血戦のおままごと そのよん。
『え? 嘘ちょっと? ちょっとちょっとちょっと!?』
イリーナの動揺の声と共に大量の魔力の粒子が荒れ狂う。やがてそれは収束し、一つの姿を顕現させる。
それは、今までの幻影より明らかに異質で巨大であった。
鋭い角に牙。獣の如き体毛。樹木など一撃で薙ぎ払ってしまいそうな剛腕。翼に尾と、人型を逸した姿。
何よりも――理性など欠片も見出せないその瞳。
『グゥゥゥゥゥゥ…………ッ』
唸り声を上げる幻影に対し、アイシャ達三人は困惑顔を浮かべる。
「な、何なのよこれ……。これが四天王の最後の人……って事?」
「いえ……。先程姿を見せた時とは明らかに違いますわ」
「? 何処かで見た事あるような……?」
状況が判然とせずに立ちすくむばかりの彼女達を幻影の目が捉え、
『……まずい! 逃げて!!』
『グゥオオオォォォォォーーーーンッ!!』
ナーニャの声と幻影が腕を振りかぶるのはほぼ同時だった。瞬間的にアイシャは二人を引っ張り、背後へと逃れる。直後、先程まで三人が立っていた地面に腕が振り降ろされ、叩きつけられた。
「のわあぁぁぁーーーー!! なんなのよコレーー!?」
『気を付けて! そいつは危険よ!!』
行動から一歩遅れで危機感が生まれ慌てふためくアイシャの耳に、イリーナの警告が飛び込んで来た。
「ど、どう言う事なんですか……?」
『そうね。まずそいつが生まれた状況を分かりやすく説明するとね……』
イリーナは一端言葉を切り、要点をかいつまんだ説明を行った。
『『失敗しちゃった☆ てへ(はぁと)』…………と言う事よ』
「わあ、分かりやすい理由! ふざけんなーーーーーーーーーーーーーー!!」
実に明快で、且つキュートで茶目っ気たっぷりな説明にアイシャは敬語と言う概念をかなぐり捨てた魂の声を響かせた。
『うう、そんなに怒鳴らなくても……。悪いとは思ってるんだから……。それで
ね、あいつ中心に魔力が歪んでるみたいで、ぶっちゃけあいつ倒さないと幻影世界から出られないっぽいの。緊急用の強制脱出回路、作動しないし』
「そして最悪な展開来ちゃったよ!! あいつどう考えても見習い騎士の手におえるような相手じゃないですよね!?」
降って湧いたかのような災厄に半泣きで悲鳴を上げるアイシャ。当然、日頃の訓練ではこのような怪物と戦う事は全く想定していない。
「……それにしてもあいつ、やっぱり何処かで見た事が……あっ! まさか!」
『どうしたのよリコ。あいつに見覚えでも……ああ、なるほどね……』
『……はい。間違いないです』
先程から疑問顔だったリコは、突然合点が入ったかのように叫ぶ。そんな彼女の様子に、イリーナとナーニャもある結論へと思い当たった。
「……? あいつを知っているの?」
アイシャが尋ねると、ミーアが「ええ」と返した。どうやら、知らないはアイ
シャ一人だけらしい。
「……あれの存在は書物でのみ語られています。その名は魔人『カタストロフ』、終末を呼ぶ存在……。破壊衝動のみで活動する、最凶最悪の悪魔……」
「…………」
「……と、漫画の設定資料集に書かれていましたわ」
「設定資料集ーーーーーー!? アレ漫画のキャラクターなの!?」
重々しい語り口に戦慄を覚えていたアイシャにとって、その『書物』の正体は予想を斜め下方向に裏切るものであった。
『……うん。本編には出ない幻の敵なの。第四部最後に出る予定だった』
「いや知らないわよ!?」
「え? アイシャ知らないの? 『龍玉えもん』、面白いよー」
『そうそう、あれサイコーだわ。美形ライバルキャラのツァア様が私イチオシなのよね〜』
『……ジョー・タロの必殺技『あらあらラッシュ』は、私の読んだ漫画の中では最強の技だと思ってる』
「『肩は青く塗らないのですか?』のセリフには感動のあまり涙が止まりませんでしたわ」
「この絶望的な状況下で、のん気に漫画談議に花を咲かせるなーーーーーー!?」
リコの言葉をきっかけに、眼前の脅威をほっぽり出して楽しそうに語り始めた三人へ、アイシャは心のハリセンを抜き放った。
「知らないなら、今度貸してあげるね」
「わあい、とっても嬉しいなあ! その『今度』が永遠に消し飛びそうな状況だけど!!」
リコはリコで状況にそぐわない親切心を発揮してくれており、アイシャは思わず感動とは全く別の理由で涙した。
『ウオォォォォーーーーーーォンッ!!』
「――って、本当にそんな事してる場合じゃない! 二人共下がって!」
<カタストロフ>の咆哮で我に返ったアイシャは腰の剣を抜き、構える。こいつを倒さないと出られないのなら、どの道戦うしかない。たとえ勝利が絶望的であろうとも。
「てぇぇーーーーーーい!!」
アイシャは剣を脇に構えながら<カタストロフ>へと疾駆し、
『ゴアァァァァーーーーーーッ!!』
「やっぱ無理ぃぃぃーーーーーーっ!!」
そして<カタストロフ>が地面に腕を叩きつけた衝撃で、アッサリと吹っ飛ばされるのであった。
「アイシャ! 大丈夫!?」
