腹八分がちょうど良い
大衆食堂『グリード』。フロイデ城近辺に位置している飲食店である。その立地条件から、城関係者の憩いの場としても機能している。
その日も、訓練を終えたアイシャとノノは己の空腹を満たすべく店の扉を開い
た。
「あー、もうお腹と背中がくっつきそうだよー」
「アイシャって変わった身体の構造してんだねー。お腹が背中の方に回り込むなんて」
「たとえ話! しかもなんで表側がくっつく前提なの!?」
そんないつも通りな二人に、髪の逆立った少年が声をかけた。
「よお、二人とも。席なら空いてるぜ」
その声の主と親交を持つアイシャ達は、軽く手を振って答えた。
「あ、ロイド君。ありがと」
「気が利くじゃん。ロイドのわりに」
「……光栄ですよお客様。……ったく」
ノノの軽口をいなしながら、ロイドと呼ばれた少年は席へと案内する。彼は料理人を目指すべく、『グリード』で修行中の身なのである。普段は厨房で皿洗いや食材の皮むき等の仕事をしているが、しばしば給仕として駆り出される事もあるのだ。
「そう言やナーニャの奴はどうした?」
「ああ、あの子は研究が忙しいからって」
場に不在の友人に言及しながら、アイシャ達はカウンター席に腰掛ける。そんな彼女達の前に店の主が姿を現した。
筋骨隆々たる体躯。
二メートルに迫ろうかという長身。
スキンヘッドに野太い眉毛。
そして、
「あら、いらっしゃい二人とも。今日も可愛らしいわねっ」
そして、女言葉。
『グリード』店長、ゴドウィンは性別の壁(精神)の偉大なる突破者――オネエであった。
「あはは。ありがとうございます」
「んふふ。アタシが可愛いのはトーゼンでしょー」
アイシャは苦笑い気味に、ノノはすんなりと彼(?)の賞賛を受け入れる。初対面ならいざ知らず、すっかり顔なじみとなった現在ではその言葉遣いに違和感を覚える事はない。
……いや、根本的な部分で違和感を覚えているのだが、それはそれとして。
「んで二人とも、何頼むんだ?」
メモ帳を片手にロイドが訪ねる。
「どうしようかな……。私、今月はちょっとピンチなのよね……」
「そうなんだー。アタシはアイシャの財布次第だから、ゆっくり考えなよ」
「待ちなさい。何ナチュラルに私がおごるかの様な言い方してるのよ」
「え? 昨日『摸擬戦で負けた方が昼食おごる』って約束しなかったっけ? まあ夕食になっちゃったけど、アタシは気にしないから大丈夫だよ」
「一つも大丈夫な所がないわよ! って言うか昨日のアレが約束として成立してると思える所がビックリだわ!!」
全くいつも通りな二人の会話に、ロイドは肩をすくめるのであった。
結局、ハンバーグを注文したアイシャと、オムライスを注文したノノは食事をしながら取り留めもない会話に花を咲かせていた。(おごりの話は次回の摸擬戦の結果次第、という事になった)
そんな彼女等の様子を眺めながら、ゴドウィンはポツリとつぶやいた。
「それにしても騎士団か……。懐かしいわねぇ……」
「え? 店長って元騎士だったんですか?」
思わぬ事実に驚きながらアイシャはそう返した。
「ええ。そういえば言ってなかったかしらね」
「初耳だね。……てことは店長ってアタシらの先輩って事になるんだ」
意外そうな顔でノノは言った。
「そう言う事ね。もっとも、今は飲食店を営んでいるだけのただの乙女よ」
「いや、正直『乙女』と言う表現にかなり違和感を感じているんですが」
「あらいやん、アイシャちゃんの意地悪っ」
くねくねと身をよじらせゴドウィンは言う。しかしすぐに身を正すと、慈愛に満ちた笑顔をアイシャに向けた。
「だけどね、乙女って言うのは気持ちの有り方が一番大切なのよ。肉体面なんて問題じゃないのよ」
「気持ち……ですか?」
「そう、気持ち。気持ちさえ乙女だったらね、人は誰しも――」
「あっこら! 食い逃げだ!!」(ロイド)
「オルァァァーーーーッ!!」(ゴドウィン)
「ゲボハァーーーーッ!?」(食い逃げ犯)
……ドサリ。
「――人は誰しも、乙女になれるのよ」
「すみません。食い逃げを認識した瞬間、目にも留まらぬ早業でフライパンを掴み取り、雄叫びを上げながらそれをダイナミック、且つ無駄のないフォームで投擲、お客及び店員は避け犯人にだけ正確に直撃、無力化出来る人が気持ちだけで乙女と言い張るのは無理があると思います」
だらだらと汗を流しながらアイシャは言った。
「……まー取りあえず、現行犯で捕縛って事で……」
床に沈む哀れなる獲物を見やりながら、ノノはそう呟くのであった。