海だっ!! そのよん。
「思ったより人居ないわね」
「皆様、意外とここの存在に気が付かないのですわ」
翌日、リコとミーアに案内されて、アイシャ達は磯へとやって来た。
海の青と黒くゴツゴツとした岩肌のコントラスト。所々に出来た潮だまりに潜む海辺の生き物。人の活気に溢れた砂浜とは、また違った魅力が感じられた。
「うーん、こう言うところって、軽く探求心がくすぐられちゃうわねー」
辺りを見渡しながら、アイシャは言った。今の彼女は、水着の上にパーカーを羽織っている。
「ほら見て、アイシャー。ヤドカリさんだよ」
「負けないよー、リコちゃん。こっちはカニだー」
潮だまりからつまみ上げた生き物を、比べ合うように掲げるリコとノノ。指につままれたヤドカリとカニが、ワキワキと手足を動かしている。
「大きさ的には互角ってところかな。引き分けー」
「むむ、次は負けないよー、ノノ」
「こっちこそー」
即席の審判役を務めたアイシャの判定に、笑顔で火花を散らす両者。こう言った些細な事で夢中になるのも、野外遊びの醍醐味だ。
「お、こっちにはヒトデが居るぞ」
「ヒトデかぁ。人でなしって事ね、ヒトデだけに!」
「……ホントだ。キレイな星形してるね」
キメ顔のイリーナを背景に、ナーニャはロイドがつまみ上げたヒトデを眺める。
「ヒトデかぁ。ヒトデなしって事ね、ヒトデだけに!」
「色も鮮やかですわね」
キメ顔のイリーナを背景に、ミーアはロイドがつまみ上げたヒトデを眺める。
「ヒトデかぁ。ヒトデなしって事ね、ヒトデは人じゃないでしょ? そう言う意味での人でなしと、ヒトデって言葉を掛けた」
「遂にダジャレの解説始めちゃったよこの人!? いい加減スベってるって事実に気が付いて下さい!!」
その場の皆が必死になって目を逸らし続けている事実。それを一切汲み取る気がないイリーナに、意を決したアイシャは心のハリセンを手に勇猛果敢に切り込ん
だ。
「むう、ノリが悪いわねーアイシャちゃん。海だけに、海藻類のノ」
「聞いてるこっちが辛いんでそろそろ止めて下さい!?」
聞くに堪えない、恐ろしいセリフの気配を察した瞬間、アイシャは叫んでいた。中年男性のセンスを妙齢の女性と言う外皮で覆った人物。それが、イリーナの本質の一端であった。
「まあまあ、アイシャ殿。こっちにはイソギンチャクが居るでござるよ」
「……こっちはウミウシだよ」
『んで、こっちは人間っと』
「ホントだ――って、うひゃあ!?」
唐突に割って入った謎の声と、遅れて聞こえて来たリコの声にアイシャが振り向くと――
『ほーむ、こりゃ人間の子供やわなー』
「わわわ! 何なのこいつー!?」
「お嬢様!?」
「た……タコ?」
そこには、やたらと巨大なタコが、その足をリコに巻き付け捕らえる姿があっ
た。
「な、何でござるか!?」
「うわっ、こいつ魔物化してるタコじゃんか!!」
コジローとノノが叫ぶ。
「つーか、魔物が人語を話してるぞ。あり得るのか?」
「……文献なんかで一応報告例があるみたいだけど……。普通はそんな事ないよ」
ロイドの疑問にナーニャが答える。
「……でも、この近くにも『魔物除け』が設置されてあるのに。こんなところにまで魔物が来る訳……」
魔物が嫌う波長を発する魔法具があるために、人間達の住む街や村には魔物が寄り付かないのである。当然、この海水浴場にも存在するのだが――
『ん? なーんかショマショマした感じがすると思ったら、それが原因かいなー』「一体どんな感じかサッパリ分からないけど、つまりは大して効いてないって事ね……」
非常事態の割に、イマイチ緊張感に欠けるタコとの会話。頭を振って気を取り直し、アイシャはタコと対峙する。
「こちらの言葉を理解出来るみたいね。リコちゃんを離しなさい!!」
「そうだ、離してよー!!」
『ふふん、やーなこった』
小娘の糾弾など意に介さず、と言わんばかりに鼻(?)で笑うタコ。
『なーに、ただ巣に連れて帰って観察するだけや。心配せんでも後で無事に返す
わ。おめーらだって、ヤドカリとか捕まえとるやんか? それと同じやわー』
「うーん、それを言われると弱いんだけど…………巣?」
痛いところを突かれ声のトーンが落ちるアイシャであったが、気になる単語の存在に、思わず聞き返す。