慌ててアイシャへと駆け寄るリコとミーア。
「痛たたた……。う、うん。大丈夫」
呻きながらもアイシャは身体を起こす。どうやら骨などにも異常は見当たらないようである。
「でも、このままじゃどうにも……」
『聞いて、アイシャちゃん!』
不意にイリーナの叫び声が聞こえる。アイシャは頭上を見上げ、返事を返す。
「どうしたんですか、所長!?」
『今ちょっと調べて見たんだけど、どうも魔力の歪みの中心はそいつの尻尾の付け根付近にあるみたいなの! そこがそいつの弱点のはずよ!』
「尻尾の付け根ですね! 分かりました! ……でもどうやって背後に回り込め
ば……」
顎に手をやり、ぶつぶつと考え込むアイシャ。そんな彼女へ、リコが言った。
「アイシャ、私があいつを抑え込む。その隙にあいつをやっつけちゃって!!」
「リコちゃん!?」
「お嬢様!? そんな危険です!!」
リコの申し出に、アイシャとミーアは目を見開いて驚く。しかしリコは、首を振って反論する。
「このままでも危険なのは一緒だよ! だったら、戦った方が良いよ!」
「しかしお嬢様……」
ミーアは逡巡を見せる。しかし、リコの決意に満ちた瞳を見て、止める術はないと悟った。
「……確かに、それしかないようですね……。分かりました」
『ごめん二人共! こっちも何とか動きを止められるよう試しているから!』
「うん! イリーナよろしく!」
リコはイリーナへそう返し、アイシャへと向き直した。
「アイシャ、一緒に頑張ろうね!!」
「リコちゃん……。……うんっ、よろしくね!」
アイシャは剣を構え直し、<カタストロフ>の背後へと回り込むように動く。
『グオオォォォォン……』
<カタストロフ>はアイシャを追おうとするも、
「やい! あなたの相手は私だよ!!」
『グワァァァーーーーッ!?』
リコの放った火球にたじろいだ。
「ええーーーーいっ!!」
リコは立て続けに火球を撃ち放つ。<カタストロフ>を飲み込むかの如く猛り狂う炎。
『グガァァァアアアアーーーーーーッ!!」
怒声を上げ、完全にリコを標的と定めた<カタストロフ>は腕を振りかぶり、その巨体からは想像も出来ない程の速度で襲い掛かった。
「きゃあっ!!」
「お嬢様!!」
回避はしたものの、衝撃で体勢を崩すリコ。間髪入れず<カタストロフ>はその強靭な腕を振りかぶり、動けないその身体へと叩きつけ――
『……所長!』
『よっしゃ! 間に合ったぁ!!』
瞬間、<カタストロフ>の動きが急激に鈍る。イリーナ達が上手くやったらし
い。その間にミーアはリコを抱き上げ、退避する。
「やあぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
<カタストロフ>の意識がリコへと向いている間に背後へと回り込んだアイシャは、裂帛の叫びと共に剣を尻尾の付け根へと突き立てる。
『グギャアァァァァァアアーーーーーーッ!?!?!?』
断末魔の叫び。<カタストロフ>の身体から剥がれるかのように光の飛沫が散
り、魔力の粒子へと還って行った。
「……や……」
しばらくの間その光景を呆然と見届けていたアイシャ達は、
「「「『『やったぁぁぁーーーーーーっ!!』』」」」
危機が去ったのだと実感した瞬間、弾けるかのように歓声を上げた。
「本当にごめんなさい。この度の不始末は後日正式に付けさせて頂きます」
元の世界へ戻ってくるなり、イリーナはそう言って深々と頭を下げた。
「い、いやそんな、もう気にしないで下さいよ。こうして無事戻ってこられた訳ですし」
想像していた以上に丁寧な彼女の謝罪に、むしろ戸惑いながらアイシャはそう返答した。
「あらそう? じゃ、もう気にしなーい」
「割り切り早っ!? もうちょっと引きずりましょうよ!!」
そしてある程度想像していた通りの彼女の復活の早さに、アイシャはいつもの調子でツッコミを入れた。
「それにしても、何故あのような幻影が生み出されたのでしょうか? 意図せずに誕生した割に、特定の漫画のキャラだった、なんて偶然が……?」
「うーん、私が研究の合間にその本読んでたから、その記憶が魔力に影響を与えて知らず知らずの内に創られていた、とかかなぁ? 創造系の魔法ってまだまだ未知の部分大きいからねー、要研究だわ」
ミーアの疑問に推測を述べるイリーナ。魔力理論に関して素人のアイシャにとっては意見しようのない事だ。専門家に任せておくのが良いのだろう。
「……なんにせよ、予定より早いけどアイシャお疲れ様」
「うん、お疲れ様」
取りあえず、これでアイシャの役目は終わりだ。
疲れた。って言うかホントに死ぬかと思った。終わったら定時まで休んで良いって団長が言ってたから、しばらく寝よう。
そう思うアイシャにリコが近付いて来る。そして、
「楽しかったよアイシャ! また遊ぼうね!!」
出会った時と全く同じ元気な声と満面の笑みでそう言った。
この笑顔はずるいや。
胸中で苦笑いを浮かべながら、
「うん。約束するよ!」
本心から、そう答えた。




