人とも、よろしくね」
「任せて。ササッと行ってパパッと済ましちゃいましょう」
それぞれ荷物を確認しながら言いあう。
「よーし、じゃあしゅっぱ〜つ!」
勢い良く拳を振り上げながら、アイシャは宣言するのであった。