『おう。巣』
「何処にあるの、それ?」
『ん? 海の中』
「助けてアイシャー!? 無事に返される前に絶対私溺れちゃうー!?」
このままでは無事に戻る事が出来ないと知るや、リコは巻き付いた足の中でジタバタと暴れ始めた。エラ呼吸が出来ない人間にとって、海の中と言う場所は非常に住みづらい場所である。生命的な意味合いで。
『うおっ、コイツ子供の癖に力強いなー!? 大人しくせーや!!』
「きゃあ……っ!!」
タコに体を強く締め付けられ、苦悶の声を上げるリコ。
「リコちゃん!! ……リコちゃんを返しなさい!! あなたさっき『ヤドカリ捕まえるのと同じ』とか言ってたわね。だったら、捕まった生き物と同じように全力で抵抗してやるわよ!!」
これも一種の弱肉強食、妙な平等観に流される必要はない。そう心で念じたアイシャは、改めてタコに向き直る。
『勇ましい嬢ちゃんやなー。けど、こっちは伊達に魔物化しとらんでー。そこに居る全員が掛かって来ても、勝つ自信はあるでー』
「……悔しいけど、あいつの言う通りかも。状況が悪い」
挑発気味に言ってのけるタコの言葉に、ナーニャが呟く。何しろ、こちらは武器の一つも持っていないのだ。
『そう言うこっちゃー。つまり、おめーらにゃどうする事も出来んわー!!』
勝利を確信し、高笑いするタコ。
この付近にいる騎士に助けを求めても間に合わない。さりとて、このままでは捨て身で戦っても勝ち目はない。一体どうすれば……。
苦悩するアイシャ。だがその時――
「待ちなさい」
今まで沈黙を保っていたイリーナが歩み出て、タコと対峙した。
『ん? なんやねーちゃん?』
「私が代わりに捕まってあげるわ。だから、リコを離しなさい」
静かに、だがはっきりとそう告げる。
「所長!?」
「イリーナさん、一体何を!?」
イリーナの言葉に、アイシャを始め一同がざわめく。
「危険ですよ所長!! いくら何でも……」
「良いの、アイシャちゃん。こう言うのは大人の役目よ」
振り向いたイリーナは、にっこりと笑ってそう言う。そしてすぐに向き直り、タコに対して語り掛けた。
「どうかしら、タコさん? このナイスバディーをじっくり観察出来るわよ?」
『ええ度胸やなー。よっしゃ、その提案飲んだるわ』
そう言うとタコは、足を巻き付けたままリコを地上に降ろす。
『よーし、このガキンチョを離すと同時にねーちゃんを捕まえるでー』
「イリーナ様……」
ミーアが心配そうに声を掛ける。
「大丈夫よ、ミーア。後は任せたからー」
含みのある言い方に、ミーアははっとした。同時に、ナーニャが「……あ、なるほど」と呟いた。
「それよりも、ちゃんと約束守りなさいよー? アイシャちゃん、リコの確保よろしくね」
『わーっとるわ。アイシャとか言う嬢ちゃん、このガキンチョの体掴んどきや』
「わ……分かったわ」
イリーナの言う通り、まずはリコの安全確保を優先させようと思い至り、アイシャは指示通りに両手でリコの肩を掴む。
『せーので行くでー。……せーの!』
そう言うとタコは、リコを離すと同時にイリーナに足を巻き付けた。すぐにアイシャはリコを引っ張り、タコから離れる。
「リコちゃん、大丈夫!?」
「う……うん、アイシャ。平気だよ」
リコの無事を確認し、一旦はほっとするアイシャ。しかし、代わりにイリーナが捕まってしまっている。状況は決して好転などしていない――
『よっしゃー。じゃあこのねーちゃん巣に持って帰って、色々観察したる……』
「ゴメンねータコさん、騙すような事しちゃって。もうこっちの勝ちなのよー」 イリーナの唐突な勝利宣言に『はあ?』とばかりに顔をしかめるタコ。その言葉で、アイシャはようやくイリーナの真意に気が付いた。
『勝ちやて? アホな事言うなやー。捕まっとる奴が入れ替わっただけで、そっちの状況は何も変わってへんでー』
そう言って余裕の笑みを浮かべるタコ。
彼は気付いていなかった。否、知る由もなかった。
たった今、状況が劇的に変化した、と言う事を。
「じゃ、ミーア。リコの魔法具外してあげて」
「はい、分かりましたわ」
そう言ってミーアは、パーカーのポケットから鍵を取り出す。それをリコの腕輪の鍵穴に差し込み、回す。
