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裁きの庭  作者: いずれけす
第一章 回された歯車
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アルバーン王国


 アルバーンは、大陸のどの国よりもいち早く法を取り入れた国家だ。



 かつて大陸全土を戦地に変えた血生臭い戦争があった。結局その戦争はどこが勝ったわけでもなく自然消滅し、残ったのは飢えた民と荒れ果てた国土。

 人々は飢えをしのぐため殺し合い、物を奪い合い、政治は混乱状態に陥った。

 なぜこのようなことになってしまったのか。人々はやがて、その原因が戦いをあおった国王と貴族にあるのだと悟った。


 そこで1人の学者が、二度とこのような悲劇を繰り返さぬよう王たちをも拘束する制度が必要だと訴えた。人間ではない者が国を治めることで、平和を取り戻そうと。

 その後、様々な知識人が集まり、国王たちの権力から国民を護るための定めを作った。

 この『定め』が法だ。


 最初に法が生まれた国。そこにアルバーンの強みがある。


 しかしいくらアルバーンが最初の法治国家で、司法制度が充実していても、そこで行われる判決まで正しいわけではない。刑事裁判の有罪率が9割を超えている事実こそが、その最たる証拠だろう。

 アルバーンの各地にある警備隊と検察が優秀なのは確かだ。けれど彼らを手放しに評価するのは弁護士のプライドが許さない。弁護士が彼らから無罪を勝ち取るケースも、ままあるのだから。


 そんないきさつから、弁護士たちは連盟を作って勢力を張り、裁判所にねだりにねだって再審制度をもぎ取ったという歴史があったりする。



*******



 ジャンはフランソワに連れられ、弁護士たちの組織である弁護連盟の塔――――その名もざっくり『正義の塔』――――の廊下を歩いていた。

 廊下は長く、いくつもの扉が並び立っているのに、フランソワはなかなか開けるそぶりを見せない。彼が世話を焼いていた弁護士は、かなり(はし)っこの部屋を与えられたようだ。なまじ塔の内部が無駄に広いこともあって、足が痛い。


 王都で弁護活動や法律問題の依頼を扱う法廷弁護士は、この塔の一室を与えられる。一方で、なりたての弁護士やその見習いなどは、1つの部屋を数人で共有する。


 フランソワたちがいるのは塔の最上階だ。若いと体力があるという連盟の上層部の偏見で、新米は必ずそこの部屋をあてがわれるのだ。

 しかしその階にいる人物に会おうとしているフランソワたちにとっては、たまったものではない。加えてこんなに長い廊下。気が滅入る。

 ジャンは重たくなった足腰をなだめながら、速足のフランソワに追いつくべく慌てて歩調を合わせた。


「16歳で法廷弁護士って、すごく頭いいんだね。14歳で司法試験に受かったわけだろ?」


 司法試験は、アルバーンの国家試験の中でもとりわけ難しい部類に入る。法学院でひたすら法律科目の勉強に明け暮れた学院生ですら、合格者はほんの一握りなのだ。

 しかも法学院へは15歳にならないと入学できない。

 その前の年に試験を受けたということは、独学でありとあらゆる法の学問を制覇した………?


「………嘘でしょ?」


 もはや化け物である。

 あ、そういえば。そんな化け物がこの塔にいるという噂を、あまり仲良くない法廷弁護士のおじさんがこの前していた。

 しかも化け物の先輩がこいつだったとは。


「裁判官にも顔を覚えられたんだよ。おまけに美人だし」


 フランソワが嬉しそうに話す。出来のいい後輩を持ったおかげで自分の株も上がったのだそうだ。なんというか、腹黒い。


 弁護士といっても、頭に『法廷』がつくだけで価値がだいぶ高くつく。弁護士は示談で済ませられる争いや、調停といったあまり大事(おおごと)にならない小規模な案件を取り扱う。

 一方、法廷弁護士は裁判の弁護に単独で立つことができる。そのため法廷弁護士は、かなりの知識と実力、手際の良さが求められる。


 法律職に就くには、2年間の司法修習を終えるのが絶対要件だ。簡単にいえば、司法試験に受かった人たちは、見習いとしてベテランの先輩と一緒に裁判実務に(たずさ)わらなければならないのである。

 フランソワの後輩は、そこでも検察を一泡吹かせるほどの論破をいくつもやってのけたらしい。


「あいつ、めちゃくちゃ優秀だったからなー。あいつのおかげでこっちの依頼人が大抵勝てたし、長くかかりそうだった裁判がちゃちゃっと終わったくらいだもん」

「へ、へぇ……」


 あの自分に甘く、他人に厳しいフランソワが珍しく褒めている。これは期待できるかもしれない。

 廊下を歩き進めるにつれ、ジャンの手は汗ばんでいった。



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