血戦のおままごと そのさん
「……恐るべき相手だったわ。あと少し判断が遅れていたら、敗北していたのは私の方だったかも知れない。けれども、私の勝利への執念があなたを打ち破ったよ」
「グヘァァーーーー!! オ、オレ様がこんな小娘なんかにぃーーーー!! ……あ、どうもお疲れ様でした」
『フッ。<第一の刺客>を倒したようだな』
『しかし、奴は我ら四天王の中でも最弱に過ぎません』
『そのような小娘如きに負けるなど、四天王の面汚しめ』
「あの〜。そろそろ戻って来てほしいんだけれども……。そして、どちら様ですかあなた達……」
十分間逃げ切り、こちらの(むしろリコの)勝利が確定した途端に始まった寸劇に、アイシャはおずおずと言った調子で声を掛ける。
「四天王の残りの方々かと」
「うん、そう名乗ってるよね。そう言う事を聞きたいんじゃないからね」
『もー、アイシャちゃんノリが悪いわねぇ。こういうのは雰囲気が大事なのよ。
ま、それは置いといて、勝利おめでとう。次行くわよー』
イリーナが指示すると、四天王の内の三人の姿が掻き消え、残った一人が名乗りを上げる。結構な巨躯の持ち主である。
「この俺が<第二の刺客>だ! さっきのあいつが『速さ』なら、俺は『力』!
この腕力でねじ伏せてやる!」
「つまりパワー系の相手って事だね。これは油断出来ないわ」
「鬼ごっこに腕力要るの……? って言うかさっきの人むしろ最強なんじゃ……」 アイシャのツッコミをスルーしながら<第二の刺客>はグッと拳を突き出し、闘志をみなぎらせ、叫んだ。
「子供の頃に両親に見捨てられた俺は、底辺を這いずり回るだけの人生を歩んで来た。しかし俺は能力を見込まれ、四天王に拾われる事になった。もし敗北すれば、俺は無能の烙印を押され再び見捨てられ、存在意義を失う事になる。絶対に負けないぜ!」
「重い! 重いよ境遇が!? なんか凄い勝負しづらいんですけど!?」
想定外の方向から来た発言内容にアイシャはたじろぎ、後ずさりする。見ればリコも難しそうに顔をしかめている。
「うーん、なんだか本気で勝負しちゃいけないような気がするよぅ……」
悩ましげにそう呟く。相手への同情心に呑まれ、先程までの勢いが陰りを見せている。
そんなリコの姿を眺めていたミーアは静かに歩み寄り、彼女へと語り掛ける。
「お嬢様。確かにあの方には負けられない理由があるのかも知れません。けれど、思い出してください。お嬢様にも、戦う理由はあるはずです」
苦悩に淀む小さな瞳を真っ直ぐに見つめながら、ミーアは微笑み、言葉を紡い
だ。
「そう――『楽しく遊ぶ』と言う大事な理由が!」
「ミーア……」
「軽い! 軽いよ戦う理由!! 比べ物にならない程に!!」
ミーアの言葉にはっとするリコ。そして己の気持ちを確かめるように目を閉じ、こくんと軽く頷いた。
「……そうだよね。私にも譲れないものがあるもんね。うんっ、もう迷わないよ!この勝負、全力で行くよ!」
「良い覚悟だな! ならば行くぜ!」
「いやリコちゃん!? 今回ばかりは譲ってあげても良いんじゃないかな!?」
アイシャの叫びはむなしく空へと消え、イリーナの『じゃ、スタート』と言う声だけが皆の耳へと吸い込まれて行った。
「……凄まじい強敵だったわ。黄金の右に左が加わった時には、絶望の心に支配されてしまいそうだった。けれども、仲間との友情があなたの技を打ち破ったのよ」
「これが友情の力……。フッ、負けたぜ……」
「ほとんどリコちゃん一人で勝ったようなものだったよね!? 私達開始1分もせずに捕まったし!!」
地面がひび割れたり、炎が爆ぜたりする光景が繰り広げられた鬼ごっこは、今回も三人(と言うか一人)の勝利に終わった。
地に膝を屈する<第二の刺客>は、自虐的の笑みを浮かべながらリコに語り掛ける。
「お前の力、見せてもらった。俺はこれから居場所を追われ、行くアテもなく裏路地を彷徨い歩き、一人寂しく朽ちて行くような末路を辿るだろうがそれは別に気にせず最後まで鬼ごっこを楽しんで行け」
「うん、分かった!」
「心にトゲが突き刺さるかのようなレベルで気になるわよ!?」
えらく明確な自身の行く末を語りながら姿が掻き消えて行く<第二の刺客>に対し、笑顔で見送るリコと煩悶するアイシャ。対照的な両者の姿であった。
『……まあまあ、アイシャ。あくまでもそう言う設定に創られてるってだけだか
ら』
「子供を相手にした鬼ごっこに、そもそもその設定が必要なのか激しく疑問なんだけど!?」
『良しっ! じゃあそう言う事で二勝目おめでとう! 次行きましょー』
「強引に良いって事で片付けちゃったよこの所長!! はい雰囲気が大事なんでしたよね分かりましたよもう次行きましょう!!」
半ばヤケになって放たれたアイシャの叫びを合図替わりに現れる刺客。ひょろりと長い体をした幻影であった。
「ホホホ。わたくしが<第三の刺客>でございます。わたくしの知略であなた方に敗北の味と言うものを教えて差し上げましょう」
「うう〜。私頭使うの苦手だよぅ……」
「お嬢様、勉強もキチンとしなくてはいけませんよ」
「知略は鬼ごっこに……まあ使えなくもないか」
三者それぞれの反応。
そんな彼女らを前に、<第三の刺客>は嘲るかのように甲高い笑い声を上げなが
ら語り始めた。
「ホーホホホホホ! わたくしの知略の一端をご覧に見せて差し上げましょう! ……3,15159265」
「まさかこの人円周率数えて見せれば知略系アピール出来るとか思ってるの!? しかも三桁目でもう間違ってるし!!」
「ホホホ! いかがですかな、わたくしの知略! 恐れおののきなさい!」
「そしてもう終わっちゃったよ!! うん、この人も色々おかしいって事が良く分かった!!」
己の知略を誇るかのような哄笑に被さる『じゃ、スタート』の声。それにまるで気付かない<第三の刺客>は捨て置いて、アイシャ達は各々別方向へと逃げ始め
た。
「……そんなでもない相手だったわ。もしも私が両足を縛られた状態だったら危なかったかもしれない。けれども、普通にやったから勝てたのよ」
「つまりは弱かったって事だよね!? 実際私等でも余裕で逃げ切れたし!!」
「この様子ですと、幻影の方も体力の概念はあるみたいですね」
微塵の危なげもなく勝利を収めた三人は口々に感想を述べる。ちなみに<第三の刺客>は疲労により、虫の息で地に伏していた。
『三勝目おめでとう。まさかここまで勝ち進めるとは思わなかったわ』
「三勝目が一番楽でしたよ……。あの刺客、常人よりも体力ないですよね」
『ちなみにアイシャちゃん』
「はい?」
『私は円周率十五桁くらいは余裕だから』
「なんの補足ですか!? 取りあえず円周率から離れて下さい!!」
中途半端な自慢を始めたイリーナを、アイシャの心のハリセンが食い止める。特に気を悪くした様子も見せずにイリーナは次の幻影の準備を進める。
『はいはい。じゃ、次行きましょうか。……? あれ? おかしいな? ナーニャちゃん、そっちどう?』
『……分かりません。……? え? なにこれ、勝手に……』
ナーニャの声に戸惑いの色が混じり始めていた。