かちゃり、と言う音と共に腕輪が開き、リコの手から離れた。
「お嬢様、怖い思いをさせて申し訳ありません。ですが――」
「うん、分かってるよミーア。ヒドイ目に合わされた借りは返さなきゃ」
そう言ってタコの前へと歩み出る。
『なんやガキンチョー。折角離したったのに、また捕まりたい……』
「まずは肩慣らしで。……えーい!」
タコの言葉を無視し、リコは掌を前方に向け、叫ぶ。
瞬間的に火球が膨れ上がり、前方へと放たれた。
火球はタコの側面をかすめ、後方の海へと着弾。発生した爆発は海水を巻き上
げ、大気を震わせる凄まじい轟音と衝撃をタコの背に浴びせ掛ける。
「うーん、快調快調。次は当てるよー」
巻き上げた海水が雨のように降り注ぐ中、リコは真っ白になって固まっているタコに向かって、掌を向けた。
『………………………………………………………………………ナンデスカ、アレ』「あれがあの子の魔力よ。あの様子だと、まだ全力じゃないみたいね。末恐ろしいわー」
辛うじて声を絞り出すタコに、イリーナはうんうんと頷きながら解説する。
『……………………………………………………………………こ、こっちには人質』「ちなみに、力も凄いわよー。さっき、あなたも体験したでしょ? あれが封印された状態で、今のあの子は封印を解いた状態。ついでにあなたは結構な巨体。つまり接近戦を挑めば、私を傷付けずにあなたを倒す事なんて簡単って事」
勝機なし。
タコの胸中に、たった一つの単純な言葉が刻み込まれた。
「それで、どうするのかしら?」
イリーナの最後通牒に、
『………………………………………………………………………………降参します』 タコは弱々しく呟いた。
「それで、このタコどうするんですか?」
連絡により駆け付けた騎士達に取り囲まれた上で縄で縛られ、すっかり意気消沈しているタコを指しながら、アイシャが言った。
「そうねー。曲がりなりにも人を襲ってる訳だし、このまま巣に返すって事はないわねー」
『あ……あの、命ばかりはお助けを……』
「私からもお願い。ヒドイ目には遭ったけど、殺しちゃう程の事は……」
イリーナの言葉に弱々しく懇願するタコを見て、リコはそう口添えをする。
「まあ、そいつの目的は人間の観察だけだったからね。そこで一つ提案、魔力の研究に協力しなさい」
指をピッと立てながら、イリーナはそう言った。
「人語を話す魔物なんて相当珍しいの。あなたの事を調べれば、魔力の影響に関して色々な事が分かるかも知れない。もちろん待遇は保証するわ。どう?」
『お、おおきにー!! 協力させてもらうがなー!!』
イリーナの提案に、大喜びでタコは飛び付いた。
「よーし、決定ね。そいつは丁重に扱いなさいよー」
騎士達にそう言ってから、その場を離れる。後は彼らに任せておけば良いだろ
う。
「それにしても所長」
「ん? なーに、アイシャちゃん?」
「所長の事、ちょっと見直しましたよ」
「へ……?」
笑顔で告げるアイシャに、イリーナはキョトンとする。
「助けてくれてありがとうね、イリーナ。カッコ良かったよ!」
「い、いや、別に大した事じゃないしー。結局はリコが決め手だった訳だし」
アイシャに続けて感謝の言葉を口にするリコに、あたふたとしながらイリーナはそう答える。
「でも危険な目に遭ったのは確かですし。中々出来る事じゃないっすよ」
「……所長、流石です」
「だ、だから、ホントに大した事じゃないってー。ちょっと何よ、どうしたのよ」 ロイドとナーニャからも賛辞が飛んで来るに至って、遂にはそっぽを向いてしまった。
「あれー、もしかして所長照れてるー?」
「胸を張るでござるよ、所長殿」
ニヤニヤしながら言うノノと、称えるように言うコジロー。
「う、うるさーい! 子供が大人をからかわないのー!」
「でしたら、成人であるわたくしが褒め称えましょうか?」
「み、ミーアー!」
したり顔で言うミーアに、顔を真っ赤にしながらそう叫ぶイリーナは、もはや普段の調子など欠片もなくなっていた。
「も、もうこの話はおしまい! とっとと帰り支度始めるわよ!」
『『『はーい』』』
そう言ってさっさと歩き始めたイリーナの背を、一同は笑顔を見合わせながら追うのであった。




