あの子の情操教育
アイシャとノノが城下町の広場を見回り中――
「ん? あれって……」
アイシャは見覚えのある二人組の姿に気が付いた。
片や身なりの良い金髪幼女。片や付き人と思われるメイド。恐らくあれは――
「リコちゃんにミーアさんじゃないの? こんにちわー」
アイシャが声を掛けると、二人は振り返る。
間違いない。リコとミーアだ。
「ん? アイシャの知り合い?」
「うん、こないだ研究所に呼ばれた時にね。イリーナ所長の姪と、そのメイドさんなの」
ノノに軽く事情を説明していると、リコが笑顔でこちらへと駆け寄って来た。
「アイシャ? アイシャだーー!」
リコは駆け寄って来た勢いそのままに、アイシャへと飛び付く。
「アイシャ久しぶりー!!」
「リコちゃん、元気だったはぐぅーーーーーーーーっ!?」
感動の再開にはまるで相応しくない奇声を、アイシャは思わず上げてしまう。何しろリコが抱きついて来た時の衝撃が、内蔵をえぐり取らんばかりに重かったためである。
「うん、元気だったよー! アイシャはどうだった?」
「ほらほらお嬢様、その辺に致しませんと。アイシャさんの元気がどんどんアチラ側へと遠ざかって行ってますわよ」
ぎゅうぎゅうと締め上げるかようなリコのハグによってKO寸前のアイシャの意識は、遅れてやって来たミーアの声で辛うじて救われた。
「お久しぶりです、アイシャさん。そちらの方は初めましてですわね。わたくしはミーアと言います。こちらはリコお嬢様です」
「ああ、初めましてー。ノノです」
「初めまして、お姉さん。リコです!」
初対面の三人が自己紹介を交わす間に復活したアイシャは、恐る恐るリコに尋ねる。
「あ、あのーリコちゃん? なんだか凄い力だったけど、今日はもしかして魔力封印してないのかな……?」
前回の交流にて、リコは強大な魔力の持ち主であり、魔力強化による身体能力も半端ではない事、普段は魔法具でそれを抑えて生活している事を、アイシャは知っていた。
アイシャの質問に対しリコは、
「ううん? ちゃんとしているよー?」
首を横に振りながら左手首の腕輪を見せる。恐らく、この腕輪が件の魔法具なのだろう。
「それはわたくしから説明させて頂きますわ」
ミーアが頬に手を当て、困ったような笑みを浮かべながら説明を始める。
「アイシャさんはご存知の通り、リコ様は莫大な魔力の持ち主でして、普段は魔法具でそれを抑えながら生活していらっしゃるのです」
「へー、リコちゃんって凄いんだねー」
「えへん、凄いのよー」
ノノの感嘆に、リコは胸を張る。
「そして先日、幻影世界での一件でその魔力を全力で行使しました。どうやらそれがきっかけとなったらしく――」
一旦言葉を切り、軽くリコへと目線を移す。
「――リコ様の魔力が以前よりも更に増大しまして、魔法具で完全には封印し切れないのです。身体強化系は特に」
「うわーお、凄いねリコちゃん……」
関心するやらおののくやら。アイシャはため息混じりに呟いた。
「えへへん、凄いのよー」
ますます胸を張るリコ。そんな彼女にミーアは嗜めるように言った。
「あまり調子に乗ってはいけませんよ、お嬢様。自らの魔力を完全にコントロール出来るようになりませんと、周囲が危ないのですから」
「はーい、分かってまーす」
手をピーン、と真っ直ぐに上げ、すまし顔でリコは返事をした。
「私だって、魔力以外でもちょっとずつ成長してるんだから。その内、魔力も完全にコントロール出来るようになるわよー」
「へー。成長って、どんな風に?」
興味を覚えたらしいノノが尋ねると、リコは得意顔で自身の成長について語り始めた。
「最近、色々と新しい言葉を覚えたりしたんだよ。例えば、ええと――」
しばらく頭の中を探るように考え込み、思い至った単語を口にした。
「――『ぜったいりょういき』とか!」
「最近何があったのリコちゃん!?」
リコが言い放った、幼女が笑顔で口にするにはどうかと思われるような単語に、アイシャは問い正さずにはいられなかった。
「うーん、意味は分かんないんだけどね? お父様がなんかそんな事を言ってたの聞こえたから。『メイド達の基本装備にするべき』とか何とか……」
「なるほど、よく分かりました。ご主人様には後ほどじっくりとお話を聞く必要がありそうですね」
にっこりと笑ってミーアが言った。笑っているはずなのに、何故かアイシャはその笑顔から周囲を凍て付かせるかのような冷気を感じていた。
「ふーん、お父さんイイ趣味してるんだねー」
「良い趣味なの? 私には良く分かんないけど……。あ、後ね後ね、『なういやんぐ』とか!」
「その単語自体がナウいヤング達には伝わらないからね!?」
「伝わってるアイシャも大概だねー」
「そう言うノノさんにも伝わっているご様子ですわね」
『現代的な若者』と言う意味の古代語を、未来を担う子供へと受け継いで行くべきなのか、それともさっさと歴史の闇へと葬り去るべきなのか。アイシャには判断が付かなかった。
「それと後ね、ええと確か……『ねこみみあんどすくみずメイド』とか!!」
「すぐに忘れなさい!!」
この学習の成果を放置しておくのは、幼女の成長の方向性としては間違ってると判断したアイシャは、可及的速やかに対処に乗り出した。
「これも猫耳とかメイドとかは分かるんだけど、結局どう言うメイドさんなんだ
ろ? お父様が『最終目標だ』とか言ってたの聞いただけなんだけど……」
「なるほど、大変良く分かりました。ご主人様は後ほどたっぷりと締め……お話を聞く必要がありそうですね」
これ以上なくにっこりと笑ってミーアが言った。笑っているはずなのに、何故かアイシャはその笑顔から全てを焼き尽くさんばかりの熱気を感じていた。
「……と、まあ私はこんな感じに成長してるんだよ。えっへん!」
「それはあんまり成長とは言わないかな……」
どうだ、と言わんばかりの表情で胸を張るリコに、ポツリとこぼすアイシャ。そんな彼女の横合いから、ノノがつんつんと指で突付いて来た。
「アイシャー、そろそろ見回りに戻らないといけないんじゃないの?」
「あ、そうね。……じゃあリコちゃん、ミーアさん。また今度ゆっくりとお話ししようね」
仕事へと戻ろうとする見習い騎士二人を、リコとミーアは笑顔で別れの挨拶を掛ける。
「じゃあねー、アイシャにノノ。またお話ししようねー!」
「それではお二人共、ごきげんよう」
手を振りながら、アイシャ達は広場出口へと向かうのであった。
その日の夕方、とある屋敷からおぞましいほどの悲鳴が聞こえて来た、と言う話を耳にしたアイシャは、その悲鳴の主を憐れむべきなのか、天罰が下されたと考えるべきなのかをしばしの間考えるのであった。




