丸投げする猛者
酷い。凄まじく酷い。こんなプレゼントを押しつける先輩が他にいようか。
「あのなあフランソワ! いえ、ちょっと、違うんです。エメリーさん。これは……」
ジャンが慌てて言葉を正そうとする、が。
「なんで私が?」
「は!? エメリーさん?」
ところがどっこい。
ジャンの予想に反し、エメリーは驚いたのも束の間、身を乗り出した。
集団毒殺事件といえば今でも国内に影響を残す大事件である。フランソワの下で司法修習をしていた時も、エメリーはさんざんその事件のことを聞かされてきた。再審が決定したという情報も、数日前に小耳にはさんだ。
それにこの事件は、実は彼女が一番に関心を寄せていたものでもある。
だけど国王をも巻き込んだ重大な事件の再審を、どうして新米の法廷弁護士に任せようとするのか。
「なりたい奴がいないから」
「…………はい?」
「弁護するにしてもどうせ有罪は確定だからさ、皆やりたくないんだよね」
10年も経っている事件だ。証拠は掘り出されてしまっているだろう。いくら判決がおかしかったとはいえ、それを覆すだけの力は、ないに等しかった。
「さ、再審を請求した代表弁護士は……?」
「あーそいつねー。再審するかどうかの決議の段階で死んじゃったっていうからねー」
適当すぎる。
だが2年の付き合いで彼の人柄に慣れたエメリーは、流した。
「で、でも大きい事件の弁護はベテランの人がするのが暗黙の了解って……」
法廷弁護士がどれだけ嫌がっても、被告人がどんなに凶悪な罪を犯した者であっても、法廷弁護士がその弁護につかなければならないのがアルバーンの決まり事だ。
というかどうして、経験豊富な先輩たちが引き受けたがらないのだろう。上手くいけば顧客が増えるチャンスなのに。
痛いところを突かれたと、フランソワは頬を掻いた。
「いや………そうなんだが。判決が確定してから、被告人を助けてやろうって動きは何回かあった。けど全部長続きしなかったんだ。どいつもこいつも、限界だって」
「再審の弁護を引き受けてくれるって言った人も、1回その子と会っただけでお手上げするし。………さんざんだよ」
はあ、とジャンがかぶりを振る。
「とにかく、被告人の奴が気難しいんだ。俺たちがどんだけ助けてやるっつっても、信じてくれねぇんだ。だから色んな法廷弁護士の間をたらい回しさ」
フランソワ自身は声がかからなかったので会ったことすらないが、噂ならいくらでも耳に入った。
元々の性格がああなのか途中でグレたのか、気に食わないことがあれば怒り狂う。危うく胸ぐらを掴まれかけた法廷弁護士もいるらしい。人を疑ってばかりで話も聞かず、およそ無実の人間とは思いがたい。
弁護士は信用商売だ。依頼人との信頼関係が築けなければ、依頼をやり遂げることなんてほぼ不可能だ。本心で語り合える、そうなって初めて依頼人を手助けできるのに。
フランソワは彼女の狭い肩に両手を乗せ、怒涛の勢いでぶちまけた。
「なあ。だから頼む。エメリー。お前だけが頼りなんだ。誰も引き受けずに上から勝手に指名されるのだけはどうしても嫌だ!!」
「本音出すなよお前!」
先輩として、法廷弁護士としてのプライドもへったくれもない物言いにギョッとしてジャンが突っ込んだ。