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メイク マイ デイッ!  作者: 平野ハルアキ
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フロイデ王宮事情 地獄編

「…………何なの、あの人……」 


 フロイデ城内の廊下を鼻歌交じりに歩いていたアイシャは、その人物の姿を捉えてはたと足が止まった。


 ほっかむりで頭を覆い、周囲を気にしながらコソコソと移動する怪しすぎる姿。体格から察するに、恐らく男性。

 泥棒にしては杜撰ずさん過ぎるし、何よりこの有り様で警備の目をくぐり抜けて侵入した、などとは考えにくい。さりとて放っておくわけにも行かない。


「……ええと、そこのあなた。何をしているのですか?」

 軽く警戒しながら声を掛けると、その人物は「ヒイィッ!?」と素っ頓狂な悲鳴を上げ、振り返った。


「ゴメンなさいっ! どうか許して下さいっ!」

「いや許すも何も、まずあなたが何者なの、か――」

 振り返った彼の顔を見て、固まる。その人物は『何者』どころかアイシャにとって、否、騎士団にとって――それどころかフロイデ王国国民にとって、最上級クラスの重要人物であった。


「…………へ」

「え? ワシはええと、その……」

「陛下ーーーーーーーー!?!?!?」


 フロイデ国王、ニコラス=フロイデ三世のご尊顔を拝し、今度はアイシャの方が素っ頓狂な悲鳴を上げるのであった。





 剛直。

 ニコラス王を初めて見た大半の者が、一番に抱く印象はこれであろう。


 恵まれた体格、キリッとした瞳、立派な髭を蓄えた顎。外見的な特徴だけで言えば、実に威風堂々たる佇まいを感じさせる。


 外見的な特徴だけで言えば。


「……あ、そうなの。キミ、見習い騎士なの。へぇー」

「……ええ、その通りです、陛下」

 見習い騎士相手にも丁寧な、と言うよりむしろ腰の低い対応を取る彼の姿から

は、威厳など微塵たりとも感じられたものではない。


「それで陛下? 一体このような所で何をなされていたのですか?」

 至極当然な疑問をアイシャがぶつけると、ニコラスは明らかに目を泳がせながら答えた。


「い、いやね? 別にワシはやましい事をしていた訳じゃないんだけどね?」

「そう判断するには、先程のご様子はかなりマイナスになるかと思われますが」

 ほっかむり片手に答弁する彼の姿は、十人中十人が『不審者』と判断してもおかしくはない。


「そ、それは高度且つ繊細な政治的事情があってだね、一言では語り尽くせない、実にフクザツな思惑が絡み合ってだね……」

「せめて、視線を安定させて下さいませんか?」

 どう考えてもやましい事ありありな態度にアイシャは訝しむ。と、こちらへと近付いて来る人物の存在に、彼女は気が付いた。


「あれ、団長じゃないですか」

「何をしているのですか、アイシャさん。……おや、陛下ではありませんか。このような所で、何をなされておるのですか?」


 騎士団長レイナールがニコラスに気が付き、声を掛けるや、

「ヒイィッ!?」

 またしても素っ頓狂な悲鳴を上げるニコラス王。その悲鳴を聞いたレイナールはスッと目を細め、王を問いただす。


「陛下。何をなさっているのですか?」

 明らかに何かを疑っている様子のレイナールの声に、ニコラスは動揺しながらも答える。


「い、いやその」

「ちなみに嘘を付いた場合、泣くまで蹴り上げます」

「まだ何にも言ってないよね!? て言うかその言葉でワシ既に半泣きなんだけ

ど!?」

 にっこりと笑って言い放つレイナールに、ニコラスは恐怖で縮み上がる。その様子を見たアイシャは、横合いから声を掛けた。


「あ、あの団長? 国王陛下相手に、さすがにそれはマズイのでは……?」

「そ、そうそう! アイシャ君、もっと言って!」

 控えめながらもレイナールを止めようとするアイシャに、ニコラスはエールを送る。


「心配には及びませんよ、アイシャさん。いつもの事ですから」

「陛下いつもこんな扱いなんですか!? 上下関係を考えて下さいよ!?」

「我が国に上下の垣根を取り払った、開放的な気風を取り入れたいと思いまして」「そう言うの決めるのワシだからね!? キミの仕事じゃないからね!?」


 生憎、それで止まるような相手ではなかったが。


 じゃあ試しに、自分がレイナールに対し上下の垣根を取り払った対応をしたらどうなるのだろうか、とアイシャは思ったが、それはクモの糸を足にくくり付けて断崖絶壁からのバンジージャンプに挑戦するような行為であるため、思うだけに留めておいた。


 まあ、王も本気で咎めている様子ではないため、これで良いのだろう。多分。


「それで、結局何をなさっていたのですか?」

 有無を言わせぬ迫力を醸しながら問いただす。その雰囲気に気圧され、ニコライはおずおずと口を開いた。


「あー、そのだね、執務を執り行うためには、環境が重要だと思うんだよね。例えば、すぐ側に地獄の悪魔が居るような状態で仕事がはかどるとは思えない訳で」

「つまり、王妃様から逃げ出して来た、と」

 ニコライが言い終わるのを待たずにレイナールは言った。何故か視線を彼の背後に移しながら。


「そう言う事です、レイナール」

 ニコライの背後から聞こえる、女の声。その声に覚えのある彼が、顔面を蒼白させながら振り向く。


「探したわよ、ニコラス」

「ヒイィィィーーッ!!」

「ロ、ローズマリー王妃様……?」


 そこには、満面の笑みの裏から隠し様のない怒りのオーラがにじみ出ている貴婦人――ニコラス王の妻、ローズマリー王妃が立っていた。


「ところで『地獄の悪魔』とは一体誰の事なのかしら? とっても気になるわ」

「いいい、いやそれは別にそう言う痛い痛い痛いっ!?」

 ローズマリーから掴まれた肩が強く締め付けられ、苦痛に悲鳴を上げるニコラス。その反対側の肩に手を置きながら、レイナールは言った。


「いけませんよ陛下。お仕事をサボられては」

「だだだ、だからそれは別にそう言う痛だだだだだっ!?」

 追加された苦痛に、さらに悲鳴を上げるニコラス。アイシャはその光景を眺めながら、ただ縮み上がるばかりであった。


「そもそもニコラスがしっかりと段取りを決めて仕事してくれれば、私もうるさく言いません。自業自得ではなくて?」

「そうかも知れないけどさっ、ものには限度ってのがあると痛だぁーーーー!?」

「ほら陛下、執務に戻りましょう。何なら、逃げ出さないように私が見張って差し上げましょうか?」

「逃げません! 逃げないから見張り要らないです!」

「逃げなくても見張りは付けておきましょう。レイナール、頼みます。――そこのあなた、色々とごめんなさいね?」

「い……いえ、お気になさらず……」


 ローズマリーに声を掛けられたアイシャは、喉から絞りだすようにそう答えた。


「「じゃあ、行きましょうか」」

「ヒイイィィィィーーーーーーッ!?」


 両側からがっしりと拘束され、引きずるように連れて行かれる国王の姿を、アイシャはしばらくその場で立ち尽くし、


「…………どうか、ご無事で…………」

 せめてもの祈りの言葉を、その背中へと送るのであった。



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