そうだ、川釣りへ行こう そのいち
定時の訪れをけたたましく訴える時計のベル音に、まどろみの中にあったアイ
シャの意識が現の世界へと引き戻された。
眠気まなこをこすりながらベッドから上半身を起こして、一伸び。徐々に意識が明瞭さを取り戻す。
ベッドから降り、カーテンを開く。まばゆい朝日がアイシャの目を心地よく眩ませた。
「ん〜〜〜〜、良い天気〜〜」
改めて身体を伸ばしながら、一人ごちる。
顔を洗って手早く着替えを済ませ、パンとハムエッグとコーヒーで朝食を摂る。
食器を片付けたら、リュックの中の荷物を確認。問題なし。リュックを掴み、背中に背負いながら自室のドアへと向かう。
「それじゃ、行ってきまーす」
主不在となった部屋へと声を掛け、ドアを閉めて鍵を掛け、くるりと踵を返し
た。頭上に広がる晴天が、アイシャの心を弾ませる。
今日は休日、みんなと川へ魚釣りだ!
「おー、来た来た。アイシャおはよー」
待ち合わせ場所である城下町の外へと繋がる門へとやって来たアイシャを、ノノが挨拶で出迎えた。
「おはよう。もうみんな来てたんだ」
挨拶を返しながら、軽く見渡す。それぞれ「……おはよう」「よーっす」「おはようでござる」と挨拶を返すナーニャ、ロイド、コジロー。この場にいる五人が、本日の釣り参加者だ。
「よーし、全員集合したみたいだし、出発しようぜ」
「そうでござるな、ロイド殿。兵は拙速を尊ぶのでござる!」
「いやコジロー君。そんな焦らなくても」
「……うん、そうだね。カタツムリのようにゆっくりと行こう」
「いやナーニャ。それは遅すぎ」
「よし、じゃあ間を取ってナメクジぐらいのスピードで行こう!」
「いやノノ!? 間を取った結果がなぜソレ!?」
アイシャの本日第一号のツッコミ声が、澄み渡る青空へと溶けていった。
「とうちゃーくっ。よーし、たくさん釣ったるよー」
本日の目的地、城下町の北西を流れる川へとたどり着き、ノノは意気込みもあらわにそう言った。今回の釣りの提案者だけあって、やる気も十分である。
「はいはい、その前に荷物置いて準備しないとね」
リュックを手近な岩の上に下ろしながらアイシャは言った。そう言いつつも、陽光でキラキラと輝く流水に、さわやかに頬を撫でるそよ風。絶好の釣り風景、と言ったシチュエーションに彼女自身、自然と心が踊り出すかのようであった。
「了解でござるよ。釣り竿はこの通りにござる」
「アタシもちゃんと持って来てるよー」
それぞれ持参した釣り竿を掲げてみせるコジローとノノ。コジローが一本、ノノが二本の計三本である。
「ちなみに俺の方は調理器具持って来てるぜ」
リュックから小型の鍋や包丁を取り出しながら、ロイドは言った。
「頼むよー、食料係」
期待を込めたノノの声に、ロイドは軽く手を上げて応える。
「……じゃあ、早速始めようか」
「そうね。竿は三本だから、交代でやりましょう」
「……うん。他の人はハブられた悲しみを堪えながら体育座りでじっと待ってれば良いんだよね」
「そんな視線を背後に浴びながら釣りをするの嫌過ぎるよ!? 普通にその辺で適当に何かしてるとかで良いから!!」
「……うん、訂正。他の人は体育座りで適当に何かしてれば良いんだよね」
「ついでに体育座りの部分も訂正してくれれば完璧だったんだけどなあ!?」
「うーん、それじゃ何座りならアイシャは納得してくれるんだろー?」
「論点が根本的にズレてるって事に気が付けば納得するわよ!!」
いつも通りの漫才じみた会話を始める三人を尻目に、早速釣り糸を垂れ始めるコジローと、一人肩をすくめるばかりのロイドであった。
緩やかな川の流れに乗せられたウキを、アイシャは何が釣れるかと期待を込めた目で眺める。今回行っているのは特定の魚を狙いとはしない、いわゆる五目釣りと呼ばれるものである。
「調子はどうだ? 釣れそうか?」
ロイドが横から覗き込みながら声を掛けてくる。
「ついさっき始めたばかりだよ? まだまだこれからってとこ」
ウキを視線で追いながら答える。
「ま、そうだよな。取りあえずのんびりとやってりゃそのうち……」
『うむ、釣れたでござるよ』
『……お見事』
「お、あっちは早速釣れたみたいだな」
「早いわねー。こっちもその内釣れるはず……」
〜五分後〜
『よーっし、釣れたー』
「ノノの奴も釣れたか」
「と言う事は、次は私が……」
〜十分後〜
『またまた釣れたー』
『……これで二匹目? いい感じだね』
「調子良いな、あいつ」
「と言う事は、次こそ私が……」
〜二時間経過〜
『……あ、釣れた』
「な、なんで私は釣れないの……?」
交代で行っている間に、それぞれに何らかの釣果が出ているにも関わらず、自分一人だけが何一つ釣れていない現状にアイシャは段々と焦りを覚える。
「ほーい、そろそろ交代ー」
そう言われ、ノノに竿を手渡す。首をひねりながら一歩下がり、彼女の見学を始めた。
「う、うーん、まあ多分場所が悪かったとか、そう言う」
「お、釣ーれたっと」
「交代後いきなり!?」
あともうちょっと交代が遅ければ、釣っていたのは私だったのに!
数秒前まで自らが持っていた竿に訪れた釣果にアイシャは衝撃を受けた。
「そう言えば、そろそろお腹が空いて来たかなー。……おーい、ロイドー」
ノノはそう言ってロイドに声を掛ける。川辺りの石をひっくり返して釣り餌を調達していた彼は、手にしていた石をその場に置き、ノノの方へと歩を進める。
「おう、どうした?」
「いやね、もうお昼時じゃん? だからさ――」
やって来たロイドに、ノノは笑顔を――とびっきりの輝くような笑顔を弾かせながら告げた。
「――パン買って来て」
「まさか俺が頼まれた『食料係』ってそう言う意味か!? それ単なるパシリじゃねえか!!」
内心、店で鍛えた料理の腕を披露出来ると期待していたロイドにとって、ノノの告げた用件はその期待を木っ端微塵に打ち砕く代物であった。
「あれ、そうだっけ? ごめんごめん間違えた。……じゃあ、パン買って来て」
「間違えたのは『食料係』って言葉の方か!? 要するに俺はあの時パシリ役に任命されてたって事か!!」
「むう、仕方ないなー。じゃあ代わりに釣った魚の調理とお弁当で手を打つかー」
「俺としてはそっちが本命だと思ってたんだけどなあ!!」
「……まあまあ、とにかくお願いね」
「いやー、楽しみでござるなー」
「ありがとうございます、お客様……」
うなだれながら、思わず店での言葉遣いで対応する。そんなやりとりをボーっと聞いていたアイシャは一旦大きく頷き、そして決意に満ちた瞳で前を向いた。
「このままでは終わらないわよ。お昼食べたら、絶対に魚を釣り上げてやるんだから!」
グッ! と握りしめた拳を天に向かって突き上げ、叫ぶ。全身からやる気オーラをみなぎらせながら。
「……おお。アイシャが燃えてる」
「アイシャって、意外と負けず嫌いなんだよねー……」
闘志をたぎらせるアイシャの姿に圧倒されるナーニャと、それを眺めながらボソリと呟くノノであった。




