フロイデ王宮事情 暴走編
見習い騎士達が発する掛け声と、木剣を打ち合う音が響く中庭に、その少年は姿を現した。
美しい銀髪に碧眼。すらりと伸びた手足。洗練された優雅さを感じさせる佇まいは、およそ騎士団の訓練所に似つかわしくない。
そんな彼ではあるが、しかしそれが当然であるかのように訓練の場へと足を踏み入れる。その気配に気付いたアイシャは、若干の緊張を漂わせながら、少年に声を掛けた。
「カイル殿下、いらっしゃったのですか」
「ああ、今日もよろしく頼むよ、アイシャ」
ニコリと微笑みそう返事を返すと、女性見習い騎士達の大半から黄色い歓声が上がった。
彼――フロイデ王国第一王子カイルは、最近になって見習い騎士達と共に剣の練習を行うようになっていた。年も近い、と言う事もありアイシャ達とも気さくに接している。アイシャの方は雲の上の人、と言う感覚がまだ少し残ってはいるのだ
が。
「おーおー、来るのが遅いぞ新入りー」
「なんか王族相手に先輩風吹かせてる娘が居るしさあ!? 自分も見習いの癖に!!」 そして、ここぞとばかりにその感覚を捨て去ってしまえるのが、ノノと言う人物であった。
「はは、ノノは厳しいなあ」
「すすす、すみません殿下!! ノノには後できつく言っておきますので!!」
「良いんだ。むしろそんなに構えられるとやりにくいよ。僕が王子だって事は気にしないでよ」
「は、はい。分かりました」
「じゃー殿下、許して欲しかったらちょっとお小遣い恵んで下さいよ? 取りあえずその場でジャンプして」
「だからって気にしなさ過ぎじゃないのとか言う以前に、それはもう先輩風じゃなくてカツアゲしてるチンピラだからね!?」
電光石火の勢いで心のハリセンを振り下ろすアイシャと振り下ろされるノノの姿を、当のカイルは爽やかな笑みで眺めるのであった。
「準備は良いよ。さあ、始めようか」
対峙するアイシャに向かって、木剣を構えたカイルが言った。剣術そのものは幼少期より習っていたと言うだけあって、なかなか堂に入った構えである。その技など、むしろアイシャ達の方が学ばされる点もある位であり、剣士としてかなり優秀であると言える。
「分かりました、殿下。その前に、以前から気になっていた点を確認しておきたいのですが」
「何だい?」
「殿下は戦いにおいて、何を重視しておいでですか?」
「とにかく敵に突っ込んで行って倒す事かな」
「なるほど。色々とアレだと言う事が分かりました」
その猪突猛進な性向を除けば。
その外見や立ち振舞いからの予想に反し、カイルは基本脳筋タイプなのであっ
た。
「殿下が勇敢なお方である事は認めますが、時には頭を使う事も重要です。むやみに突っ込むばかりではいけません」
「心配しないでよ、アイシャ。僕だって考えなしに剣を振るっている訳じゃないんだ」
アイシャの指摘に、ゆっくりと首を左右に振ってカイルはそう返した。
「ああ、そうだったのですか。すみません早とちりしてしまって……」
「気にしてないよ。母上にも昔から似たような事を言われていてね、自分なりに考えながらやっているんだ。例えば――」
一旦言葉を切って、自分の頭の中を探るように目線を上に向けながら言葉を続けた。
「――相手の居る方向に突っ込もうとか、全力で突っ込もうとか、とにかく全力で突っ込もうとか、イノシシのように突っ込もうとか、あとは」
「それを世間一般では考えなしと言うのですが!?」
確かにアイシャは早とちりをしていた、と言えるであろう。何しろ彼女の認識以上に、カイルの特攻野郎ぶりは重篤であったのだから。
「な……! これ以外に考えるべき点があると言うのかい!?」
「相手の動きを良く見るとか、攻めと守りの切り替えのタイミングとかいくらでもある中、それらに全く気が付かなかった事にまずビックリですよ!?」
「し……しかしだよ!? 普通は剣を持ったら本能的に敵に切り込みたくなるものだろう!? これ以上ものを考える余地などないんじゃ……」
「どうしよう!? フロイデ王室にバーサーカーが居るんですが!?」
戦術と言うものを概念ごと投げ捨てたカイルの姿に、アイシャは誰にともなく叫んだ。段々、相手が王族であると言う感覚が麻痺して来ている。
「……ううん、なるほど。どうやら僕もまだまだ学ぶべき事があると言う訳か。それに気付いただけでも収穫――」
『では、行くでござるよノノ殿。……それは天命に歯向かいし愚者に下される雷の如し……』
『それは良いからさーコジロー、早く来なよー』
「………………」
「あの殿下? 何故そんな衝撃に目を見開いた後『何あれ、最高にクール』と言わんばかりの羨望の眼差しでコジロー君の方を見ているのですか?」
果てしなく嫌な予感を感じながらも、努めて冷静に尋ねる。それに答える事もなく、カイルはコジローの方へと歩を進めた。
「おや、殿下。いかがなされたでござるか」
「師匠と呼ばせて下さい」
「嫌な予感的中したよ!?」
コジローに向かって、目を輝かせながら弟子入りを志願するカイル。今、彼の目の前で運命の扉が開かれたのである。
「先程の技を繰り出す前の口上! 是非このカイルに伝授して頂きたい!」
「良いでござるよー」
「コジロー君!! お願いだから少しは躊躇する気持ちを持ってよ!! そして出来れば断って!!」
開かれた扉を必死に閉じようと試みるアイシャ。しかし運命を前に人の力はあまりにも無力であった。
「さあ殿下! 共に栄光の頂を目指すでござるよ!!」
「はい! 師匠!!」
「今すぐ断念しなさい!!」
それでもアイシャは抗い続ける。矢尽き刀折れ、運命の顎が眼前に迫ろうとも、屍を晒す最後の時まで――
駄目だった。




