猛者ととんでもない後輩
ぎゃあぎゃあ騒ぐいい年した男2人を前に、ひっそり思案するエメリー。物静かな謎めきをまとう彼女は、無視できない存在感がある。
突然エメリーの左手を、違和感が襲った。小指が、一瞬熱く疼いた気がした。
ひょっとしたらと、望みが湧く。
果たされないままずっと残っている約束を、やっと。自分の手で護れるかもしれない。
エメリーはそっと、男たちには勘付かれないよう、片方の手で左の小指を包んだ。
「…………本当に、私しかいないんですか?」
しばらくして生まれた、音。決して大きくない声は、それでも口やかましく言い争っていた2人の耳にすんなり入った。
操られたようにフランソワがエメリーと向き合い、首を縦に振る。
「ああ」
「集団毒殺事件、ですよ?」
「ああ」
刹那、零れそうな青灰の双眸に光が走った。
整った彼女の、引き締められた口元が緩んだ。両膝で組んだ手に固く力を加える。
強張った声が紡いだ。
「私で良ければ、引き受けさせて下さい」
「…………え?」
いいの? とジャンはぽかんと口を開け、エメリーを凝視する。
被告人の性格を差し引いても、ベテランの法廷弁護士までもが匙を投げた一件だ。そんな大役を、優秀といえ駆け出しの法廷弁護士が務めるなんて。
…………こちらが押しつけたのだが。
逆転無罪を勝ち取れば、確実に彼女の名は上がる。しかし無実を証明できず敗訴なら、年配の法定弁護士たちが黙っていないだろう。ただでさえ、彼女の評判を快く思ってなさそうなのだから。
ある意味で博打な裁判に、どうして立とうと決めたのだろう。本音を知りたくて、ジャンはまじまじと人形みたいな表情を探る。
澄ましたような虹彩には何の欲望も浮かんではいなかった。
「…………ははは! そうか。そうだよな。でかしたお嬢。よくぞ言ってくれた! ああこれで安心して寝れる!」
裏があるものと考えられるが、本当のところは分からない。もしかすると純粋に人助けしたい一心なのかも。
そんなことを訝ったりせず、自分にお鉢が回ってくることばかりを怖がっていたフランソワは、両手を振り上げて喜んだ。さすが俺の教え子、と。
…………なんか違う気がする。
まあいいか。ジャンもフランソワのプライドを投げ捨てた言動に引っ張られてどうでも良くなった。理由はどうあれ、この子のおかげで面倒な仕事を受ける可能性がなくなったのだ。感謝せねば。
先輩がとんでもない人だと後輩もとんでもなくなるのだな。ジャンはため息をついた。